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会津に死す  作者: Kan
3/3

解決編

「犯人は先程も言ったように倫子さんだ。動機はご想像の通り、保険金目当ての殺人だろう。そして、犯人は邪魔者であった冬子さんを牢獄に葬り去ろうとしていたのだろうと思う。さて、肝心の密室トリックだが、この犯罪というものが第一に射殺である点が重要だ。射殺であることから、どこから発砲されたかによって状況が全然変わってきてしまうのだよ……」

「そりゃあ、そうだね。でも、羽黒君、硝煙反応が出たことから言って、部屋の入り口付近から発砲したことははっきり分かっているじゃないか」

「君はそう言うかもしれない。しかし、それは発砲が一発だけだった場合の話だよ……」

「しかし、銃声は現に一発だった」

「事件当夜はね……。しかし、もっと以前、他に誰も人がいないような休館日に、犯人はこの部屋の入り口付近から正面の壁に向かって、一発弾丸を発砲していたのさ」

「……なるほど、そうしたら、確かにこの床からは硝煙反応が検出されるけれど……。そんなことがあったら、さすがに誰かがおかしいと思うだろう。だって街中で銃声が響くのだから……」

「ところが、ここは会津探偵館だ。ミステリーのミュージアムなのだよ。銃声の一発どころか、マシンガンを連射したって、誰もそれが本物の銃声だとは思わないよ」

「マシンガンは……さすがに。それはどうだか分からないけど、確かに銃声一発では、何でもないこととして済まされる可能性は極めて高いだろうね……」

「その通り。このようにして、犯人はさも室内から発砲したかのように見せかけたんだ。正面の壁の弾痕はポスターでもかけて隠しておいたのだろう。というよりも、元々ここにはポスターが貼られていたのかもしれない。その証拠に、弾痕の右上にセロハンテープの切れ端がいまだに貼り付いているよ」

「しかし、壁の弾丸には血が付いていたろ」

「それこそ、吸血鬼の仕業だよ。この壁に埋まった弾丸が、心臓を貫通した弾丸だと思わせなければならないよね。そう思わせる為には、この弾丸には、被害者の血がついていなければおかしい訳だ。その為にも犯人は、事件の起こる数日前に睡眠薬で眠らせた被害者の腕から、血を採っていたのだろう。凝固しないようにしてね。この血に(ひた)らせておいた血塗れの弾丸を発砲したのさ。そして、自分の腕にいくつも注射針の痕が残っていることに気づいて、狗村さんは、おそらくその意味までは分からなかったが、夕食の席で二人に「この中に吸血鬼がいるようだが……」と遠まわしに比喩を言ったんだよ。それは狗村さんの犯人に対する配慮だったのだろうね。しかし、可哀想なことに狗村さんはその夜に殺人を決行された」

「それで、血の付いた弾丸を部屋の入り口から正面の壁に向かって発砲しておいたとして、その後どうしたの?」

「犯人が事件前に、前もって準備しておいたことはそれだけじゃない……。正面の壁の弾痕を隠しているポスターを貼り付けている、セロハンテープを何度も剥がして粘着力を弱め、簡単に剥がれるようにしておくこと。そこに細い紐を張り付けて、紐のもう一方を小窓から外に出しておくこと。さらに本棚のカーテンを(まく)し上げて、本棚の上で抑えている重しを、縁ぎりぎりの位置にずらしておくこと。そして、その重しというのはおそらくこれだろう……」

 祐介は、床に転がっている、細長いダンボールの空箱を指差した。

「なるほど……」

「さて、犯人はこのような準備をしておいて、狗村さんが深夜に、読書の為にあの安楽椅子に座るのを待っていた。そして今夜、狗村さんは『ナイルに死す』を読む為に安楽椅子に座った。そして、犯人の倫子さんは開いた小窓から狗村さんに拳銃を構えていた。しかし、それでは狗村の心臓を正面から撃つことはできないだろう。何しろ小窓の位置がサイドだからね。おそらく、狗村の心臓を正面から撃つには、狗村さんがトイレに行く為に安楽椅子から立ち上がった瞬間しかないだろう。どう彼を振り向かせるか、これは推測だけど、立ち上がった瞬間に倫子さんは狗村さんの名前を呼んだ。立ち上がる時に自分の名前を呼ばれた狗村さんは思わずその方向に身体を向ける。その瞬間に、倫子さんの拳銃は火を吹いた。狗村さんは心臓を撃ち抜かれて、半回転して床に倒れる。こうなってしまえば、狗村さんは立っていた時に、どちらから撃たれたかなどはもはや分からなくなる。そして弾丸は身体を貫通して、その先の本棚の本に撃ち込まれる。その着弾の衝撃で、本棚の上のカーテンを抑えていた重しが転がり落ちて、カーテンが下りる。これで弾丸の撃ち込まれた本は姿を隠す。後は小窓から垂れ下がっている紐を引っ張って、壁のポスターを剥がして、小窓からこれを回収する。これで壁の弾痕が姿を現す。これで小窓を閉めて、扉に回りこんでノックしながら名前を呼べば良いのさ……」

「なるほど、忙しないけど見事なトリックだね。しかし、着弾した本はどこに……」

「探偵小説辞典だよ。冬子さんが一階に電話しに降りた隙に、倫子さんが回収して代わりに別の本を置いたのだろう。腰が抜けたなんて言って、冬子さんを一階に電話しに行かせたのも、要はそのチャンスを作る為さ。小窓のある廊下からは硝煙反応が出るだろう。そして、何よりも決定的な証拠は、弾丸入りの『探偵小説辞典』だ。このトリックが使用された決定的な証拠だし、時間的にも、この本をどこかへ隠せるのは倫子さんしかいない。そして、ふたりともこの建物が出ていない以上、この建物の中にその証拠は隠されている」

「すぐに調べよう。しかし、よく気づいたね。こんなトリック」

「このトリックのポイントは、横から撃たれた死体を、正面から撃たれた死体に見せかけることだよ。そして、それはつまり、室外から撃たれた死体を、室内から撃たれた死体に見せかけるトリックだったんだ。真相を知ってしまえば、簡単な密室犯罪だったよ。それと本棚のカーテンが事件発生当時、開いていたことは、この狗村敏幸さんの本『会津探偵館〜 ミステリーとノスタルジーのミューゼアム』に着いていた斑点で分かった。君はこの斑点を「赤い斑点」と言っていたが、僕には「茶色い斑点」にしか見えなかった。これはこの斑点が時間で変色したのだろうと思う。だから、これは本の模様ではなくて血痕だと気付いたんだ。それが分かった時、この本棚に血の付いた弾丸が飛んできたことと、その時カーテンが閉じていなかったことの二つが分かったんだよ……」

 事件解決の満足気な沈黙が、二人を優しく包んだ。

「羽黒君……」

 大本は、ゆっくり嚙み締めるように言った。

「君はやっぱり名探偵だ……」

 祐介は大本に少し微笑むと、大本に背を向けて、そのまま殺害現場を立ち去ろうとした。

「羽黒君!」

 祐介はその声に振り返った。

「ありがとう! 我が愛しの名探偵……」

 大本はそう言って、にっこりと微笑んだのだった……。

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