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幻想庭園  作者: 比呂
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特別区域



 ――――日本国から技術発展のために切り離された場所。


 人口の減少に、自然破壊、異常気象など、それらに立ち向かうために俺たちの国が選んだ方法は、技術発展であった。


 ただし技術発展には法的な絡み、諸外国との軋轢もあり、超法規的研究区域を存在させるために『特区』を作ることになった。

 日本政府は『楽園計画』に基づいて、巨大な研究都市を創り上げ、八つの特別区域を作った。


 人々はその研究都市を総称して、『楽園特区』と呼ぶ。


 その一つ、檜原特区の中心部――――都市生活圏の外れに、俺の仕事場はあった。


 保安警察特務部第三課分室、というのが正式名称だった。

 この分室、というのがミソで、三課のほとんどは都市生活圏のど真ん中にある檜原保安警察本部にある。


 要するに俺の仕事場は、弾かれ者の集団、ということだ。

 よって運営予算も潤沢ではなく、よく壊れる年代物のコーヒーメーカーが、ついに天寿を全うしても不思議ではない。


 半分だけ入ったドリップコーヒーを、不味そうに飲む。


「……うぇ」


 本当に不味かった。

 給湯室から出て、自分のデスクに座る。


 机の上には、先日の事件に関する報告書が置いてあった。


 『妖精郷アヴァロン住民による、アークホテル自爆テロ』


 何とも言い難い気分になる。

 被害としてはここ最近で一番らしく、特捜官二名の重傷者と、一個の『備品』が完全に再起不能となった。


 俺の初仕事にケチがついたとも言える。

 不味いコーヒーを喉に流し込みながら報告書を読んでいると、音も無く近づいて来る人間がいた。


 黒い短髪で、白衣を着ている。

 両手を白衣のポケットに突っ込み、この世のすべてを嘲るような微笑を浮かべていた。


 彼女は第三課分室の室長にして、特捜官に与えられる『備品』の管理を一手に引き受けている人物でもある。


 敬意なのかどうなのか、誰からも『ドクター』と呼ばれているので、俺もそう呼んでいた。

 確かに見た目は恐ろしく若いが、大学生ではない。


「おや、美味しそうなものを飲んでいるね」


 貰うぞ、と言いながらカップを取り上げ、不味いコーヒーを飲む。


「ドクター。コーヒーが飲みたいなら自分で作れって、何度も言ってるだろう」

「ははは、違う違う。私は他人の物が欲しいだけで、別にコーヒーが飲みたいわけじゃないんだよ」


 言葉とは裏腹に、旨そうにコーヒーを飲みながら言う。

 ドクターは全体的に棒細工のような長細い身体を折り曲げて、デスクにある報告書を覗き込んだ。


「うん、丁度いい。その件で話がある。ついてきたまえ」


 言うや否や、ドクターは後ろも見ずに歩き出して、第三課分所室から出ていった。

 俺は不承不承に立ち上がって、その後を追う。


 鈍く光るタイル地の廊下を歩き、階段を下りた。

 そのまま渡り廊下を進んで、別棟の建物に入る。


 厳重な強化ポリカーボネート製の自動ドアを、ドクターの声紋認証と生体スキャンで開かせる。


「ああ面倒だなぁ。壊してしまいたい」


 こいつなら本当にやりかねないな、と思いつつ、俺も官証を提示して建物に入った。

 見た目と雰囲気は、病院のそれだ。


 ほとんどが白い装飾で、おまけに消毒液の臭いがする。

 ドクターの後ろについていくと、室長室という部屋に到着した。


 部屋の中も、ほぼ普通の診察室と変わらない。

 ただ少しばかり立派なプレジデントデスクが、悪目立ちしているだけだ。


「悪役みたいだろう?」


 とドクターが嬉しそうに言って椅子に座った。


 俺は、部屋の隅っこにあった黒い革張りの回転椅子を引っ張って来て、プレジデントデスクの前に陣取る。


「悪役にしては安っぽいコーヒーカップなんて、似合わないな」

「ワイングラスでも持っていれば良かったかな。でも、酒は嫌いだ」

「酒が嫌いな人間がいるのか?」

「人類のすべてが酒好きだと思わないでもらいたいね」


 豪奢なデスクには似合わないコーヒーカップを適当に置いて、ドクターは足を組んだ。


「さて。初仕事の感想を聞かせて貰っていいかな?」

「それなら俺の書いた始末書を待ってくれると楽なんだが」


 ドクターは手をひらひらと振って見せた。


「それはどうでもいいんだ。私が知りたいのは、桑木君の所見だよ。何か思うところはあるかい? 人によっては向かない仕事だから」

「まあ、そういうこともあるだろうな。俺の所見を言わせてもらえば、この仕事は好みじゃない」

「なるほど。褒め言葉として受け取ろう」

「不思議なことを言う奴だな」

「この仕事、優しい人間と厳しい人間は長続きしないんだ。そう言う意味で、君は適当だったと言えるね」

「どうせなら、向いていないと言われる方がよかった」

「そう? 辞表を出すなら早めの方が、お互いにとって有益だよ」

「それが許される立場にあれば、俺も苦労しない」

「……そういえば、三課に来た軍部の人間は、桑木君が初めてだね」

「テストケースとして、だけどな」

「一課の強襲班に知り合いがいる?」

「あそこは軍部の人間でも、エリートしか送り込まれない」

「そうなのか。ところで君の考課表を読ませてもらったけど、まさにこの通りの人物だね。君の上官は人を見る目がある」


 君が良い人間だという保証ではないけれど、といらない一言を付け足すドクターであった。

 俺は鼻を鳴らした。


「ふん。真面目で良い人間が、こんな場所に座っているわけがない」

「そりゃそうさ。わざわざ居なくなって困る人間を余所へ放りだす人事なんて、聞いたことも無いよ」

「どうせ俺は厄介者だ」

「そう拗ねるなよ。若くて才能があった兵隊だって、壊れてしまえばそんなものさ。特技が使えなくなった『特技兵』なんて、味のしないスルメと一緒だね」


 ドクターはそう言って、俺の左腕を見た。

 俺は視線を受けた左手を軽く挙げて見せる。


「そんなに欲しいのか、これが」

「ああ、欲しい。喉から手が出そうだよ」

「ふぅん」


 俺の左手は、とある戦闘で負傷したときに失われた。


 無論、今の左手は義手だ。

 軍部のヤブ医者が趣味で作ったような型落ちの義手。


 そんなものを欲しがる気持ちは分からないが、使い慣れた義手が無くなるのは辛いところだ。


「……前からの約束通り、俺が死んだら勝手に持って行ったらいい。それとドクター、用件があるなら言ってくれ」

「そう、そうだ。君に頼みたいことがあるんだ」


 微笑を浮かべたドクターが、デスクの引き出しから分厚い封筒を取り出した。

 それをデスクの端に置いて、俺を見つめながら言う。


「君も知っての通り、先日の事件は我が部署へ甚大なる被害を与えてくれた。しかしながら、特務部予算委員会で人員の補充は認められなかったんだよ」

「……第三課も嫌われたもんだな」


 呆れ半分、諦め半分の溜息が漏れる。


 普通に考えれば人員の補充は最優先事項であるが、それにすら他の課から横やりを入れられる理由について、思い当たらないことも無い。


 第三課を存在したらしめる『備品』の調達費研究費が、馬鹿みたいに高額なのだ。


「ウチだけ自治政府から、お小遣いをもらってるのが気に食わないんだろうね」

「研究費込みでの第三課だったんじゃないのか」

「主導権は自治政府だけど、仕事でいえば保安警察の管轄だから、色々と複雑なんだよ。……とまあそういうわけで、桑木君に頑張って貰うしかないわけだ」

「嫌な予感しかしないんだが……」

「良かった。君の第六感は正常に機能している。まあなんだ、重傷だった特捜官の二名は、現場復帰不可能と見なされて退職することになった。そういうわけで、しばらく彼らの『備品』二つの管理をしてもらう」

「二つ? 一人は爆発に巻き込まれただろ」

「そっちの補充は終わったんだ。今はちょっとお勉強中で、あと三日もすればロールアウトだよ」

「俺は保父さんじゃないぞ」

「さっきから気になってたんだけど、言葉に気を付けなよ? 『備品』とどんな関係を築こうが構わないけど、法律上は人間扱いされないんだから」

「わかってる。だが、『備品』をどう扱おうが、俺の勝手だ」


 俺が不機嫌そうに言うと、ドクターは怒るでもなく、興味深そうな顔で笑った。


「ま、結果さえ出してくれればいいんだけどね。じゃあ、頼んだよ。詳しいことは封筒の中だ。ちなみに、爆発現場の遺物を勝手に触って、鑑識に怒られた件はチャラにしておくよ。始末書も必要ない」

「そりゃどうも」


 俺はプレジデントデスクの上にある封筒を拾い上げ、椅子を元の位置へ戻した。

 そのまま部屋を出て行こうとすると、ドクターから声をかけられる。


「そこに愛はあるのかな?」

「知るか」


 そう言って、俺は今度こそ部屋を出た。

 背中にドクターの笑い声が降りかかるのを無視しながら。


 俺は封筒を持ったまま、三階建ての宿舎の前に来た。


 軍部にいた頃を思い出させるような、剛健さだけが売りの、夏暑く冬寒い古ぼけた建屋だ。

 備品保管庫と名付けられてはいるものの、この建物を誰もそう呼ばない。


 ほぼ公称となっている呼び方は『ナーサリー』だ。


 素直に受け取れば『保育園』という意味だが、他にも『苗床』や『養殖場』という意味の皮肉も見え隠れする。


 むしろ後半の意味で使われているのだろう。

 俺は入り口で簡単なIDチェックを済ませ、用務員がいる受付へ行った。

 

 受付台のガラス越しに、しかめっ面をしてデスクで書類と格闘をしている女性がいた。


「石凪君。忙しいところを悪いが、高宮の呼び出しを頼みたい」

「んあ? 桑木さんかー。急ぎ? こっちには連絡入ってないけど」


 石凪葵いしなぎ あおいは顔を上げ、眼鏡を直しながら立ち上がった。スリッパをパタパタといわせて受付まで来る。


 俺は封筒を揺らせて見せた。


「出動じゃない。ちょっと確認したいことがあってな」

「それってデート?」

「……どうしてそうなる」

「いいから私を誘えよぅ」

「君の外出許可は、俺の権限の外だ」

「この際、愛の逃避行ということでよくない?」


 流し目で俺を誘惑をしているつもりだろうが、生憎と経験不足だろう。

 どう見ても背伸びをした演技臭さが鼻につく。

 

「俺を巻き添えにするな。脱柵したければ勝手にやれ」

「えー、桑木さん、ドクターと仲いいじゃん。超法規的措置で、そこを何とか」

「仲がいい? 確かに気安く話してはいる。けどな、親密な関係と邪推されるのは心外だな。そもそも、俺が配属されて一週間しか経ってないんだぞ」

「いやー、ドクターみたいな怖い人に、あんな口調で言い合い出来る神経がわかんねっす」

「……怖いか? 得体の知れないところはあるが」


 確かに言葉遣いはアレだが、研究者には多いタイプだろう。

 いきなり銃口を突き付けでもしてこない限り、放っておけば無害だ。

 利害で話し合えるだけ、真っ当とも言える。


「っていうかドクターも桑木さんには甘いしなぁ」

「新人に優しくしているだけだろう」

「はっ! まさか二人は既に大人の関係っ! あんなことやそんなこともっ! このスケヴェニンゲン!」

「オランダのリゾート地名で俺を罵倒するな」

「あー、なんか声出したらすっきりしたぁ。もう話し相手がいなくてしょうがないもんでねー」

「…………仕事しろ」


 俺が本気で面倒そうな顔をすると、石凪は小さく頬を膨らました。


「だって、寂しいんだもん」

「それこそ高宮でも話に誘えばいいだろう。あいつなら黙って聞いてくれそうじゃないか」

「会話のキャッチボールがしたいんですぅー。同じくらいの速度で言葉を投げ返してもらいたいんだけど、あの子たちじゃ、ちょっと難しいなぁ」

「どうしてだ」

「会話の経験が、少ないから」


 仕方なさそうに石凪が微笑んだ。

 経験値が少ないのは、当たり前だ。


 彼女らは作られて間もないのだから。


 しかし、経験を積んだ彼女らの行く末が、誰も同僚がいなくなってしまった石凪のようでは、少し寂しいと思った。


「……これでも食ってろ。また持ってきてやる」


 俺はズボンのポケットから、高宮に渡すために持っていた棒付き飴を取り出した。

 それを石凪に渡す。


 彼女は目を見開いた後で、あはは、と笑った。


「うわー、桑木さん可愛い。萌え! 濡れた! 抱いて!」

「断る」

「何故だー! 食べごろ二十代の熱い肢体を拒否するなんて、こいつは人間じゃねぇー!」

「いいからさっさと仕事しろよ」

「はーい」


 石凪はくるっとその場でターンすると、受付台の横にあるインターホンを押した。


「高宮花楓。桑木特捜官がお待ちだ。可及的速やかに受付まで出頭しろ」


 まるで役割が乗り移ったかのように命令口調でそう言ったが、次の瞬間には、元に戻っていた。

 手の中で飴を弄んでいる。


「これ、高宮ちゃんに渡すものだったんでしょ?」

「飴は飴だ」

「出た、オトコ理論。でも私は貰っちゃうんです。後輩のおやつを奪うなんて、先輩らしくないのは分かってるけど」

「細かいことは気にするな。高宮には後で別のを買っておく」

「……それはそれでジェラシー」

「もう君の頭の中がわからん」

「頭の中を見られたら、私、恥ずかしくて悶えちゃう」

「何が悶えるんですか?」

「ん?」


 俺が振り向くと、そこには高宮花楓が不思議そうな顔をして立っていた。

 受付のガラスの向こう側で、うふふそれはねー、などと言っている石凪は無視して言う。


「聞きたいことがある。ちょっと付き合ってくれ」

「あ、はい」


 俺が先に歩き出すと、高宮はチラチラと石凪の様子を確認しながら背中を追いかけてきた。


 第三課分室からそれほど遠くない場所にある、行きつけのファミリーレストランに辿り着いた。

 私用なので公用車は使わず、自前の煙草臭い軽自動車を駐車場に停めてある。

店内に入ると、忙繁期は過ぎたのか、人もまばらだった。


 店員に席を案内されそうになったところで、俺は勝手に入り口付近のボックス席に陣取り、エントランスが見える位置に座った。


 嫌そうな顔をした店員に、ホットコーヒーを頼む。

 高宮にはメニュー表を渡してやった。


「好きなものを頼んでいい」

「え? えっと……いいんですか? カリキュラムの途中から抜け出ているので、何か悪いことをしている気分です」

「心配するな。責任は俺が持つ。何か言われたら、俺の名前を出せ」

「けれどご迷惑が……」

「俺の言葉は信じられないか」

「あ、いえ」

「良い仕事をするには、パートナーの好みを知っておくべきじゃないのか?」

「パートナー、ですか…………でへっ」

「別に無理強いはしないから、気楽に決めろ」

「あの、それでは、イチゴのショートケーキを――――ワンホール下さい」

「…………わかった」


 俺は女の子の甘いもの好きを、少しばかり見誤っていたかも知れないと思った。

 注文をすると、本当にワンホールが丸ごと出てきたので、このファミレスも見直すことになった。


 胸焼けしそうな思いで、高宮がケーキを食べるのを見ていた。

 もうそろそろケーキが無くなるな、というところでアイスティーを頼んでいたのだが、高宮はアイスティーにシロップを三個も入れていた。


「ファミレスには初めて来ましたが、天国みたいなところですね!」


 目を輝かせながらそういう高宮に、俺は何か言う術を持っていなかった。

 一先ずケーキがひと段落したところで、本題に入った。


「これを見てくれ」


 俺は封筒に入っていた書類の一部を、テーブルの上に置く。

 彼女がそれを手に取った。


「えっと、椛ちゃんと平戸樒ひらと しきみ、さん? この二人がどうかしたんですか」

「俺が預かることになった」

「え――――」


 高宮は持っていたフォークを取り落とし、この世の終わりみたいな顔をした。

 項垂れて、泣きそうになっている。


 あんなに笑顔だった高宮が、ここまで落ち込む理由がわからなかった。


「おい、どうした。気分が悪いのか。無理して食うんじゃないぞ?」

「わ、私は」

「ああ、何だ」

「お払い箱ですか!」


 急に大声を出す高宮だった。

 お払い箱という言葉がファミレス中に響き渡り、他の客が一斉にこちらを見たような気になった。


 しかし気にしても仕方ないので、逆にソファへふんぞり返ってやる。


「ちょっと待て。どうしてそういうことになる」

「あぁぁぁ、やっぱりこれは最後の晩餐なんですね。特捜官に大口を叩いた私がいけないんですね……すいません」


 俺は内心で溜息を吐いた。

 女心がよくわからないと言う点では、石凪も高宮も同じようなものだ。


「女が人の話を聞かないのは仕様なのか?」

「すいません、話聞いて無くてすいません……」

「こういう言葉だけは拾うんだな。話を聞いてないというよりは、自分の都合のいいように取捨選択しているということか」

「冷静に判断されてます……きっと、考課表に×をつけられて、廃棄処分される運命なんです」

「なあ、花楓」

「は、はいっ」


 俺が名前で呼ぶと、びっくりした顔をして直立不動の体勢を取った。


「そう簡単に君を廃棄処分にするものか。君の髪の毛から爪先に至るまで、全て国民の財産で、無駄にしていいものじゃない。それは俺も変わりない。君もそれを心がけろ」

「……そ、それでは」

「まあ頑張れ」

「ありがとうございますっ」


 花が咲くように笑顔になった高宮は、深々と頭を下げたのだった。


 またもやファミレスの中で目立ってしまったので、どうにか高宮を座らせた。

 偉そうなことを言った自分が気恥ずかしくなりながらも、話を戻す。


「ところでこの二人の中で、花楓の知り合いはいるか」

「はい、一人だけ。椛ちゃんは同じクラスですし、合同で捜査もしてました。平戸さんの方は、わかりません」

「それじゃあ、藤代椛ふじしろ もみじについて、特徴を教えてくれ。何でもいい」

「成績は良いですよ。ちょっと思い込みが激しいですけど」

「思い込み? 思想傾向に問題があると言うことか?」

「いえ、悪い子ではないんです。ただ、何と言うか、そそっかしいとでも言いますかね?」

「ふむ。そうか」


 俺はコーヒーを飲みながら、頷いた。


 やはり、本人と会う前に多少なりとも情報が欲しかった。

 曲がりなりにも、命を預けることになるかもしれない部下なのだ。

 半端な対応をしたくないところではある。


 欲を言えば、もう少し色々な人間から多角的な情報を集めればいいのだろうが、そこは考課表と花楓の話で満足しなければならないだろう。


 他に聞く相手もいない。


 本当なら前任の特捜官から引き継ぎをすればいいのだが、その特捜官が現場復帰出来ないのだから仕方がない。

 そもそも、連絡先も知らないのだ。


「さてはて……ん?」


 特捜官に支給されている携帯端末が、着信の表示を示した。

 相手はドクターだった。


 花楓に断りを入れてから、電話に出る。

 受話器から聞こえてきたのは、いつもと口調の変わらないドクターの声だった。


 しかし、受話器の向こう側から聞こえてくる内容が、緊迫感を表している。

 俺はドクターから指示を受け、電話を切った。


 携帯端末をテーブルの上に置き、花楓を見る。


「どうか、しましたか」

「いやなに、君の言った言葉が本当だったことが証明されただけだ」

「あれ? 私のバイタルをモニターして、ポリグラフの代わりに使ったんですか」

「君をそこまで疑う理由がない」

「ありがとうございます。なら、さっきの電話は何だったんですか」

「藤代椛が脱柵した」

「はあそうなんですか……………って、えぇぇぇぇーーーーーっ!」

「置手紙には、特捜官の仇を取ると書かれていたらしい。ちなみに爆破テロの犯人の手掛かりは掴めていない。敵も知らないのに飛び出したんだろうな」


 俺は頷いた。

 なるほど、と思わず呟いていたくらいだ。


「確かに、思い込みが激しくてそそっかしい。あと、当事者の特捜官はまだ生きてるぞ。重傷でベッドから動けないだけで」


 あわわわ、と慌てる高宮は、深呼吸してから言う。


「何と言うか、椛ちゃんがここまでとは、私も思っていませんでした」

「ふぅん。……ともあれ、緊急出動だ。出るぞ」

「今すぐですか?」

「三課分室の人員は、自爆テロの件で別行動中だ。自由に動けるのは、待機状態の俺くらいだとさ」

「どこへ行くんですか」

「スラムだ。情報を集める。非正規な手段でこの街から出るには、スラムを経由するしかないからな」


 俺はボックス席のソファから立ち上がり、テーブルの上の伝票を持った。

 






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