雨が結んだ恋~カクテルが教えてくれた~刹那玻璃さんへのクリプロギフト
セレブレーション。“祝典”という意味を持つこのカクテルはシャンパンをベースに木苺のリキュール、ブランデー、レモン果汁で割った、淡いピンク色がとても美しい…。
あるバーのカウンター席についた玻璃。すると、オーダーをする前にマスターがにっこり笑って一杯のカクテルを出してくれた。
「これって…」
「はい。セレブレーションです」
「どうしてこれを私に?」
だいたいの予想はついていた。こんなおせっかいをするのは玻璃が知る限り一人しか居ない。
「うかがいましたよ。ご結婚されるそうですね。玻璃さんが来たら是非これをと日下部さんから頼まれていましたので」
「やっぱり…」
玻璃は表情を緩ませながらその“祝典”という意味のカクテルを口に含んだ。同時に初めて彼と出会った時のことを思い出していた…。
その日、玻璃は趣味でやっているテディベア作りのための生地を買って、ご機嫌で帰宅するところだった。そこへ突然の雨。咄嗟に近くの軒先で雨宿りをしていたのだけれど、いっこうにやむ気配がない。そうこうしているうちに辺りは暗くなり、玻璃が雨宿りしていた軒先にネオンが灯った。そこには“RAIN”の文字がくっきりと浮かび上がっていた。
「ちょっとだけ覗いてみようかしら」
どんな店なのか見当もつかなかったのだけれど、淡いピンク色の光に誘われるように玻璃は店のドアを開けた。
店内は落ち着いた雰囲気でカウンター席だけのバーだった。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥からマスターらしき男性がにっこり笑って迎え入れてくれた。既にカウンター席には一人の男性客が座っていた。玻璃はその男性から一つおいた席のストゥールに腰掛けた。
「雨宿りですか?」
その男性が玻璃に声を掛けた。
「あ、はい…」
「僕も初めてここへ入ったのは雨の日でした」
「はあ…」
人見知りの玻璃にとって見知らぬ、しかも男性に声を掛けられるのはあまり心地のいいものではなかった。そんな玻璃の警戒心が伝わったのか、男性はそれ以上玻璃に話し掛けてくることはなかった。
「何かお好みのカクテルがあれば最初の一杯だけサービスしますよ」
マスターが言った。
「えっ! いいんですか?」
「雨が連れて来てくれた縁です」
そう言ってマスターは微笑んだ。その笑顔はこわばった玻璃の心を和ませた。
「それではアイ・オープナーを」
「運命の出会いですね」
そう、ラムベースのこのカクテルには“運命の出会い”という意味がある。
「ええ、まあ…。でも、このカクテルが純粋に好きなだけで特に今、頼んだのに意味があるわけじゃ…」
「はい、大丈夫ですよ」
マスターは優しく微笑んでカクテルを作り始めた。その時、店のドアが開いて男性の客が一人入って来た。
「おう! 待たせたな」
その男性は先に来ていた男性の連れの様だった。
「遅いぞ、日下部」
「悪い、悪い。急に雨に降られたものだから駅で雨宿りをしていた」
「駅に居たのなら、傘を買えばよかったじゃないか」
「すぐ止むと思ったし、買えば荷物になるだろう」
「それで雨は止んだのか?」
男性のその質問に玻璃は聞き耳を立てた。もし、雨がもう止んだのなら早く帰ってテディベアの服を仕上げたいと思ったから。
「止まないからタクシーで来た」
日下部と呼ばれた男性の答えは玻璃の期待通りのものではなかった。日下部は男性の隣の席に着くとチラッと玻璃の方を見た。そして男性へ「連れか?」そんな視線を投げかけた。
「彼女もお前と同じで雨宿りだそうだ」
「そうでしたか! ここは雨宿りにはぴったりの店ですよ」
「よせよ。初対面の女性に気安く話しかけるんじゃない」
その男性は先ほどのやり取りで玻璃が人見知りで、男性から声を掛けられることを好まないのだということを察したようで、日下部をたしなめながら、玻璃に「すまない」と言うように軽く頭を下げた。
玻璃がサービスのカクテルを飲み終える頃には雨は止んでいた。けれど、その一杯で店を出るのは悪いような気がして、もう一杯、カクテルを注文した。
「ジプシーを」
「かしこまりました」
マスターは頷いてカクテルを作り始めた。すると、日下部がまた声を掛けてきた。
「もうお帰りですか? 今度はいつ来られるんですか?」
「よせと言っただろう。彼女が…」
一瞬、男性が言葉を止めて玻璃の方を見た。
「玻璃です。刹那玻璃と申します。あなたは?」
玻璃は思わず名乗ってしまった。そして、男性の名前を聞いた。玻璃のことをずっと気遣ってくれていたこの男性に好感を持った。だから、またこの店に来たいと思ったし、男性の名前が知りたかった。そう、玻璃が頼んだジプシーには“しばしの別れ”と言う意味がある。
「柴田です。柴田孝と言います」
玻璃はそれ以来、この店に何度か足を運んだ。玻璃が来た時、柴田は必ずそこに居た。二人はいつしか恋に落ちた。
やがて、柴田がやって来た。玻璃の隣に座ると、早速マスターにカクテルを注文した。
「ジンライムを」
その意味は“色あせぬ恋”。