第6話「神の一手」
「御客人。して、何用かな?」パチ
俺は、頭がおかしくなりそうだった。自分を丸飲みにできそうなほど巨大な一つ目のモンスターと、推定80歳は優に超えているであろう老師が、一つの碁盤をはさみ互いに向かい合って囲碁を打っている。
「ギャーーーーーム(ここにお前以外の人間が来るとは、50年ぶりなんじゃないか?)」パチ
俺は、モンスターの叫び声に法則性を見出し、翻訳することに成功した。
しかし・・・この老人も、見たところこの怪物とかなり親しげな様子。おそらく俺と同じく、翻訳能力を習得しているに違いない・・・!
俺は、自分と同等か、それ以上かもしれない知能をもつ人間に久しぶりに遭遇できたことに期待と興奮を隠せなかった。
局面を見るに、怪物の黒が優勢、しかし、まだ中盤。
この老人がただの老人でないとすれば・・・ここからの逆転の余地も大いに残されているはずだ。
「俺は・・・天の川学園2年の、水田貴之という者だ。不慮の事故によって、地球からこの星へ飛ばされてしまったようなのだが・・・それ以外のことはよくわからない。もし何か知っているなら、教えてくれないか!?」
「ほっほ!天の川学園!ということはもしやオヌシ・・・黒髪で大きなリボンをつけたおなごを知っておるかの?」パチ
黒髪で大きなリボンだって?それってまさかーーー
「ふむ。知っておるようじゃの。」パチ
「ギャォオオオオオオム!!!(よそ見してんじゃねぇぜええええええオヤジィイイイイイイイイ!!!これでどうだぁあああああああああ!?)」パチ
!!!
黒が、さらに差を広げる一打を打ってきた。
これで上辺の白の死は決定的だ。ここまで淡々と一定のリズムで打っていた老人の手が、初めて止まる。
長考。
なんという静かで、洗練された集中だろう。
フクロウらしき鳥のホーホーという鳴き声や、すず虫のリーンリ-ンという音すら、かき消されてしまうほどの圧迫感。
それはまるで、水面に一滴の水滴が落とされ、波紋が広がる様子をみるような美しさだった。きっと、神とやらが存在したならば、こんな佇まい(ただずまい)をしているんだろう、と思うほどのーーー。
パチ。
老人は、止まった時の歯車を再び動かすように、無言で一手を打った。
そして怪物が考える間も与えず、もう1手を打つ。そしてもう1手。もう1手。その神速の動きはもう肉眼ではとらえられず、のこったマスがすべて白の石で埋め尽くされる様はまるで千手観音の無数の手で囲碁をするがごとくだった。
パチッ。パチッ。パチパチパチパチパチパチッーーーーー
連続掌打を浴びた碁盤は月のクレーターのように陥没し、もはやどちらの勝利なのかは判別不明になっていたが、俺はそこにたしかに「神」の技術を見た。
「その娘・・・名をなんと申す。」
「飯塚・・・飯塚有希です。」
「ギャ、ギャムゥ・・・(「千手」発動は、ナシにしたじゃんかよぉ・・・ずりいぞ・・・)」
「ほっほ!そうかそうか。あいわかった。オヌシには聞きたいことが山ほどある!がしかし、オヌシも疲れておろう。今日のところはここで一泊するのはどうかのう?」
「ギャームギャーム♪(枕投げしよ~ぜ~)」
「お、お言葉に甘えさせていただきます!」
キャンプは近未来的で、どちらかというとホテルにちかい設備になっていた。
煙は、たき火を想像していたが、どうやら煙突からモクモクと排出されていたものだったらしい。
ドアはオートロック、カード認証仕様で、それぞれに個室が分け与えられ、シャワー・バスルーム付き、さらに屋上には露天風呂やサウナまでついていて、地下にはカジノコーナーまである充実ぶりだった。
(こんなところでこんな豪勢な生活をしているなんて、あの老人いったい・・・?)
屋上の露天風呂で体を休めていると、不意に極度の疲労からの睡魔に敵うはずもなく、俺は無意識のうちに気絶したように眠りについていた。
・・・それにしても今日は、とても長い一日だった。
ーー朝起きたら、今までのことが全部夢でしたーー なんてことに、ならないかな。
そんな淡い期待を胸に抱きつつ、俺は夢の世界へと旅立った。
「・・・ククク、上手くいったようだな。」
・・・影で、魔の手が俺に忍び寄ろうとしているのも知らずに。
産業まとめ
・囲碁で負けそうなおじいちゃんが1000手打って勝つ
・露天風呂で疲れをいやす
・魔の手!?
飯塚有希のイラスト2件、水田貴之(?)のイラスト1件を頂きました。
ありがとうございます^^