植物と私
さくら、たんぽぽ、あ、もう春か。心地よい風、水色の空。風や空、雲は毎日変わるのにただ、植物だけが変わらずそこにいた。私はこんな暖かい春の日に近所を散歩するのが好きだ。何の目的もなく、ただ歩くだけ。時計、スマホ、時間が分かるものは特に持ち歩かない。そういう時間が私にも必要だと感じたのは受験前で何か形のないものに追われ必死に勉強をしていた時。私は倒れた。意識がだんだんと遠のいていき、時間がゆっくりと流れていく。気がついたら病院のベッドの上だった。お医者さんは「疲労だ]と言った。だが、受験前の私に休んでいる暇はない。病院はその日で帰れたから家に帰ってもいつも通り勉強三昧だった。
ついに受験当日。なんとかテストを終え、帰路についていたとき、急に目の前が暗くなった。「あ、またか。」私は内心ほっとしていた。これでまた休めるのか。遠のいていく意識の中、「もう頑張らないで」「少し休んだ方がいいよ」どこかからか声が聞こえた。「ついに幻聴まで聞こえるようになってしまったか」それが私が覚えている最後だった。気がついたら病院のベッドの上。今回ばかりは入院をしなければならなかった。親も付きっきりで看病していた。
病院での休息がよかったからか、私はあっという間に元気を取り戻した。
数日後、受験結果を見に行った。頑張ったお陰か無事合格していた。帰り道、喜びを隠しきれず気分よく歩いていた。すると、どこかからか「おめでとう」「やったじゃん」「今日はお祝いだ」と声が聞こえた。「えっ」とびっくりして立ち止まってみたが誰もいない。「気のせいか」と思い歩き始めるが声は一向に止む気配がない。むしろ歓声のように大きくなっていくばかり。さすがに怖くなり、「な、何?」と言うと、「私たちの声が聞こえるの?」そう声がした。そして少し強めの風が吹いた。「下を見てみて」そう言われふと視線を落とすと、そこには草花がいた。「えっ、嘘。そんなまさか。」「そのまさかだよ。僕たちの声が聞こえるのね。嬉しい」私は驚きと恐怖のあまり駆け出していた。「なんなんだ、病院帰りから変だ。こんな声前は聞こえなかったのに。やっぱりまだ疲れが取れていないのかな」そう思い家に帰った。その日は気になって眠れなかった。
寝不足だがその日は用事があり出掛けた。「今日も聞こえたらどうしよう」そう思って草花の横を通るときは少し早歩きになった。だが、何も聞こえなかった。私は「やった、やっぱり疲れていたいただけだ。幻聴だったんだ。」そう思った。道を歩いていて何も声が聞こえなくなって2週間が経とうとしていた。その日は晴天だった。たまには散歩でもしてみようと近所を歩いていた。目先には男の子が集団でいた。「あ、そうか。今日は土曜日か。いいな、楽しそう、、じゃない。」近くで見てみると集団で一人をいじめていた。「お前、ちょっと勉強ができるからって調子に乗るなよ。」「そうだよ、本当、目障り」「早くいなくなっちまえ」そう言いながら彼らは男の子を突き飛ばしたり、叩いた。男の子の体は傷だらけだった。「やめて、やめてよ。」そう言いながら泣いていた。気が済んだのかいじめっこ達は帰っていった。傷だらけの男の子を置き去りにして。端からみても男の子は心も体も傷ついていた。周りには大人がいた。もちろん私も。ただみんな彼を知らない他人。彼らに怒ったところで自分に何の得がないことは分かっていた。「巻き込まれたくない」ふと、そんな声はした気がした。皆が同じ気持ちでただ泣きじゃくる彼を見つめるだけだった。その時、またあの声がした。「大丈夫?ねえ、そんなに泣かないで。」「君は何も悪くないよ。」「ねえ、あなた聞こえているでしょ?だったら声をかけてあげてよ。」そんな声だった。「なんで関係ない子を慰めなくちゃいけないのよ」心の中でそう思った。「そう、あなたには関係がない子。何も接点はない。だけれどもあんなに肉体の暴力、言葉の暴力を受けた子をあなたは放っておけるの?近寄って、大丈夫?そう言うだけで少しは救われるわ。彼には今誰かの助ける声が必要なの。そして私たち植物の言葉を伝えられるのはあなただけ。誰かに傷つけられたとき、人はどうしてもらいたいか考えてみて。」私の目の前に広がる「それ」は物語っていた。風に揺られながら生命を宿しているかのように。
私は全神経を集中させて「彼が今どんな気持ちか、どんな言葉をかけてもらいたいか考えた。」空、風、植物、すべてと繋がっている気がした。そして私は堂々と男の子に近づいた。「もう大丈夫だよ。」私は笑顔で男の子に声をかけた。まだ泣きじゃくる男の子に飴玉とハンカチを渡し、「つらかったね、痛かったね。でもお姉ちゃんがいるからもう大丈夫だよ。」そういって背中をさすり彼女は男の子が泣き止むまでそばを離れなかった。