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幻想庭園  作者: 比呂
3/4

スラム


 特区というものが、夢や希望ばかりで出来ているわけではないということを証明しているのが、このスラムという存在だった。


 御多分に漏れず犯罪率は高く、保安警察も重点を置く場所だ。


 甘い蜜に群がるように、ヤクザ者から中国マフィア、ロシアンマフィアなどが流入してきているため、混沌は極みを増している。


 整然としている場所など何処にもなく、それ故に強烈に人間であることを見せつけられている気分になる。

 路肩に止めた俺の軽自動車は、オンボロすぎて元からそこにあったようにスラムに馴染んでいた。


 俺が用事を済ませるために一人で行こうとしたのだが、護衛です、と言って高宮がついてきた。


「あ、あの、一度帰って装備を整えませんか?」


 周囲を油断なく見回している高宮だったが、拳銃一丁では心もとないらしい。

 ちなみにその拳銃も、俺が持っていたものを護身用に渡したものだ。


 俺は吸っていた煙草を携帯用のアッシュトレイに押し込んだ。


「大砲でも持ってくるのか?」

「安心できるというのであれば、装甲車と一個小隊が欲しいところです」


 少し頬を膨らませ気味に言う高宮だった。

 俺の冗談が通じていてなによりだと思った。


「人目につくのは不味いんだ。ドクターは、可能な限り穏便に連れ戻せ、と言った。まだこの問題は揉み消せる程度だということだ。君も同僚が吊し上げられるのを見たくはないだろう」

「それはそうですが……」

「ま、武器が無いということが、必ずしも不利だと言うわけでもない」

「どういう意味ですか」

「重装備でスラムに入って、マフィアや暴徒と銃撃戦をしたいのか? そうでないなら、身軽でいいんだ」

「そういうことならやっぱり、この銃は桑木さんが持っていた方が良いと思います」

「?」


 桑木さん、と呼ばれたことに虚を突かれたのか、それともスラムに来た少女が護身用の銃を突き返そうとしているのが不思議だったのか。

 恐らくはそのどちらもだろう、と妙な納得をした。


「俺のことなら気にするな。護身用の武器なら車のトランクに隠してある」

「いえ、単純に戦力の問題です。銃を持った桑木さんよりも、私の方が戦闘力に優れます」

「だったら猶更だ。俺の警護を君に任せる。頼んだぞ、花楓」


 ポン、と高宮の頭に手を置く。

 彼女は見る間にやる気を漲らせ、鼻息荒く、はい、と言った。


「こういうところは可愛いんだが」

「はい?」


 首を傾げる高宮を連れて、スラムの路地を歩いた。

 身の危険を感じるほどでもないが、時折、剣呑な雰囲気の人間を見かける。


 それとなく注意を払いながら、目的の場所へ向かう。

 そして、とある煙草屋の前に到着する。


 若そうな男が一人、こじんまりとした小屋の受付に座っていた。

 古臭い看板には、玉田商店と白いペンキで書かれている。


 俺が店の前に立つと、若そうな男は愛想笑いも無く、こちらを一瞥した。


「煙草をくれ」

「銘柄は?」

「今日のお勧めでいい」

「……ああ、そっちの人か」


 若い男は携帯電話を操作してから、俺に渡してきた。

 それを受け取って、相手が出るのを待つ。


「何が欲しい」


 いきなり会話が始まった。

 店内の監視カメラで客を見定めているのだろう。


 俺は気にせずに用件だけ言った。


「ここ三時間以内で、どこかのマフィアが襲撃されたことは無いか」

「二万」


 携帯電話を肩で挟み、財布から二万円を取り出して若い男に渡した。

 すると、溜息の後で喋りはじめた。


「マフィアが襲われた事件なんざねぇ。ただし、チンピラが何人か襲撃されたことならある。金は取らずに拳銃を奪って逃げたそうだ。小さい女にやられたって話らしいが、詳しいことは知らん」

「場所は?」

「高屋通りにあるストリップバーの前だ。……何か知ってんなら買うが?」

「いや、充分だ」


 俺は通話を切って、若い男に携帯電話を返した。

 ついでに小銭を渡して、いつもの銘柄の煙草を買う。


「……派手にやり過ぎだな」


 状況は悪くなっているようだった。

 チンピラと言えど、大人の男を数人相手にして勝利する小さい女など、そうそういるものではない。


 時間的なものも含めると、藤代椛と断定していいだろう。

 あと、情報屋が情報を欲していると言うことは、襲われたチンピラ辺りが藤代の情報を欲しがっているということだ。


 どうしたものかと考えていると、ふらりと現れたサングラスの男が、高宮の顔をじろじろと見ながら言った。


「お嬢ちゃん、ウチのお店で働かないか?」

「結構です」


 ぷい、と高宮は横を向いた。子ども扱いされたことに腹を立てたのかもしれない。

 店で働くことの意味を分かっているとも思えないが。


 俺は男に言う。


「おい、こいつは『売り物』じゃない」

「おやおや、アンタが保護者かい?」


 男は俺に向き直った。

 明らかに女衒や客引きといった顔をしていない。


 声をかけてきたのは、恐らく時間稼ぎ。

 何のために?


 仲間を呼んだのだろう。

 この男の目的はなんだ?


 さっきの煙草屋での情報のやり取りを、見張り役に聞かれていたのかもしれない。

 もしくは、煙草屋が俺を売ったか。


 しかし、それにしては反応が速すぎる。


「ふむ」


 まあどちらにせよ、この男は拳銃を奪われたチンピラの仲間だろう。

 高宮から声をかけられたということは、同世代の人間をさがしているということになる。


 結論として、藤代の背格好が知れ渡っていて、捜索されている。

 チンピラといえど、大きな組織に属している者だったかもしれない。


「面倒なことになってきたな」


 俺が誰にともなくそう言うと、サングラスの男が一歩だけ踏み込んできた。

 大衆食堂のような場所を手で示している。


「ともかくよ、あそこの店で話さないか」

「断る。……高宮、この男を無力化しろ」


 言うや否や、音も無くするりと男の背後に回り込んだ高宮が、ひざ裏を蹴った。


「う、わっ」


 後ろに倒れ込んだ男を受け止めるようにして首元を締め上げ、三秒で気絶させた。

 そのまま男を介抱するようにして移動させ、道端へ寝かせる。


 俺は周囲を見回したが、こちらに注目している人間はいない。

 サングラスの男の仲間が駆けつけて来るかと思っていたが、そうでもないらしい。


 煙草屋に戻った俺は、若い男に言った。


「酒を売ってくれ」

「あ、ああ。そりゃいいが、何モンだ、アンタ」


 棚から持ってきた酒瓶を受け取る。

 代金を払って、表情を消す。


「聞きたいのか?」

「う。……いや、やっぱり聞きたくない」

「そうだな、それがいい。お互いにとって」


 煙草屋に背を向けた俺は、サングラスの男のところまで行く。

 開封した酒を男の口元や首筋に振り掛け、空になった瓶は男に握らせた。


 その様子を眺めていた高宮が、目を細めながら言う。


「何か手馴れてませんか、桑木さん」

「ガキの頃はスラムに住んでたからな。嫌でも覚える」

「そんなものですか。私も住めますかね、スラムに」

「止めておけ。好んで住むような場所じゃない」

「それは、私が『売り物』にされるということでしょうか」

「どうだかな」

「誤魔化さないでください。これでも私は『刷り込み』で十八歳程度の一般常識は有しています。暗喩や比喩くらいわかります」


 高宮は不機嫌さを隠さなかった。


 これも『刷り込み』の成果だとしたら、実に人間くさいと言えるだろう。


 ――――実体験を伴わない人生学習。


 脳神経を直接刺激し、催眠を利用して疑似的に過去の記憶を作り上げる。

 作られた記憶という意識は残るが、それしかない本人にとっては記憶こそがすべてだ。

 

 生まれたての脳に自我を宿らせるための技術として導入されている。


 特捜官の都合の言い様に人格を形成するため、一部に弊害もあった。

 俺は苛立ちを抑えながら言った。


「それは結構なことだ。なら、自分の言っている言葉の意味もわかるだろう?」

「……もちろんです。ただ、私は桑木さんの住んでいた街が気になりました」

「気にする必要はない」


 高宮から視線を外して歩き出す。

 追いかけてくる足音だけ確認した。


「さて」


 俺は、考えうる限り一番面倒そうな場合を考えてみた。

 藤代椛が武器を手に入れてまで目指したいところは、一つしかない。


 命を賭して殺したい相手がいる場所だ。


 そこは夢が現実となる場所でもある。

 約束の地であり、一つの特区が暴走し、崩壊してしまった跡地。


 『妖精郷』と名付けられた、夢の国。

 まずはその緩衝地帯へ向かうために、車へ戻る。


 さほど時間の経たないうちに、車を路肩に止めてから降車した。

 外の空気を吸っても、何も変わらない。


 一歩足を踏み入れれば、そこが異界だとわかるようなものでは無かった。

 そこは俺たちの居る世界と地続きになっていて、ふと後ろを振り返って見て初めて、自分が異界にいることがわかる。


 しかし踏みとどまるわけにもいかず、舗装されていない農道のような道を歩く。

 俺は足元の草を見た。


 植生自体は見慣れたものだが、細部を見ると、見たことも無いような葉形をしている。

 スラムを抜け出た先は、植物に浸食された都市であった。


「もうそろそろか」


 上着のポケットから、特務部で支給されている錠剤を三粒取り出して飲み込んだ。

 端末を取り出してドクターに連絡する。


 きっかり三回目のコール音で、彼女の声がした。


「やっと見つけたかな? 随分と遅かったようだけれど。時間制限があることを忘れてないかい?」

「まだ大丈夫だろ」

「桑木君次第だね。それで、収穫はあったの?」

「スラムの情報屋から聞いた。当該『備品』は地元武装勢力と接触、拳銃を奪って現在も逃走中」

「それを確認したのかい?」

「見てはいない。情報の信頼度はB+だ」

「動いてみる価値はあり、といったところだね。それならこちらも更新された情報を伝えよう。藤代椛の元担当特捜官が目を覚ました。今から電話を代わるよ」


 ドクターは俺に有無を言わさず交代した。

 電話に出たのは、疲れ切った女性の声だった。


「どうも、私の元『備品』が、迷惑をかけます、桑木特捜官」

「別にいいさ、えっと……」


 第三課分室の面々とは顔合わせしているはずだったが、名前が思い出せなかった。

 端末から少しばかり呆れたような声で返される。


「川村です。もう退官するので、覚えられなくても結構です」

「すまない。それより情報があるということだが?」


 俺が話を促すと、川村は咳をしながら応えた。雰囲気を変え、面倒そうに喋りだす。


「私の元『備品』は、テロ実行犯の顔を見てるわ」

「犯人は自爆したんじゃないのか」

「でも死んでない。……いえ、その程度では死なない、と言う方が正しいかしら。鑑識からの報告でも、実行犯の肉片が見つかっていないようね」

「なるほどな。だが、顔を覚えているというだけで、一個の『備品』が実行犯を探し出せるものなのか?」

「無理ね。……そこがアレの嫌味なところなのだけど」


 抑えきれない怒りが漏れ出たような声だった。

 川村は低い声で言った。


「アレはどんな命令にも、嫌とは言わないの。絶対にね。私をご主人様とでも勘違いしているんじゃないかしら。あてつけみたいに実行犯を追いかけるなんて、頼んでもいないことで迷惑をかけられる私の気分にもなってもらいたいわ」

「ふぅん。つまり、実行犯への復讐は、川村さんの意思では無いと」

「当り前じゃない! ……ごめんなさい、少し気分が悪いの」

「ああ、怪我をしているところ、すまなかった。……ところで最後に質問したいんだが、君は『備品』をどう思っていた?」

「何も。何も思わなかったわ――――」


 川村がそう言うと、端末の向こうで相手が変わるのが分かった。

 含み笑いをするようなドクターの声がする。


「さて、桑木君の感想が聞きたいね」

「特にない。退官する人間に何を言っても仕方がない」

「そうかい? まあいいや。捕捉だけど、二課からの情報提供があったよ。実行犯は、大橋塔平と言う男だ。もしも捕まえたら、生きたまま引き渡して欲しいそうだけど」

「居場所は?」

「掴めていたら、とっくに一課が出張ってるさ。あと、三課本室への言い訳も残り二時間が限界だからね。それまでによろしく頼むよ」

「善処する。ところで『この後のこと』だが、俺たちにサポートはつくのか」

「残念だけど、自分たちでどうにかするしかないね。最悪の場合、『備品』の頭部だけでも持ち帰ってもらいたい」

「悪趣味だな」

「それが仕事でね。……おっと、長話してても仕方ないな。それじゃ」


 そうして通話が切れた。

 俺は端末を懐へ仕舞い込み、俺を見つめてくる視線を辿った。


「?」


 高宮が真顔で見つめ返してくる。

 そのままでいると、彼女の視線が泳ぎ始めた。


「え、あ、いや、あのその、ど、どういうことでしょう?」

「質問がある」

「は、はい」


 妙に恐縮した高宮が、手をもぞもぞさせながら俯く。

 どういう態度だ、と思いつつも質問をした。


「君が『待ち伏せ』をするなら、どこを選ぶ?」

「この場所から見える範囲ですか」

「大体でいいが、君を中心に半径千メートル以内で頼む」

「……そうですね」


 高宮が周囲を見回して、草むらや木陰を吟味し、ある一点を指差した。


「あそこです」

「なるほど」


 俺は頷いた。


 確かに教科書のようなお手本通りのアンブッシュだった。

 退路は確保してあるし、銃撃戦になっても樹木を盾にして戦える好立地だ。


 それだけに、待ち伏せを疑われやすい場所でもある。


「ふむ」


 ただ、前担当官の話によると、嫌味なほど真面目な奴らしい。それでいて考え無しに無謀なことをするのだと。


 それは、どこかの誰かさんと似たり寄ったりだと思った。

 俺は路地に墜ちていた小石を拾ってから、高宮に言った。


「半歩だけ右横にずれてくれないか」

「???」


 余計に困惑した表情を浮かべた高宮だったが、言われた通りに半歩だけ移動した。

 俺は適当な草むらに向かって、小石を投げつける。


「痛っ!」


 声がした。

 まさか本当にいるとは思わなかった。


 反撃されては適わないので、すぐさま大声で言う。


「こちらは保安警察特務部第三課分室、桑木慎太特捜官だ」


 俺が見つめる先の木陰に、フードを被った少女が頭を出した。

 俺の視線を受けると、木の影に隠れて出て来なくなった。


 流石に気づいた高宮が、真面目な顔をして言う。


「どうしますか」

「……いや、何と言うか、本当に当たるとは思っていなかった」

「えっ? あれ、狙ってたんじゃないんですか」

「居るとわかっていれば、当てるように投げるか」

「それじゃあ、どうしてですか」

「爆破した犯人に復讐するために、銃まで奪ったんだ。妖精郷に来るしかないだろう。……ただまあ、『備品』単独で妖精郷に侵入するわけにもいかないから、出入り口付近で待ち構えているだろうとは思っていたんだがな」


 ここまで分かりやすい『待ち伏せ』は、初めて見た。

 小娘の家出となんら変わらない行動に、苛立ちを通り越して頭痛がしてくる。


 そんな小娘に頼らないと戦えない俺たちに、何を言えた義理でもないのだが。


 はあ、と溜息を吐くと、上着の裾を高宮に引っ張られた。


「それじゃあ、早く迎えにいきましょう」

「まあ待て」


 俺は高宮を手で制した。

 ここで強制的に連れ帰ってもいいが、出来れば自分から出頭したと言う事実が欲しい。


 まあ、藤代が脱柵についての罰則を受けるのは当然として、仲間のために飛び出した気概について、何も感じないわけではないからだ。


 特に現場の人間ならば、気持ちは痛いほどに分かる。


「藤代椛! 今から十秒以内に出頭しろ! 命令違反及びに脱柵の現行犯で捕縛する!」

「うわわわ、そんなこと言ったら誰も来やしませんよぅ」


 そんなことを言う高宮の頭に手を置き、強制的に黙らせた。

 藤代は出てこない。


 だが、この言葉で姿を現さなければ、もうどうしてやり様も無い。


「これ以上、戦友に迷惑をかけるもんじゃない」


 そう言うと、木の裏側で、草木の擦れる音がした。

 姿を現し、歩いていたのが走り出し、その勢いでフードが外れた。


 半泣き状態の藤代椛が全速力で高宮に突進する。


「ごめんなさーーーーーーーーーいっ、うわーーーん!」

「へぐぅっ!」


 見事なタッチダウンを決められ、後頭部を地面に打ち付ける高宮だった。頭を押さえてもがいている。

 高宮に馬乗りになっていた藤代が観念するように顔を上げ、所持していた拳銃を差し出してくる。


「ご迷惑をおかけしました」

「いや、迷惑をかけられてるのは、そこで倒れてる君の戦友だと思うが」


 俺は銃を受け取り、弾倉を確認してから、藤代に還した。

 銃を返された藤代は、口をぽかんと開けていた。


「え、いやあの、敵前逃亡は銃殺では?」

「むしろ君は、敵に向かって行ったと記憶している」

「しかし、私は川村特捜官を守りきれず、怪我を負わせてしまい……犯人を殺すまでは、誰にも合わす顔が無いと思ったのです」


 何とも古風な奴だなぁ、と俺は思った。


「俺たちは保安警察だぞ。絶対に敗北の許されない正義を背負わされてるんだ。背中に守るものが無い限り、負けそうなら逃げてもいいだろ」

「は、はあ。思っていてもそういうこと口にして良いのですか」

「君が心配するところはそこじゃない。帰ったら銃殺よりキツイ罰が待ってるからな。気を抜くなよ」


 俺は腕時計を見た。

 頑丈さだけが取り柄の、古臭くて無骨なアナログ時計だった。


「さて、あとは帰還するだけだが」

「ちょっと待ってください。一つ聞きたいことがあるのです」


 ビシ、と手を挙げた藤代が言う。

 俺は口を曲げた。


「どうした。花楓の頭でも割れたのか」

「それはいいのですが」


 いくない、と抗議の声を出す高宮は無視された。


 藤代が真剣な眼差しを向けてくる。


「川村特捜官の容体を知りたいのです」

「ああ、生きている。重傷だが意識は戻った。命の心配はないが、怪我が原因で退官される運びとなった。もう君が彼女を目にすることはないだろう」

「そう、ですか」


 安堵半分、不安半分の息を漏らす藤代であった。

 俺は思ったことを聞いた。


「仇を取るために脱柵までした割には、あまり喜んでいないな」

「川村特捜官が助かったのは、素直に安心しているのです。……ですが、仇を取ったわけでもないですし、自分はこれからどうすれば良いのか分からないのです」


 藤代の表情と似たものを、俺は見たことがあった。

 それは、戦場へ出ていきなり上官を失った新兵の顔だ。


 何度か特捜官と捜査をしている割にはどうかと思うが、まあ、こいつらの事情を考えれば仕方ないとも思う。


 俺は腕を後ろで組み、腹から声を出した。


「気を付けっ!」


 藤代は反射的に立ち上がり、背筋の伸びた『気を付け』を見せた。指先までぴんと伸びている。

 動作にもメリハリがあった。


 その隣では、倒れていた高宮まで同じように『気を付け』をしていた。

 まあいいか、と思って続けることにする。


 俺は藤代の前に立って言う。


「どうすればいいかなどと、よく言えたものだな。貴様は何様のつもりだ! いいか、貴様は善良なる市民様の生命と財産をお守りするために製造された『備品』だ! その本分をはき違えるな! 分かったら『わかりました』と言え!」

「わかりましたっ!」

「言葉が足りん! 語尾に上官殿を付けろ!」

「わかりました上官殿! ……え?」


 今まで勢いに流されていた藤代が、目を見開いた。

 その頭に、手を置く。


「今日から君は俺の部下だ。以後、励むように」

「わ、わかりました上官殿……」


 藤代は目を潤ませて俺を見つめていた。

 目的を見失った『備品』は精神状態が危うくなるので、調整してやらねばならないとマニュアルに書いてあった。


 どんな奴でも、目的さえあれば背筋が伸びるものである。

 しかし、思わず軍隊式でやったしまったものの、今度は妄信的な表情を見せてきた。


 『刷り込み』の弊害じゃないのか、と疑ってみるものの、この場ではどうしようもない。

 私の方が先任なんだからねー、と無理矢理に頭をねじ込んでくる高宮を片手であしらいながら、周囲を見回した。


 俺たちがいるのは、妖精郷とスラムの境界線だ。

 そのどちらも、保安警察と相性が悪い。


 更には、迎えの護衛も無しに檜原特区まで帰らなければいけないのだ。


「何もなければ、それに越したことはないんだがな」


 そう呟いて、部下の二人を連れて車に戻る道を歩いた。

 何を考える暇もなく、自分の軽自動車が見えるところまで戻ってくる。


 そこで立ち止まった。


「どうしたんですか」


 高宮がそう言った後で、彼女の表情が変わった。

 藤代などは拳銃を抜いて、俺たちが来た道を振り返り、一点を見つめている。


「…………来ます」


 銃口が目標を捉えた。

 俺の目に飛び込んできたのは、銀色の人間。


 よく見れば金属製で、プレートメイルを着込んでいるのだとわかる。

 切れ味など二の次だと言わんばかりの、鉄塊のようなトゥハンドソードを左手に持ち、右手にはヘルムを抱えている。


 自らの頭を抱えた鎧騎士といえば、アイルランドの伝承が有名だろう。 



 ――――『首なし騎士デュラハン』。

 


 妖精郷の脅威度カテゴリで、文句なしのA級判定の伝承生物だ。

 こんな奴が出張って来た日には、一課の連中がフル装備でお出迎えする羽目になる。


 ただ、これくらいのレベルになると、妖精郷の外まで出て来るのは珍しい。

 どういうことだ、と思っていたら、轍の出来た道に一台のピックアプトラックがやって来た。


 荷台にM2重機関銃と数人の兵士を乗せたテクニカルだった。

 その助手席には、サングラスをかけた男が乗っている。


 俺は『首なし騎士』を見据えながら指示を出した。


「藤代はテクニカルの運転手を撃て! その間に高宮は、車のトランクから武器を調達して藤代の援護だ!」


 即座に頷いた藤代は、立射で拳銃を放つ。

 高宮は我慢しきれないように口を開いた。


「伝承生物の対処は私が――――」

「やめろ。これは命令だ。それとも拘束暗号コードを俺に言わせるのか」

「――――いえ。了解しました」


 感情を殺したように、高宮が頷いた。

 拘束暗号というのは『備品』に対する最上級の絶対命令で、『備品』が暴走したときのセーフガードと言えるものだ。


 高宮の尊厳を踏み潰してまで言うつもりはなかったが、彼女は俺の命令に従った。

 俺の車のトランクからキャリーケースを引き摺り出し、中からMGL140回転式弾倉グレネードランチャーを取り出した。


「これが護身用ですか……」


 そう呟いた高宮は、流れるような動きで榴弾を装填し、構えた。

 ポン、と軽妙な音を響かせて榴弾を水平射する。


 シリンダーが回転し、ダブルアクションで次弾が発射された。

 二発目がテクニカルの真下で爆発し、簡単に車体が炎上した。


 荷台から零れ落ちた兵士たちが、近くの林に逃げ込んで応戦を始める。

 『備品』の二人は敵の死体から武器を回収しつつ、掃討戦を開始した。


「さて問題はこっちだが」


 どう考えても分が悪いのは俺の方である。

 伝承生物が出てくることが予定外なら、左腕を使うことも予定外だ。


 案外、ドクターあたりはこのことを想定していて俺を向かわせたと考えても不思議ではないが、そんなことなら初めから教えておけと思う。


 まあ、前もって言われていれば確実に断るだろう。

 ドクターもそれくらいは分かっているということだ。


「どちらにしろ、か」


 俺は『首なし騎士』に向かって左手を伸ばした。

 一見は精巧な、それこそ本物と変わりないようにみえる義手。


 ただしそれは形だけで、中身は完全に別物だ。

 むしろ、義手として使えることの方がおまけみたいなものだった。


 俺の左手に、一瞬だけ放電現象が起きる。

 『首なし騎士』は、右手に抱えていた頭を、ずいと前に出してきた。


「騒がしいぞ。貴君等は我らの領土を犯している」


 顔は見えないが、確かに兜の中から声がした。

 俺は左手を確かめながら言った。


「俺たちは、あの武装トラックとは関係ないんだがね」


 兜が全く慈悲を含まないような冷徹な声で言う。


「問題を持ってきたのは貴君等だ。領土侵犯である」

「日本国政府及び、檜原特区は、天原あまはら特区を不法占拠したテロリストに対し、何の権利も認めていない。そこは君たちの領土じゃない」

「貴君等に認めてもらう必要はない。我らは我らの意志で立ち、必要とあらば戦うのみだ」

「それは勇ましい」


 俺がそう言うと、デュラハンは剣を担ぐようにして構えた。

 そして、右手に持っていた兜をつきだしてくる。


 兜の面当てがずり上がる。

 その瞬間、兜の中から大量の血液が噴き出してきた。


 これがいわゆる『首なし騎士』の死の宣告だ。


 この血を浴びた者は絶対に殺す、という決意表明である。

 俺は衝撃に備えた。


「――――アイギス、解放」


 突き出した左手から、無数の稲光が巻起こる。

 紫光が荒れ狂い、降りかかる大量の血を弾いた。


 超電磁結界発生装置とでも言えばいいだろうか。

 端的に言えば、バリアだ。


 左腕から半径一メートル以内の超常現象と電子機器を焼き殺すプラズマ。

 無敵の盾と思えなくもないが、発動時間はたったの二秒。


 俺は左手で血幕ともいうべきものを切り開き、デュラハンに肉薄した。


「なんと小癪なっ」


 騎士名乗りを侮辱されたにも等しい態度のデュラハンだったが、間合いの広い長剣では接近した俺に対応できない。

 デュラハンは潔く長剣から手を離し、文字通りの鉄拳と、兜を持った右手で殴りかかってきた。


 ただし、それも大柄な体躯が災いしたと言える。

 地を這うようにデュラハンの足下を交いくぐり、背後に回り込んだ俺には届かなかった。


 俺はデュラハンの膝裏を蹴り、鎧の背側に左手を添えた。


「動くな」

「ふむ。見事なり」


 膝をついた状態のデュラハンは動かない。

 しかし、負けを認めた風でもない。


 手甲に掴まれた兜が、興味をそそられるように言った。


「我は動かんが、我が愛馬は貴君の言葉を聞かぬだろうな」

「ちっ!」


 その言葉に、俺は全力でその場から逃避した。

 無様に地面を転がるが、踏みつぶされるよりはマシである。


 俺がさっきまで居たところを踏みつぶしているのは、首のない馬だった。

 首もないのに、こちらを向く馬。


 コシュタ・バワーと言う名で、常にデュラハンの傍らに存在している。


 デュラハンは長剣を拾い、馬にまたがって言った。


「さあ、貴君の素首、もらい受ける」


 鋭く研がれた長剣が、だらりと下げられた。

 そのとき、俺の背後から軽い発射音が聞こえた。


 俺は頭を抱えて、地面に転がる。

 発射音からして、グレネードに違いない。


「ふんっ」


 デュラハンは飛んできた榴弾を、手で弾いた。

 グレネードは林の中に入っていき、破裂する。


「貴君らは……ふむ。そうか」


 馬上でなにやら納得するデュラハンだった。

 俺は左手を構えた。


「何を知ってる」

「いやなに、そこの少女たちは、人間よりも我らに近しい者たちだ。それに、貴君もな」

「俺のことまで?」

「知っているさ。サカイは我らの友となった」

「――――っ」


 俺が跳ね起きて、デュラハンを尋問しようとした時だった。

 銃声が響く。


 デュラハンが剣を横にして銃弾を防ぐ。

 その隙にやってきた高宮が、俺の襟首を掴んで負傷兵のように引きずっていった。


 藤代がアサルトライフルを構え、それを援護する。

 彼女の武器はAK47の7.62ミリ弾なので、中世の鎧くらいは楽に貫通するはずだが、相手が相手なので効果のほどは謎だ。


 相手は現実になった幻想なのだから、「攻撃を受け付けない」という存在ならば、例え核の炎でも焼き尽くせないのが伝承生物なのだ。


 俺は引きずられたままデュラハンと引き離されるが、デュラハンの方は追ってくる気配がない。

 むしろ、後尾についた藤代まで見逃す様子だ。


 俺はデュラハンが見えなくなったところで我に返り、俺の襟首を持つ手を叩いた。


「おい、もういい。敵は見えなくなった」


 高宮は言われたとおりに手を離し、藤代が戻ってくるまで警戒を続けていた。

 『備品』が二人そろったところで、俺は立ち上がった。


 安物のスーツが泥まみれでボロボロだった。

 土埃を払い、はあ、と息を吐く。


 高宮が怖々といった様子で俺に言った。


「えっと、あの、服、スミマセン……」

「問題ない。君はよくやった」


 俺が息を吐いたのは、デュラハンが追いかけて来なかったことについてだった。

 『備品』を見て思案しているようだったが、その意図までは分からない。


 とにかく助かったことは事実なので、詳しいことは帰ってからドクターにでも聞こうと思った。


「しかし、どうするべきか……」


 これから帰還しなければならないのだが、今さら俺の車を取りに行ってデュラハンと会うのは勘弁してもらいたいところだ。


 三課の迎えが来てくれそうな場所までは、徒歩で帰らなければならない。

 後方に銃を向けたまま、チラチラと俺の顔を伺う藤代に言う。


「現時点を以って、我々は帰還を任務とする。……君もよくやった。もう少し頑張ってくれ」

「ありがとうございますのです」


 俺の言葉を聞いて、微笑を浮かべる藤代だった。横目で高宮を見る。

 高宮がそれに気づいて、軽く頬をひきつらせた。


 二人がなにやら表情だけで異様な応酬を繰り広げていたので、注意しておく。


「おい、そんなことをしている暇があるのなら歩けよ」

「はい」

「了解なのです」


 俺が歩き出すと、背後に二つの足音が並ぶのだった。






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