第26部 北欧 エストニア 阿部家族の再会と逃避行
1927年8月21日 昭和2年 北欧のエストニア地方
*)安部家の再会
ユキオ、ホロ、キャス(ピンク)平蔵、トミ、サワ の6人
ロシア軍は、モンゴルの村で捕獲した人狼をサンクトベテルブルグへ輸送する。
母親の出産が近いので、ウランバートルに寄りお産を済ませた。
少佐のヴァーシリーは、イルクーツクの軍施設より飛行船を呼び寄せている。お産の時間の有効活用だ。人狼は屈強だから出産の翌日に飛行船に乗せ出発した。モスクワに立ち寄りヴァーシリー少佐は下艦して、代わりに、参謀のグルゴリ大佐の乗艦と荷物1個を積み、5機の戦闘機を従えてサンクトベテルブルグへ向かう。
一度北西方向のバルト海に出てエストニアを横切り、ペトログラードに到着するコースを取った。夜の飛行も、敵・味方をごまかす為である。
ペトログラードには、それこそ陸軍の参謀グルゴリ大佐の秘密研究所がある。ここで人狼の研究実験と改造を行っている。ペトログラードのネバ川の畔にあり、ラドガ湖とバルト海と行き来できる要所だ。これは人狼輸送中の事件である。
1927年8月21日。
北欧のエストニア地方上空へ差し掛かった時に並行世界と遭遇した。
大佐と艦長、兵の遣り取りである。
「大佐、襲撃です。地上から砲撃を受けています」
「回避しろ! 戦闘機を向けろ。応戦を早く!」
「大佐、地上には砲撃している様子がありません。砲撃の光が見えません!」
「どこに回避してよいか判断ができません」
「これは!・・・は、は、花火です。大佐! 花火の打ち上げです」
戦闘機の爆撃が始まった。飛行船も爆弾を落とす。
バァーン、バァーン、花火の音と共に、ヒューン、ヒューン、ドーン、ドドーン地上から空爆の轟音が響く。飛行船は被弾し炎上していた。
飛行船の腹の部分は襲撃され難いので相対的に弱く作られている。対空中戦用に上と横だけが強化されていて、通常の戦闘機の銃撃には耐える作りにしてある。地上攻撃は、被弾しない高度を取れば問題がない。しかし、ここは敵地では無い。攻撃がある筈は無いから、高高度も取っていない。だれもが地上の何処からの砲撃かが判らない。
戦闘機は空襲を続ける。
ヒューン、ヒューン、ドーン、ドドーン。ヒューン、ヒューン、ドーン、ドドーンドバーンと轟音の響きと共に飛行船は炎上した。もう落下を始めている。
「全員、脱出用ポットに乗艦、退避する」艦長が叫ぶ
「大佐、非常用の脱出ポットにお乗り下さい。我々も脱出します。直ぐに大爆発をいたします」
「被献体は乗せているのか、よし乗り込む」
墜落した飛行船から3個の気密式の丸い艦が押し出され、落ちて転がった。
止まればすぐにハッチが解放される。のだが、大佐は脱出用ポット内で死亡する。脱出用ポットから大きな男と赤子を抱えた女の二人が出て来た。
この時に阿部教授らの家族と遭遇する。阿部教授は何度も何度も家族の名前を叫んでいた。ユキオの家族だとホロはすぐさま気づいた。
「ユキオ!倒れている3人を救助して! 私はキリを向こうで叫んでいる人に預けて来る。きっとユキオの大事な人達よ」
他の非常用の脱出ポット2個も自動で開き、兵と共に一人の女性が出て来た。女が叫んだ。兵らは一目散に逃げていく。
「ウォ~ォ~ オ~~ォ ウォ~~~」
その間、二人の教授と母親・ホロの遣り取りが続いていた。暫くして、並行世界が閉じられ、それぞれの世界に戻った。これからは阿部家族と少し大きめの女性の逃避行が始まる。
教授の家族3人をそれぞれ一人を抱えて逃げる。暫くして、ここは安全と判る。
「ホロ! 大丈夫か。怪我は無いか」
「あんたはどうだ。声の練習は出来たか?」
「ええ、大きい声で叫んだわ。快感よ!」
ユキオは「わぉ、怖いお姉ちゃんかもしれない」と思った。
「ええ、大丈夫よ。それよりユキオ! この家族の顔に見覚えはないかしら」
ホロが尋ねた。少し煤けているがはっきりと判別できる。ユキオの両親で平蔵とトミである。若い女は判らない。(名前は、サワ、という。ユキオの弟の嫁だ。)
これは一人の女性が念じた必然の、3個の宝石が叶えた奇跡!
隠れる事が出来そうな小屋を見つけて休んだ。開墾が始まったばかりで野原と畑地があるだけで、後は少しの家屋が見えるくらいだ。これから入植者が増えて10年後には大きな村に街になる。
「ユキオ! ごめんなさい。キリをあなたの弟の勇さんに預けてきました。もし、また捕まったら、あの子が可哀そう過ぎます。だから、ごめんなさい」
「ホロ、よくやった。勇だ、きっとうまく育ててくれるさ。巫女の覚醒呪文は
どうした。」
「はい、勇さんのご友人の方に、ロザリオと一緒に伝言いたしました」
「そうか」
「ユキオ、怒ってはいませんか?」
「なんで怒る必要があるのかい? ただ、娘の二人と離れて淋しいよ」
「きっと、会えますよ」
「ああ、そうだな。俺もそう思うよ」
「ユキオ、早くご両親の介抱をしなくちゃ」
「おっと~。親父は死んだかな~」
ユキオが両親を介抱しホロが若い女性を診る。少し身体が大きめの女性は見張りに立つ。火傷が少しで済んだのは爆風で飛ばされていたからだが、衝撃が強くて気を失っている。暫くして家族3人の意識が戻る。
「お父さん、おやじ!・・・・お母さん、おふくろ!」
何度も呼びかける。外傷は無いからきっと大丈夫だ。と思い呼び続けた。先に母のトミが目を覚ました。
「幸夫だよ、分るかい?」
「あ、・・・・?・・幸夫? 幸夫かい?」
「ああ、そうだよ、母さん。幸夫だよ。父さんも無事なようだ。良かったね」
「お父さん、お父さん、起きて!」
母が揺り動かす。父も目を覚まして呻く。そして一瞬驚く。「幸夫」と思ったが理解出来ない。確かに面影があるが、顔が・・・・・である。とかく男は鈍感!
「父さん、幸夫だよ。幸夫が生きていたんだよ」
「お前?・・・幸夫か?」
親子3人の再会だ。約8年ぶりの再会。
「母さん、こちらの女の人はだれ?」
「弟の嫁・サワだよ」
「そうか、もうそんなに時間が過ぎたんだな。勇に嫁か~」
幸夫は嬉しく思う。そして、早く会いたい。
「おまえ、生きていたなら、何故、便りを寄越さなかった。出来ただろう」
怒られながらも、喜びながらも、再会を喜んでいる。
ユキオと別れたのが並行世界だから、連絡も出来はしない。ここから説明をしなくてはならないが、とうてい理解してはもらえない。明日からこの世界を案内しながら説明しよう。
ホロが言う。
「ヨメさんが目を覚ましたよ」
ホロは、この女性の名が、「ヨメ」と聞こえたのだ。無理もない。
勇の嫁の名は、サワ。満州生まれで綺麗だ。二十歳になる。幸夫はこのサワさんに、勇の事を訊いている。サワは、驚いて口をパクパクさせて息をしているが、落ち着いてきたら、夫の勇について話し出した。
「弟さんは、甲斐性なしだわ」
「おう、そうか。昔と変わらんのだな。アハハー」
「もう、失礼しちゃう」
「で、あんたは、・・・人狼の巫女さんだよな」
「ああ、キャスというんだ。よろしくな」
ここでは、幸夫とサワの会話であるが、向こうでは、幸夫の両親とホロの戦いが始まっていた。
「おい、あんた。あんたは幸夫のなんだい。いつぞやの娘だな。幸夫に何をした。幸夫を返せ!」
「私はユキオの女だよ。ユキオは欲しくて取ったんじゃないよ。のしは持ってないけど、そのまま返すよ」
「ちょっと、あなた。それはひどいですよ。もっと、大人になりなさい」
「俺はもう、大人だ。これ以上大人になって、死ねというのか?」
「お父様、お母様。ホロと申します。幸夫様の妻でございます。どうぞ、末永くよろしくお願いします」
「おう、そうかい」
「おやおや、幸夫の嫁さんかえ? 今まで大変だったろう?」
「いえ、けっして、そのような・・。すみません、ご両親の孫は、ロシア軍に長女が奪われてしまいました。また、次女は、ロシア軍に奪われましたら、モルモットにされますので、ご子息さまの勇さまにお預けいたしました。申し訳ありません」
「勇は生きているんだね?」
「はい、今年には再会が出来ると思います」
「再会が? 先ほど別れただけじゃないの。可笑しな事をいうのね」
「いいえ、お母様。先の事故からは、もう10年の時間が過ぎています」
「おい、幸夫。お前の嫁は頭は大丈夫か!」
「お父さん、しっかりしてください。今日は、1917年8月21日です。これから1927年8月24日に時間跳躍して、未来に? あれ? 過去???とにかく1927年に行きます」
「幸夫? お前まで変な事をいうのだね。幸夫!変です」
「なぁ、ホロ。いつになったら、1927年に行けるのだい?」
「ユキオ、簡単ですよ。10年を過ごせば行けますから、安心して下さい」
ユキオは、キャスに家族を紹介した。次はキャスから自己紹介を頼んだ。
大き目の女性はピンクの宝石を持つ。名は、キャスという。25歳前後でロシア軍に捕まり、イルクーツクの牢に下宿していた。人狼の血液製造マシーン。運動不足と、エネルギーの補給が多すぎるので、大きい身体になってしまった。ピンクの宝石の巫女だ。度々採血されていた。このエストニアの生まれだ。
キャスは外の見張りと付近の探索をして戻ってきた。家族が騒いでいたので疑問に思ったが、暫くして理解した。キャスの報告によると、ここはエストニアの北方らしい。ここは未開だから軍も居ないので安心していい。墜落した以上調査の兵が来るから、明日の朝から逃げるのがいいと言う。
「私は、キャス。ここエストニアの生まれよ」
南の方が詳しいので隠れる場所もあるから、出来るだけ早く移動しましょう。ペイプシ湖の横を南下すればすぐだから、と説明した。
とにかくここから早く逃げることだと決まったのだ。明日朝から行動開始する。逃げるにしても、お金や服も無い。移動手段は徒歩のみ。食糧も無い。のナイナイ尽くめだ。困ったものである。
エストニアの東のナルバまで逃げる。もう、阿部家族に働いて頂くしか、方法が無い。ユキオ・ホロ・キャスはロシア軍から追跡を受けているから、表だった行動がとれない。キャスの知人を頼りに働き口を探す。探しているうちに噂を耳にする。昨年から逃げ続ける人狼の女が居ると。ペトログラードの郊外だそうだ。
この噂は、濃緑の巫女の、アヴローラ、の事である。1914年に囚われた夫・イワンを取り返そうとしていた。
ロシア軍は、1915年から、ペトログラードのネバ川の畔に、秘密研究所を作り上げて人狼の研究実験と人体改造を始めた。アヴローラが、このロシア軍の秘密研究所を探し出したのが、1917年の3月だった。娘のシビルが居るとはまだ知らない。
阿部家族全員と、ピンクの宝石のキャスの6人だ。宝石を持つのはキャスだけだが、宝石が近くにあれば分るという。居酒屋で聞き込みを始めた。
ペトログラードの南にロシア軍が小さな空港(1932年に完成、開業)を作っている。この近くに行けば情報が得られるのでは無いかと張り込みを始めた。ロシア軍が時々東に移動しているから尾行をして見た。必然か、尾行の同業者と遭遇した。
「こんちゎ、いいお天気ですね」
「チース、大勢でなんでしょう?」
「はい、ピンクのキャスよ。あなたを探しにきたの。よろしくね!」
濃緑・アヴローラとの遭遇である。とりあえず宿に戻り、お互いに情報交換の杯を交わした。飲めば分る、女も黙ってビールを飲む!と言う訳で安堵して酒盛りになった。のである。
アヴローラも一人では何も出来ないで見取り図とか、兵の出入り、兵の人数等を調べていた。イワンが居ると思うとやるせなかった。
ユキオ、ホロ、キャスから、ロシア軍から逃げた経緯を聴いた。飛行船の墜落があったので、秘密研究所の関係者はバタバタと忙しい。ナルバのユキオたちの宿に一時避難する事にした。
このナルバには、1年前から居酒屋で人狼の噂が流れていて、阿部夫妻が調べていたのだ。ユキオたちは恐れて自分たちの情報は流していなかった。だから遭遇が遅れてしまった。アヴローラが酒好きなものだから、居酒屋のミーシャの目に留まった。
1927年8月30日に、1916年から逃げ続ける阿部教授たちと合流する。




