幼稚園児の回想
森への道をひたすら走る。足元のボウボウに生えた雑草も、この廃トンネルにふさわしい暗闇も、全く気にならない。
ああ、もうどうすりゃいいんだ。こんな時に何していいか全くわからねえ。だからここに来た。あの幼稚園児の与えてくれる気晴らしだけが、俺の気持ちを和らげてくれるような気がした。
暗闇の中で、幼稚園児はトンネルの入口の方に光る目を向けた。何か猛烈なものがこっちに突進してくる。ものすごい感情を胸に溢れさせた人間が。
(山城遥だな)
幼稚園児は立ち上がった。また、いつもの気晴らしを彼に与えてやるためだ。
(人間の好むものなんて、俺にはちょちょいのちょいさ)
彼の顔に残酷な笑みが広がっていく。
当たり前ながら、彼は人間ではない。では何か、と言われると「悪魔」と答えるのが一番答えに近いかもしれない。だが、彼は悪魔ではなかった。まず、彼の種族は人間の魂など欲しがらない。それに、悪魔につきものの階級とも縁がなかった。どちらかといえば、かなり自由に生きている。その点では「妖精」に分類できるかもしれない。
幼稚園児がこの廃トンネルに住み着いたのは、十年も前のことだった。
彼にも、人間と同じように家族がいた。父と母と兄と自分。四人で都会の金持ちの家に潜んで住んでいた。そこで料理をくすねて生きていたのだ。両親が亡くなった時、彼は兄にそれまで住んでいた住処を追い出された。
「俺が食ってけなかったら意味ないだろ」
と言い渡された。
「元々は四人で腹一杯食ってたじゃないか。二人になってなんで、食ってけないことがある!」
どう抗議しても受け付けてはくれず、挙げ句の果てには魔術を使っての殺し合いが始まった。彼は懸命に戦ったが、どう見ても防戦一方で、殺される前に逃げ出したのだ。
(あの頃は俺もまだ、子供だったんだ)
傷を抱えたまま、逃れて来たのがここだった。最初はこんな人気のない場所に住む羽目になったことを嘆いていた。蛇や蛙を食べて飢えはしのいでいたが、兄との戦いで失われた魔力のことが頭から離れなかった。このままでは、一生住処を取り戻すことなどできない。彼は復讐心を温めながら、無為の日々を過ごしていた。
そんなある日、人間がやって来た。このトンネルをくぐりに来ていた。そしてどうやらこの廃トンネルには「くぐれば、なんでも願い事が叶う」という噂があるらしい。
願い事をする人物は様々だった。彼はその中で、ある共通点を持つ人物に目をつけた。そして、その人物の前にだけ姿を現し、「お客様」として扱ったのである。
(あいつらは俺に最高の贈り物をくれるのさ)
山城遥も「お客様」の一人だった。
(ただ、今日のあいつはどこか変だ。こんなに感情が溢れていたことが今までにあったか?)
彼は胸騒ぎを感じながら山城遥を待ち続けた。




