表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

時代劇ショートショート【庚申待】

作者: 音野内記

 神田佐久間町のねずみ長屋に住む魚屋の半吉が、同じ長屋の住人である隠居の正兵衛宅を訪ねた。

「ご隠居、いやすか?」

 半吉は返事も聞かず、引き戸を開ける。

「何だい、いきなり」

「ご隠居に教えて欲しいことがありまして」

 半吉は入れと言われてもいないのに、勝手に家の中に入り、座敷に腰掛けた。半吉が無礼なのは何時ものことだ。正兵衛は、無礼な振る舞いを咎め立てすることもなく、用件を訊く。

「それで、何を教えて欲しいのだ?」

「『こうしんまち』って、どこにあるか教えて欲しいんでさ?」

「こうしんまち? さて、聞いたこともない。この江戸にそんな町名があったかな……」

「ご隠居でも、わからないんですかい?」

 物知りで通っている正兵衛。そう言われると、引き下がれない。

「どこでその町名を聞いてきた? 詳しく話してみろ」

「アッシと同じ魚屋で木助って野郎がいるんですがね、こいつが『こうしんまちに行ったことがあるかい』って訊いてきたんでさ。いかにも知らねえだろうって風に訊いてくるもんだから、『何度も行ってやがらぁ』と言っちまった。そうしたら、来助が『連れてってくれ』って言うもんだから、断れなくなって『連れてってやらぁ』と言っちまったんでさ」

 正兵衛はやれやれと思いながらも、手掛かりを求める。

「他に何か言ってなかったか?」

「『夜の何時頃行けばいい』とか、『夜明けを待つ間に、酒は出るのか』なんて訊いてきやした」

 それで、正兵衛はピンと来た。

「『こうしん』は『きのえさる』の庚申、『まち』は待つという意味。漢字にすると、『庚申に待』となる。つまり、『こうしんまち』は町名ではなく、庚申の日に夜通し起きて朝を待つ縁起事の『庚申待』のことだ」

 庚申の日とは、干支紀日法による日付のことである。干支紀日法は、十干(甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸)と十二支(子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥)を組み合わせて、日付を表す記述方法で、甲子から始まり癸亥で終わる。10と12の最小公倍数になるので、60日で一回りすることになる。

「アッシはてっきり町の名前だと思ってやした。ところで、庚申待っていうのは、どういうものなんで?」

 正兵衛の顔はほころんでいる。嬉しいのだ。蘊蓄を披露できるので、嬉々として語り出す。

「庚申待は元々唐土(中国)の風習だった。我が国に入ってきたのは、平安の頃と言われておる。

 人の体の中には三尸という3匹の虫がいて、庚申の日の夜に眠ると、三尸が体から抜け出て、その者が60日間に犯した罪を天帝に報告するそうだ。報告を聞いた天帝は、罪に応じて寿命を短くすると言われておる。

 寿命を縮められたくはないだろう。だから、庚申の日の夜は皆で集まって眠らないようにし、三尸が抜け出ないようにするのだ。この集まりを庚申会と言っておる。

 そうそう、三尸にはそれぞれ名があって、上尸、中尸、下尸と言う。上尸は頭に住み、髪を白く……」

 正兵衛の話には、蛇足が多い。知っていることを吐き出して自慢したいだけなので、当然そうなる。気が短い半吉は話の途中に割り込んだ。

「天帝っていうのは、死神みたいなもんですかい?」

「死神とは違うな。天帝は唐土の一番偉い神のことだ。我が国には天帝がおらぬので、庚申待では青面金剛や猿田彦を祀っておるそうだ」

「するってぇと、庚申待ってやつは、集まって静かに夜明けを待つだけなんで?」

「それでは、間が持たんだろう。庚申会にも色々あってな、ひたすら経を読む集まりもあるが、順番に雑談を語る集まりもある。中には、飲み食いして騒ぐだけというのもある。目的は徹夜することだから、過ごし方も様々という訳だ」

「アッシは、バカ騒ぎするやつがいいや。ご隠居、バカ騒ぎする庚申会を紹介していただけやせんか?」

「儂は、三尸が抜け出しても困らぬのでな、庚申待をしたことがない。だから、どこで庚申会を開いているか知らんのだ」

「木助の野郎に庚申待に連れっていやると言っちまってるんで、何とかなりやせんか」

「しょうもない奴だ。知り合いに当たってみるが、期待はするな」

 半吉は立ちあがり、「申し訳ねえ」と言って頭を深々と下げた。


 半吉と木助が大川に架かる吾妻橋を渡り、向島の小料理屋「武蔵屋」に着いたのは夜五つ(午後8時)であった。

 この店で開かれる庚申待に参加できるよう、正兵衛が手筈を整えてくれたのだ。

 半吉と木助は、入口で店主に参加費を払い、土間から15畳ほどの座敷に上がる。座布団がロの字に敷かれており、既に7人が座っていた。壁には三猿を従えた青面金剛の掛け軸が掛けられている。行灯の薄暗い光が青面金剛の形相をより一層恐ろしく見せていた。

 半吉と木助は、空いている座布団に座り、前に置かれている酒と料理が載せられた盆を脇に寄せる。

 庚申会の主催者である店主が座敷に上がり、「今日の参加者が全員揃いました。そろそろ始めましょうか」と告げた。

 皆が青面金剛に向かって手を合わせる。何やらつぶやいている者もいた。半吉は要領がわからず、真似て合掌する。

(ご隠居は『飲み食いしながら話を順番にする集まり』と言ってやがったが、話しが違うじゃねえか。拝んだまま夜明けを待つんじゃ、息が詰まって死んじまわぁ)

 長い合掌が終わると、店主が口を開く。

「今日は、新しい方が3人加わりました。自己紹介も兼ねて初めての方から話をしてもらおうと思いますが、宜しいですか?」

 以前から参加している者たちが頷くのを確認して、店主は木助に話し始めるよう促した。

「お初にお目にかかります。魚屋の木助と申します。庚申待は初めてのことなので、何を話せばいいのかわかりません。こちらの集まりに参加させていただいた経緯でも構いませんか?」

 木助は改まった口調で喋り、参加者を見回す。

「難しく考えることはありません。どんな話でもいいのです。怪談でも、作り話でも構いませんよ。硬くならずに、気楽にお話しください」

 主催者の店主の言葉に、来助は安堵した。

「そういうことでしたら、庚申待をしたいと思った動機について話させてもらいます。

 庚申待を知ったは、最近のことです。得意先で庚申待のことを耳にしました。その時は大して気にも留めなかったのですが、その日から数日後の夜、居酒屋で飲み過ぎてしまって、ふらふらしながら夜道を歩いていると、急に尿意を催し、道端で用を足しました。終わってふと下を見ると、小さなお地蔵さまが小便でびしょ濡れになっていました。

 皆さんは『何と罰当たりな』と、お思いでしょうが、私の育った下総の結城には『小便地蔵』というお地蔵さまがございまして、下の病を患った場合は、お地蔵さまに小便を引っ掛けながら願を掛けると治ると言われていました。だから、罰当たりとも思わず、家に帰ったのです。

 その夜のこと、お地蔵さまが三匹の猿を退治している夢を見ました。見猿、聞か猿、言わ猿の三匹は青面金剛の使者ですから、お地蔵さまが怒って寿命を短くさせようとしていると思ったのです。そう思い出すと居ても立っても居られなくなり、つてを頼ってこの庚申会に加えさせていただいたという訳です」

 木助の話を腕を組んで聞いていた老人が、ポツリと発した。

「地蔵に小便とは、関宿の地蔵のようじゃのう」

「関宿の地蔵? 聞いたことがありませんね」

 店主がつぶやくと、老人が語り出した。

「東海道の47番目の宿場町である関宿に鎮座している地蔵のことでのう、この地蔵は足利家が将軍の時代に、村人が修繕したんじゃ。

 村人らが、通りかかった僧侶に地蔵の開眼供養をしてもらおうと待っていたところ、通りかかったのが高名な一休和尚じゃった。一休和尚は村人の願いを聞き入れ、『釈迦はすぎ、弥勒はいまだ出でぬ間の、かかるうき世に目あかしめ地蔵』と詠み、地蔵に小便を引っ掛けて立ち去ったのじゃ。

 怒った村人らは、開眼供養をやり直すことにし、身なりの立派な僧侶に願ってありがたい経をあげてもらった。ところがじゃ、その晩、村人の一人が熱を出して倒れてのう、うわ言で『つまらぬ供養をしおって、元の供養に戻せ』と口にした。

 それを聞いた村人らは、一休和尚を呼び戻すことにし、使者を出した。使者は桑名の宿で一休和尚を捕まえたが、『引き返すことはできん、代わりにこれを地蔵の首に掛けよ』と言われ、褌を渡されたのじゃ。

 使者は褌を持って帰り、地蔵の首に掛けると、村人の熱は下がったということじゃ」

 どこからともなく、声が上がる。

「そう言えば、『とんだ開眼⼀休のろり出し』という川柳がありましたな。地蔵が赤いよだれかけをしているのは、一休和尚の褌が始まりなのでしょうかな?」

「さて、どうじゃろうか。赤いよだれかけや帽子は、赤子が無事に育つようにと奉納しているものじゃからな……」

 一同が考え込んで静まり返ったところで、店主が先に進める。

「次の方に話をしてもらいましょう。新顔の新太さん、お願いします」

「酒屋の奉公人で、新太です。お近づきの印に当店の薬酒を持ってまいりました。1合飲むと寿命が10日延びると言われています」

 新太は1升徳利を持って順番に参加者の元を回り、薬酒を注いだ。皆が飲んだ後、新太は喋り始めた。

「それでは、つまらない話ですが聞いてください。

 川柳に『五右衛門が親、庚申の夜をわすれ』という句がありますが、庚申の日に子供を作ると、その子は盗賊になると言われています。その言い伝えの通り、庚申の日から十月十日後に生まれた子が、長じて狸小僧と呼ばれる泥棒になったそうです。

 狸小僧は色んなものに化けて忍び込み、盗みを重ねていましたが、庚申の日だけは盗みをしませんでした。験を担いだのだろうと思われがちですが、そういう訳ではありません。理由は、庚申の日は徹夜をする人が多いので仕事にならないからだそうです。

 もし、庚申の日に高いびきを立てて寝ている者がいたら、盗人かもしれません」

 新太が軽くお辞儀をすると、次々と声が上がる。

「道理だ。言われてみれば、庚申の日は一番盗みがやり難い日に違いねぇ」

「でもよう、盗人が寝ちまったら、三尸が抜け出して悪事を報告しちまうだろう。寿命が縮むのはわかり切ってるのに、平気で寝られるもんなのかい?」

「盗人が信心深い訳ないじゃろ。信じていないから平気で寝られるんじゃ」

「そんなもんかねぇ」

 会話が途切れた所で、店主が次の話者の半吉に話をするように促す。

「魚屋の半吉と申しやす。それでは先日聞いた噂を話しやす。吉原の恵比寿屋の女郎が……」

 半吉の話はつまらない上に長い。なので、一同は話を聞くより酒や料理に口に運ぶのに忙しい。そんな状況の中、畳に横たわった者がいた。新太だった。スヤスヤと寝息を立てている。

 それに気が付いた木助は半吉に言う。

「半吉、皆さんが退屈しているじゃないか。もう、その辺で止めたらどうだ」

 得意になって喋っていた半吉だが、周りを見渡すと誰も聞いていないのがわかった。半吉は顔を赤らめ、黙ってしまった。

 木助は店主に訊いた。

「新太さんを起こしましょうか?」

「眠ってしまっているので、既に三尸の虫が出てしまっているでしょう。手遅れだから、そのままにしておきましょう」

 店主の言葉に異論をはさむ者はいなかった。店主は新太を寝たままにして、次の話者を指名した。


 参加者による話は続いたが、徐々に寝る者が現れ、夜八つ(午前2時)になると、全員が寝てしまった。10人全員が座敷の床に寝転がっている。

 すると、新太がむっくりと起き上がった。新太は眠っていなかったのだ。狸寝入りをして、全員が寝るのを待っていたのである。

「ようやく、全員寝やがったか。時間が掛かったぜ。次にやる時は薬草の量を増やすとするか」 

 新太が振る舞った薬酒には、睡眠効果がある薬草が煎じて入れてあった。新太は参加者を眠らせるために、薬酒を巧妙に飲ませたのだ。

「俺が狸小僧だとも知らずによく眠っていやがる。さっさと仕事を片付けるとするか」

 新太は独り言を言うと、皆の懐から財布を抜き取り、家探しをして店の金を盗み出した。盗んだ金を入れた袋はずっしりと重い。新太はほくそ笑むと、入り口の引き戸の心張棒を外して出て行った。

 しばらくすると、新太が店に戻って来た。金を入れた袋は持っていなかった。近くの稲荷神社の床下に袋を隠したのだった。新太は後で袋を回収するつもりなのだ。

 新太は店に入ると、真っ直ぐ厠に向かった。厠の小窓の戸を開け、皆が寝ている座敷に戻り、心張棒が外れているのを確認すると、床に寝転がって寝たふりをした。

(厠から盗人が入り、入り口から出て行ったと思うだろう。盗んだ金は持ってないし、一番先に寝た俺が疑われることはない筈だ)

 新太が逃げたら、直ぐに新太が犯人だとわかってしまう。江戸が広いと言っても、偶然被害者と出くわして捕まらないとも限らない。それを避けるためには、被害者のふりをするのが一番良い方法なのである。

 新太は寝たふりをしていたが、仕事を終えて安心したのか、本当に寝てしまった。すやすやと眠る新太の体から、小さなモヤの様な塊が3つ抜け出し、上の方にゆらゆらと昇って行った。


 鳥の鳴き声で半吉が目を覚ました。障子が日の光で明るくなっている。既に夜は明けていた。

「しまった。寝ちまった」

 半吉は慌てて起き上がり、周りを見ると、皆が寝ている。

「気持ちよく皆寝てらぁ。全くしょうがねえな。朝になっちまったことだし、起こすとするか」

 半吉は寝ている者を起こしに掛かる。眼を擦りながら、次々と起き上がったが、一人だけ目を覚まさない者がいた。新太だった。

「息をしてねぇ。死んでる!」

 半吉が腰を抜かすと、皆が集まり、新太を囲んだ。新太はただ寝ているようにしか見えなかったが、脈や呼吸が無く確かに死んでいた。


 その頃、天上界では、天帝が帰るところが無くなった三尸の虫に話し掛けていた。

「お主らの報告を聞き、犯した悪事の分だけ寿命を短くしたら、寿命が無くなってしまった。帰る場所が無くなったな」


<終わり>

 庚申待は江戸時代に庶民へと広がり、全盛期を迎えたそうですが、大正時代に衰退したとのことです。

 神社仏閣などで、「庚申」の文字や「青面金剛」が刻まれた石碑を見かけることがありますが、これは「庚申塔」と言われる物です。庚申塔は庚申会を3年(18回)続けたことを記念して建立されることが多かったそうです。


 作中にある小便地蔵は、今でも結城市にあるようです。さすがに、小便を掛けられてはいないようですが。


 また、関の地蔵についても実際に存在しており、亀山市の地蔵院の本尊になっています。この地蔵は日本最古の地蔵菩薩と言われており、一休和尚が開眼供養をしたと伝わっています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ