少女の呟き〜感謝します〜
港海輝は、家に近くの空き地までの道を歩いていた。散歩だとか、そんな洒落たものではない。ただ歩きたくなったから歩くまでのこと。
何かうまくいかないことがあった時、いつも陽の沈みかけた時間に歩く。これは癖だった。
「なんでこんなに喋るのが下手なんだろ」
いつもの空き地まで来て座り、ポツリと呟いた。
「もっと何か言い方があるでしょって、ストレートに突っ込みたかったなあ」
悩んでいるのは、今日の放課後のこと。山城遥に声をかけた時のことだ。
舞鳥康太からの誘いをぶっきらぼうに断った遥について康太たちが言っていることを聞いて、これはいけないと思った。注意しようとしたのに、言葉が口から出てこなかった。
「ああ、歯がゆい…」
海輝がそう言って頭を抱え込んだ時、誰かにトントンと肩を叩かれた。
「んん…」
「ダメじゃないか、こんなところで寝ていては」
スーツをやや緩めに着た五十歳くらいの男性が、いかつい顔をさらにしかめて立っていた。なんて滑稽な顔。一目見てすぐ、吹き出しそうになる。
「何がおかしいのかね」
「ウフ…あ、いやすみません。でも私、決して寝てたわけじゃないんで」
慌てて立ち上がり、お辞儀をした。男性はもう顔しかめてはいない。こうしてみると、なんだか威厳がある。
「寝てたんじゃないとしたら、何をしていたんだ」
「はあ、少し悩み事があってそれで…」
ありのままを喋ってしまった。男性の第一印象が、警戒心を吹き飛ばしてしまったのかもしれない。もちろん、個人名は伏せたが。
話を聞いて男性は頷いた。
「そりゃ君、はっきりと言うべきだった」
「ですよね。でも、なぜかうまく言えなくて」
「口下手なのかな?」
「と言うか、あつかましいんですよね。私って。それにこんな見た目ですし」
「見苦しいとは思わんぞ。それにどう思われようが、構わないじゃないか。自分に自信を持ってみたらどうかね」
そこで海輝は気がついた。
「そっか。私多分、間違ったこと言ってるかもって思って、怖がっているんだと思います」
「正しいことだけ言える人なんていないから、大丈夫だ」
(この人の言ってることを信じてみよう)
海輝は急に目の前の黒雲が消え去り、光が溢れたような気がした。自信が持てたのかもしれない。
「ありがとうございます。次からは、怖がらずにガンガンぶつかってみます」
意気込んで、拳を上下に揺らして「自信」と感謝を表現したら、笑われた。
(あー、所詮私じゃダメか)
「ああ、そんな顔をせんでくれ。ただ単に面白かっただけなんだよ」
「え?」
「君ほど親しみやすい女の子は初めてだ。最近の女子の、あまりにも『キチンと』していて、声をかけづらいことったら」




