第17部 モンゴル紀行 山岳調査
1937年(昭和12年)8月7日 モンゴル
*)700kの荒野を走破
「教授、おはようございます」
麻美は元気になり明るく挨拶をした。石川くんは、
「先輩、おはようっす」
どこの方言かしら? 本当にドコサンかしらね。
「麻美さん、もう元気そうだね、良かったよ。今日はトラックで南の山脈に行くのだが行けそうかな。キツイ行程になりそうなんだ。昨晩打ち合わせで言ったろう?」
「えぇ、教授、昨晩は聞いていませんので再度お願いします。17章が始まったばかりですので、紙面が空白のままですから」
教授は今日から3日間の旅行日程を説明した。麻美は嫌だと、捲し立てる。
「私、ベッドで寝たい、お風呂入りたい、それからおいしいもの食べたい」
「麻美くん!すべて望みを叶えてあげよう。あのトラックの荷台を見給え! 全てが揃っている。ドラム缶=風呂ね、お古の長椅子=ベッドね、コンテナには沢山のレトルトを詰め込んだから、きっと大丈夫ね。コックさんも居るよ!」
「レトルト? ですか、ロシアは進歩していますね。すご~い!!」
「今朝早く、氷室から持って来たんだ。どうだ、凄いだろう?」
カチンコチンの氷を積んでいるようなものだった。レトルトはお正月の食材を夏場に加工して保存する。「フリーズドライ」の親戚だ。これはとても便利らしい。
フリーズドライの製造はとても簡単。夏に調理した物を冷凍機で急速冷凍にする。今度は、この氷の塊を空気を抜いて真空にします。後は勝手にフリーズドライになります。干しシイタケ等を味付け加熱して、そのまま凍らせて作ります。重箱に詰める前に水で戻せば、おせちの完成です。姿エビもそうですね。
このフリーズドライの売れ残りの、2年落ち、3年落ちが、定価の80%offで販売されるのです。(たぶんです。違っていたらゴメンナサイ)
先生の次元の違う発想には、付いていけそうにもない。ただ、困惑するのみだ。
「館長さん、おはようございます。昨日は何から何までお世話になりました。今日からは恩返しのつもりで頑張ります!」
「いえいえ、そう気張らなくていいですよ。ターニャも同行しますので話し相手になってやって下さい」
館長は、ターニャさんの所に行って声をかけた。
「ターニャ!トラックはもう来るかい?」
「もう停めております、あそこの2台ですね」
「1台多いがどうしてだい?」
「1台は女性の為の専用車です。麻美お嬢様が、ダダを言われますので紙面を割いて用意いたしました。館長の為に大ダルのビールを用意してます。山が高いので良く冷えて美味しいですよ」
「だ、だ、誰が駄々をこねるのですか。麻美ではありません」
「確かに、だだ!ですね」
こうして3台のトラックが走り出した。
ウランバートルから南東に約700kを走り出す。本当に大陸は広い。何処までも続く地平線。大地と空が交わる地獄のような、何も無い世界が広がった。
初日は出発の準備もあるから、少し時間が過ぎている。チョイルという町で一泊する予定である。ここで一人の老人に会う事になる。
700kの走破はとても大変だった。舗装されている道路ではないのだから。雪解け水が沢山流れていて、道路にも流れ込んでいる。乗用車と小型トラックが横断できずに流の中で立ち往生しているのが見える。私たちは難なく通過してかの車両を牽引してやった。お礼に1本のウィスキーを頂く。
途中は本当に驚くばかりで、鶴の飛行、花の絨毯、落石にも遭った。こうして宿に着く。着いたと同時に****************。
チョイルはやや開けた町だ。南に雪を冠した山々が見えている。かの山が目的地か。まだ遠い景色に溜息がでる。
無駄に大きな道路が通っている。いや、道路に家が在る、とう言えそうだ。火災対策かもしれないが、日本もこうでありたいものである。どれくらい広いかといえば、札幌平野に平屋建ての家を置いたような感じだ。家が地平線になっている。
「教~授、もうへとへとです。石川くんはいつも写真を撮っていますが、 先生は石川くんを助手にしていませんか? シベリア紀行がベストセラーになるからと、幾らで雇ったんですか?」
麻美は教授を、作家の先生!という意味で。先生と呼んだ。皮肉ですね。
麻美の鋭い指摘が飛んで来た。麻美はそうとう疲れているのが言葉で解る。館長とターニャさんは宿の主人と少し長話が続いている。ようやくして、
「お待たせしました、もうひと部屋の予約と部屋割りを相談しておりました。荷物を持って2階に行きましょう。景色がいいそうです」
館長さんは、どうして一室を増やしたのでしょう? か。
ベッドが2つあってすぐさま身体を投げ出した。ふかふかで気持ちいい!
「ターニャさん、私こっちでいいかしら?」
「えぇ、よろしいですわよ。こちらはダブルで大きいから」
「あ!しまった・・・・」
「先輩、ターニャさん。食事の用意が出来たので、キッチンに行きましょう」
「え?キッチンですか?」
「ここの食堂は1室で、台所にテーブルが並ぶような作りになっています。作りながら食べるような感じでしょうか」
何の事はない、半分以上がセルフ仕様になっている。お好み焼きと同じスタイルだな。目の前で大きな肉を焼いて食べるのだ。大きな肉、でへへへ、よだれが。鹿肉が1頭乗っている。スケールがでかい。なんの事はない調理の手抜き!だな。
食事が済んで自室で寛いで居る頃に老人が尋ねて来た。館長さんが呼び寄せた人だ。体格が異常にでかい。柔5段!と言う位に大きい。皆は館長さんの部屋に集まった。館長さんは先ほどの老人を紹介した。モンゴルの村で暮らしていた人だ。
「久しぶりだな、ターニャ。元気にしていたか?」
「はい!お爺さん。いつも元気ですよ」
老人は気さくにターニャさんと話しだした。身内の人みたいだな。
「麻美さん、この方を見て何か感じませんか?」
「うん~、何か人とはどこか違うような感じがします。館長さんと同じような?」
館長は、この老人の紹介を始めた。
「私の父です。麻美さんと同じ、いわゆる「人狼」です。お父さん、こちらが電話で話した日本からみえた、ユキオとホロの娘さんです」
「おおそうか、あの二人の娘さんか。大きくなって・・・・」
「教授、父にはなんでも質問に答えてくれるよう頼んでいます。ご遠慮無く」
「ええ、はい。よろしくお願いします」
「えぇ~と、確かユキさんでしたか。ご両親とは、11年前位に別れたきりですね。それと、お母さんはお腹が大きかったと思うのですが、赤ん坊はもう大きくなっているでしょうか」
「はい、無事に生まれて、キリ という名前です。妹も一緒にロシアに来ています。それと、後でゆっくりと両親のお話をお願いします。館長さんは、一時、中国に連行されて、村ではあまり一緒に居なかったそうです」
「うむ!分かった」
「館長のお父さん。それで、先ほど両親と11年前に別れたと仰いましたが、その後の両親は何処に居るのかは、お分かりではありませんよね」
「あぁ、そのことだが、ロシア軍に捕まってロシアの東の方に連れていかれたよ。その後の事ははっきりしないんだよ。でも、生きているよ」
「そうですか、生きていればいいです」
「あのですね、幸夫の家族の私たちが、エストニアで飛行船の墜落事故に遭遇したことがありました。あれは、10年の並行世界がぶつかって事故が起きたようです。この時に、女の人から赤子、今のキリを託されました。もしかして、あの時の二人が両親だったのかもしれません」
この話しを聞いた館長とお爺さんは、目を大きく見開いて身体を乗り出してきた。
「あの事故に遭われたのですね~。そうです、そうです、あの二人はきっとお嬢さんの両親ですよ。あの時は、他にもわしらと同じ人狼が居ました。あの不思議な事故は有名です」
「では、あの怪奇現象は、誰かが起こしたのでしょうか?」
「たぶんそうでしょうね。ですが、あのような大きい時間跳躍は誰も出来ません。やはり偶然でしょう」
その頃別の宿では、人狼研究者=イルクーツクのあの書士の父が来ている。あの書士と言えばお分りだろうから、安部教授との約束をほごにした図書館の館長です。数名の若い軍人を同行させて居る。大佐らしき人も一緒だ。軍寄りの人間だ。
それからも話は続く。館長さんがお父さんに、
「ルカとクライが生きているんです。良かったですよ!このお嬢さんが見つけてくれました。ターニャも生きているのが分るそうですから」
「そうか、生きているのか。良かった」
「ユキさん、ありがとう。本当にありが・・・・う」
最後は声にならない。私は、一言しか言わなかった。
「よかったですね」
館長のお父さんが話し出した。
「ロシア軍が、我々人狼を探している。知人が噂で聞いたそうだ」
「ええ、お父さん。そのようですね。何だか違和感があります」
モンゴルも近いから、色々と人狼の実話が出てくる。などなど、話は夜遅くまで続く。ウィスキーは空になる。
「足りね~な」
翌朝です。朝食を終えて出発の準備を始める。ここで、ロシア軍がボロをだす。見える所に車2台を停めたからだ。散歩兼、様子見にでた教授が発見した。すぐさま、踵を返して教授は帰ってきた。
「館長、ロシア軍らしき車両があります。どうしましょうか」
老人が少し考えて、
「一度北に向かって郊外から南に進みましょう。これでついて来るようなら尾行ですね。ターニャ!後で迎えにくるから、軍らしき車両の人相を確認してくれ。お前なら分るだろう。老いぼれは先行して町を案内しなければなぬから」
という事で分れて行動を開始した。やはり車は尾行していた。ターニャさんを拾って走り出しす。
いざ!めざせ、山脈。
館長のお父さんが運転して、教授と館長が相談しやすく配慮された。女どもの車の運転は、・・・・石川くんしか居ない。
途中で、老人はとある家の前で止まる。何か荷物を載せている。中身がすごい!広い大地の1本道。ロシア軍の車はまく事が出来ない。だから・・・。
あと少しで山脈だ。車は大きく揺れるばかりだ。ベースキャンプになる場所を見つけなければならない。少し広い場所が見つかった。ここをベースキャンプにする。テントの設営がはじまる。と、どうだろうか、影の薄い石川くんがとても働く。アウトドアのヲタクだった。キビキビと的確な指示が飛ぶ。次々と。
ドラム缶の風呂が用意されるが水が無い。砂漠には水は無いのだ。麻美!ゴメン。老人は石川くんと車で出かける。どこだろう?
麻美は秘密兵器を呼んだ。そう、クロである。ターニャさんが腰を抜かした。
「クロ待たせたね、さ、一緒に走ろう」
ターニャさんは指を咥えて見ていた。乗りたそうだ。後でクロを貸してあげるね!
麻美さん、もうお手伝いをお願いしていいかな? いいとも!
「食事の準備をお願いするね。石川くんが綺麗に石積みしているから楽だよ」
お鍋等用意して準備を始めた。石川くんはまだ帰らない。居ればもっと楽だ。
暫くして、石川くんが帰ってきた。荷台には雪が満載された状態だ。むむ・?薪は当初から積んでいる。ドラム缶に雪を入れて雪を解かす。初めは食事用の煮炊きの水だ。直ぐに夜になった。星が多くてきれい、流れ星が多数見えた。夏の風物詩ペルセウス座流星群。綺麗だ。
館長さんが呼ぶ。
「はーい、なんでしょうか?」
「ユキさんには、大事なお仕事をお願いします。ルカの居場所を探して欲しいのです。お風呂が済みましたらベッドでお休みください。ターニャも一緒です」
お風呂も二人でどうにかして入る事が出来た。ターニャさん、胸でかい!
疲れもあり直ぐに眠った。近くにはクロが居る。夢を見る。最初は、両親の夢だった。両親が暮らしていたモンゴルだからだろう。クロと遊んでいる夢に変わる。クロが楽しそう、ユキも嬉しい。次に、中国軍が来た。館長さんらが何やら連行されて行く。
ダメ!連れて行かないで!ゴルも連れて行かないで!母と一緒に叫ぶ。連れて行かないで!!ルカ? 私たちは大丈夫だから、クライをしっかりと元気に育てておくれ。いずれ会えるから。きっと会えるから・・・。
「ユキ!ユキ!。分るかい? ルカだよ、応えて。ユキ!」
私を呼んでいる。
「ルカさん、やっと会えた。もう探したんだから。いっぱい、いっぱい!探したんだからね」
「ありがとう。私たちの家族を連れて来てくれて、ありがとう」
「ルカさんは、どこに居るの?」
「私たち親子は、山の中腹にある洞窟の中に居る。緑の宝石が教えてくれるから大丈夫。お願いね、ユキ。待ってる」
ユキは夢をみている。はるか彼方のモンゴルの緑の大地を。ユキは疲れて起きれなかった。明日からは悪夢に変わるとも知れずにクロとの楽しい夢をみた。
とうとう愛用の中古パソコンがご臨終のようです。電気を通している時間が長かったのです。無理もないでしょうか。




