乙女ゲームのヒロインに転生したけど攻略対象が終わってる
前世で大好きだった乙女ゲームのヒロインに転生しました!
中世っぽい世界の、海と山に囲まれた平和な王国の首都の貧民街の狭いアパートで、十歳までアル中のママと二人で暮らしていました。パパは私が生まれる前に身重のママを置いて別の女と逃げたそうだ。
……乙女ゲームのヒロインにしては酷い環境じゃない?
王国の名前や自分の名前、ビジュアル的に乙女ゲームのヒロインだって確信してたけど、ママが病気で死んでお祖父さまとお祖母さまが迎えに来てくれるまで本当に本当に心細かったわ。
お祖父さまとお祖母さまは長い間旅の楽士と駆け落ちしたママの事を探していて、ママの最後には間に合わなかったけどママによく似た私を見つけた時は涙を流して喜んでくれた。
……酒場で酌婦をしながら飲んだくれてはヒステリーを起こしていたママの姿を、優しいお祖父さまとお祖母さまが見ることが無くて本当に良かった。
そんな環境で育ったにも関わらず、私がひねくれもせずに素直で優しい性格に育ったのはヒロインだからだと思う。
ここまでは乙女ゲームのシナリオ通り。
シナリオと違ったのは、本当なら私は辺境にあるお祖父さまの領地に戻って、そこで伸び伸びと天真爛漫な娘に成長するはずだった。
ところが、現実ではお祖父さまは領地を遠縁の侯爵に売り払い、王都の二等地に屋敷を構えていた。それを聞いた時は危うくママと同じヒステリーを起こすところだったわ。
お祖父さまの領地には隠された銀鉱脈があって、いずれその銀鉱脈を巡り隣の帝国と争いが起きそうになる。その時、ヒロインは幼い頃に身分を隠してお祖父さまの領地に遊びに来てた帝国の皇子と再会するのだ。
どういうことなのよっっっ!?
お祖父さまの領地を買い取った侯爵の名前を聞いて、私は今度は気絶しそうになった。
あ!の!王国の第二王子レオニエール様の婚約者でゲームの悪役令嬢のヴィディアーナの父親じゃない!!
しかも、ゲームだと単に身分と年齢が近いから王子の婚約者になったはずのヴィディアーナは、いずれ銀鉱脈付きの領地を王子と二人で治めるという強固な利害関係を持つ婚約者になっていた。
……どうしてシナリオが変わっているの?
ひょっとして、銀鉱脈の事をあらかじめ知っていた人が侯爵家の中に居る?お祖父さまはその誰かに騙された?
許さない!絶対に許さないわ!!優しいお祖父さまを騙して、いずれ私の物になるはずだった銀鉱脈を掠め取った奴を絶対に許さないんだからね!!私は「自分の他に乙女ゲームのシナリオを知っている人が居る」のを前提に侯爵家に復讐する事を誓った。
そしてその「誰か」はすぐにわかった。侯爵令嬢が発明したという今までに無い新しいお菓子の店が下町に出来たのだ。これってクレープにアイスクリームだよね?
決まりだ。
侯爵令嬢ヴィディアーナは私と同じ前世持ちで、銀鉱脈の事を知っていて父親にお祖父さまの領地を買い取らせたんだ。
・・・・・そっちがその気ならやってやる。
私がやるべき事は決まった。
私や、お祖父さまやお祖母さまが失った物を取り戻すのだ。
銀鉱脈やお祖父さまの元の領地だけじゃ足りない。侯爵家と侯爵令嬢から何もかも奪い取って破滅させてやる!!その為にはまず逆ハーを成立させ、最終的には第一王子を攻略し、この国の王妃になるのだ。
それから私は、お祖父さまにお願いして勉強やお作法はもちろん、元冒険者だった老人に護身術を徹底的に教えて貰った。ゲームのシナリオでヒロインは侯爵令嬢や他の攻略者の婚約者令嬢に階段から突き落とされたり、暴漢をけしかけられたりしていたからだ。
逆ハーを目指すなら、全ての悪役令嬢を敵に回し勝ち残る必要がある。
護身術を教えてくれる老人は私が本気で戦う術を求めている事を理解してくれ、それからの訓練は苛烈を極めた。
時には全身痣だらけになってお祖母さまを泣かせ、お祖父さまを嘆かせたりもした。
ナイフを持った相手に立ち向かう方法や、至近距離での組み打ちに不意を突かれない為の立ち方歩き方、暗器の取り扱い方まで全て学んだ私は万全の態勢で学園に入学する事が出来た。
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王立魔法学園に入学した私は、ゲームのシナリオと今私が居る現実とが随分と様変わりをしている事に気が付いた。
ヴィディアーナと宰相の息子のフェリトゥレ様の婚約者ジロワーナは外見上は大した変化は無いが、取り巻きが貴族の中でも身分の低い令嬢ばかりで、時々その身分の低い令嬢たちに侯爵令嬢であるヴィディアーナや伯爵令嬢であるジロワーナが媚びているように見えることすらある。
侯爵家の嫡男ガルシア様の婚約者リリエンヌは頭からすっぽりと黒い布を被って、どこからどう見ても頭のおかしい人だ。
神官長の息子のカイスル様の婚約者のエルダヴィアインはそもそも入学式にすら出席しておらず、その後も姿を見た人は居ない。
騎士団長の息子のゼクス様の婚約者スフィーダは腕や首にやたらとじゃらじゃらした水晶のネックレスやブレスレットをしている。
……ヴィディアーナが余計な事をしたせいかしら?
何よりも変化していたのは、メイン攻略対象者である第二王子のレオニエール様だ。
ゲームではちょっと子どもっぽくて俺様だけど、本当は自分に厳しくて他人には優しい人。
淡い金髪にブルーの瞳の整った顔立ち、背が高くて剣術で鍛えられた均整の取れた身体つきに変化は無かったけど、顔付きというか、雰囲気が全く違う。
なんか、へにゃーっというか、ぼへーっというか、締まりが無いのだ。
まあ良い。私は私のやるべき事をやるだけだ。
しかしゲームとは別人のようになってしまったレオニエール様の攻略はなかなか上手く行かない。
ヴィディアーナの取り巻きに教科書を破られたと泣きついても「女の子の事はよくわからないから、女の子同士で話しあった方が良いよ」と逃げられる。
ゲームだとその正義感の強さからヴィディアーナ達に正面切って注意してくれたよね?
常にトップだった成績は中の上くらい。「何事もほどほどが一番だよねー」とか舐めてんの?
かと思うと、ハンカチを貸したお礼にとケーキを焼いてプレゼントしてきたり。
「カトルカールって玉子とバターと小麦粉とミルクの割合を同じにして混ぜて焼くだけだから簡単で、妹とよく一緒に作ったんだよね」
妹?王家の子どもは第一王子と第二王子の二人だけじゃなかった?
「あっ!ち、違うんだ、昔からよく妹が居たら良いのになぁって思ってて……」
……まさかのシスコン妄想系王子様?
なんだかなー。
あれもこれも全部ヴィディアーナのせいだわ!!
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昼休みのサロンの一角で地方伯令嬢スフィーダとその取り巻きのオカルト軍団が談笑している。
普通の貴族の子弟は気味悪がって近付かないので好都合だ。
頭からすっぽりと黒い布を被った私はテラスからゆっくりと彼女たちに歩み寄る。
スフィーダと目が合った瞬間、手に持ったポーチの中身を投げ付けてやった。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃぃっっっ!!」
令嬢達の阿鼻叫喚が聞こえる。
ゲームでもスフィーダは蜘蛛が大嫌いだったもんね?
まぁ蜘蛛が好きだって女の子はめったに居ないだろうけど。
私はそのままサロンを突っ切り廊下に走り出す。
今でも毎晩10キロは走り込みをしている脚だ、本気を出せば貴族のご令嬢なんかすぐに撒いてしまえるが、追いかけてきた令嬢たちに見失われないギリギリのスピードで走る。
と、すぐに目標に追い付いた。
ポケットからハンカチと水晶の小さな玉を取り出すと、即席のスリングショットを作りリリエンヌを狙う。
パシッ!!
よし!!当たった!!
リリエンヌが振り向く直前に手前の教室に飛び込む。
被っていた布を取ると、今度は窓から飛び降り中庭に逃走した。
……クケケケッ。
私の地道な嫌がらせのせいで、ゲームでは悪役令嬢達の中でも比較的仲が良くて、シナリオによっては共闘関係にあったリリエンヌとスフィーダは今や顔を合わせるとお互いを罵りあう犬猿の仲だ。
ちなみに蜘蛛を入れていたポーチはヴィディアーナの出している雑貨店で買った物だ。
これでスフィーダの取り巻きやサロンに他の居た令嬢たちもヴィディアーナの店で買い物をするのを避けるようになるだろう。
さすがにヒロインの私でも悪役令嬢全員を一度に相手にするのは分が悪い。しばらくはお互いに潰し合って貰おうか。
私は急いで寮に戻ると手に持った黒い布をベッドの下に隠し、お祖母さまから送って貰ったクッキーをバスケットに詰めた。
二等街にある店の物だけど素朴な味で美味しいと評判なのだ。王宮や学園とは反対の地区にあるので王子様やその取り巻きは絶対に知らないはず。
前世でも今世でも料理は苦手だ。特に今世では戦闘訓練に時間を取られて料理を習う暇が無かった。ママは飲んだくれて料理なんかしなかったし。
そのまま駆け足で第二王子お気に入りの「沈丁花の小路の東屋」に向かう。
あと二回ほど角を曲がれば東屋に辿り着くって場所で女子生徒数人しゃがみ込んでいた。
……あれはヴィディアーナとジロワーナ達じゃない。
後ろから気付かれないようにそっと忍び寄る。
ヴィディアーナとジロワーナ二人は新しい店のオープニングセレモニーの招待状を手に何か揉めていた。
「ごっきっげっんよー!!」
腹式呼吸で低くよく響く声で挨拶すると女子生徒達は「ひえっ!?」と小さく叫び飛び上がった。
あー、もう、ウザイウザイ!!
ヴィディアーナもジロワーナも他の婚約者令嬢たちも、普段は婚約者を避けまくっているのに、常に取り巻きに婚約者を監視させたり、こうして何かあると擦り寄ってきて利用しようとするのだ。
「あーらヴィディアーナ様、ジロワーナ様、また安売りのお店を開店なさるんですって?是非また立ち寄らせて頂きますわね?もちろん私のような庶民の血を引く賤しい者にも売っていただけるんでしょ?」
丹田に力を入れ、ぐっと視線に力を込めて二人を見下ろす。
ゲームとは逆の立ち位置だが、こちとら下町で乱雑な大人に囲まれて生きてきたんだ、深窓のご令嬢ごときに負けてたまるかっ!!
「レオ様とフィー様ならこの先の東屋にいらっしゃいますわよ?あ、もちろんお二人ともご存知ですわよね?婚約者の事が気になって気になって仕方ないお二人ですもんね?」
この位置なら悲鳴を上げればレオ様たちに聞こえるはずだ。
いっそ皆さんで殴りかかって来ていただいても宜しいのよ?抵抗はいたしませんわ?
令嬢達はここで騒ぎを起こすのは不味いとごく真っ当な判断をしたようだ。
「このあばずれが……」と貴族のご令嬢に相応しくない罵りの言葉を口にしながら立ち去った。
ケッ、しゃらくせぇや!!
令嬢達のせいで吊り上がってしまった目元をマッサージしながら再び東屋に向かった。
レオ様たちに気付かれてないよね?生垣の向こうからそっと東屋を伺う。
「ぁは、レオ様達やっぱりここに居た!」
つい、うとうととしてしまった私の肩にレオ様が上着を掛けてくれた。
優しいのは優しいんだよね。
さっき人の事をビッチだのあざといだの好き勝手に言ってくれたお仕置きにわざと地面に落としたクッキーを食べさせたのはやり過ぎだったかしら?
でもここに居る攻略対象者全員が口では婚約者に文句を言いながら、婚約者もヒロインもキープしたまま学園生活を遣り過ごそうとしているのが見え見えでムカつく。
真剣に婚約解消しようと思ったら出来るはずなんだ、ゲームでは身分の低い男爵令嬢への嫌がらせ程度で婚約解消出来たんだから。
婚約解消されたら婚約者が可哀想って、自分が悪者になるのが嫌なだけなんだよね。
不意にレオ様が椅子に座って寝ている私に覆い被さってきて耳元で囁いた。
「ねぇ、マリィローゼは僕が王子の地位を捨てるから一緒に知らない国に逃げようって言ったらどうする?」
私は瞳を大きく見開いて素直な気持ちを口にした。
「ぁりぇなぃですぅ〜」
……その気なんてちっとも無いくせに、急に何を言い出すんだこのお坊ちゃまは。
王子が国を捨てるとか、冗談でも言って良い事じゃない。
ゲームのエンディングまで後半年と少し、それまでにこの甘ったれのお坊ちゃまを殴り倒さずに過ごすことは出来るだろうか?なんて事を私は考えていた。