第10部 シベリア紀行 ユキとキリ
1937年(昭和12年)8月3日 シベリア
*)ユキとキリ
車の道中、三浦教授とキリは質問の応酬である、の筈だが予想が外れる。
「霧ちゃん本当に大きくなったね、びっくりしたよ。」
「ええ私自身もそうです、鏡を見たら麻美姉さまが写っていましたもの驚きました」
「麻美姉さまの身体は大丈夫なのでしょう?」
「なにすっかり元気になってるよ。今頃はクロという馬に乗馬してる頃かな」
「あ、クロ! か。元気にしてたんだ。私も乗せてくれるかな」
「霧ちゃん、クロの事知ってるの?」
「ぼんやりとですが、母から教授に託されたこの十字架が教えてくれました」
「麻美と同じだね、凄いと思うよ」
「眠っていた時がとても長く感じられました」
「麻美も同じ様な事を言ったね、この十字架が~って」
「フフフ……可笑しな姉さま。母の思いがこの十字架に記録されたように、夢の中に
ジワジワ~っと流れ込んできたんです」
教授は口を挟む事無く、霧が話すままに聞き入る事にした。
「お父さんから十字架を渡される前から、本当のお父さんお母さんの夢を少しずつですが見続けていました。そして私には姉が居て、麻美さんがお姉さまとして認識できました、本当です」
「麻美姉さまが本当のお姉さまと聞かされた時は、すごく嬉しかったんです」
「本当のお父さんお母さんの顔は判りませんが、とても優しい人というのが伝わってきましたし、今でもどこかで生きていると確信しています」
「早く姉さんに会いたいな、後どれくらいで着きますか?」
話しが教授に振られた、頭のいい子であると教授は思った。
「後3時間かな」
「3時間ですか、後ろの方たちは大丈夫でしょうか。教授、車を止めて下さい」
「桜姉さんが車酔いしています、私代わりますから休憩もお願いします」
霧の一言で三浦教授は我に返ったのが霧に諭された気分みたいだ。トラックの荷台では皆、口が開いたままだが、泡までは噴いていないが大惨事だ。
「もう少し先に村が在ります。そこで停めてください」
「そう言われたら村が在ったな。皆には我慢して貰うか」
大凡五分で着いたであろうか、村が在った。
「おいみんな、大丈夫か。ここで暫く休憩するから、すまんかった」
小さな村だがお店もある。石川くんが水を買いに行ったら、ウオッカを持たされた。高い水だ言う石川くんに、教授はお金を出して買い上げやんわりと注意をする。これはロシア語の先生が悪いに決まっている案件よ。だからウオッカを買い上げたのだろね。
「村に着くのは後3時間かな、もう暫く耐えてくれ!」
「桜姉さん、ね~来て。すてきなものがあるから」
キリが呼ぶからふらつきながらも行ってみると、キリがお店で赤い物を手にして、
「桜お姉さまは髪が長いから、この赤いカチューシャがよく似合いますよ」
と言って私に手渡した。キリは支払を済ませていて、「お礼にね!」と言った。
「わぁ~これキリからのプレゼントなの? 初めてだわ、嬉しい~」
すぐさま私は髪を掻き揚げて渡されたカチューシャを頭に当てる。涼しい風が通り抜けて私の長い髪が横に流れた。この光景を見つめている人がいた。杉田先輩だ!
私はポッと頬が赤くなる。
こうして休憩の時間は過ぎた。先輩はカチューシャを褒めてくれるが、霧が買った事を褒めていた。かわいい私を褒めるのではなかったんだな。
今杉田先輩はトラックの助手席に座っていて、三浦教授とお話だよ。
「杉田くん。霧ちゃんには驚かせれたよ、衝撃を受けたような感じだな。それに霧ちゃんはしっかりしているし、阿部くんは喜んでいるかな」
「いいえ、まだまだ鳩の状態ですよ。今なら鉄砲で撃っても落とせます。考える事すらままならない思考停止状態、と申した方が最適かと思います」
「ま、男が大きい娘を持つ複雑な心境だろうな、お察しいたします」
三浦教授と杉田先輩の会話は、どことなく冷たいと思った。
後に私と三浦教授はキリの変化に付いて話したが、当の私ですら付いていけないから暈した言い方にしかなっていない。
到着するのが思ったより早かった。辺りを見てみるも麻美は居なかった。代わりに麻美のお父さまが恐る恐る霧に近づいて来られて、
「霧ちゃんかい? 本当に大きくなって驚いたよ」
「はい霧ですよ、お義父さん!」
「お義父さんと呼んでくれるのか、麻美が二つに増えたようで何とも不思議だね。こりゃ~母さんが見たら腰を抜かすな」
「え~そうなんですか、だったら会わないでおきますね」
「麻美はクロと散歩に行っているからもう帰ると思うよ、腹空かせてね」
ユキが直ぐ帰ることがキリには分かるのである。もう道の先を見つめていてユキを見るなりキリは走り出した。猪突猛進状態、人狼も猪野に変身するのか!
私はそんな二人を見つめていたら、淋しそうにしていた霧に家族という姉が出来た事を喜んだ。同時に自分の手から離れてゆく霧の予感も感じていた。
「私の方が淋しくなるよ。でも良かったね! キリちゃん」
「ユキねえさ~ん、早く戻って来て!」
麻美に向かって叫んで、また続けて叫んでいる。
「クロ! 会いたかったよ!」
クロはキリに近づき匂いを確かめていた。そしてクロから頬ずりを始めたのにはとても驚いた。
「クロ、ハハ……! くすぐったいよ。クロだね、早くキリも乗せてよ」
「キリは私に会いに走って来たんじゃないの?」
「ううん違うよ、クロにだよ。クロに会うのが初めてだから嬉しくて」
「あんた随分と可愛い顔して、ヒドイことを言えるのね!」
「アハハ……! 同じ顔してる。きっと考えることも同じでしょう?」
怒りたくても怒れない、そんな自分にそっくりな妹がそこにいた。鏡を見ているようにも思えた。これからユキは少しずつ時間をかけて大人の顔になっていく。同時にキリはいっぱい成長するのだった。
私は実質的に年下になるのかな、私は後になって気が付いたよ。
「クロ、妹のキリだよ、挨拶できるよね」
ブルルルゥ、鼻を鳴らして挨拶? をしているようだ。
「クロ、ユキ姉さんと交代ね。早く乗せて頂戴!」
キリは麻美を追い出してクロに乗馬し駆けて行った。
「我が愛弟子は、成長するのが早いな~」
麻美はようやく私の方へ少し小走りで駆け寄ってきた。
「桜子、久しぶり! 元気にしてた」
「なに言ってるの、麻美こそ倒れたからとても心配したんだぞ」
「んなもの大丈夫に決まっているじゃないの。三浦先生から聞かなかったの?」
「そりゃ聞いてるわよ、でもねそれとこれはべーつ、別だからね」
二人に会えた麻美はとても可愛かった。顔が光輝くように見えいる。私は麻美の顔をペシペシと叩いて確認すると麻美はされるままだった。
その後、私たち二人は情報交換会? を始めた。
「それでさ麻美……驚いて。キリは私たちと同じ2回生に飛び級したんだよ」
「阿部教授の得意のごり押し、というやつね」
「うん学長も学費さえ払えばいいからと二つ返事だよ、もうでたらめよね」
「桜!? あんたは……、大事な事に気が付いていないようね」
「なにが?」
私は本当に分らなくて、少し怖がった。
「桜子、あんたのバイト代は間違いなく減らされるわよ。うんん反対に下宿料を払わせられるよ?!」
「キャーやだ、どうしよう。そうかな、麻美どうしたいい?」
「だって、そうなるでしょう? 娘のキリが家事全般をみるのだからさ」
「教授は今度から授業料を払うのでしょう?」
「まぁそうなるわね。……そうよね、追い出されたらやだな~」
強く思い直した私、麻美との再会を喜んだ。
「桜子、私の幼い時の記憶が戻ったのよ。それからクロに会えたから嬉しい。クロはユキの事を忘れていなかったよ」
「良かったねクロに逢えて。麻美の本当の名前はユキなんだ」
「そうね、ユキ、お父さんの名前から貰ってって」
「そうか~ユキと麻美と、どちらで呼んで欲しいユキ?」
「う~ん麻美がいい。まだ聞きなれないし、ユキだと自分じゃ無いみたい」
何だか子供に戻ったように燥ぐ麻美だった、なんか変!
二人の教授とサークルの皆は麻美とキリが人狼だと認めているが、誰も二人には尋ねようとはしなかった。多感な十九歳だからどうしたらいいか判らないのだね。優しくて鈍感な男どもである。
夕食が済んだら皆が集まりトランプが始まった、二人を除いてである。その二人は石川くんが買ったウオッカを飲んでいた。異国で酒を交わすのは、そう十年ぶりである。
「懐かしいな、十年前は葡萄酒だったが所変わればウオッカだよ!」
「この宿は寒くないか」
阿部教授が口を開く。三浦教授は天井の穴を見上げて弁護にまわる。
「しかたないだろう格安だし、それに屋根が在るだけましと思う他はないね」
「一か所には天井が無いように見えるが、酒のせいか?」
「そうでもないさ。大いに気にしてくれ、二日酔はごめんだ。明日は全員で麻美さんが倒れた所と、その先にある村を訪ねて調査しようか」
「そうだな、何か古文書でも見つかれば良いのだが」
「お父さんとお義父さん。先に休みます、お休みなさい」
「先生、私たちの部屋は覗かないでください。若い男の二人を見張って下さいね」
覗くもなにもそれこそ何も遮る衝立も? 無いのだがそれでいてどうしろと言うのかな。
ユキとキリはお互いのロザリオを交換して眠る。欠けた二人の過去を補いながら夢見ているんだろうか。二人の教授は思った。
「おやすみ二人とも。幸在らんことを」
「お~い、さくらちゃん、二人は寝たけど、YOUはどこで寝るのかな」
「ご心配なくMyhusbandと一緒でーす。一人は捕まえておきますから」
石川くんはまたしても蚊帳の外だ。(こうして作者が拾い上げないと消滅するよ)
「瀬戸さんも一緒にウオッカを飲みませんか?」
阿部教授が麻美の父を誘ったら、本当の水を持って来て水だけを飲んでいたそうだ。今後の麻美とキリの応対の仕方を話し合ったが、まともな意見が出ない。
天井の穴が大きくなって回り出した。
明日からは、また忙しくなる。
朝の騒音を阿部教授が聞けばこうなるのだ。
朝早くからキリと麻美が乗馬を楽しんでいる。楽しいそうな笑い声だ。さくらちゃんの囃す叫び声も聞こえる。
さくらちゃんは馬には乗れないだろうに。だが、そんな馬にも乗れない桜子も早く乗せろとせがんでいる。
「三浦くん、そろそろ起きようか」
「……?……」
キリとユキは初顔合わせなのです。キリとクロもお初です。
キリとユキはお互いに何を言ったらいいのかが判りませんでした。だから、ユキはキリが来るのを分かっていても、身体が動かなくてやや遅れて来ました。キリはユキと同じで、クロとの顔合わせで照れ隠しをしました。
お互いに何も口にしなくても、良かったのです。
可愛そうですが桜子は蚊帳の外、石川くんと同じです。だから桜子は先輩に助けを求めますが、夜の添い寝の効果はありませんでした。by誰?




