表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想庭園  作者: 比呂
1/4

プロローグ

何年も前にお蔵入りしていたものです。短いです。

きりは悪いですが、楽しんでいただければ幸いです。

若干、設定的に『騎士~』のつまみ食いしているので、ご了承ください。





 雑多な街の雰囲気が、否応も無く服に染み込んでいく。

 繁華街近くのビルの路地裏に、紺の制服姿で待機していた。


「……ったく何を考えてんだか」


 俺が小声で悪態を吐くと、隣にいた少女がこちらを見た。

 艶のあるセミロングの黒髪。危うく見えるような純粋さを湛えた瞳。


 彼女は何も言わず、下を向いてしまう。


「君に言ったんじゃない」


 そう言うと、少女は真面目な顔をして、こくこくと二回頷いた。

 彼女はどこからどう見ても、年端のいかない小娘にしか見えなかった。


 これで戦闘要員というのだから、呆れ果ててものも言えない。


 いやそもそも、『彼女たち』の経歴を知らされたときから、妙な苛立ちが俺の気分を逆なでしていた。

 半端な同情では誰も救えない、ということは、軍服を着ていた時から思い知っている。


 しかし、何も感じなくなってしまえば人として終わりのような気もする。


 色々と考えているだけで、気分が悪くなった。

 それ故の、悪態と言うわけなのだが。


「――――ん」


 無線に連絡が入る。

 今回は初任務ということで、裏口の見張りを任されていた。


 プラスチック製の透明なイヤホンから聞こえてきたのは、これから『目標』の部屋に突入するための合図だった。


 俺たちは突入に参加しない。

『目標』の逃げ道を塞ぐための保険に過ぎない。


 同じものを耳に装着している少女が、俺に向かって頷いてきた。

 お互いに銃を抜いて、裏口のドアを警戒する。


 特にこれといった騒ぎも悲鳴もなく、無言の時間が過ぎる。

 俺はドアを警戒しながらも、少女に向かって言った。


「なあ」

「はい」

「君、名前、何だっけ」

「――――」


 絶句、という表現が正しいだろうか。


 彼女は警戒すべき裏口からも視線を外し、俺の方を凝視している。

 怒っていると言うよりは、ショックを受けているといった表情。


 そこまで悪いこと言ったかな俺、と心の中で首を傾げる。

 謝罪の言葉を述べる前に、少女が口を開いた。


高宮花楓(たかみや かえで)です。名前くらい、覚えておいてください。桑木慎太(くわき しんた)特捜官殿」


 それだけ言うと、高宮は頬を膨らませてドアを見つめだした。


 『目標』が出て来たら即座に発砲しそうな雰囲気だったが、放って置くことにする。

 俺は、手の中の銃を握り直して言う。


「すまん」

「えっ?」


 今度は意外そうに、高宮が振り向いた。

 俺の顔を見ると、慌てて前を向く。


「あの、私こそ、すみません」

「君が謝る必要はない」

「いえ。私の行動は『備品』としての権利を逸脱していました」

「だったら、俺が許す。……軽口くらい自由に言え。息が詰まる」

「は、はあ」


 高宮は困惑気味の表情を見せた。

 俺はそれを無視した。


『人工的に促成栽培された彼女たち』

『特捜官のための備品』

『人間が、幻想に対応するために生み出した観測装置』


 そのどれもが高宮を評するに正しく、そして圧倒的に間違っているように思えた。


 少女が少女らしく生きられたなら。


 水面に生まれた泡沫のような、儚い妄想。

 炉端の花は、いずれ誰かに踏み潰される。

 それに、現実は待っちゃくれない。


「――――えっ」


 高宮が上を向いた。


 途端、雑居ビル全体が揺れ、最上階の部屋から煙が噴き出た。

 俺は落下物の心配をしながら、呟いた。


「爆発だと」


 イヤホンが、ノイズ交じりの同僚の声を繰り返している。

 犯人が自爆したことと、突入チームがそれに巻き込まれたという内容だった。


 彼女は裏口ドアを、前蹴りで吹き飛ばした。


「行きます」


 それだけ言い残して、彼女はさっさとビルの中に入っていった。


 裏口前に取り残された俺は、銃を腰に仕舞い込んで高宮の後を追った。

 突き当たりの廊下で、ドアが蹴破られる音がした。


 階段を上る足音が聞こえることから、高宮は非常階段で駆けあがっているのだろう。

 同じ道筋を辿りながら、駆け足で最上階に到着する。


 そこには、ありったけの物が散乱した廊下と、負傷した特捜班の面々がいた。

 俺は各人の無事を確かめつつ、爆発現場に向かった。


「……こりゃまた」


 未だに舞う粉塵。

 崩落しかけた天井。

 窓は吹き飛び、壁がむき出しになっている。


 その中で、銃を持った高宮が立っていた。


 俺は彼女の隣に立った。

 高宮の足もとには、誰か違う少女のものと思われる、黒く焦げ付いた片腕が落ちていた。


 他に人間らしいものは落ちていなかった。

 俺は見晴らしの良くなった壁の穴から見える光景に、爆発の凄まじさを思う。


 視線を変えず、彼女に聞いた。


「友達だったのか?」

「あ、いえ。わかりません。あまり話をしたこともありませんでした」

「そうか」


 高宮が引き絞るように言葉を紡いだ。


「でも、『目標』の自爆から特捜官を守ったようです。立派だと思います」

「……なるほど」


 俺は、肯定とも否定とも取れない、あやふやな応答をした。

 けれど、高宮はそれを許してくれなかった。


「私も、彼女と同じように頑張ります」


 純粋そうな目と顔で俺を見る。


 小さい犬が尻尾を振っているようで、何とも言えない気分になる。

 俺は高宮の頭に手を乗せた。


「俺が爆弾で吹き飛ばされそうになっても、庇ってくれるな。これは命令だ」

 

 彼女は、少し困ったような笑顔で首を横に振った。

 その後で、自分の服の裾を握りながら言う。


「あの、えっと。私のことは、花楓って、名前で呼んでください」

「それと俺の仕事に、何の関係が?」


 俺は高宮を見ずに言った。

 少し言い過ぎたような気もするし、本心でもあったからだ。

 

 彼女は言葉に詰まった後で、俺の服を掴んだ。

 泣くのかな、と思ったが、高宮は口を曲げながら言った。


「良い仕事をするには、仕事道具についてよく知っておいた方がいいと思います」

「道具?」


 俺が渋い顔を見せると、高宮が首を傾げる。

 本当にわからない、といった表情だ。


「『備品』ですから」

「やめろ」


 俺は彼女の髪から手を離した。


 大人の至らなさを、一身に受けた少女の瞳だった。

 素直に受け止められるわけがない。


 粉塵の混ざった空気を吸い込み、口の中がざらついた。

 出来れば空気の旨いところで、熱いコーヒーを飲みたいと思った。


 そして。



 それが叶わないことも知っていた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ