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プロローグ ー小さき少年ー

 「1、1、1、2」

 「1、1、1、2」

 グラウンドでは朝早くから規則正しい列を成した屈強な男たちが歩調に合わせながら走り込みをしている。そして、それをボーッと眺める一人の少年がいた。

少年の名は遠野優利。ピチピチの男子中学2年生である。


「はぁ〜 何であんなに朝早くから体を動かせるんだろう・・・」


優利は窓の外を見ながら小さな声で呟いた。普段から運動をしない優利にとって、朝のランニングは理解に苦しむものであった。


バンッ!!


「おはよう!!」


突如、背中側のドアが激しく開けられたかと思いきや緑色のジャージ姿の屈強な男が扉の向こうからバカでかい声で挨拶をしてきた。


「あっ、、 お、おはようございます・・・」


優利は男の挨拶に一瞬驚いたが一応たどたどしい隠キャ挨拶を返した。


「君が今日から職場体験をする遠野優利くんだね?」


「あっ、、はい」


「あれ元気ないね?あと会話の前に『あ』ってつけるのやめようか」


「あっ すみません、、」


「ほらまた言った!とりあえず肩の力抜いてさ!元気だして行こうよ!」


(うわーちょっとこの人苦手だな、、)


優利は男と出会って数分もしないうちに男に対して苦手意識を持った。隠か陽と言われれば隠に属するタイプの優利にとって緑色ジャージの男のように声がデカく喧しいタイプの人間は対応に困るのだ。


「まぁ、これから優利くんと僕は5日間という短い期間ではあるけど常に一緒に行動するからさ!楽しくやって行こうよ!」


「、、はい よろしく、、お願いしましゅ!」


優利は最初に『あ』と言わないように気をつけて話したが緊張したのか語尾を見事に噛んでしまった。


「・・・・・・」


優利は一瞬で顔が暑くなるのを感じた。それと同時に隠すように顔を俯かせた。


「ハハハ! いい返事じゃないか! 元気があって非常によろしい!」


男はにこやかにそう言ったが優利はフォローされることで、さらに恥ずかしい気持ちで頭がいっぱいになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



男に出会ってから20分後、優利は男に小部屋へと連れてこられた。部屋はコンクリート壁に囲まれたシンプルな作りで部屋の中には4つの金属製二段ベッドが綺麗に並んでいた。そして、部屋の中央には優利よりも大きな段ボールが置かれていた。


「じゃあ優利くん!服脱ごうか?」


「へっ?」


男からのいきなりの誘い(?)に動揺した優利は間抜けな返事をしてしまう。


「いやいや これから自衛隊で職場体験するなら戦闘服に着替えるんだよ」


「あっ・・・」


そういうことは初めから言って欲しいと思った優利だったが意見するのもめんどくさいので自分の着るべき戦闘服をキョロキョロと部屋を見渡して探す。


「優利くんの戦闘服なら右のロッカーにあるよ!」


男にそう言われて優利が右を向くと細長い金属製のロッカーがあることに気づく。ロッカーをよく見てみると遠野と書かれた紙がロッカーの中央に貼り付けられていた。


「そのロッカーには優利くんが職場体験で使う装備や服が入っているから!あとここにいる間はそのロッカーは自由に使っていいからね!さぁ着替えて着替えて!」


「わ、わかりました!」


優利はロッカーに手をかけて扉を開いた。中にはハンガーで吊るされた迷彩柄の戦闘服、黒いブーツ、迷彩柄の帽子、その他マガジン入れ、サスペンダーといった装備が置かれていた。優利は特にミリタリー好きという訳でもなかったが、それらの装備を目の前にすると男心がくすぐられ目を輝かせた。


「おー少年!こういうの好きか!」


男は優利の反応を見るや嬉しそうに問いかけた。しかし、優利は思春期真っ只中の男の子であり、このように聞かれることが気恥ずかしく感じた。


「いやー 普通です・・」


「そうかそうか好きか!!男の子だなー!」


この男に話は通じないのかと優利は思ったが、これ以上話しても無駄と悟ったのか少し斜め左を見て愛想笑いを浮かべるだけにした。


「とりあえず時間もないし優利くんが待望していた戦闘服を早速着てみようか!」


「あっ・・ はい・・」


優利はロッカーの中から戦闘服と靴を出して学生服を脱ぎ始める。


「予め優利くんの身体データは学校の方から送ってもらってるから戦闘服と靴のサイズは合わせてある。だが、サイズが小さい時は報告してくれ」


「わかりました!」


さすが我が国を守るお堅い組織である自衛隊だ。事前の準備にも抜かりがないな!そう思いながら優利は戦闘服のズボンに足を通す。

しかし、悲しいことに優利の足はズボンから出ずその見た目は昭和のヤンキーのようなブカブカズボン姿出会った。


「あっれーおかしいなーこれ女性隊員用の1番小さいやつなんだけどなー」


(えっそうなんですか?それは僕が中学生だからだと思います。あと女性隊員用ってのは余り聞きたくなかったです。)


「優利くん!やっぱり君めちゃくちゃ小さいね!!」


優利の身長は中学2年生にして驚異の136cmジャストであり、彼の中学校の中でも全学年中で1番背の低い男の子なのだ。


「ぼく、帰ります、、」


「ちょ ちょっ 待てよ 帰ったらだめだろ! すぐ諦めんなよ!」


男は何処(どこ)ぞの熱血テニスプレイヤーのような言い草で彼を引き止める。


「最近の若者はちょーっといじっただけで心折れちゃうからビックリしちゃうよもう!」


(あーこの男の人は苦手っと言うよりも嫌いだ。)


「すみません、、」


これ以上男から、うるさく言われたくない優利は形だけの謝罪をする。心からの謝罪ではないからか、もしくは優利の顔が謝る態度でなかったからか、若しくは両方か分からないが男の顔が軽く引きつっていく。


「すみません?とりあえず謝まればいいと思ってるよね最近の子は!これだから今の日本は・・・etc.」


突如始まった男の説教はその後、約20分間ほど続いた。優利は内容のほとんどは聞いてはいなかったが男が説教の合間合間に「これは説教ではなく指導なのだ」と繰り返していることから男が馬鹿なのは理解した。そんな何回も言わなくても理解できるし、これはただの説教なのではと心の中でツッコミを入れていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


男の約20分間の説教タイムの後に二人は優利のサイズに合う戦闘服を探しに移動する事にした。男曰く管理庫と言う場所に優利の体格に合う戦闘服があるらしい。


「いやーごめんごめん優利くん!ちょっと熱くなちゃったよ〜」


(ちょっと?)


男は歩きながら左隣の優利に話しかける。優利は男の発言に気になる言い方があったようだが男の話を黙って聞く事にした。再度あの男の説教スイッチを入れてしまっては説教で1日が終わってしまいそうだからだ。


「職場体験の初っ端からテンション萎え萎えかもしれないけど、いいニュースもあるんだ!」


優利はほぼお前のせいでテンション下がったんだよっと心の中でツッコむ。いいニュースってのもロクなものじゃないだろう。


「実は今この駐屯地では、僕の所属している部隊を含めたほとんどの部隊が昨日から長期訓練中で不在しているんだよ!!」


(なぬ?)


「だから今日からマンツーマンで色々と教えてあげるね!!」


(悪いニュースじゃねえか!!)


これから1週間この熱血説教男との日々が確定してしまった優利は一瞬目の前がぐにゃっと歪むのを感じた。

先ほどの説教を受けて態度を顔に出さないように気をつけようとしていた優利であったが思わず不安の表情を浮かべてしまう。

そんな優利の心情を知ってか知らずか男は言葉を続けた。


「優利くん!いいニュースはこれだけじゃないよ!僕たちの部隊の装備品は管理庫という場所に保管してあるんだけど今なら誰もいないから借りたい放題なんだよ!」


「そ、それは勝手に借りてもいいものなんですか?」


「う〜ん グレーゾーンだけど後で報告するから大丈夫!」


そう言って男は自信満々の顔をしながらこちらに向かって親指を立てた。


「ちなみに僕が使う戦闘服は誰かが使っているものなんですか?」


不安になった優利は男にそう尋ねた。


「いやいや違うよーまず君の体のサイズに合う戦闘服を着ている人はウチの部隊にはいないよ!!今回は新品の戦闘服が1つ余っているからそれを君に使ってもらおうと思ってるんだ!!!」


「新品ですか?でも新品を職場体験の学生が使っても大丈夫なんですか?」


「大丈夫!大丈夫!廃棄予定のものだし!!」


「新品なのに捨てちゃうんですか?」


「うーん まぁちょっと問題があってね、、 と言っている間に目的地の管理庫に到着だ!!」


(問題?聞き捨てならないことを言った気がするが、、、まずは実際に見てみる他ないよなぁ)


男は管理庫と表記された扉の前に立つとジャージの右のポケットから、鍵の束を取り出す。男は少なくとも10個はあるであろう鍵の中から大きな鍵を一つ取り出して、それを鍵穴へと挿し込む。扉の立て付けが悪いのか男は鍵を挿しながら扉を前後に動かした。前後に4、5回程動かした後にガチャっという音と共に扉が開いた。


「さぁ入って!」


男は優利を管理庫の中に入るように促す。優利も素直に(うなず)き男の案内に従った。管理庫の中は思った以上に狭く、窓ガラスが()りガラスになっているためか部屋は薄暗かった。

男は部屋の中心まで小さな段ボールを飛び越えながら進んでいき小さな白熱電球から垂れ下がっている白い紐を下へと引く。白熱電球はぼやーっとした鈍い光を発した後にパッと明るい光で部屋を照らした。


「凄い物の量ですね・・・」


部屋の中は高さ2mはあるであろう棚でいっぱいだった。棚はヘルメットや迷彩柄の服、ブーツといった装備品で埋め尽くされ、それ以上物を入れるのは難しそうであった。


「ここだけの話しだけど、これほどの量となると整理に時間がかかるから誰も手をつけてないんだよ」


「意外と自衛隊の人もルーズなところがあるんですね・・・」


「そりゃそうさ!私たちも、いろいろと忙しい身だからね全て完璧にとはいかないんだよ」


「ははっ そうなんですね・・・」


 カタカタカタカタ


突如、カタカタと優利の目の前の棚が小さな振動を始める。それはだんだんと大きくなり棚がガタガタと唸りを上げ始める。男は即座にその場に優利をしゃがませると自らも低い姿勢をとり揺れが収まるのを険しい顔でジッと待っていた。


 カタカタ・・・


程なくすると揺れはだんだんと小さくなり男はその場で立ち上がりしゃがんでいる優利に手を差し伸べる。優利はその手を取るや男は優利を軽々と引き上げた。


「ありがとうございます」


「ああ いいよ! それよりもちゃちゃっと用事を済ませようか!」


「わかりました」


「じゃ優利くんはここで少し待ってて!」


男はそう言うと部屋の奥の方へと消えていった。(しばら)くすると男の喚き声と共に棚から物が雪崩(なだれ)のように落ちていくのが見えた。その後、男が頭を押さえながら大きな黒色のケースを運び込んできた。


「大丈夫ですか?」


「平気!平気!これくらい日常茶飯事さ!」


男はそう言いながら黒色のケースを床に置く。ケースはバンっという音を鳴らし床に置かれた。男がケースを軽々と持っていたから気づかなかったが、どうやらそこそこの重量があるらしい。


「うーんと確かこのダイヤルを・・・」


男はボソボソと呟きながらケースに取り付けられたダイヤルのナンバーを合わせる。暫くするとカチッと音がした。

男はケースを横にして側面に付けられたボタンを押す。するとケースはパカっと音を立てて開いた。優利は男の背後に立ちケースの中を(のぞ)き見た。中には綺麗に畳まれた迷彩柄の戦闘服が収納されていた。


「じゃあとりあえず着てみてサイズは合うはずだから」


男はそう言って優利に戦闘服を手渡した。


優利は男から戦闘服を受け取ろうと手を差し伸べる。そして、それが渡された瞬間に優利の腕は戦闘服の重さによって地面へと叩きつけられた。


「オモスギィ!」


優利は想像の20倍は重かった戦闘服に腕ごと持っていかれ思わず汚い声を上げた。目の前では男がニヤニヤしながら優利を眺めていた。


「その戦闘服は特別製でね〜打撃や斬撃などから身体を防護することができる戦闘服なんだ。だけどデメリットとして重さが上下合わせて25キロなんだよね〜www」


(さすがに冗談だよな・・・僕の体重の3分の2以上もあるぞ・・・)


「そんなの僕じゃ着れないですよ・・・」


「着れないじゃない着るんだよ!」


先ほどまで笑っていた男の表情が少し険しくなる。男は本当にクソ重い戦闘服を着させる気満々であった。

優利はその様子を見て逆らうのは無理と判断したのか仕方なく戦闘服のズボンを全身の力を使って引き上げようとする。しかし、ズボンの重量は軽く10キロを超えているため優利の力では持ち上げることすら出来なかった。

優利はズボンを持ち上げることを諦めズボンを寝かせた状態で足を通して履くことにした。程なくして優利はズボンを履くことができたが、皮肉にもズボンのサイズはぴったりであった。


「うっ 重い、、、」


「優利くん!ズボンを履くだけに時間使いすぎ!あっ!後インナーと靴下も特別製だからちゃちゃっと着ちゃって!」


そう言いながら男は黒いTシャツと靴下を渡してきた。これも重いのだろうと少し身構えた優利であったが思ったよりは重さはなく通常のものより少し重いくらいであった。その後、それらを着たのちに戦闘服の上着はどうしても持ち上げることが出来なかったが男の支援もあって上着を何とか着ることが出来た。


「あの・・・」


「何だい優利くん?」


「動けないんですが」


戦闘服を何とか着ることが出来たのは良かったが優利はその場で立つのが精一杯であった。1歩でも前に進もうものなら戦闘服の重さでそのまま倒れてしまうだろう。


「気合だ!!気合で動け!!」


父が自衛官をしていたということから職場体験で自衛隊を選んだ優利であったがそれは最悪の選択だったようだ。今、理不尽を強要される優利の頭の中では帰りたいという気持ちで一杯であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時は優利が全身を特別製の戦闘服に着替えてから1時間後、優利と男は自衛隊駐屯地内のグラウンドまで来ていた。ジャージ姿であった男も今は全身を戦闘服に着替えていた。


「ぜぇ、、ぜぇ、、はぁ、、」


優利はコツを掴み重い戦闘服を着ながら歩行することが出来るようになっていた。とはいっても10歩も歩けば息切れし、ただ立っているだけでも全身からは大量の汗が吹き出していた。


「その戦闘服にもだいぶ慣れてきたようだね!」


「慣れてませんよ!」


戦闘服を1時間以上着続けた優利は辛いという感情を通り越して怒りという感情で頭が一杯であった。全てが憎らしく特に目の前にいる男に対しては殺意すら感じる。

そのためか優利は時間を追うごとにキレ気味に話すようになっていた。


「慣れるんだよ!!」


キレ気味の優利に対して男も少しムッとして言葉を返す。


「・・・・・」


「まぁいい それと今さらだけど俺は今日から君の指導教官となる飯嶋拓哉だ。所属は第2特別武装整備隊で階級は2等陸曹だ。本来の職場体験では自衛隊の生活をなんとなく体験してもらうことになっているが俺が教官ならば話は別だ!1週間は訓練をみっちりやってもらう!!」


(1週間は?まるで次があるかのような言い草だな、、)


「あのー職場体験は1週間しかないんですが?」


「うるさい!とりあえずはランニングからだ!しかし君だけ負荷がかかっている状態で訓練するのはフェアじゃ無い!(しばら)く待っていてくれ!」


飯嶋は優利の言葉を一蹴すると走って何処かへ行ってしまった。5分ほど経過した後に全身に様々な装備をつけた飯嶋が帰ってきた。飯嶋は暗緑色の金属プレートの装具で覆われており有名なアメコミヒーローのアイ○ンマンのようであった。


「何ですかそれ?」


「これは試験段階中の防弾チョッキに変わる防護装備だ!比較的軽量で丈夫な金属を使用し、各プレートに角度をつけることによって当たり所にもよるが対物ライフルの弾丸からも身体を防護することだできる優れものだ!!」


「あまりよく分からないですが凄いと言うことですか?」


「ああ結構凄いことだぞ!しかし、軽量な金属を使用しているが防護装備だけで総重量が60キロを超えているから正直装備するのはきつい!」


「使えないじゃ無いですか、、、」


「いや、この装備は生身で装備する想定では無く、実際はパーワードスーツとの併用で使われる予定だったんだ。だが、パワードスーツの開発が進んでなくてね今はほぼ役に立たない装備というわけだ!」


「もしかして、僕が着ている戦闘服もパワードスーツと一緒に使われる予定のものだったんですか?」


「いやその戦闘服は生身で着用することを想定して作られたものだ!」


「でも、生身で着るには、この戦闘服も重すぎると思うんですけど、、、」


「それは君のような体格の奴が着るならの話だろ?その戦闘服はもともと成人男性の体格に合わせて試験開発されたものだ。」


「えっ?それはどう言うことですか?」


「その戦闘服はクモの糸の特性を持つ化学糸と特殊な金属糸を使用して作られたものだ。強靭(きょうじん)かつ通気性と保温性も兼ねそなえていて最高の戦闘服なのだが人の汗を吸うと通常の半分以下の大きさまで縮んでしまう特性があったんだ。」


「じゃあ、この戦闘服は縮んだ後のものってことですか?」


「その通り!その縮んでしまう特性のせいでサイズ調整と重量調整が難しくなってしまってね。さらに使用する素材と加工に莫大(ばくだい)なコストがかかるという理由から強化戦闘服の開発は中止になったんだ!」


「この戦闘服って失敗作だったんですね、、、」


「いや、そうとも限らないぞ!その戦闘服は重量こそ重くなってしまったが柔軟性が高く身体防護能力に関しては縮む前よりも高いものとなっている。また、気温の高い環境下であれば通気性か良くなり、気温の低い環境であれば保温性が高まる特性も引き継いでいる!重さのデメリットさえ克服すれば最高の戦闘服だ!」


「ちなみに銃で撃たれても大丈夫なんですか?」


「たぶんぎりぎり死ぬな!!」


「あっそうなんですね、、、それって実戦では使えないということですか?」


どんなに高い近接防護性能を持っていようと戦争では爆撃や銃弾によって命のやり取りがなされる。近接戦闘も無いことは無いが実際に生起することは非常に少ない。

そのため戦争において歩兵は爆撃や銃弾から身を守ることが重要となる。故に優利の着ている戦闘服は結局のところ防弾チョッキを重ねて着る必要があるのだ。


「その戦闘服だけでは不十分だな!!」


どうやら飯嶋は試作戦闘服が失敗作だと思っていないようであり戦闘服の実用性については曖昧な表現で誤魔化していたが、実際に戦闘服を着ている優利としては完全に失敗作としか思えなかった。


「まぁこれから訓練していけば、その戦闘服の見方も変わるかもしれないよ!とりあえずは訓練だ!さぁ行こう!」


いろいろと不信感を(つの)らせる優利であったが正直このときは少しワクワクしていた。初めの方こそ重すぎる戦闘服によってヤル気がなくなっていた優利だが自衛隊の訓練という言葉が男心をくすぐりヤル気が出たのだ。

しかし、このヤル気とワクワクも本当にこの時だけのものになることを優利は知るよしもなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



時は流れ訓練開始から4日後の朝、優利は飯島と共に誰もいないグラウンドを汗だくになりながら走っていた。


「教官!今日で何日目になる?」


何故か飯嶋に対してタメ口になっている優利はぶっきら棒に尋ねる。


「あー たしか今日で最終日のはずだ!」


「やっと終わりかよーとりあえず、走るの終わろうぜー」


「そんなこと言うなよー今日でお別れなんだからさーもうちょっと話しながら走ろうぜ!まだまだ余裕だろ?」


滝のような汗を流す飯嶋がニッと笑って優利に話しかける。


「この走り方を見て良くそんなこと言えるな!」


優利はキツい口調でそう返す。実際、現在の優利は息を荒げ横にフラフラと揺れなが走っており、ちょっと横から押せば倒れそうな状況であった。


「いやいや初日の優利は5分も走ってないのに動けなくなってたじゃないかー」


「確かに初日よりは走れるようになったけど、、、なんか違う気がするんだよな、、、」


優利はここ数日で飛躍的に体力を上げていた。事実、今現在走り出してから3時間が経過しており、その距離は30kmに達していた。

驚くべきは、この距離を優利は25kgの戦闘服を着ながら走っていることだった。この成長は優利本人も自覚していたが、どこか納得していない様子であった。


「なんだぁ?前より走れるようになったんだからいいじゃないか!!」


「いや 走れすぎなんだよ!!」


優利は家庭の事情により体を動かす習い事、部活を今までしてこなかったため体力は同年代の中でも最低クラスだった。持久走の順位も下から数えた方が早い方だ。

そんな少年が数日で25kgの負荷を負いながら長い時間走りつづられていることは奇跡に近かった。


「まぁ君は成長期だからな・・・」


「成長期でまとめられるレベルを超えてるんだよ!!」


「あーうるさいな!そんな小さなこと気にすんなよ!!」


「小さいことじゃねぇよ!!てか、何で俺はあんたに対してタメ口になってるんだよ!」


「知らねえよ!敬語使え!!」


優利は知らず知らずの内に性格も変化しているように見えた。それも飯嶋のような熱苦しい性格が優利に伝染しているようであった。

また優利は何故自分が飯嶋に対してタメ口をいつから使い出したかのかも覚えていたなかった。それどころか実のところ訓練開始から今までの事を思い出そうとしてもほとんどの事を思い出せないのだ。


「なぁ教官ーお前何か隠してることあるだろ?」


「隠しちゃいないよ」


飯嶋はそう言ったが、どこか寂しくもあり本当のことを言っていないような顔をしていた。


「嘘つけ筋肉だるま!俺の感覚だと初日にちょっと走って寝て起きたらもう最終日ですよって感じなんだよ!」


「君くらいの年の子は多感な時期だからね!時間の経過が早く感じるんだよ!」


「ぜっってぇぇちげえよ!めちゃくちゃ短く感じるんだが何かめちゃくちゃ長くも感じるんだよ!」


優利は初日以外の事をほとんど思い出すことが出来なかったが飯嶋が嘘をついていることだけは分かった。


「なんかめちゃくちゃ辛かった気がするんだけど何か大切な事も忘れている気が、、、えっと、、、たしか、、」


「優利!!!」


飯嶋が優利の言葉を遮るように一喝する。その気迫に負けて優利も言葉を止めた。


「なんだよ教官びっくりするじゃないかー」


「そろそろ時間だ終わりにしよう。お前も帰りの準備をしないといけないからな!」


「あぁそうだな」


優利は不思議な感覚であった。初日はあれほど嫌っていた飯嶋との別れが今では何故か寂しく感じるのだ。

そもそも今でも飯嶋のことは好きではない気がしていた優利だったが彼の事が嫌いかといえば、そうではなかった。

それどころか飯嶋のことを第二の父のように思っている自分がいた。


「そういえばさぁ教官?」


「なんだ?」


「俺の戦闘服ってこんなにボロかったけ?」


確かに優利の戦闘服は初日に手渡されたときよりも色あせており、襟や袖から糸が飛び出ている箇所もあった。


「それは・・・一回も洗濯してないからだと思うぞ!!」


「うげぇ汚ねぇ!」


「大丈夫!大丈夫!シャワー浴びて新しい服に着替えよう!」


そう言いながら飯嶋は優利の肩を叩いた。飯嶋の力が強いのか優利が弱すぎるのかは分からないが肩を叩かれた優利は少し吹き飛ばされた。


「いてぇーー教官馬鹿力すぎだろ!」


「お前が弱いんだよ!!」


優利と飯嶋は中身の無い会話をしながら誰もいないグラウンドを後にして学校の校舎のような建物内へと入っていった。

この建物は優利が初日に待機していた場所であり飯嶋の所属する第2特別武装整備隊が管轄(かんかつ)する建物である。

多くの隊員が長期訓練中のため不在しているため建物内の冷房と電気は切られていたが、それでも外よりは冷んやりと涼しかった。


その後、優利は飯島に汗を流すようにシャワー所へ案内されたが給湯器が壊れているらしく水で我慢するように言われた。優利は我慢しながら水の出の悪いシャワーを浴びた。最初の方こそ冷たい水に身の締まる思いをした優利であったが、暫くすると、むしろ冷水が気持ちよく感じた。


その後、優利は自身の学生服に着替え飯嶋と共に職場体験最後の昼食を取ることとなった。


「口の中の水分が奪われる、、、」


「食べれるだけ感謝しろ!!」


優利は飯嶋と控え室のような場所で長机に対面で座りながら固形ケーキなる物を食べていた。まず固形ケーキと言う固形以外のケーキが存在するのかというツッコミどころについては一旦スルーして、固形ケーキは名前通りのケーキの味はせず、若干甘いただの栄養補給バーであった。


さらに、この固形ケーキのパサパサ度は今まで食べた物の中でもトップクラスであり、噛めば噛むほど口内の水分を奪われる代物であった。

しかし、これ以外に食べる物が無いと言われた優利は固形ケーキを食べては水で流し込み無理やり食べ切ったのだった。


昼食を終えて腹も満たした優利と飯嶋は床に寝転んで昼寝をすることにした。床はタイルで(おお)われているため寝転ぶと冷んやりとして気持ちがよく、腰が少し痛いことを除けば最高の昼寝場所であった。

窓から入る風でヒラヒラと揺れるカーテンを横目に優利はふと駐屯地内の違和感について考えていた。


(金曜日の昼だってのに飯嶋以外の自衛官を一人も見てないな・・・)


飯嶋は皆訓練に参加していると言っていたが駐屯地内には必ず一定数の自衛官が残るようになっており、誰もいない状態はありえないはずだ。

さらに決定的なのは駐屯地の門を守る守衛が存在せず駐屯地の門は閉ざされたままだったのだ。自衛官の父を持つ優利は自衛隊について多少の知識はあったため、駐屯地内に入ったのは職場体験で初めてだったが何かがおかしいということに気づいていた。

モヤモヤとしてきた優利は何か隠していそうな飯嶋にもう一度問いただして見ようと考え隣でいびきを掻きながら寝る飯嶋を起こそうとした。


パチッ


優利が飯嶋を起こそうとした瞬間、飯嶋の目が飛び出さんくらいに見開かれる。あまりに唐突に起きた飯嶋に少し気持ち悪さを感じた優利であったが、そんな事を考えている間もなく飯島は飛び起きて優利の手を引いて走り出した。


「おい!ちょっ教官!寝ぼけすぎだろ!」


「いいから黙って着いて来い!」


「その強引さ何かキモいって!」


飯嶋が寝ぼけていると思った優利はあの手この手で飯嶋から逃れようとするが左手が飯嶋の右手にガッツリとホールドされてしまっているため逃げようがなかった。

走りながら飯島に止まるよう促すが飯嶋が立ち止まる様子は無い。暫くして何をしても無駄だと悟った優利は仕方なく飯島に引かれるがまま走ることにした。


飯嶋はどうやら建物内への地下へと向かっているようであった。現在はF3と表示されたフロアの横を過ぎ、さらに下へと向かっていた。


「なぁ教官!なんでエレベーター使わねんだよ!」


「今は停電中でエレベーターは使えん!黙ってついて来い!」


「どこに行くのかは教えてくれよ、、、」


最初の方こそ、余りにも強引な飯嶋の姿を見て貞操(ていそう)の危機を感じていた優利であったが、左手を掴んでいる飯嶋の手から尋常では無いほどの手汗をかいている事と、今にも泣き出さんばかりに切迫(せっぱく)した顔をしていることからして何かしらの危機が迫っていることは理解できた。

しかし、飯嶋に何度も状況を尋ねても彼は頑に口を閉ざしたままだった。


暫く階段を降りて優利達は地下6階まで降りていた。飯嶋も一旦優利の左手から手を離し辺りを見渡していた。

1階から5階までは足元の非常灯のみが点灯しているだけで薄暗かったが6階はさらに暗く非常灯も何個かチカチカと点滅しているものや消えている物もあった。

そのためか飯嶋が目的としている場所も発見が困難になっていた。


「何処だよここ」


「地下6階だ!」


「それは知っとるわ!」


目的のフロアに着いたにも関わらず相変わらず飯嶋は詳しいことは優利に伝えなかった。もはや伝えなかったと言うよりは優利の質問に回答できないほど緊迫した状態だったのかもしれない。それを物語るように飯嶋の額からは滝のような汗が流れていた。


暫くの間、辺りを見渡した飯嶋は急に走り出したかと思うと壁に取り付けられた操作盤を弄り始めた。3分も経たない内に操作版から起動音が聞こえたかと思うと連続した機械音がフロアに響き渡る。

それと同時に天井に取り付けられた照明がパッと点灯し赤い光がフロアを不気味に照らした。フロアは一本の長い廊下が続いており、廊下には一定の間隔で厳重な扉が並んでいた。


「非常用電源に切り替えた。だが、ここの非常用電源は1時間が限界だ!それまでに出発準備を整えるぞ!」


「はぁ?何で出発準備を地下6階でしなきゃならねんだよ!脳ミソ腐ったんか?」


「いいから黙って言う事を聞け!!」


飯嶋は強い口調でそう言った。しかし、言う事を聞こうにも飯嶋は詳しい説明は何一つとしてしてくれなかったため優利はどうしようもないのだった。


「優利!最後の訓練を今から実施する!訓練内容は武器の取り扱いについてだ!」


「訓練まだ終わってなかったのかよ!あと武器の取り扱いは職場体験でしていいの?」


「本当はだめだが時間が無い!今はまだ発見されてないが、いずれ此処もすぐ見つかるだろう、、、それまでは、、」


「時間が無いって何だよ!送迎のバスの事か?あと発見されてないって誰からだよ?」


「だいたいお前の言う通りだ!とりあえず今から訓練を開始する!」


優利の質問に対してテキトーな返答をした飯嶋は非常用電源を立ち上げた操作盤を再び弄り始めた。

操作盤は主にタッチパネルと各種ボタンや計器類が並べられており、飯嶋は主にタッチパネルでの操作をしていた。

飯嶋はタッチパネルに長い数字の入力をするとタッチパネルの画面が赤くなり、画面には【emergency】と表示されていた。


『音声識別及び管理者パスワードの入力をして下さい』


先ほどまで画面を雑に操作されていた操作盤から突然機械音のアナウンスがされる。


「特別緊急事態対処管理官 飯嶋拓哉 パスワード 123456!」


『認証しました』


「いや パスワード簡単すぎだろ!」


「大丈夫だ!簡単過ぎると逆にバレにくい!」


「そうなのか・・・?」


厳重に管理されていそうな場所にも関わらずパスワードが余りにも簡単であったことに困惑している優利を尻目に飯嶋は続いてパネルの操作を続けた。


「hey Siri!」


パネル操作をしていたかと思えば何を思ったのか飯嶋はSiriを呼び出す。


ーピピンー


『ご用件は何でしょう?』


その飯嶋の呼びかけに対して操作盤のタッチパネルが何故か反応する。優利がタッチパネルをよく見てみると特長的なリンゴのマークがあることに気づいた。


(あーあれiPadなんだ、、、)


「全部屋のロックと全兵装のロックを解除して!」


『分かりました。ロックを解除します』


飯嶋が操作盤(iPad)にそう指示するや否や廊下に並んだ厳重な扉が自動的に開錠されプシューという空気が抜ける音と共に扉が自動的に開かれた。その光景はさながら映画のワンシーンのようであった。


『全ての扉と兵装のロックを解除しました』


「ありがとう!」


『どういたしまして』


操作盤(iPad)はそう言うとプツンと画面の光を消した。それを確認した飯嶋は振り返り優利の手を掴み勢い良く目的の場所へと走り出した。


走りながら扉の開かれた各部屋を確認するとアサルトライフルや重機関銃のような武器が大量に保管されていた。しかし、飯嶋はそれらの兵器に目もくれず奥へ奥へと優利を連れて行くのであった。


その後、アンテナのような物や使用目的の分からない機材が置かれた部屋などを過ぎて行くと急に飯嶋が立ちどまった。


「目的地はここか?」


「いや、、違う、、奴らに居場所が見つかった、、、」


そう言った飯嶋の顔は真っ青になっており、今にも死にそうな顔になっていた。それを見た優利も本能的に危機感を感じた。

少しフリーズした飯嶋であったが彼が覚醒するのは早かった。パッと顔の表情が変わり今度は今まで見たこともないような真剣な顔になっていた。


「優利!今から真っ直ぐ全速力で走れ!そして、右手にある奥から2番目の部屋に行くんだ!」


飯嶋は叫ぶように優利に指示を出す。優利も飯嶋の危機迫る表情を前に理由を聞いてる暇は無いと思ったのか飯嶋の指示通りに全速力で走り出す。


優利が走り出した瞬間、周りの景色が一瞬で置き去りにされる。優利は初速から凄まじいスピードで走り出すことが出来た。


その後、優利の脚はさらに速く前々と動き走るスピードが加速されていった。実は、この時が初めて優利が25kgの戦闘服を脱いで空身で全力を出して走った瞬間であった。


「まじかよ、、速くなりすぎだろ、、、」


優利は自身の足の速さに思わず驚嘆の言葉を口にした。しかし、優利のスピードを遥かに凌駕する存在達が後方すぐそこに来ていることに彼は気づいていなかった。


それは凄まじい速度で地面を蹴りながら優利達に接近していた。そして、優利の後方に位置し腕を組みながら仁王立ちをする飯嶋がそれらの存在を目視で確認したのか目を細め睨み付ける。

何かを覚悟した様子の飯嶋は銃を構える様なポーズを取る。


そして、冷たく低い声で呟いた。


「転送 連射式散弾銃 豪雷(ごうらい)


飯嶋がそう呟くと少し鈍い光を発したと同時に彼の手元に大きな散弾銃が現れた。飯嶋の体勢が銃の重さによって少し前に傾くが、すぐさま正面から向かってくる対象に照準を合わせる。


飯嶋とそれとの距離が約50mの所まで縮まった時にそれらの姿がはっきりと視認することができた。

それは人のような姿で身に纏うものはなく、すらっと伸びた細長い手足を有していた。しかし、手足の先は無く本来は手と足であっただろう物は潰れた肉片になっており移動するたびに黒茶の体液が床や壁面に飛び散っていた。

頭部には目や鼻のようなものはなく顔面はグチャグチャであったが小さな口が金魚のように開閉を繰り返していた。


それの数はまだ不明であるがおおよその数として10以上はいるだろう。


グギッギギッギギギギャギギギ


それらは目の前に立ち塞がる飯嶋を前にし小さな口から大きな唸り声を上げる。飯嶋の目が一層細くなる。


それらと、飯嶋の距離は約20mまで縮められていた。部屋に向かって走っていた優利も大きな唸り声が聞こえたため足を止めて後ろを振り返ろうとする。


「止まるな行けー!」


飯嶋は背を向けながら優利が振り返るのを制止する。


優利も飯嶋の怒号に驚いたのか体をビクッとさせ振り向くのを止め再び部屋へと全速力で前進する。

今までの状況が飲み込めず飯嶋の言われるがまま行動していた優利もさすがに明確な危機が迫っていることを本能で自覚したのだった。


優利が再び走り始めると同時に飯嶋はボソボソと口元で呟いた後に正面から突撃してくるそれらに向かって銃の引き金を引く。


その刹那、雷のような爆音と閃光と共に無数の弾が発射された。飯嶋の銃はフルオートで弾を発射し2秒間にして20発のショットシェルを撃ち切った。

通路には散弾銃の射撃により砂煙が舞い前方の視界が不明瞭となる。


飯嶋は撃ち切った散弾銃のマガジンを銃から外し投げ捨てながらバックステップで距離を取り叫ぶ。


「転送 20発マガジン!」


飯嶋が叫ぶと同時に鈍い光と共に大きなマガジンが彼の左手の位置に現れる。

飯嶋は右手で散弾銃を保持しながら素早くマガジンを銃に差し込み弾を装填した。


前方はまだ砂煙で何も見えなかったが飯嶋は間髪を入れず引き金を引き爆音と共に強烈な銃弾の雨を叩き込む。全弾撃ち尽くしたところで飯嶋は先ほどと同様に後方に下りにながらマガジンを交換しようとする。


その時、砂煙の中央部分が大きく揺らいだ。その直後に奇声を上げながら突撃してくるそれと飯嶋がぶつかり合う。すんでのところで散弾銃でそれの突撃を防御した飯嶋だったが、それの力の方が強いのか受け止めた彼は少し後方へと弾き飛ばされた。


「化物めが、、、はぁはぁ、、」


飯嶋は息を切らしながら苦しい表情でそれを化物と呼んだ。対する化物は先ほどの銃撃での傷なのか身体中にスプーンでえぐり取られたような(あと)が無数に存在しており、右腕部分においては、ほとんど千切れかミミズの様になった肉片で腕と胴体が繋がっているだけだった。


シューシューシュー


化物は飯嶋に対しながら小刻みに呼吸を繰り返す。先ほどまでは凄まじい勢いで突撃してきた化物も飯嶋の攻撃を恐れているのか間合いを詰める様子はなかった。それを見てか飯嶋も動きを止めて化物を刺激しないようにする。

ここで飯嶋が少しでも動けば化物も反射的に突撃してくるだろう。


飯嶋と化物が互いに牽制しているうちに前方の砂煙が晴れてくる。薄れゆく砂煙の中からはぼやーっとした人影が数体いることが確認できた。

そのすぐ下の床には数体のバラバラになった化物が散らばっていた。


「残り半分てところか、、、」


飯嶋はそう言いながら散弾銃を投げ捨てる。

化物も目がないにもかかわらず飯嶋の武装が解除されたのが分かったのか好機と言わんばかりに飯嶋との距離を詰め始める。


飯嶋は小声でボソボソと呟いた後に両手を構えて無謀にも思える近接戦闘の態勢に入る。絶望的状況であったが彼の目に諦めの文字はなかった。

照明に反射によるものなのか飯嶋の拳がゆらゆらとした光を帯びた。



一方で優利は目的の部屋まで到達していた。部屋の中は数多くの装備、武器、資材で埋め尽くされており、中にはどうやって部屋の中に入れたかわからない中型の輸送車まで存在した。


ここまでくる間に背後で飯嶋が何者かと戦っていることは雷のような銃声が通路に響き渡っていたので分かっていたが、今自分が何をしていいのかは分からなかった。


(とりあえず隠れるか?、それともこの部屋にある武器を使って加勢した方がいいのか?)


少し考えて答えがでなかった優利は一度、部屋から出て状況を確認することにした。優利は部屋の入り口から一応、頭だけを恐る恐る出し走ってきた通路の方を見た。


「まじかよ、、、」


優利は思わず驚嘆の言葉を呟く。それもそのはず彼が見た光景は血塗れになりながら複数の化物と戦う飯嶋の姿だったからだ。


驚くことに飯嶋は複数の化物相手に対等に渡り合っていた。化物は飯嶋よりも大きく動きも素早かったが飯嶋の打撃は化物に正確に当てられていた。さらに飯嶋の打撃はヒットした瞬間にいとも簡単に化物の体の一部を吹き飛ばした。もはや化物よりも飯嶋の方が化物なのではないかと錯覚するほどであった。


正直、飯嶋の圧倒的な力に少し引いた優利であったが脅威の対象と思われる化物が殲滅(せんめつ)されそうになっていたので心の中ではもう大丈夫という安心感があった。

その思いとは裏腹に飯嶋の体力は限界を迎えつつあった。


飯嶋が近接戦闘に移行してから20秒も経過していなかったが全身からは体量の汗と血が流れ、意識は朦朧とし、視界は歪んでいた。


(さすがに優利はもう部屋についた頃か?)


飯嶋は化物の頭部を吹き飛ばしながら考える。


(敵は残り何体だ?)


化物の数は残り2体まで減らされていた。殲滅寸前のところまで化物を追い詰めた飯嶋であったが突如として体に強い疲労感と激痛を感じた。


(魔力枯渇か、、、?)


先ほどまでの飯嶋とは打って変わって、あからさまに動きが鈍くなる。化物も本能的に対象が弱まったのを感じたのか一気に間合いを詰めて自身の腕で飯嶋を薙ぎ払わんとする。

飯嶋はとっさに身を屈めて攻撃をギリギリで回避する。この攻撃の直後、敗北を悟った飯嶋は悔しそうな表情を浮かべる。


飯嶋は後ろ後ろへと下がりながら紙一重のところで攻撃を回避し続けた。


「ここまでか、、、転移スキル発動!」


「強制実行しろ!」


「自動設定!」


飯嶋は脈等のない言葉を一人でに叫ぶ。その最中にも化物達は自身の体液をばら撒きながら飯嶋に腕によるなぎ払い攻撃を仕掛け続けた。

先ほどは紙一重で攻撃を避けていた飯嶋だったが今は完全には避けることができず手足の肉が少しずつ削り取られていた。

明かに弱体化した飯嶋に対して化物はさらに攻撃の手を加速させる。


防戦一方の飯嶋は大きく後方に下がり叫ぶ。


「構わない!はや・・・」


突如、飯嶋の視界はぐるっと辺りを見渡した後に薄暗くなった天井を映し出す。


その後、彼の頭上を高速で移動する化物が通り過ぎていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


部屋から顔を出して飯嶋の戦いを見守る優利は軽いパニック状態に陥っていた。完全優勢に見えた飯嶋が突如、防戦一方になったからだ。

このままだと飯嶋はやられてしまうかもしれない。そうなれば化物は優利を狙い襲いにくるかもしれない。


そうならないためにも自分の命を守るために優利が取れる選択は2つであった。

1つ目は部屋にある武器を使い飯嶋に加勢し化物を倒す。

2つ目は飯嶋を見捨てて部屋に閉じこもり化物から自分の命を守る。


これ等の選択肢を瞬時に考えた優利であったが答えは既に決まっていた。

2つ目の飯嶋を見捨てて部屋に閉じこもる選択である。まず、優利には戦闘能力は皆無である。そんな優利が加勢したところで今の状況を変えることは難しいだろう。

そして、部屋には保存食のようなものも置かれていたため部屋に閉じこもっても数週間は生きることができる。


(すまない教官、、、)


優利は部屋の扉に手をかけて閉ざそうとする。しかし、優利の体はそこでピタリと止まって動かなくなる。

頭の中では生き残る最前の手段は部屋に立て篭ることと認識しているのに体は飯嶋を見捨てることを拒否しているようだった。


それからの行動はほぼ頭ではなく体が自然と動き出した。優利は部屋をパッと見渡し手頃な武器を探す。目についた武器はアサルトライフル、ハンドガン、ナイフの三つだった。強力な武器はアサルトライフルやハンドガンである。


だが今は取り扱いに慣れない武器は選択するべきではないと考えた優利は使用が比較的容易なナイフを手に取った。戦闘能力が未知数の化物に対してナイフ一本での戦闘は無謀にも思えるが優利の選択は間違いとも言えなかった。

何故ならばアサルトライフルやハンドガンの銃弾は通常、別々に保管されている。そのため銃を使うには部屋の中から銃に対応した銃弾を見つけ出さなければならない。


飯嶋が窮地に立たされている今、銃弾を探し出しマガジンに弾を込める時間などない。

早急に飯嶋の支援に回るのであれば優利の選択は正解と言える。


ただ中学生の少年がナイフ一本で今の状況を変えることが出来るかは限りなくゼロに近い確率であろう。


優利はナイフを片手に部屋を飛び出し飯嶋の元へと走る。直線距離にして距離は50m。今の優利ならば5秒もあれば十分な距離であっる。飯嶋は依然として防戦一方であり、攻撃を回避する速度も落ちてきていた。


(急がないと、、、)


優利がそう思った瞬間に飯嶋が「転移スキル発動」と叫ぶのが聞こえた。直後に頭の中に男とも女とも言えない不気味な声が響く。


『転移スキルの準備はまだ終わっていません。現段階での転移成功確率は83%です』


優利が謎の脳内音声に困惑する暇もなく飯嶋は続けて叫ぶ。それに呼応するように優利の脳内に先ほどと同じ声が流される。

飯嶋も優利と同じ声が聞こえているのか戦闘を続けながら脳内の声と会話しているようであった。


「強制実行しろ!」


『転移座標の詳細設定をしてください』


「自動設定!」


『転移する座標を自動で設定します。転移対象付近に異質のデータを確認しました。転移実行プロセスに問題が発生する可能性があります。本当に転移を実行しますか?』


「構わない!はや・・・」


飯嶋が化物との距離を大きく取ってからの出来事は一瞬であったが、優利には全てスローモションで感じられた。

飯嶋が大きく距離を取り脳内の声に応答すると同時に化物の腕が鞭のようにしなりながら飯嶋の首めがけて振り払われる。


十分に距離を取ったはずの飯嶋だったが化物の腕は振り払われると同時にゴムのように伸び軽々と間合いを埋めてしまった。飯嶋もギョッとし命令を中断して防御の態勢に入ろうとしたが、それよりも先に化物の腕は飯嶋の首に到達していた。


そこから優利は地獄を見ることとなる。化物の腕が飯嶋の首に到達してからは時間の経過に反比例するように時間の流れはさらに緩やかになっていった。化物の細く伸びた腕が飯嶋の首にジワジワと食い込んでいく。

目を背けたくなる光景に思わず優利は目を瞑ろうとするが目蓋を閉じることはできなかった。


それもそのはず今の優利が見ている光景は瞬きよりも速い一瞬の出来事であり優利の知覚スピードが通常に戻らない限り目を背けることも瞑ることも許されなかった。


優利はゆっくりと首を切られる飯嶋を見続ける以外に出来ることはなかった。


優利の体感時間で2分が経過した頃、飯嶋の首はほぼ切断されかけていた。その光景を前にして優利は涙一つ流すことも許されず、ただただその光景を傍観させられていた。

怒り、絶望、虚無感が優利の心を埋め尽くそうとする中またも先ほどの脳内音声が聞こえてきた。


『了解しました。転移プロセスに移行します』


ゆっくりと流れる世界の中で脳内音声は意図不明のメッセージを伝え出す。


『転移実行プロセスに多数の問題を確認しました』


『転移座標データの一部が破損しました。転移場所を対象に損害が出ない位置へと変更します』


『転移スキルホルダーの潜在魔力減少中。全ての対象を転移させることに困難が生じています』


脳内音声は問題が発生したことをしきりに告げたが優利にとってそんなことはどうでも良いことだった。しかし、皮肉にもこの脳内音声を皮切りに優利の知覚スピードに異変が生じ始める。

飯嶋の首を切り落とそうとする化物の腕のスピードが少しずつ加速していく。

それと同時に優利の体も少しずつ動き出す。それから優利がスロモーションの世界から解き放たれたのは化物によって飯嶋の首が完全に切られた後だった。


飯嶋の首は激しい血飛沫を撒き散らしながら宙を舞い鈍いを音を立て床へと落ちた。それを見た優利は恐怖よりも先に激しい怒りに包まれる。目頭は熱くなり今までにない怒りの表情を表す優利はまさに修羅であった。


「うおおおおおおおおおおおおお 殺す!」


優利と飯嶋の関係は1週間もない関係だったにもかかわらず優利はまるで自身の家族が殺されたが如き様相で化物に突っ込む。化物もそれに気づいたのか飯嶋の首を飛び越えて優利の向かって移動し始める。


『転移スキルホルダーの生命活動に問題が発生中。魔力供給困難な状態のため予め設定された転移対象を限定します。』


(何なんだよこの声は、、、飯嶋は何をするつもりだったんだ?)


脳内に流れ込んでくる声は普通の聴くのに比べて脳内に直接メッセージを流しているからか一瞬のうちに多くの情報量を送ることが出来るようだった。

その代わりにメッセージが送られてくるごとに頭がズキズキと痛むのを感じた。


『転移座標の評定が完了しました。』


『転移対象の解析完了済み。』


『世界間魔力共鳴値異常なし』


『転移対象の精神体を除く構成物質を分解及び破棄します』


『転移開始します』


脳内の声が最後にそう言った後に優利は全身に焼けるような痛みを感じた。自身の腕を見ると皮膚が焼けただれたように赤く染まっていた。

あまりの痛みに優利はしゃがみ込み叫ぼうとするが、叫ぶための口はいつの間にかに消えていた。


ふと前を見ると正面には口を仕切りにパクパクと動かし続ける化物が優利を哀れな小動物を見る様にして上から見下ろしていた。

化物は弱った優利を見て小さな口でニヤリと笑ったかと思うと腕を振り上げ、そのまま優利の頭めがけて振り下ろした。


頭蓋骨にヒビが入る音が聞こえたと思った瞬間に優利の目の前は真っ暗になる。




『転移完了しました』




死んだはずの優利の頭にあの不快な声が響いた。



プロローグは長くなりましたが次の話からは短めで更新していく予定です。

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