塔のある四季の国に長居した冬を春がちょっと怒った話
冬童話2017参加作品です。
あるところに、春・夏・秋・冬それぞれの季節をつかさどる女王様がおりました。
女王様たちは、決められた期間、交代で塔に住む事になっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまでたっても冬が終わらなくなりました。冬の女王が塔に入ったままなのです。辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べるものも尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王を春の女王と交替させたものには好きな褒美を取らせよう。但し、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。季節を巡らせることを妨げてはならない。
「今日も冷えて冷えて、ムックの毛皮はいくつあっても足りないな」
たくましい腕をした皮をこさえる職人さんが、腕をさすりながらアッタの家の扉を開けました。
肩に、たっぷりとふかふかした毛皮を担いで括りつけているので、そのおじさんの顎のあたりをもくもくに覆い隠してしまっています。ついでに、今は寒さも厳しいので頭にぐるぐると灰色のふかふかを巻き付けていて、まるで綿帽子に人の身体がくっついたような頭でっかちな恰好をしています。
「腕だけおばけのおじさん!腕マッチョなおじさん!」
アッタはいつもよりも数倍面白い恰好になった、そのおじさんの皮の担ぎ方をからかいます。
「これ!そんな失礼なことばっかりいうもんじゃありませんよ」
アッタの後ろから、エプロンで手を拭きながら現れたお母さんがぱちんとアッタのもじゃもじゃ頭を叩きます。
「たたた!もう、いいじゃんか。本当の事を言いなさいっていつも言うくせに」
お母さんは、
「そりゃそうだけど、そうじゃないときもあるんだよ。おじさんは、母さんのコート作りの大事な材料を持って来てくれてるんだから、『お寒いなか、ありがとうございます』って御礼を言うのが先ですよ。良い子ならなおさらね」
良い子にしてないと、春の女王さまが贈り物を置いてってくれませんよ、といつも母さんは言います。
春の女王さまは今回とってもご到着が遅れているんだと、学校でも言われました。
「はあい。おじさん、いつも、ありがとうございます」
やりとりを聞いていたおじさんは、平気な顔でアッタに、構わないよ、こっちもお仕事さねと言ってくれました。
「おくさん、こりゃあムックの数が足りなくなるぞ。新しくやってきたリンデの家やビンツのお宅の分全員の毛皮の外套はともかく、買い替えの注文は無理だろうなあ」
おじさんは、入口入ってすぐよこっちょにある木の丸椅子に腰かけて、母さんが出した温かい蜂蜜檸檬の器を両手に包んで湯気に顎を当てています。
「そうねえ。困ったわねえ。女王様は何で出て来てくださらないのかしら」
ここは、一つの大きな塔の周りの国で、名前は「ジュエンファン」と言います。「女王様の画布」って意味合いの、大昔の言葉だそうです。学校の先生から歴史を教わったところなので、女王様の画布なんて、ちょいと特別な響きのある言葉と思いませんか。アッタは歴史について発表をするのなら、女王様の事を調べてみたいと思っていますので、大人の話を黙って聞いてみる事にしました。
「当たり前のように、90のお日様のお目覚めを数えればふいっとお次の季節が巡って来たもんだから、もう見当もつかんよ。小さい頃は変わる間際ってのが見たくって夜更かししてみたけれど、うっかり先ぶれの妖精風に吹かれてしまやあ、目玉はすとんと夢の世界に行っちまうからな」
おじさんは、聞き耳をたてているアッタのことを意識したのか少し大げさにぱちんぱちんと瞬きしました。
「女王さまの行列は見てはいけないって言われてるのよ」
母さんは、怖い声で付け加えます。
「ふうん。でも、街の真ん中の道を通って来るんでしょう?雪の白が春の桃色に変わるのって、どうやっているのかな」
冬が去ると、街の真ん中を通っている、塔まで続く大きな道が桃色になります。
大きな道は、塔のぐるりを回っているジュエンファンの国を南北に真っ二つに突っ切るようにして伸びています。塔の南から次の季節が入って、塔の北側から前の季節は去っていくのです。この道は季節が巡る時に色を変えるのです。お日様が90回頭の上を通っていくと、道はすっかり蒼くなって、また90回日が巡って、黄金色になります。黄金の季節は実りが豊かで、たくさんのお祭りが開かれます。
道はいつのまにか変わっていて、教室中の友達二十人に聞いてみても、だれもそれが塗り替わるのを見た事がないと言っていました。
「おじさんの小さい頃は、女王はそれぞれ大きな竜を飼っていて、その竜の鱗がぱらぱら落ちて行くんだって聞いたなあ」
「そう?季節ごとに違うものにお乗りになって来られると聞いたわよ。春は鳥、夏は魚、秋は四足の王獣ゾールに跨って来られて……あら冬はおしゃべりなソリだったかしら」
「おしゃべりなそり?」
聞き返すと、母さんは、
「そう。おじいさんから聞いた話だったかしら?だからおじさんのお話よりも古くから言われている方よ。冬の女王様だけお粗末過ぎやしない?と聞いたんだけど……あら、お爺さんは何て答えたんだっけ」
と、首を傾げてそれっきり考え込んでしまいました。
「しかし、こう寒くっちゃあコートも行き渡らないし。王様も、お触れを出したらしい。街に看板があったよ。冬の女王と春の女王を交替させることができたものには褒美を取らせるってね」
おじさんは、それを言った後に、
「じゃあ、おくさん。仕立てられる材料の蓄えは今回ので全てなんだ。お互い最初は長い冬が有り難いかと思ったが、こう続いちゃあ、食べ物が高くなる一方で稼げやしないなあ」
おじさんは秋の間に毛皮を整えて、うちの母さんはそれをコートに仕立てています。毎年、どこかからかこの街に引っ越してくる家族が数件あって、そのお家に納める分くらいの「ムックの毛皮コート」を仕立てて、それから古くなったコートを買い替えたい人に回して、余ったら冬の女王さまの跡を追っておじさんは行商に出ます。
それが今年は、冬が動かないのでこの街だけでコートが売り切れてしまってしかも足りないくらいなんだそうです。
「このままだと、春と夏、秋に稼ぐ家は相当苦しい事になっちまうな」
おじさんは、親戚が春の山菜摘みのおうちで困っていると母さんに小さな声で言った。
びゅうびゅうびゅう、と、風がひどくなるばっかりなのでとうとう学校はお休みになってしまいました。
給食が出せなくなるだろうねえ、と大人が言っていたのをどこかで聞いていたので、そんな気はしていました。アッタのとなりの席の、ヒューリの家は夏の生業、魚とりで暮らしています。あちゃあ弱った、と休校の知らせを先生が終わりの挨拶で口にした途端に呟いていました。
「なあなあ。休校になるんなら、どうにか、女王様の事調べてみないか」
解散したあとの教室で提案してみたら、クラスの中で乗ってきたのはたった3人ぽっちでした。
アッタと、ヒューリと、シャリル。
アッタ以外は春と夏の仕事持ちの家の子です。
「でも、近づいちゃいけないって言われてるよ」
シャリルは大人しい女の子で、クラスで動いているのを殆ど見ません。じいっと本を読んでいる子です。
「だけどこのままじゃ、家は皆がりがりになっちまう」
ヒューリはのっぽで痩せています。これ以上のがりがりがちょっと想像がつかない位のやせなので、思わず
「それは大ごとだ!」
とアッタとシャリルは叫んでしまいました。
近づいてはいけませんとは言われていましたが、理由は聞いた事がありませんでした。
三人はそれに気付くと、まず先生に聞いてみました。
「先生はここの人じゃないから、理由は実は良く知らないの。昔から言われているんですよ、と言われたし、特別にご用事もありませんでしたからね」
先生は眼鏡をちょこんと触ってじっとヒューリを見ると、次にシャリルを見て、
「王様のおふれの事は先生も知ってます。貴方たちは子供なんですから、ちゃんとお父さんとお母さんのいう事も聞くんですよ。先生は、塔に近づいてはいけないと言われているから行くべきじゃないと思いますよ」
と、アッタの顔は一番長い事じっくりと見ながら重々しく言いました。
「行った人がこわかったってんなら行きませんけど、行っちゃいけない理由は行っちゃいけないからだなんて納得できないや」
アッタがそう口にすると、先生は、
「先生は分かって居ることしか言っちゃいけないものなんです」
と厳めしく言いました。あんまり岩のようにこちんとした顔をするものだから、アッタもヒューリもきゅうと心と口が縮んでしまいました。そんな中で、
「分からないなら分かる人を探します、先生は塔に行った人は御存じないですか」
とシャリルが小さな声で、でもはっきりと、質問を返しました。
「用務員のスリンさんに聞いてごらんなさい。塔で拾い物をしたと言ってましたけど、先生はスリンさんではないのでそれが本当かは知りませんけどね」
先生ってのは、からまった糸みたいなものいいをしますねとアッタは言いそうになりましたけど、
「ありがとうございます、お時間取っていただいて」
とシャリルがとっても大人びた事を代わりに言うと、
「気を付けるんですよ」
とかちんこちんな顔を綻ばせてくれたので、それは飲み込んで口にはせずにしまいました。
スリンさんはおじいさんです。
学校のお掃除や、灯りねずみをふくふくと肥えさせて、教室の隅々まで暗くないように気をつけてくれたりするお仕事をされています。灯りねずみは、ちょいときまぐれに振る舞うので、照らしたいときにそこに居てくれるように教え込むのはコツがいるらしいです。ですが、スリンさんが長い白鬚をほうふ、ほうふと言いながら揺すくると、ささっと毬のように手足をちまんと揃えたねずみが集ってきてそれを見上げるのです。
「ほうふ、いかにも塔に行ったもんだよ」
スリンさんは揺り椅子に座って灯りねずみを膝に乗せて答えます。
「どうして塔に行ったんですか」
アッタの質問に、スリンさんは、
「お招きいただいたからじゃ」
と答えます。
「ご招待されたんですか、それはいつ?」
尋ねると、
「そりゃあ、昨日もさ」
と彼は輝かしいねずみを撫でながら答えます。
「冬の女王さまに会ったんですね」
訊くと、スリンさんはねずみを撫でながら、
「会った。ところで眠くなってしもうたんで、質問はあとひとつっきりにしてもらえんかのう」
と答えます。白いひげはスリンさんの枯れ木のような顎からふかふかと、膝のねずみに覆いかぶさっています。隙間からねずみの小さな顔がのぞいています。
「どうしようか、一つの質問で要領良く、いろんな事を知れたらいいけど」
両脇に付いて来てくれているヒューリとシャリルを交互に見て、良い知恵は無いか聞いてみました。
「ひとつ僕に尋ねさせてくれるかい」
今度はヒューリが言います。二人は頷きました。
「冬の女王を塔から出して、春の女王に入れ替える方法を教えて下さい!」
それを聞くなり、スリンさんはうとうとしかけていた目をぱちりと開いて言いました。
「絵具をたっぷり、筆も豊かに、それに新しい画帳に、素敵なお弁当がありゃ間違いないね。それを女王さまのところに持ってくといい」
「ありがとうございます!」
三人で口を揃えて御礼を言うと、スリンさんは
「なんの、ほうふ」
と欠伸を一つしてそのまま寝てしまいました。
「冬の女王ってだけで真っ白なのはもう飽きちゃったのよ」
灯りねずみに色セロファンをはっつけた帽子を被せながら、女王さまが三人の前でぷうと頬をふくらせています。
「でもね、行く先々でも真っ白けっけ。どこへ行こうと、真っ白なだけじゃない!ならどこへも行かなくっても別にもういいじゃないの。私ここ、こんだけ色いっぱいにしたのよ。どう楽しいでしょ!」
確かに部屋中、色セロファンは赤青黄いろと張り巡らされ、色とりどりのビーズ細工は転がり、壁には太陽や星が描かれています。こんにちはとお訪ねしたら、いらっしゃいませとお付きの優し気な紳士が扉を開いて女王様の部屋まで案内してくれました。にこやかに扉を開けてくれたあの人は中がこんなしっちゃかめっちゃかだって知っているのでしょうか。ともかく、アッタとヒューリと、シャリルがこさえてもらったサンドウィッチのお弁当は残念ながら
「落第ですだって白すぎですもん」
としぶしぶながら納めて貰うといった結果に終わったけれども、シャリルが用意してきたデザートの、サンザシの砂糖漬けをちらっと見せると、見るなりぴょいとふて寝腹ばいで黄色セロファンを張った紙の眼鏡をかけていたかの女王は身体を起こして飛んで寄って来ました。
「真っ赤!きれいな色!いいなあ、いいなあ!」
アッタとヒューリは、抱き着かれるようにして女王にくっ付かれたシャリルをあっけにとられて眺めるばかりです。
「女王さま。私たち、とても素晴らしいものをご用意いたしました」
アッタとヒューリはありったけの絵具と、ありったけの筆を風呂敷に包んで持って来ていたのをえいやと広げて見せました。
「ご覧ください、行く先々で、素敵な色に囲まれて過ごすことができますよ。ただし、壁に、直接書いてはいけないのですご用心。そんな時にはほらこちら!たくさんの、白い窓が束ねられたるこの画帳をお使いくださいな」
シャリルが右手をぴいんと伸ばして、画帳の端っこを固定して、左手でぺらぺらぺらっとめくって見せます。
「きゅにやあああん」
女王様は聞いた事もないような歓喜の雄たけびをあげて、先ほどまで寝そべっていたベッドに後ろ宙返りをして飛び乗って、ピョンピョンと両手を上げて跳ねました。
「そうね!そうね!それがあるならつまらなくなんてないわ!星と月と太陽が、塔の傍らを通る時にお土産話をしてくれるから、私はそれを描いて過ごそう。ああ、楽しみ!」
アッタと、ヒューリはそんな様子をしばらく眺めていましたが、
「でも、女王さま、差し出がましいようですが、ここは片付けて、出ないといけませんよ」
と、言いました。
春は速やかにやってきて、冬女王を入れ替わる間際にほんの少しめっと怒った、らしいです。
王様からは御褒美は、特に欲しいものは思いつかなかったのでご辞退しようと三人は考えたのですが。額を合わせて考えて、一つ答えを出しました。
「塔に冬女王がやってきたら、今度は画帳と絵具と絵筆、それにきらきらした万華鏡とかサンザシ砂糖漬けとか、なんでもひとつ、色鮮やかなものをお贈りしてください」
と。
三人の元には、今も、色んな不思議なものを描いた色いっぱいのお手紙が年に3つは届くそうですよ。
終わり。
思いつきから書き上げまで4時間程で、まだ荒い箇所も多いですが、舞台を同じくした他のバージョンも書いてみたいと思っております。