少女の戦い〜行かせてはならない〜
「港海輝だな?」
可愛らしい幼稚園児の姿をしたそれは、遥の口に何か投げつけてから、ぞっとするような声で海輝に尋ねた。
「み、見りゃ分かるでしょ」
海輝も精一杯強い口調で言い返す。怖いが、手を離して逃げることはできなかった。いろんな意味ですがりつくような気持ちで、遥の腕をしっかりと掴む。
「どうやってここに来た」
「山城君が落としたっぽいスパイスの匂いをたどって来たの」
なかなか大変な作業だった。何度も地面に這いつくばらなくてはならなかったのだから。しかも、たどり着いたのがこのトンネルだと知った時は、思わず入るのをためらってしまった。
幼稚園児は笑った。男の声だった。
「そりゃあご苦労なことだ。だが、せっかくの苦労も水の泡だな。今からこいつは俺と一緒に別世界に行く」
「いいえ、行かないわ」
行かせてはならない。
「行くんだ!」
不意に、向こうからの力が増した。海輝も、遥と一緒にに引きずられる。幼稚園児は高笑いした。
「諦めて手を離せ」
「いやよ!」
「こいつも抗議していないじゃないか」
「そんなことない! 山城君! なんとか言ってよ!」
遥が苦しげな顔をこっちに向ける。その口には葉っぱのようなものがくっついていた。
「なにさ、こんなもの!」
片手で払いのけようとした。が、離れない。
「ただの葉っぱじゃないことぐらい分かれ」
さらに力が加わった。もはや、海輝も引きずられているだけである。遥は…というと、脱力しているらしい。
「山城君! 脚に力を入れて! このままじゃ大変!」
「諦めろ。無駄な努力にすぎん」
海輝は幼稚園児の嘲り声を無視した。ひたすら、遥に叫び続ける。
「ねえ、山城君! 私、トンネルに入った時から、あなたたちの叫び声が聞こえていたんだよ! こんな奴の言うことなんか聞いちゃダメだよ!」
「真実を言っただけだ」
「ねえ、向こうの世界なんて行っちゃダメ! こっちでみんなで暮らそうよ!」
「こいつにとっては、この世界は悪夢だ」
「違う、違うよ! 山城君! 君は、苦しめられてなんかいない!」
苦しめられてなんかいない? そうなのか? 心なしか、俺の脚に少し力がこもった。
「なにをたわけたことを。山城は舞鳥に散々惨めな思いをさせられていたんだ!」
「そんなの誤解だよ! 山城君の思い込みだよ!」
「なんの妄想を…」
「ねえ、山城君。さっきね、私、君の家に行ったんだよ! 君とすれ違ったでしょ!」
「諦めろ」
「そこで、君のお父さんに話聞いて確信したの! ねえ、山城君…君は、寂しかったんだよね」
自分の目が大きく見開かれたのが分かる。こいつは…ひょっとして…何か分かっているのか。




