車に魂は宿るのか?
俺は生来、物を大切に扱うことが出来ない。子供の頃からあちこち物を置きっぱなしにするので、子供の頃は親に叱られ、今は妻に文句を言われている。
日本という国は昔から、物を大切に扱えば魂が宿る、とされて来た。
そういったことに纏わる逸話は、誰でも聞いたことがあるのではなかろうか?
可愛がって大切にしていた人形の髪が伸びたりとか、夢に現れ持ち主に迫っている危険を教えてくれたりとか。
お祖父さんの形見分けで貰った時計が壊れてしまい、古さ故、もう治らないかもと時計店に持ち込んだら、奇跡的にパーツが1つ分だけ置いてあったとか。……これはちょっと違うか。
友人から貰った、何度無くしても帰ってくる万年筆とか。
まあ、とにかく俺には縁の無い話だった。特に時計なんぞ、幾つ駄目にしてしまったことか。今はスマホのお陰で必要性も感じ無いので、時計を購入することも無いのだが。
車がとうとうイカれてしまった。使用年数を10年を越えた頃から修理の回数が増えてきていたのだが、エンジンから激しい異音がする様になってしまったのだ。
世話になっているディーラーへ持ち込むと、修理代金の総額がちょっと痛い結果が出た。しかも修理をしたところで、車検の期日が半年後なので、車検代金も考えなくてはならない。
「もう、買い替えましょうよ」
妻が言う。ディーラーの担当者も遠慮がちに頷く。
「どうしても10年越えると故障箇所も増えてしまうものですからね。ゴムで出来た部品が劣化してしまうんですよ」
そんな感じで車を買い替えることになったのだった。あれこれと車のパンフレットを貰って帰り、家族会議になった。
「何でも良いんじゃね? どうせ俺もバイトして、免許取って欲しい車買うし」
今年18歳になる長男の玲哉が言う。そう言われて気付いたが、家族全員で出かける回数は随分と減っていた。(……というか長男が、夜7時過ぎという、こんな時間に家にいるのも珍しい。そんなことを言えばめんどくさいことになるので、本人には言わないが)
「玲哉が少年野球をしてた頃は車出しをして、チームの子達や道具を運んだ物だったわね。8人乗れるから重宝したわ」
妻が遠い目をしながら食後のお茶をすする。
次男の純哉が言う。
「……俺は今の車が治るなら、今の車が良い。」
「ばぁか、それが無理だから買い替えるんだろ?」
長男の物言いに次男が拗ねて、キッチンからリビングに移動してテレビを見始めてしまった。
「ちょっと、玲哉。純哉は13歳になって思春期とか反抗期に入る年齢なんだから、そういう言い方は気をつけて頂戴。些細なことで傷ついちゃうの、経験あったでしょ?」
妻が小声で早口で言うと、長男はブスッとむくれ、「それも、人生経験さ」と言って、自分の部屋へ戻って行った。
長男の玲哉は、近所に住む妻の実家から『お宝初孫様』として可愛がられていたので、自分が話題の中心じゃないとむくれてしまうところがある。
妻が訴える様な目で俺を見るので、ソファーの純哉の隣に移動する。
「……母さんから聞いたけど、今の車、俺と同い年なんでしょ? 俺が生まれるときに買い替えたって聞いたよ」
「ああ、そうだったな」
そういえば、そうだった。次男が生まれるので、それまでの車では手狭になるからと、今の車を買ったのだった。次男が生まれた日がまさかの納車日で、その日は慌ただしい思いをした。
だんだんと、車に関する思い出が沸き上がって来る。
パラソルとテーブルセットを積み込み、海へ行ったこと。車で3時間の距離の俺の実家へ遊びに行くときに、子供達が飽きない様に、あれこれ玩具を積み込んだこと。帰りの車の中でチャイルドシートに乗った次男とジュニアシートに乗った長男が、お互いの方に体を斜めにして眠っていたこと。
……長男の高校受験のときは前夜から雪が降り始め、早朝チェーンを取り付けて学校まで送ってやったことや、次男の小学校の修学旅行の日は、朝の早い時間帯に最寄り駅に集合だったので、近所の同い年の子供達を乗せて送ったこと……。
車は、こんなにも家族の思い出に直結していたんだな。改めてそんなことを思った。
「あの車には随分と世話になった。頑張ってくれたよ。……でも、仕方がないんだ」
俺は体裁的には息子に言いつつも、駐車場に停めた車に向かって言っていた。
「……うん、分かった。父さん、俺、洗車手伝うよ。最後に綺麗にしてあげようよ」
「そうか、車も喜んでくれるよ」
新しい車が納車される日、つまり今の車を手放す日に、純哉と二人で丁寧に掃除した。荷物を全部降ろして洗車場へ行き、隅々まで掃除機をかけた。洗車は洗車機を使ったが、空いてる自由スペースに移動して、カーワックスをかけた。
「円を描く様にやるんだ。拭き取りも同じだよ」
純哉は額に汗をかきながら、初めてのワックスがけを手伝ってくれた。二人で丁寧に、感謝の気持ちを込めて磨きあげた。
それから、ちょっと恥ずかしかったが他の客に頼んでスマホを渡し、車の前に二人で並んだところを写真に取って貰った。
そして、ディーラーへ向かった。
新車に乗って家へ帰ると、丁度宅配便が来たところだった。長男宛の様だ。
「ただいま。玲哉はいるのか?」
「おかえりなさい、さっきバイトから帰って来たわよ」
ドアの前で荷物が届いていることを伝えると、部屋から出てきた。
「それ、俺んじゃないよ。父さんのだよ。開けていいよ」
「?」
包みを開くと小さな車の形のキーホルダーが二つ入っていた。前の車と新しい車の形にそっくりで、ちゃんとタイヤが動く様だ。
「ちょっと貸して」
片方を長男が取りテーブルの上を滑らすと、LEDが内蔵されているらしくヘッドライトが光った。
「凄いな、こんな物があるのか」
「ネットで探したんだ。プレゼントだよ。純哉もこれなら良いだろ?」
純哉は笑って頷いた。
「ありがとう、玲哉。早速付けておくか」
「えー? ご飯よそるから、そこどけてよ」
「これくらい直ぐ済むさ」
新しい車のキーに付け終わった瞬間、タイヤに触れて無いのに、2台の車のライトが挨拶を交わすかの様に一瞬光ったのだった。
完
本当は、ですね。車を買い替えた際の『あるある話』を書こうと思ったんです。
車って、サイドブレーキがハンドだったりフットだったり、ギアもシートの左脇だったりハンドルの左奥だったりしますよね。
買い替えて直ぐは前の車のレバーの位置を体が覚えてて、勝手に体が動いちゃうんですよ!!
で、そんな『あるある話』を書くつもりが、ほんのりオカルトのファンタジックな話になってしまいました。