中納言のバレンタインデー
中納言、後の世にてせらるるバレンタインデーといふものを知り給ひて、我もチョコレートを得てしがなと思ひ給ひけり。されども、未だ日の本にチョコレート伝わらざりぬる時代なれば、チョコレートのあるときく東の果ての地の姫より賜らむと思して、如月の一日、船に乗りて、東の方の海に漕ぎいで給ひぬ。
ある時は浪荒れつつ海の底にも入りぬべく、ある時は風につけて海にまぎれんとしき。当てもなく海をありき給ふこと十三日、つひに二月十四日となりぬれど、未だ東にあると聞く大陸見ゑず。日暮れるまで漕ぎゆくも島影だになし。
中納言思ひ切り給えず、なほ東に進まむとするも、糧も水も乏しくて、泣く泣く船を返させ給ひけり。神仏の加護あらむや、追い風吹きて十日余りにて明石の浜に着き給ふ。明くる年、再び船出せむことを誓ひて都に帰りにけり。
悔しけれ
君が御手より
貰はむと
願ひしものを
得ぬことこそ
チョコレートが原料、カカオの原産国は南アメリカにて、日の本より東の大陸なり。当時はショコラトルといふ名の飲料にて、やむごとなき人々めであひけり。