どういう風の吹き回しだ。
せっかく、いい気晴らしができると思ったのに、余計なこと思い出させやがって。今日は最悪の気分で家事やんなきゃいけねえ。俺はトンネルから出て、ため息をついた。
まあ、また来ればいいか。隣町のゲームセンターより面白い「岩」。あれが、俺の気持ちを癒してくれる最高の宝なんだし。今日は、金村が親に怒鳴られてるシーンを捉えた。あいつのあの泣き顔! やっぱあいつも所詮は弱虫なんだな。あんな奴に無視されたって、怖くもなんともない! 別に、ムカつかない! 寂しいとも思わねえ!
てか、思い出しただけで、笑える。
気を取り直して、俺は帰途についた。
「…?」
家の前に着くなり、何かがおかしいと気づいた。洗濯物が取り込まれてる。それに、変な匂い…。これは、カレーか?
って、誰だ家事やってる奴!
ドアをバンと開けて、台所に直行。途中の居間に、開けっ放しの窓ガラスと床に散らばった、乾いた?洗濯物が目に入った。
台所まで行くと、焦げたカレーの匂いが強烈だった。それと、食卓の上には散らばった(おそらく生の)米とガラスの破片が…。これ、やばすぎる!
だけど、一番俺の目を引きつけたのはグツグツいってる鍋の前で、ヘラを片手に悪戦苦闘している女の姿だった。
「涼子さん?!」
「はああい…」
振り向いた涼子さんの姿は珍しく乱れまくっていた。長い髪はボサボサで、きれーな服はカレーでシミができている。化粧ははがれ落ちてるし…。なるほど、涼子さんがカレー作ってたのか。
「…?」
そういや、この光景、どっかで見た覚えがあるな。…ああ思い出した。母さんがカレー作ったときだ。普段は上手に作るくせに、そん時は確か酔ってて今の涼子さんみたいになったんだっけな。
「あーんもう、落ちないわあ」
このセリフも確かいってた。なんか、涼子さんと母さんの姿が一瞬重なったような気がし…。
いやいや、なにいってんだ俺。
涼子さんごときが、母さんに敵うわけねえ。優しかった母さんと涼子さんを比べるなんて、とんでもない。だいたい、涼子さんが初対面で言ったセリフを忘れたんかよ。
「え、子供さんいるの…。聞いてないんだけど。私、子供苦手で…」
親父の耳に囁いたんだが、俺の耳にも入ってきた。で、親父はなにも言わず。注意ひとつしなかったってこと。俺はそれ以来、涼子さんを義母とすら思ってない。加えて、毎日の怠けぶり…。
俺は我に返った。そうだ、感傷に浸ってないで涼子さん用の声出さないとな。
「カレー、作っていらしたんですか」
「ええ、でも上手くいかなくて…。ごめんね、遥く…」
「無理なさる必要はないんですが」
「ええ。でも、言われて…」
誰にだよ。
「…そっちのガラスはなんですか」
「コップ割っちゃったのよ。ごめんね」
「もう、休んでいただいて結構です。ここからは僕がやるんで」
「え、でも」
「ずっとやってたんで、大丈夫です。あ、あと洗濯物取り込んだら、ちゃんと窓ガラス閉めてください。虫入ってきます」
それだけ言って、俺は涼子さんに背を向けた。これ以上なにも話すことはない。さっそく、ガラスの破片の後始末に取り掛かる。
今頃家事だと? どういう風の吹き回しだ? 俺の母親を気取ってんのか? それとも、親父が死んだら俺に追い出されると思って、ご機嫌取ってんのか?
間違っても、あんなのを母親だなんて思ったりしない。だいたい、俺の母さんは頑固な親父と違ってなんでも俺の相談に乗ってくれた。「言いたいことを言いなさい」が口癖だったんだ。あれは、本当に嬉しかった。
まあ、いいけど。今の俺にはちゃんと気晴らしがあるし。




