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06 謎の野良執事

06 謎の野良執事


「わたくしはこう見えて執事兼、運転手なのですよ。今は仕えている(あるじ)がおりませんので、野良執事ですが」


「野良執事だとぉ!?」


「はい。そういう意味では、あなたとはわたくしは似た者どうしかもしれませんね」


 ロックはこの男がなにを言っているのか、さっぱり意味がわからなかった。

 ただ野良執事という単語だけが、頭の中をぐるぐる巡る。


 そうこうしているうちに、車は屋敷の裏門のそばへと到着した。

 ロックは自分のペースを取り戻そうと、語気を強める。


「おい! テメェの言っていたとおり、おれはこの屋敷に入りてぇんだ!

 だったらなにをすればいいかわかるよな!? この車ごと、あの門に向かって突っ込め!」


 嫌とは言わせねぇぞとばかりに、あらためて握り拳を固めるロック。

 しかし返ってきた言葉は、またしても予想外のものであった。


「わかりました」


 野良執事は快く答えると、門に向かって車を走らせる。

 しかしそれは乗り心地の良さを重視した徐行運転で、門を破れるほどの勢いはなかった。


「おいっ!? おれの言ったことを聞いてなかったのかよ!?」


 怒鳴るロック。しかし野良執事は運転席の窓から、門のインターホンに向かって告げる。


「お望みのものをお持ちしました」


 すると、門が滑るようにゆっくりと左右に開いた。

 押し入るどころか受け入れてくれた屋敷の中へ、車は悠々と入っていく。


 ちょっとした森のような裏庭を進んでいく中、わからないことだらけのロックは、妖精にからかわれている旅人みたいな顔をしていた。

 しかし、すぐに幻惑を振りほどくと、


「そうか、テメェはこの屋敷の使用人だったんだな!?

 このおれを油断させて、捕まえるための罠だったんだろう!?」


 しかし野良執事は「そんなわけはないでしょう」とバッサリ。


「先ほども申し上げましたが、わたくしには主はおりません。

 それに、もしあなたを捕まえるのが目的なのだとしたら、あなたを車に閉じ込めたまま、そのへんの民間警察に引き渡したほうが効率的です。

 わざわざ屋敷の中に招き入れるだなんて、せっかく外で捕まえた猛獣を、家の中で放すようなものでしょう」


 ぐうの音も出ない正論に、「ぐぅ……!」と唸るロック。

 しかしあることを思いだして反論する。


「じゃあテメェが門の前で抜かしてた、『お望みのものをお持ちしました』ってのは何だったんだよ!?」


「それは、さらった子供をお持ちしました、という意味です。

 そう言えば、屋敷に入れてもらえると思ったんですよ。

 このやり方のほうが、門を破るよりスマートで安全でしょう?

 いちかばちかの賭けではありましたが、監視カメラからは、あなたがさらわれてきた子供に見えたのでしょうね」


 野良執事が人さらいの事まで知っていたので、ロックの混乱はさらに加速する。


「なっ……!? て、テメェはいったい……!?」


「何度も申し上げておりますが、野良執事です。

 とにかく、今は依頼人に会うことが先決でしょう。ここでじっとしていたら怪しまれますからね」


 野良執事はさっさと車から降りようとしたが、「おっと」と何かを思い出したような声をあげ、ロックに向き直った。

 白手袋をはめた手をおもむろに、ロックの胸に当てる。


「な、なんだよ?」


「ちょっと、じっとしていてください」


 白い手袋から青い光が漏れると、ロックの身体に変化が訪れる。

 それは外見からはなんの変化もないようだったが、ロックの顔は新鮮な驚きに満ちていた。


 ずっと身体にあった鈍痛が、溶けるように消えていたのだ。


「これは、傷を治すセマァリンか……!?」


 ロックは朝からの捜査で、多くのチンピラたちと命を賭けた殴り合いを繰り広げる。

 そのほとんどは圧勝だったが、中にはいいパンチをもらうこともあり、夜には身体がアザだらけになっていた。


 しかしこれはロックにとっては珍しいことではなく、日常茶飯事。

 痛がっているとトマス聖父や子分のショーン、そして娼婦たちが心配するので、知らず知らずのうちにガマンするようになっていたのだ。


 今までケガしていることは誰にも見抜かれなかったのに、この謎の野良執事はお見通しだった。

 ロックはさらなる衝撃に打ちのめされる。


「な……!? なんで、おれがケガしてるってわかった!?」


「そのくらい、姿勢を見ればわかります。わたくしはこう見えて執事兼、医者でもありますから」


 野良執事は事もなげに言って、今度こそ車から降りていく。

 その手には、車から持ち出した細身の傘がステッキのように握られていた。


 ロックは息を吐くように毒づく。


「雨も降ってねぇのに傘なんて、海でもねぇのに海パンいっちょのバカみてぇだぞ」


「おや、知らないんですか? 傘は英国紳士のたしなみですよ。

 星空に傘こそが小粋スモール・スタイリッシュというものです」


「じゃあ海だと、海パンいっちょで傘持つのかよ」


 そんな他愛ないやりとりをしつつ、ロックと野良執事は裏口から屋敷へと通された。


 屋敷の中は、夜遅いせいかどこもがらんとしていて、住人や使用人の姿はない。

 廊下には古代ロンドンのものらしい彫像や絵画が飾られていて、ロックはちょっとした美術館気分を味わう。


 アナウンスに従って長い廊下をひたすら歩いていくと、書斎らしき部屋へとたどり着く。

 室内は廊下以上に豪華な美術品が並べ立てられていた。


 奥には重厚な書斎机があり、パリッとしたスーツに身を包んだふたりの紳士がいる。

 ひとりは革張りの椅子に座った初老の男で、もうひとりは中年の男だった。


 初老男は毛髪がなく、電球のようにテカった頭をしており、ひねくれたブルドックのように憮然としている。

 中年男は年甲斐もなく髪を真っ赤に染めており、神経質なブルドッグのように落ち着きがない。


 ふたりとも顔がどことなく似ているので、親子なんだろうとロックは直感する。

 そしてロックの観察眼以上に、親子の視線はロックに集中しており、野良執事には目もくれていない。


 ロックの全身が品定めするようにねめつけられたあと、父親らしきブルドッグが口を開いた。


「ずいぶん年がいっているようだが、キミが本当にトニーなのかね?」


 ロックが「なに言ってんだコイツ」と口を開くより早く、野良執事が「違いますよ」と口を挟んだ。


「こちらの少年は、あなたがたのお望みのトニーさんではありません。

 おそらくトニーさんは、こちらの少年の手によって保護され、母親の元へと返されたのだと思います。

 その彼がなぜここにいるかというと、あなた方の悪事を咎めにきたのでしょう。

 トニーさんをさらった張本人であるあなた方を放置していては、またトニーさんの身に危険が及ぶと考えたのでしょうね」


 その流暢な説明に、親子の顔色が変わる。

 しかし彼ら以上に青くなっていたのは、他ならぬロックであった。


 なぜなら野良執事の予想が、あまりにも的確すぎたからだ。

 まるで今日1日ずっと、いやずっと昔からロックのことを見ていたかのように。


 ロックの背筋は思わず寒くなったが、その悪寒をぶるんと顔を振って追い払う。


 この自称野良執事はあまりにも怪しすぎるが、ぶちのめして正体を確かめるのは後でもできる。

 今は目の前の金持ちどもをぶちのめして、トニーの安全を確保するのが先だ。


 ロックはそう自分に言い聞かせ、ずいと前に出た。

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