願い〜奇跡を待ちます〜
朝。山城涼子は味噌汁の鍋をかき混ぜていた。
(もう七時よ。お寝坊さんね)
とその時、階段からドタバタと音がして彼女の義理の息子が降りて来た。
「うわ、やばい! 遅刻する!」
「もう、海輝ちゃん駅で待ってるんじゃない?」
「ですよね〜。あっメール来た」
「なんて?」
「『もう学校始まるから、坂田さんと先行く』」
「急ぎなさい!」
「あっはい」
「ご飯は?」
「いいです。すみません、涼子さん」
遥はそのまま玄関を抜けて外に飛び出していった。後には静寂が漂う。
(もう、嫁いで四年になるのに未だに『涼子さん』なのね…)
父母を失くして途方に暮れていた自分を向こうから迎え入れてくれた夫。ぎこちない関係ではあったけれど、あの日から少しずつ打ち解けるようになった遥。
夫は自分のことを「妻」だと言う。遥に「お義母さん」と呼んでもらえるのはいつのことだろうか。
(気にしても、仕方ないか)
子供が苦手だった自分がここまで変われただけでも十分だ。
いつかきっとそう呼んでもらえるだろう。
涼子は鍋の火を消し、テーブルの上の写真立てを見つめた。遥が二年前、修学旅行に行った時の写真だ。満面の笑みの遥が、舞鳥康太やその他大勢の男子と肩を組んで写真を撮っている。帰って来た時も、本当に幸せそうだった。
「親父、これ見てくれよ。舞鳥たちと撮ったんだぜ」
「前のこととか思い出したら、まじで奇跡なんです。今こんなに幸せなのが」
顔を真っ赤に火照らせながら、遥はこう言って写真を見せびらかしたものだ。
いつか私と遥の間にも、奇跡が起きますように。
涼子は微笑みながら、写真を抱きしめた。




