第二話「魔王、七歳の一日・前半」
いつも通りのサイズに収めようとして失敗しました
転生初日から六年が経った。現在は七歳らしい。
目が覚めるとまず、朝の訓練のために弟のレヒトと共に中庭に出ていく。この弟のレヒトは四年前にヴェルデンが拾ってきた人間の子どもだ。六歳にして金髪碧眼のイケメンぶりを発揮し、この辺りの少年たちからの嫉妬を一身に受けている。「この辺り」が家の敷地内で、「少年たち」が僕一人であることについては何も触れないでほしい。将来を見据えた発言だ。まだ敷地外に出ることを許されてないから仕方ないよね。八歳になれば外出許可が出るので、長くとも後一年だ。非常に楽しみだ。
中庭に出るとそこには、鬼の様な形相で2m程の鉄製の大剣の素振りをするヴェルデンがいた。まあ実際、ヴェルデンもその妻のメルティも「大鬼族」と呼ばれる種族らしいので仕方ないのかもしれないのだが。四年経った今も、お前のその顔はレヒトに怯えられているぞ。ヴェルデン。
素振りを終えたヴェルデンが僕達の方にゆっくりと近づいてくる。我が家ではその時点で既に訓練は始まっている。鉄製の大剣が無造作にこちらに放り投げられる。高速で回転しながら飛んでくる刃は、当たれば子ども二人の命など簡単に奪ってしまうだろうと思われた。突然のことだったが、僕とレヒトは落ち着いてそれを跳んで躱す。着地と同時に二人でヴェルデンに向かって突っ込み、二人がかりでヴェルデンに殴りかかる。
三歳から始まったこの戦闘訓練は、ヴェルデンに好きなように殴りかかり、無駄な動きをすればその隙をつかれて反撃を受ける。そうすることで無駄な動きの無い理想的な体の動きを覚えるというものらしい。故に戦闘スタイルは完全に自己流になる。自分に見合ったものを使え、指導は最低限、最適行動は自分で考える。前世で流行っていたアクティブラーニングを既に取り入れているヴェルデンは、未だ科学の概念が無く、狩猟の世界に生きる人々の中では凄いやつなのかもしれない。そして元ヒキニートの僕はこういう一人でこつこつ積み上げる作業は割と好きだったりする。
まだ一年後輩のレヒトは僕に比べて動きに無駄が多い。だからその隙をつかれてヴェルデンに右肩を砕かれる。ヴェリデンは隙をつく時は割と容赦がない。右肩が砕かれたレヒトは右肩から飛び出てきた骨に皮膚を裂かれ、腕からぼたぼたと血を零している。大多数の人は経験が無く、よくわからないだろうが、あれは失神するレベルで痛い。
「___っ!!」
しかしレヒトは悲鳴を上げない。悲鳴を上げるとヴェリデンに怒られてもう片方の肩も砕かれたりすると知っているからだ。ヴェリデンは動きの止まったレヒトを、訓練の様子を見ていたメルティの方に蹴り飛ばす。本当に容赦がない。
レヒトが退場してしまったので、ヴェリデンによるマンツーマン指導が始まる。僕は無駄な動きをしないように全精力を注ぐ。実は今日はとっておきの策を持ってこの場に挑んでいる。何故今までこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか。そう、それは……
動かなければいいのだ。
勿論思いっきりぶん殴られた。
顎の骨が砕ける嫌な音がする。そして僕もメルティの元に蹴り飛ばされる。それと入れ替わるようにレヒトがヴェリデンに突っ込んでゆく。その右肩は既に治っている。これはレヒトの回復力が異常だからなどではなく、今僕がしてもらっているように、メルティの回復魔法によって傷を癒やされるのだ。それによりヴェルデンの手加減された反撃が齎す、筆舌に尽くし難い痛みを無限ループで味わえるのだ。つまり拷問だ。初めてメルティの回復魔法を見たときも、魔法の存在に歓喜するより、ヴェルデンへの殺意が勝った程だった。元ヒキニートにいきなりそれは無理だと。……いや、そもそも三歳児に無理だろうと。
顎の治療が終わるとメルティは優しく頭を撫でてくれた後、僕を地獄に送り出す。苦笑するだけじゃなくてヴェルデンを止めてほしいのだが。しかし、一度メルティにそのことを伝えたところ「『超回復』?というのが起こって、治せば治すほど強くなれるからこれが一番良いらしいのよ。だから我慢、ね?」と断られてしまった。僕の知ってる『超回復』と違う。が、そういうこともできない僕は大人しく頷くしかなかった。
何度か大怪我→強制回復のループを繰り返した後に、ヴェリデンの「今日はここまで!」の一言によって訓練が終わる。朝のこの訓練を乗り切れば、後は楽しい時間が待っている。一日二回の食事を楽しみ、朝の訓練で気がついた動きの無駄の修正案をコツコツと考える。前世のウェブ小説だとこういうのは大体スキルが何とかしてくれるものだが、こういうのもありだなと思う。
その間にレヒトとの交流も忘れない。前世ではこういう環境作りを怠ったせいで散々な目にあったものだ。あの頃は何度も子どもの頃から人生をやり直したいと思っていたが、まさか本当にそれが実現するとは、何が起こるかわからないものだ。
「レヒト、見てくれ。この僕の完璧な動きを」
「兄様、それ朝やってお父様にぶん殴られてたじゃないですか」
「馬鹿、よく見ろ。お前の動きに合わせて微妙に変化し続けているだろう?僕は後の先を極めることにした」
「前に言っていた先の先みたいなものですか? その時は結局『仕掛けさせてもらってる身で何言ってんだろ』と言って途中で諦めていませんでしたか?」
「ふふふ、明日の朝を楽しみにしていろ」
「あまり期待せずに待ってますね」
よし、毎晩考えて貯めてまだ使われていない百の話題うちの一つは無事に使えた。たまに外してレヒトに「はぁ?何言ってんだこいつ」みたいな顔をされる事が続くうちに、僕への扱いは割と軽いものになっていた。約二十六歳差の子供にも軽く扱われる程のコミュニケーション能力。最近あまりにも努力を続けていたので、自分の中のヒキニートとしての部分が無くなってしまっているのではないかとたまに心配するのだが、こういう時にそれを実感でき、安心できる。本当は無い方がいいのだろうが。
自主訓練が終わると二度目の食事をとり、メルティ先生による魔法の授業が始まる。ヴェルデンとは違い、頭の良いメルティはまず魔法の理論から教えてくれた。因みにヴェルデンは最初の訓練から今の訓練で変わったところはない。