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人狼と少女  作者: 冬忍 金銀花
第2章 シベリア紀行

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12/41

第12部 人狼の秘密 イルクーツク市の図書館


 1937年(昭和12年)8月6日 シベリア



*)イルクーツク医科大学


 イルクーツクのソ連軍施設の人狼の研究論文は、当然のように閲覧の許可は下りなかった。他に人狼の人体解剖の所見がまだイルクーツク医科大学に保管されていると、杉田先輩の事前調査で判明している。ソ連軍の調べから逃れた理由がばかげていた。カルテを日本語で書かれた為に判読できずに残されたためだ。杉田先輩の叔父が軍医であって人狼の解剖をしていたからだ。ちなみにソ連軍には秘密の解剖である。先輩の情報の出所は当然叔父だった。叔父は期待するな!と言っていたそうだ。


 叔父の計らいで閲覧が許可されている。イルクーツク医科大学の関係者は当然読めないから、ソ連軍にも提出されなかったという訳だ。


 記載内容は人間と変わりない、人狼かどうかも不明で確かに叔父が言っていた通りだ。これでは行き詰まりだ、二人は意気盛んに乗り込んで来たのにがっかりとしていた。多数の火傷の跡があって死亡していた検体だ。


 私は解剖所見ではなく人体のその他の項目を読んで見たのだが、20年前に発見された場所が北ヨーロッパのエストニア地方と書いてある。


 教授にその事を教えるとエストニア地方とイルクーツク地方と、どのような関係があるのかを調べてみると言われた。エストニアは若き教授ら二人が10年前に訪れた地方だ。火傷? もしかすると……。1927年の、あの惨劇の兵士だった。1917年の20年前は、ソ連が崩壊した年だ。1917年と1927年が並行世界で繋がったのだった。



 イルクーツク医科大学の図書館に膨大な資料があると、大学の研究員に教えてもらい、ついでに案内もして頂いた。


 さぁ、私と霧はどうしようか。文字は読めないし話も出来ない。この物語では不自由なく会話はこなせるが、二人になると不可能だ。危険でもあるのでホテルで休む事にした。それから丸二日が経過する。私たちは見るに堪えない程に太っていた。


 教授も先輩も文字が読めるのかは不明だ。ロシア語はスペルも変わってる第一に文字を輸入する事自体がナンセンスだ。船が難破して資料が流出しえらい学者さんは運良く生き残ったが、完全には覚えていなくて記憶を頼りに文字を作ったのがロシア文字の顛末だ。


 薀蓄うんちくはさておき教授が夜中に帰ってきていた。私は気が付かなかった。キリに言われて朝部屋に行ったらまだお休み中。何か収穫はあっただろうか。


「教授、先輩、おはようございます。もうお日様も高く上がってます。直ぐ朝食を食べませんと終了します。ですから早く起きて下さい」


「キリ、ベッドに飛び乗って! 一発で起きるから」

「キリ、起きるから勘弁してくれ。1週間前なら死なないが、今のキリなら即死だ」

「おはよう、お父さん」

「で、何か判りましたか?」


「文字は読めるの? おとうさん」


 キリが教授をからかい出した。教授はやや寝不足か、機嫌が悪そう。


 「なぁ~に、収穫は有ったさ」


 凄い情報が見つかったというのだ。突き詰めて調べたので昨日は遅くなったと。


 キリは教授の嘘を見抜いた。私には解らなかったが、どうしてかな。


「お父さんの嘘つき。収穫はお腹に入れる物なの?」

「はは、キリには敵わんな、杉田くんも起きたから朝食にいこうか」


 みんなは部屋を出て行く。先輩?足元がふらついていますよ。教授のカバンには情報の山が積み込まれている。きっと、図書館の蔵書が減っただろう。


 遅めの朝食が済んでキリは紅茶を淹れてくれた。久しぶりに飲む紅茶はおいしい。キリは私以上に気が利くようになった。嬉しいやら悔しいやら、キリを見つめた。ちなみに、ジャムは無い。


 人狼の秘密が判ったのだ。早くもの重大な秘密とは。



 阿部教授は紅茶を飲みながら、昨日の収穫の内容を教えてくれる。


 「人狼のルーツというか、出身がウクライナ地方なんだ」

「祖先はどうも古代スラブ語人らしいのだが、文字が存在していないそうだ」

「言語学者の文献によると、言葉は伝承、伝承と語り継がれて今日になったと、書いてある」

「単いつの民族らしいのだが、世代交代が出来るほど人口は多くない」


(古代スラブ語人=古代スラブ語を使う人種。場所が特定できないから、便宜上古代スラブ語を話す人が住んでいた地方を指したりもする)


 人間が繁栄し続けるには、一定の人口が必要な訳だし、何処からその人間が補充されてあるのかも不明だと教授が話す。人口は一定で、おおよそ300人程度ということだ。


「300人で維持出来なくはないだろうが、いわゆる血が濃くなり、身障者が発生する可能性が大なのに身障者は皆無なんだ」

「じゃぁ教授、近くの村からお嫁さん、お婿さんを貰っていたとは考えられませんか?」


 先輩が考えられる可能性を提案した。


「うん、そうなんだろうが、血統は守られているそうだ、それに」

「それに、言語が単一だから近くの村から人間を補充したとも考え難い」

「方言や2つの言葉で作ったいわゆる造語は見当たらないからね」


「語弊があるかもだが、文字や言語は時代により近くの一番発達した国の言語と文字を表向きは使用する。ただし、村の言語は変わらず古代スラブ語だと言うのが驚きだ」


「バイリンガルだよな」

「桜さんはどう考えますか?方向音痴で散歩も出来ないお嬢さま!」

「散歩くらい平気です、一人でもできます。ただ戻れないぃぃぃ!」


 キリが爆弾発言する。


「難しい事は無いと思う。並行世界から住人を連れてくるんです。また、行ったりもするでしょうか」



 教授ほか一同、大きな声を上げて驚いた。まさに爆弾発言だ。続けて話す。


「人狼の祖先は、並行世界に行き来する能力を持ってます。私はまだ理解出来ませんが、クロは自由に行き来しているではないですか」


 皆納得した。教授は面目丸潰れ状態。小さく、ぅぅぅ・・うなっている。


 人狼の秘密が一つ分かった。


 少し前から霧は黙っている。すると、奇妙な事を言い出した。


「ねぇお父さん、私もアイスを食べたい」

「私もって、一体誰が食べてるの?」

「お姉さんはアイスを食べてるよ」


 テレパシーが出来る事と、連絡を受けた情報を伝えた。皆は唖然とした。霧がテレパシー能力が出来た事を知らなかった。みんなはいろんな事を質問する。


 阿部教授が一言、


「もう、電話だな」


同じく三浦教授も電話呼ばわりをしているというから、仲がいいのだろう。



 三浦教授からは、ここの図書館の館長さんが、物知りでジンギス・カンの伝承を教えている事と、人狼の住んでいる村が在る事が判ったので、明日の調査には、館長同行で行くという内容が届いた。


 これらの事をキリは阿部教授に話した。


「ほほう、それは凄いな。ワシらも頑張るか!」

「では、教授。私たちもイルクーツク市の図書館に行きますよ」

「あ、先輩、もうすぐアイスが届きますので、待っててください」

「いや、待てないね!」


 暫くして、アイスが4個届いた。男共はダメ!と女で2個づつ食べてしまう。


 阿部教授は、霧が言った意味が分からなかった。外出の準備が出来たので、イルクーツク市の図書館に向かう。


 ここにも沢山の蔵書がある。ここの書士さんに風土記が在るか尋ねた。受付の女史は丁寧に答える。


「風土記と紀行記があります。こちらへどうぞ、ここが風土記です。後ろの書棚の下段に紀行記が少し在ります。ああ、これです、この3冊がそうです」


 紀行記から先に本を開くが解らない。どこの国の文字すらも見当がつかない。


 風土記は、言語研究や6~15世紀の国民の暮らし方等。安部教授には大変魅力的な民族学の解説書であった。特に興味深いのが、村の長老らの昔語りの聴き取りが何とも素晴らしく、本は教授のカバンに移された。



「教授、いけません戻してください。」

「おわっ! 本が勝手にカバンに入っている。これは驚きだ!」

 阿部くん! 日本語で喋ってるのですね?



「この紀行記をどうしたものか。杉田くん何か名案が無いかい?」

「無いかいと言われれば、無いです」

「じゃ、有るかい? と言えばどうだね」


「教授、真面目にやってください。漫才やらないで!」


 教授はゴメンと言うが、先輩は真面目な顔で、


「ありますよ、先ほどの書士さんが、迷わずに案内したではないですか」

「なるほど、随分と傷んだ本だな。繰り返し読み返しされたと考えるべきか」

「誰が研究したのかを尋ねよう」


「貸出記録の情報を頂けないか先に聞いてみましょうよ」


 紀行記は、古代教会スラヴ語で書かれていた。気が付かないでいたが後半はモンゴル語であった。この本はとある民族の歴史が書かれていたのだ。



 阿部教授は、図書館の書士に行って声をかける。


「すみません、今お時間はよろしいでしょうか。お尋ねしたい事がありまして」

「この紀行記の貸出が頻繁にありますが、借りた方をお教え頂けないかと

 思いまして、お願いにきました」


 女史は本を見ただけで答えた。


「はい、これは館長です。民俗学と言語学の研究をしております」

「ここの学術研究員をしております。館長を探してきますから少しお待ちください」


 10分くらい過ぎたころに女史は戻ってきた。少し遅れて初老の男性が来る。


「この本に付いて知りたいと申されたのは、こちらの方々です。」


 教授は、日本から民俗学を調べに来た。特にクリミア人とモンゴル人の関係が知りたいとを話した。人狼の事は伏せる事にしている。


 この館長は中肉で背が高い。背筋が伸びている。学者らしからぬ風貌だった。この館長は、見下げるような目つきで口元は緩ませる。


「もしかして、この本に何か記述がないか、お教え願えませんでしょうか文字が読めなくて困っております」


「ああ、……はいはい」


 何か考えたのか、少し間ががあいた。


「ええよろしいですよ。また明日に来館をお願いします。もう暫くしましたら閉館の準備になりますので、時間がとれません」


 この館長はわざとらしく腕時計を見ながら、


「すみませんが、明日にして頂けませんか」


「はい、ありがとうございます。明日の10時位でよろしいでしょうか」

「開館の作業も終わっていますのでその頃がいいですね」

「ではまた明日お伺いいたします」



「なに? あの気持ち悪い爺さん。セグローク!」


 キリは、またもや、爺さんを毛嫌いにした。ハバロフスクの時にすれ違った爺さんもそうだった。本当に気持ちが悪かったのだった。


 キリが麻美へテレパシーを送るとようやく繋がった。


「キリがウランバートルでも、十分な成果がえられるようだよ」


 と、安部教授には報告したら、教授は喜んだ。


 すると緊奇妙な感覚に気づいた。他のテレパシーの声が聞こえたような。キリが一瞬、力を抜いた時に 別なテレパシーが頭に流れたのだ。


「お父さん、なんか変だよ。キリがユキ姉さんにテレパシーを送ったら他の人のテレパシーの言葉が感じられた」

「なんだって? テレパシーが他にも聞こえるだと?」


 教授は驚くと同時に考え込んだ。教授の考え込む姿はロマンスグレーで、かっこいい!


「俺はまだ若いんだぞ!」と、教授のこころの声が届いた。


「キリ、どのような事が聞こえるのか、分るかい?」

「ほんの一瞬の事だから解らない、でも、通信している事が判ったような事とテレパシーの発信・受信の場所は判るかい、とかなんとか」


 キリとユキのテレパシーが傍受されているのだと教授は気づいた。


「キリ、今からいう事を麻美姉さんに伝えてくれ」

「三浦くん、今晩10時に宿に電話願う、と」

「うん連絡したよ」

「もう麻美姉さんにはテレパシーは送らないでくれ」

「はい、お父さん」



「お父さん、ユキ姉さんが何か宝石に触れて意識を無くしたみた。」

「お姉さんを感じ取れなくなった。でも大丈夫みたいだよ」

「それって、大丈夫なのかい?」

「うん、向こうの館長さんが丁寧にしてくれるから、良いみたいだよ」

「分かった。だが、少し心配だな」



 少し早いがホテルで一杯やろうか、と決まった。直ぐにホテルへ向かう。杉田先輩は喜んでいる。

 阿部教授はまだ電話連絡があるから酔えないでいる。やや不満げだ。


「ヘベレケの奥様は放置してていいのですか?」


 困ったもので、桜子は強いお酒で潰れてしまった。キリは酔わないのかな。私は、先輩に抱えられながら、部屋に戻った。キリが淋しそうだ。


 お姫様抱っこの感触が良かった。桜子は酔ったふりなのだが。


「このお姫様は少し太ったようだな。重たいや」


 桜子は、今日だけだからね! 次までには痩せているからね! と呟く。



 三浦教授から電話が掛かってきた。


「実は、キリのテレパシーが傍受されているようなんだが、麻美さんは気づいてないかい。先に聞いてくれないか」


 麻美さんは、気づいていないという。


 教授らの協議は続いた。長かったのだ。下記事項が決まった事の他は別途協議にする。


 テレパシーが傍受されているようだ。だから、テレパシーの使用は禁止する。緊急や必要時は、ウクライナの図書館のターニャさんに連絡する。一日に1回は定時連絡を入れる。館長さんは電話の中継を快く応じて頂いた事を確認した。


「霧ちゃん。三浦くんらはどうも君たち姉妹の両親を知っている人に、会えたらしいよ。合流できたら訊けるね」

「わ~、本当ですか! ユキ姉さんは喜んでいるでしょうね」

「そうらしいよ。良かったね」


 今度は杉田先輩との会話は暗くなっていた。


「しかし、テレパシーの傍受は、誰でしょうね」

「杉田くん、そうなんだよね、国々の関係も悪いし、ソ連情勢も悪くなりつつあるしね」

「でも、ここはソ連ですから、ソ連軍と思うのが妥当でしょう」


「三浦くんは、館長の家族と、山脈へ調査に出かけるそうだ。だから、収穫を待っていると言ったよ」

「そうですか、大きい前進かもしれませんね」


「教授、また飲みますか? うるさいのは寝てますしね」

「フム~」


 明日に備えて休んだ。




              1937年(昭和12年)8月7日 イルクーツク


*)陰謀が動き出した


 阿部教授は、昨日の図書館の女史に声をかける。


「すみません、今お時間はよろしいでしょうか」

「ああ、はい大丈夫ですが、館長をお訪ねですよね。あいにくと館長はモンゴルに行くからと言って、朝早く出て行きました」


 教授は残念そうにうつむいた。図書館の書士の方は本当に申し訳無いように「急用が出来たようで、すみません」と、言った。


「教授、仕方ありません。帰りましょう」


 私たちは図書館を出て行く。収穫は無かった。


 イルクーツクのソ連軍施設に立ち寄ったのが悪かった、迂闊である。柱の陰から図書館を出て行く私たちを見ている背広の人物が居た。



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