プロローグ
何年も前にお蔵入りしていたものです。短いです。
きりは悪いですが、楽しんでいただければ幸いです。
若干、設定的に『騎士~』のつまみ食いしているので、ご了承ください。
雑多な街の雰囲気が、否応も無く服に染み込んでいく。
繁華街近くのビルの路地裏に、紺の制服姿で待機していた。
「……ったく何を考えてんだか」
俺が小声で悪態を吐くと、隣にいた少女がこちらを見た。
艶のあるセミロングの黒髪。危うく見えるような純粋さを湛えた瞳。
彼女は何も言わず、下を向いてしまう。
「君に言ったんじゃない」
そう言うと、少女は真面目な顔をして、こくこくと二回頷いた。
彼女はどこからどう見ても、年端のいかない小娘にしか見えなかった。
これで戦闘要員というのだから、呆れ果ててものも言えない。
いやそもそも、『彼女たち』の経歴を知らされたときから、妙な苛立ちが俺の気分を逆なでしていた。
半端な同情では誰も救えない、ということは、軍服を着ていた時から思い知っている。
しかし、何も感じなくなってしまえば人として終わりのような気もする。
色々と考えているだけで、気分が悪くなった。
それ故の、悪態と言うわけなのだが。
「――――ん」
無線に連絡が入る。
今回は初任務ということで、裏口の見張りを任されていた。
プラスチック製の透明なイヤホンから聞こえてきたのは、これから『目標』の部屋に突入するための合図だった。
俺たちは突入に参加しない。
『目標』の逃げ道を塞ぐための保険に過ぎない。
同じものを耳に装着している少女が、俺に向かって頷いてきた。
お互いに銃を抜いて、裏口のドアを警戒する。
特にこれといった騒ぎも悲鳴もなく、無言の時間が過ぎる。
俺はドアを警戒しながらも、少女に向かって言った。
「なあ」
「はい」
「君、名前、何だっけ」
「――――」
絶句、という表現が正しいだろうか。
彼女は警戒すべき裏口からも視線を外し、俺の方を凝視している。
怒っていると言うよりは、ショックを受けているといった表情。
そこまで悪いこと言ったかな俺、と心の中で首を傾げる。
謝罪の言葉を述べる前に、少女が口を開いた。
「高宮花楓です。名前くらい、覚えておいてください。桑木慎太特捜官殿」
それだけ言うと、高宮は頬を膨らませてドアを見つめだした。
『目標』が出て来たら即座に発砲しそうな雰囲気だったが、放って置くことにする。
俺は、手の中の銃を握り直して言う。
「すまん」
「えっ?」
今度は意外そうに、高宮が振り向いた。
俺の顔を見ると、慌てて前を向く。
「あの、私こそ、すみません」
「君が謝る必要はない」
「いえ。私の行動は『備品』としての権利を逸脱していました」
「だったら、俺が許す。……軽口くらい自由に言え。息が詰まる」
「は、はあ」
高宮は困惑気味の表情を見せた。
俺はそれを無視した。
『人工的に促成栽培された彼女たち』
『特捜官のための備品』
『人間が、幻想に対応するために生み出した観測装置』
そのどれもが高宮を評するに正しく、そして圧倒的に間違っているように思えた。
少女が少女らしく生きられたなら。
水面に生まれた泡沫のような、儚い妄想。
炉端の花は、いずれ誰かに踏み潰される。
それに、現実は待っちゃくれない。
「――――えっ」
高宮が上を向いた。
途端、雑居ビル全体が揺れ、最上階の部屋から煙が噴き出た。
俺は落下物の心配をしながら、呟いた。
「爆発だと」
イヤホンが、ノイズ交じりの同僚の声を繰り返している。
犯人が自爆したことと、突入チームがそれに巻き込まれたという内容だった。
彼女は裏口ドアを、前蹴りで吹き飛ばした。
「行きます」
それだけ言い残して、彼女はさっさとビルの中に入っていった。
裏口前に取り残された俺は、銃を腰に仕舞い込んで高宮の後を追った。
突き当たりの廊下で、ドアが蹴破られる音がした。
階段を上る足音が聞こえることから、高宮は非常階段で駆けあがっているのだろう。
同じ道筋を辿りながら、駆け足で最上階に到着する。
そこには、ありったけの物が散乱した廊下と、負傷した特捜班の面々がいた。
俺は各人の無事を確かめつつ、爆発現場に向かった。
「……こりゃまた」
未だに舞う粉塵。
崩落しかけた天井。
窓は吹き飛び、壁がむき出しになっている。
その中で、銃を持った高宮が立っていた。
俺は彼女の隣に立った。
高宮の足もとには、誰か違う少女のものと思われる、黒く焦げ付いた片腕が落ちていた。
他に人間らしいものは落ちていなかった。
俺は見晴らしの良くなった壁の穴から見える光景に、爆発の凄まじさを思う。
視線を変えず、彼女に聞いた。
「友達だったのか?」
「あ、いえ。わかりません。あまり話をしたこともありませんでした」
「そうか」
高宮が引き絞るように言葉を紡いだ。
「でも、『目標』の自爆から特捜官を守ったようです。立派だと思います」
「……なるほど」
俺は、肯定とも否定とも取れない、あやふやな応答をした。
けれど、高宮はそれを許してくれなかった。
「私も、彼女と同じように頑張ります」
純粋そうな目と顔で俺を見る。
小さい犬が尻尾を振っているようで、何とも言えない気分になる。
俺は高宮の頭に手を乗せた。
「俺が爆弾で吹き飛ばされそうになっても、庇ってくれるな。これは命令だ」
彼女は、少し困ったような笑顔で首を横に振った。
その後で、自分の服の裾を握りながら言う。
「あの、えっと。私のことは、花楓って、名前で呼んでください」
「それと俺の仕事に、何の関係が?」
俺は高宮を見ずに言った。
少し言い過ぎたような気もするし、本心でもあったからだ。
彼女は言葉に詰まった後で、俺の服を掴んだ。
泣くのかな、と思ったが、高宮は口を曲げながら言った。
「良い仕事をするには、仕事道具についてよく知っておいた方がいいと思います」
「道具?」
俺が渋い顔を見せると、高宮が首を傾げる。
本当にわからない、といった表情だ。
「『備品』ですから」
「やめろ」
俺は彼女の髪から手を離した。
大人の至らなさを、一身に受けた少女の瞳だった。
素直に受け止められるわけがない。
粉塵の混ざった空気を吸い込み、口の中がざらついた。
出来れば空気の旨いところで、熱いコーヒーを飲みたいと思った。
そして。
それが叶わないことも知っていた。