明日があるさ
明日があると思っていた。
明日が来ると思っていた。
明日も同じ日常が...
何気ない日々が訪れると思っていた。
でも、その明日はもう来ない...
二度と訪れない。
「空には、将来の夢ってある。」
友人の朧がいきなりこんなことを尋ねてきた。
「どうしたのいきなり。そんな突拍子もないことを聞いきて」
朧がこんなことを尋ねてくるのは、初めてのことだった。
「最近、飼っていた猫が死んじゃったの... その時にふと思ったんだ。自分もこうなるのかなって、いつか死が訪れるのかなって。死ぬってことを考え始めたら、自分は今までに何かやりたいことや将来の夢もないまま生きていたことに気づいたの。 だから、自分だけが夢や、やりたいこともないまま生きているのかが気になったの。」
朧は自分と同じく将来、夢もやりたいこも何もない同類の人種だと考えていた。
来年には大学受験を控えた二人ではあったが、これといってやりたいこともなかった。
ただ、漠然とではあるが、大学には行った方がいいかな程度には人生を思い描いていた。
「自分には今のところやりたいことはないかな。 将来のことなんて分からないや。」
「そっか。空も今の私と同じなんだね。 自分が何で生きているのかも分からない。何をしたいのかも分からない。 どこに行けばいいのかも分からない。 何も分からないんだね。」
周りの大人や友人でも、夢ややりたいことを語る人間はごく少数だし、それが普通なのだと心のどこかで思い込んでいたのである。
「子供のころになりたいものとか、やりたいことはなかったの? アイドルだとかスポーツ選手だとか何か憧れたものはなかったのかい?」
「あまりキラキラしすぎた世界には憧れなかったかな。まぶし過ぎて、自分はあの中に入れないと思っていたから。 しいて言うなら... パン屋さんかな。」
「何でパン屋さん?」
「近所のパン屋さんが笑顔でパンを売っているのを見て、なんかいいなと感じたからかな。 自分もこんな風に笑って暮らして行けるのかなと思ったの。」
朧から笑顔と言う単語がでた時に、少しだけ吹き出しそうになったのは心の中だけの秘密である。
朧はポーカーフェイスで、感情をあまり表に出さない笑顔とは正反対の人物だったからだ。
「朧は人を笑顔にすることに憧れているんだね。 夢なんて突拍子もない大袈裟な言葉に聞こえるけど、案外身近で些細なところに夢ってあるのかもしれないよ。」
「案外身近で些細なことか...」
少しのきっかけ、気づき、些細な変化により人生は大きな分岐をしていく。