第15部 シベリア紀行 出発前日
1937年(昭和12年)8月7日 イルクーツク
*)白の宝石の巫女を探しに
翌朝、私たち4人はバイカル湖へ行く事にした。私が並行世界で見た女性が本当に居るのか探すためだ。どこに行けばいいかは全く解らない。兎に角出発する。トラックで移動すると教授が決めた。レンタル代は如何程であろうか。
「教授、なんでトラックですか?」
私は尋ねた。
「ここは狭い日本じゃないよ、大陸だろう?」
「はぁそうですね、大きくて広いから都市や町が離れてるし、それから」
「駅からタクシーで行けないだろう? 乗用車とかは給油も簡単には出来ないよ」
「あぁ、そうですよね~、田舎にはタクシーありませんよね、ァハ・ァハハァ!」
「ガソリンはドラム缶に満タンにして持参しないと動けないじゃなのかい?」
グッジョブ!教授。杉田先輩、運転ガンバ!
教授は大きい地図を取り出していた。
「教授、どこから手に入れたんですか?まさか、図書館から失敬してきた?」
「なんだい、失敬な。」
「ほら、失敬、でしょう?」
「桜お姉さん、お父さんをいじめないで。未来の旦那様でしょう?」
「な、なにを言うの霧。失敬だぞ。桜子は先輩一筋だからね」
「杉田くん、君の嫁さんだ、うるさいから口で口を塞いでくれないか」
「先輩、いつでもどうぞ」
「さぁ、さくらちゃん。この地図を見てくれないか」
「この前の並行世界の湖が、バイカル湖と思うんだ。どこか当てはまるような処とか、湖の位置と道の位置とか思い出してくれ」
「ねぇ霧、手伝ってくんない。霧と一緒に十字架とブローチを持ったらまた並行世界に行けるんじゃないかな。教授、どうでしょう」
「うーん、クロに頼んでみようか」
「クロ!居る? 居たら姿見せてくれないかな」
何度読んでもクロは出てこない。いくら待っても同じだった。
「たぶん、ユキ姉さんの意識が無いからクロは心配して、ユキ姉さんの傍に居たいんだ」(そのころの麻美は三度目の眠りの中だ、ルカを探している)
私の計画が流れた。次なる計画は・・・無い。
「え~と、教授。ここに島がありますよ」
「とりあえずここまでドライブに連れてって下さい、未来の夫殿!」
先輩は何も言わない。(とうとう観念したか~)
バイカル湖の東岸には、島に通じる1本の道しかない。判断には困らない。しかし、ロシアは土地が広いし自然も豊かでいい国だ。もっとも、国土開発が遅れているのは、国土が広いというのでは無く、厳しい自然のせいだろう。
どこまででも続く白樺の森。鹿や熊、オオカミも沢山住んでいそう。でも、オオカミなんて怖くない。
夏にしか用を足さない畑地。だから1年分の食糧若しくは、販売して稼ぐだけの量の穀物を収穫しなければならない。だから夏はとても忙しい。冬はどうだろう。狩猟だけで無く、やはり出稼ぎに行くのだろうか。
タクシーが到着して、車やさんまで移動する。その後は毛布とかの防寒着と簡単なキャンプ用品等の買い出し。それから、先輩、他どこ行くんですか?
「教授、一つ尋ねていいですか。なんで毛布が必要ですか、まさかトラックで? 寝るんですか?」
「私の娘達に酷なことは言いません。ホテルに泊りますよ。荷台は寒いから毛布が必要でしょう。トラックの前に座れるのは二人、頑張って三人だな」
「はい解りました。ハハ、そうすると当然、阿部親子が荷台ですね」
「わぁ~桜姉さん、ひどーい。許せない、仕返しするからね!覚悟してて」
レンタカーが格安で借りられた。運よく幌付きで、まだ新しい車だ。ドイツ製のようだ。期間は一応2か月。返却が遅れたら少しの追加料金で済む。丈夫なトラックが借りられたのは、どす黒い裏社会の理由があったのだが誰も気づかない。気づける訳がない。日本はまだ平和であった。だから・・・。
ようやく出発の用意が出来た。三浦教授らの動向も気になるが、忘れ物に気が付いた。携行の食糧の買い出しに再度出かけた。もう昼過ぎたから今日もホテル宿泊に決めた。ガソリンの事は何も書いていないがどうだろうか。
ホテルのレストレンで夕食を待っていたら、一人のビジネスマンらしき人物が声を掛けて来た。
「ご家族でご旅行ですか?」
「バイカル湖の東まで行ってみる予定です」
「あそこは有名な観光地ですね。毎年たくさんの人が訪れていますよ」
と、お国の自慢話しが続くのだが。
「私の実家がエランツイにあるんです。休暇で帰省しますので、ご案内いたしましょう」
「エランツイという町は、バイカル湖に島が在ってその島に行く道沿いです」
「えぇ!そうですか、私たちと同じ道になりますね。イルクーツクを抜ける処までで結構ですので、途中までお願いします」
ビジネスマンではなかった。対モンゴル国への外交対策を担当する政府高官だという、いわゆる外交官だ。名はヴァシーリーさん。
食事中、私たちは大学の民俗学の研究で訪問していると説明した。
道は一本しか無い。なのに案内すると言う。が、おかしい事に気が付かない。罠に掛かっていた。ロシア軍と遭遇し、明日からロシア軍からの逃避行が始まる。
1937年(昭和12年)8月8日 イルクーツク
*)ヴァシーリーという男
翌朝、ホテルのロビーでヴァシーリーさんと落ち合う。
「今日は道案内をよろしくお願いします」
「はい分りました、こちらの通行方法がお国と違いますでしょうから、
私が先行して前をゆっくりと走ります。落ち着いて付いて来てください」
「ええ、ロシアで初めて運転しますので助かります」
「先輩、先輩の免許は、大型特殊のトラクター専用じゃなかったかしら」
「失礼な!」
「桜お姉さま! 先輩をおちょくると、嫌われますよ?」
キリの一声で桜子は大人しくなった。
「お嬢様方は、ゆっくりとお休み出来ましたでしょうか」
昨日と同じく優しい口調だ。
「はい、ありがとうございます」
ヴァシーリーさんは、年の頃45歳くらいに見える。上品な黒の背広だ。また、黒のシルクハットを被っている。ロシアの人々は体格がいいのだが、このヴァシーリーさんはスポーツマンみたいに、がっりとした体格だ。
柔道の選手みたいな?と、考えていい。知識もあり教授以上に達者な口ぶりで上品にゆっくりと話される。これは、私たちが日本人と言うだけでの理由だけとは考えにくい。もう、職業上のテクだろう。
失礼だが、ロシアの人は肥満が多い。これは生物学的な法則があって、その法則に則っているだけである。他国からどうのこうのと言われる筋合いは無い。防寒上、人間の防衛反応が働く。それは、体表から熱が奪われる事が寒い、という事だ。体が大きい程に体重に対する表面積が小さくなる。
放熱が相対的に小さくなるのだ。奪われる熱量を補充しなければ冬は越せない。がから、アルコールの度数の高い「水」を飲んで補充しているのである。ただ、昼から飲むのが問題なのだろう。水を禁止するのは、もってのほかだ。身体の大きい人は薄着が多いのがその証拠です。
「教授、まだ先輩が車を廻していません。どぶ川に落ちたのでしょうか」
やはりどぶ川に落ちていた。車ではなく先輩が。
「多分、右、左を間違えたんでしょう。大丈夫ですよ」
先輩曰く、駐車場を出て直ぐに怒鳴られたそうだ。
「桜さん、どぶに落ちたのは相手の車です。車ではなくこの先輩が? 落としました」
なにかすごい? な。
「やはり左右で苦労しました、遅れてすみません」
やや遅れて先輩がトラックを廻してきた。昨日は何ともなかったの?
「では、まいりましょうか。私の車は黒の乗用車です。乗り心地が良いですのでお嬢様お二人はこちらに乗られたら。いかがでしょう、教授?」
霧が大きい声で叫んで走り出す。
「杉田せんぱ~い、ご報告いたしま~す。かっこいい外車で~す」
分乗するからと言いたいのかな、霧と先輩が話を始めた。暫くして二人でやって来た。
「桜さん、僕は淋しいからトラックの助手席にお願いします」
「おきれいなお嬢様と、ドライブをしたかったのですが」
ヴァシーリーさんはそうですかと、残念そうに言いながら引き下がった。そして出発しましょうと言って車に乗り込んだ。
霧は教授に小声で話し出した。
「お父さん、あの人は何か変だよ、何だか乗ったらダメのような気がしたから、杉田先輩に一芝居をお願いしたの。少し気を付けて!」
霧は正しかった。教授は昨日の三浦教授とのやり取りを考えた。
「杉田くん、奥さんが助手席かよ~! 私はダメかね!」
「はい、当然ですよ、教授は後ろです」
しかし、私ではなく霧が先に乗り込んでしまう。
私は一言怒鳴った。
「教授、娘さんを降ろしてください!」
「む~・・・・・・。」
そういえば、どこかでキリを怒らせた記憶が蘇った。あの時は、はっきりとキリは仕返しをするぞ!と、言っていた。だからか、霧から仕返しを受けたのだった。
「ま、仕方ないか! 甘んじて受けようじゃないか」
イルクーツクを過ぎれば、北海道以上に車の離合はない。「これならば、さくらでも運転ができますわよ」




