東京ゾンビ
大学生活はあっという間に過ぎ、2人は社会人として生活を送っていた。
社会人になってからというもの、日々の仕事が忙しく2人はなかなか連絡も取れていなかった。
そんな日々の中で、空は朧のことが気になり連絡をとってみることにした。
「朧、元気にしているかい。調子はどうだい。」
「空、久々だね。」
「仕事が忙しくてなかなか連絡を取れなかったよ。」
「今はメーカーに勤めていて、商品開発の部署に配属されたんだ。学生時代に夢を語ったことがあっただろう。少しづつ夢に近づいてきているんだ。」
「空は何をしているんだい。」
「自分はシステムの開発を仕事にしているよ。大学時代にITの分野が今後伸びていきそうだということに気づいたので、
ITの勉強をしてシステム開発の仕事をしているんだ。」
「すごいじゃないか。空も夢を見つけて夢に向かって進んでいるんだね。」
朧の言葉が胸に突き刺ささる。
空はシステム開発の仕事が嫌いではなかったが、好きというわけでもなかったのだ。
これから伸びそうな分野だという理由で勉強をしただけで、夢と呼べるほどのことではなかったのだ。
「朧ほどではないよ。朧こそすごいじゃないか。学生時代に見つけた夢を叶えられそうになっている。」
「楽しんで仕事をしているようだね。」
空は、朧から楽しそうな声色が聞こえてくるだろうと考えていた。
「仕事を楽しめているか... どうだろうか。」
「楽しいことは楽しいんだ。夢に近づいていることは嬉しいしやりがいもある。 」
「ただ、全てが楽しいわけではないんだ。職場の人間関係で思い悩むこともある。思い通りに進まないこともある。夢と現実のギャップに苦しむこともある。」
空は朧の次に紡がれる言葉を待っている。
「最近思うんだ。夢とは願うことも描くことも難しくはない。夢に向かって進み始めることも難しくはない。」
「夢を叶えるまで歩みを続けることが難しいんだと。夢を叶えるためには現実とのギャップに苦しみながらも、少しづつ少しづつ前に進むしかない。」
「うまくいかないときに心が折れそうになることもある。」
「周囲に馬鹿にされたり、批判されたりするときもある。」
「その中で、折れずに継続し続けることがとても難しんだ。」
「そう思っているんだ。」
朧の話を聞いていて、空も思うところがあったのだ。
システム開発の現場で、夢みて入社してきた新人が現実に打ち負かされ、現場から去っていく姿を何度も目撃していたのである。
「確かに、そうかもしれないね。」
空は一言だけそう返答した。
「自分の話ばかりしてしまってごめんね。空の方はどうなん。」
空は応えた。
「自分の方はどうだろう。システム開発は夢ではないかな... 朧と違って夢と呼べるほどの物ではないと思う。」
「システム開発をしてはいるが自分が何を達成したいのか。誰を笑顔にしたい。どこで役に立つ。何も見えてこないんだよ。」
「自分が社会の歯車になっていく感覚だよ。替えのきく部品、自分でなければいけないという理由が見つからないんだ。」
「そうか... 空はまだ夢を見つけられていないんだね。」
朧のどこか悲しげな声が響き渡る。
「朧の話を聞いていると自分が情けなくなるよ。自分には夢なんてものが見つからなかった。」
「まるで生きる屍のようだ。意思もなく変わらぬ日々を過ごしていく。ゾンビ映画に出てくるゾンビと何が違うというのか。」
「ふらふらと彷徨いながら日々の刺激を求める。ふらふらふらふらと彷徨い、行き着く先が見えない。」
「満員電車のサラリーマンを見たことがあるかい。目が死んでいるんだよ。会社にいくだけのゾンビ。生きてはいない。日々の糧を得るために会社に行く。」
「ふらふらふらふらとまるでゾンビのように。」
空の口から悲痛な叫びが響き渡る。
朧から言葉が発せられることはない。
「こんな話をしてすまない。」
朧は明るい声で応える。
「いや、いいさ。空にも溜まっていることがあったんだろうからさ。」
「今度、久々にあって話さないかい。気分転換にもなるだろうし。」
空は、朧に申し訳ないことをしたと思っていた。
直接あって謝りたかったのだ。
「本当にすまない。今日の埋め合わせは、会ったときにするよ。予定が空いている日はあるかい?」
ズレていく、崩れていく。
日常は音をたて、崩れていく。
今日と同じ、明日がくると思いながら...
今はまだ、今日と同じ明日が来ないということに気づいていない。