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会津に死す  作者: Kan
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事件編

 福島県の会津若松には、さまざまな博物館、記念館の類があるが、野口英世青春通りより程近いところにある、この会津探偵館ほど風変わりなミュージアムはないだろう。あまり知られていないミュージアムではあったが、入り口のホームズ像に始まり、館内にはさまざまな名探偵の蝋人形が並び、探偵道具の再現、名シーンのレプリカなど、三階建ての館の、一階と二階はそうした展示室が四室も並ぶ。入館料は五百円と何気に割高である。

 館長の狗村敏幸(こまむらとしゆき)は、かなりの資産家であったが、彼ももう定年で会社を長男に預けて、この会津探偵館の運営に力を入れている。隠居というものである。

 その狗村も、昨年妻が亡くなってから元気を失ったようであったが、今年になって突然、孫のような年齢の女性と再婚すると言いだして、家中は大騒ぎになった。その女性は倫子(ともこ)と言った。娘の冬子は明らかに遺産目当てだわ、こんなふざけた結婚は許せないと、とにかく騒げるだけ騒いで、東京池袋の羽黒探偵事務所に相談を持ち込んだのであった。

 羽黒探偵事務所の羽黒祐介(はぐろゆうすけ)も、この相談を持ち込まれた時、まさかあのような恐ろしい密室殺人に遭遇することになるとは、まったく予想だにしなかった。その点では、冬子の想像というのは当たっていたのである。しかし、論理性を持たないただの直感ではあったが。

 羽黒祐介は三十手前の外見の整った名探偵である。本人は自覚していないが、少々ドジなところがある。いつだって発生した難事件は見事に解決するが、事件の発生を事前に食い止めることは少なかった。彼の関心がいつだって、事件が発生した後のことに集中していたのである。つまり、人が死んでようやく、彼の頭の回転は二倍にも三倍にもなる訳で、それ以前には少しのんびりとしていた。

 今度の事件も、そういう事例の一つに他ならなかった。彼は会津に訪れて、一日二日は狗村とその新妻の倫子(ともこ)の調査に当たっていたが、だんだん事件性のないことが分かるにつれ、嫌気が差してきた。第一、遺産目当ての結婚だと知って、どうすると言うのだ。それで冬子に何が出来るのかよく分からなかった。それよりも、一日ぐらいは会津観光をしてゆきたいと思うようになった。

 彼は、会津の真っ白な雪降る景色の中、バスに乗って、鶴ヶ城と飯盛山を見学した。息を呑むような雪景色に浮かぶ城郭と、感慨深い白虎隊の墓所を見学し、祐介は粛々した気持ちになった。ところが、その夜のことであった、会津探偵館で密室殺人が起きたのは。

 祐介はあまりの失態に何と言って良いものか困惑したが、ともかく、彼は気持ちを切り替えて密室殺人の調査に当たったのである。

 ……が、それよりも前に、その事件が発生した当夜のことについてまず述べることとしよう。


            *


 冬子は、羽黒祐介に調査を依頼してから、何の音沙汰もないままに、その夜を迎えたことに心底不服であった。

 夜になった探偵館では、名探偵たちもただの不気味な蝋人形と化し、展示室には血糊がそこかしこに散らばっている。一階と二階は展示室と受付と収蔵庫であるから、家族の移住スペースは三階だけである。大してスペースがある訳でもないが、資産家だからと言って、実際に何倍ものスペースが必要な訳でもない。三人家族には十分な個室とダイニングがあった。

 不機嫌な冬子と、何もものを言わぬ二十代半ばの倫子、同じく押し黙ったままの敏幸が、同じテーブルに着いて、重苦しい空気の中で、ビーフシチューとパンを啜る音を響かせていた。

 敏幸は、しばらくして、ふたりの顔を見比べて、少し不機嫌そうにため息をつくと、

「この中に吸血鬼がいるようだな……」

 とぼそりと呟いた。

「何ですって……?」

「どうしたの、敏幸さん……」

 冬子と倫子は顔を見合わせて、敏幸に尋ねた。

「しらばっくれるのか、ならいい。今日は俺は寝る。一体何を考えているのか知らんが……おかしな真似は止めろ」

 そう言って、敏幸は立ち上がるとむすっと顔を浮かべてダイニングを出て行った。

「何を言ってるのかしら……きゅ、吸血鬼?」

「ちょっと神経質になっているんですよ、きっと……」

 そう言って倫子は、冬子の顔をチラリと見ると、またビーフシチューをひと救いした。

 冬子は何だか不気味な気がして、いたたまれなかった。一体、あの探偵は今頃何をしているのだろうか。

 冬子は自室に戻りベッドに転がると、一体、何が起きているのか考えた。吸血鬼とは何のことなのだろうか、自分が吸血鬼かと言われると、どう考えても普通の人間だと思うし、かといって倫子が吸血鬼と言うのも意味が分からない話である。結局、冬子と倫子の仲違いというものが、父、敏幸の精神を少しばかり過敏にしているだけなのだと思った。

 そうでなくて、吸血鬼がいるなんて話、どう説明がつけられるというのだろう。


            *


 その深夜のことであった。冬子は夜の静寂を掻き消すような、一発の銃声を聞いて、驚いて跳ね起きた。

「な、何……?」

 自分以外、誰もいない室内で、冬子は誰ともなしにそう言うと、枕元の電気をつけて、恐る恐る立ち上がった。

 しばらくして、扉を叩く音が聞こえてきた。それと共に聞こえてきたのは、倫子の焦ったような声だった。

「敏幸さん……敏幸さん……?」

 冬子は扉を開けて、廊下に飛び出ると、倫子が敏幸の部屋をせわしなく叩いていた。二人は寝室を異にしていたのである。

「どうしたの……?」

「あっ、冬子さん、敏幸さんの部屋から銃声が……」

「銃声……?」

 冬子は、扉をノックするが、中から反応は聞こえない。扉を開けようとしても鍵がかかって開かなかった。そこで冬子はL字に折れ曲がった廊下を回り込んで、横の廊下に面した曇りガラスの小窓を開いた。この小窓は、ミステリーマニアの敏幸が読書などの際、部屋にこもっている時に、食事などを出し入れする為につくられたものであった。

 室内を覗き込むと、カーテンの布の下りた本棚の手前に安楽椅子がある。いつも、敏幸がものを考える時や読書の際に座っている安楽椅子である。しかし、そこには誰も座っていなかった。

 しかし、その床に胸元から真っ赤な血を流して、横に倒れている敏幸の姿があった。

「ああっ……!」

 冬子は思わず叫ぶと、自分の部屋に駆け込んで、机の中から、マスターキーを取り出し、敏幸の部屋の扉の鍵穴にねじ込んで、扉を開いた。

 室内へ飛び込むと、安楽椅子の下に敏幸が血まみれになって倒れていて、ちょうど入って正面の壁は丸くひび割れて穴が空き、そこに弾丸が突き刺さっていた。見れば部屋の奥のデスクの上には、部屋の鍵が置いてあった。

「何てこと……」

「すぐに警察に……」

 倫子は腰が抜けてしまったようで、扉の側に、座り込んで震えていた。

「しかたないわね……もうっ」

 冬子は慌てた口調でそう言うと、その場に倫子を置いて、一人で階段を駆け下りて、一階の受付にある電話に走って行ったのである。

 ああ、かくのごとく吸血鬼は人を殺してしまったのか……。

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