#5 魔法士?
翌朝、静かに目を覚ます。期待していなかった訳ではないが、やはり夢ではなかったな。
慣れない世界に来て精神的に疲れていたのか随分と寝ていたようで、時計を見るともう朝ごはんの時間が近づいていた。
「…腹へったな、今日の朝ごはんはなんだろ?」
軽くストレッチをしてから1階に降りると、もう大半の人は降りて談笑をしていた。みんな早いな…いや、俺が遅いのか?
「あ、おはようございますユートさん。よく眠れましたか?」
「おはようございます。ええ、よく眠れましたよ。」
ミラさんは朝から元気いっぱいのようだな。
「良かったです…もうすぐ朝ごはん出来ますから待っててくださいね。」
「はい、分かりました。」
いい匂いがしてきたな、これは…シチューか。やっぱりパンにスープのセットってのが主流らしい。
少しして料理が出来上がったので、サッと頂いて外出する。昨日チェックインした時間までに料金を払えばまた同じ部屋に泊まれるらしいので、その時間をメドに帰るとするか。
早速森へ向かい昨日と同じようにスローピグを狩っていく。大体2時間経過する頃には昨日と同じくらいの数を倒せたので、処理を済ませる。それでもまだ昼前だから…もっと森の奥を見てみるかな。
奥に行くにつれて木々の密集度が上がってきて、少し薄暗くなってきた。途中スローピグには遭遇するが、他の強そうな魔物にはなかなか遭遇しないな。
「拍子抜けだな、つまんねー。」
グオォォォォォォォォォ!
「お、なんだなんだ。」
音のする方を見ると木々を掻き分けてデカい魔物が目の前に出てきた。体長4m程度のデカい熊だ。これ立ち上がったら半端ないな。
口の周りが赤く濡れているので、どうやら他の魔物や動物を食べているようだな。この森の生態系の上位には位置しているんだろう。
さて、じゃあ倒すか。でも切り刻むと血が凄そうだからな…どうしよう。
「…よし、凍らすか。」
俺の超能力の1つに"瞬間冷凍"がある。これは触れた物を絶対零度まで凍らせることが出来る能力で、ちょうどいい温度に冷やせずあまり使い勝手は悪いんだが…今回ばっかりは感謝だ。
って、ボケっとしてたら向かってきた。図体の割には素早いが、それでも俺には止まって見えるな。
横にゆっくりと歩いていって足に触れる、それだけで一瞬にして凍りついた。あとは手を突き刺してコアを取ったら終了だ。
それにしても…デカいなこのコア。スローピグの物が小さいこともあるが、これは野球、いやソフトボール位あるぞ。一体いくらで買い取ってもらえるのか。
それじゃ、そろそろ切り上げるか。街に戻るころにはちょうど昼頃になりそうだしちょうどいいだろう。
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街に戻り早速ギルドに向かう。大熊のコアは依頼を受けていないが金貨10枚の代金が支払われた。どこら辺で倒したかとか戦ったときの様子とか根掘り葉掘り聞かれたが珍しい魔物だったんだろうか?
だがそんなことはどうでもいい!
スローピグ討伐だけでも充分な稼ぎだが、大熊のおかげでさらに余裕が出来た。
500円玉サイズの金貨の表面には"1000"と彫られているから、銀貨の10倍の価値だ。あの大熊にこんな価値があったとは嬉しい誤算だな。
そうと決まれば昼飯だ。少しだけ豪勢に、ちょいオシャレな店にしたいな。
さっきギルドに来る途中の店で美味しそうな店があったから、そこにしようかな。
ギルドから5分のその店は外観、調度品の数々がモダンな雰囲気のオシャレな店だ。少し高そうだが、店の前のメニュー書きを見る限りまあ大丈夫だろう。
早速注文しようと思ったが…文字は読めるが料理名の意味が分からないな。"ベホとマーロンの炒め物"とか、肉か魚かも分からん。
こういう時は適当にオススメの品を2、3品頼んでおけばハズレはないだろう。目に入ったウサギの耳を生やした女性店員に声をかける。
「すみませーん!」
「はい、只今ー―――――ご注文は何になさいますか?」
「オススメの物を適当に2、3品頼めますか?苦手な物はないので。それと飲み物に…このカキン茶を。」
「かしこまりました。」
なんか気になってよく分からんお茶を頼んじまった。まあお茶だし…そんなに悪いもんでもないだろう。
しかし、店がオシャレなせいか客層もあまり粗暴な連中が少ないな。どいつも身なりの整った品のある人ばっかりだ。…ちょっと浮いてるか、俺?
「──もう、注文してからどれだけ時間経ったと思ってるのよ。待ちくたびれたじゃない!」
…品のある人だけとはいかないらしいな。
騒いでいるのはテーブルを2つ挟んだ所にいる俺と同い年くらいの女性2人組…の片方だ。金髪ツインテールに大きな碧眼、スッと通った鼻に薄い唇の美少女で、自己主張の激しい胸など食指の動く容姿をしている。
その碧眼をキッとつりあげて騒ぎ、それをもう1人が宥めている。
「ポ、ポーラ様、まだ5分位しか待ってないじゃないですか~」
「もう5分よ!私を5分も待たせるなんて生意気だわ。」
「そんな~これでも無理を言って急いで作ってもらったんですから、これ以上は不可能ですって。さ、早く食べましょうよ~」
「…ふん、まあいいわ。ほらアイリ、早く食べなさい!」
「わ、分かりましたよ~」
アイリと呼ばれた少女は朱色の眼に緑髪のボブカットで、胸も背丈も性格も大人しそうなこれまた美少女である。それにしても様付けってことはポーラって方は偉いヤツなんだろうか─
「お待たせしました、ラポンのステーキにマーロンの煮付け、5種野菜のサラダにカキン茶です。」
キター!
マーロンって白身魚だったんだな。ステーキは牛肉っぽいし、野菜は彩り豊かで美味そうだ。カキン茶も普通に烏龍茶みたいだし。
「いただきまーす!」
お、美味い美味い。やっぱり美味いもん食うと癒されるわ。
──そういえば、椅子に掛けてあるローブと杖からしておそらく魔法使いだろう。ギルドでは見掛けなかったから心配だったけど、ちゃんといるじゃんか!
…まあ初めての魔法使いが"アレ"ってのには少し複雑だ、まだなんかぐちぐち言ってるしな。
「──まったく、私を誰だと思ってるのかしら。」
「そんなこと言ったって、普通の人はポーラ様の顔も知らないですよ~」
「まあ…明後日の大会で優勝したら誰もが私の顔を覚えるでしょうね!」
「そうですね~優勝出来たらいいですね。」
「"出来たら"じゃなくてするのよ。もう私が優勝するのは決定事項だから!なんたって名門センターアースを首席で卒業した歴代最強の魔法士ですもの。」
───え、魔法って覚える為に学校に行かなきゃいけないのか?そうなると俺の魔法を使うという夢が…。
「それはそうですけど…世界は広いんですし、もしかしたらポーラ様より強い人もいるんじゃないですかね?」
「まあ私より強い人がいるのは認めますけど、それでもこんな田舎の大会ごときに私の手を煩わせる人がいるとは思えないわね。」
「田舎とはいいますけど、この街の"魔閃の森"は大陸内でも有数の規模を誇る魔物の住み処ですよ。奥に行くに連れ物凄く強い魔物もいるって聞きますし、そういうのを相手にしている人もいるんですからあまり甘くみるのは…。」
「ん…まあそうね。でも、こんなド田舎じゃ非魔法士ばっかりでしょ。魔法も使えない奴等に私が負けるはずないじゃない。」
「それがですね…さっき街の様子を見がてら情報を集めていたら、なんでも魔閃の森で風の刃が飛んでいるのを見た、って人がいるらしいですよ。」
「風の刃…"ウイング・ラミナ"ってこと?どうってことない初級魔法じゃない。使えたところで脅威でもなんでもないけど─」
「飛距離が2kmを越えていてもですか?」
「2km!?私でも200mが限界よ!何かの間違いじゃないの?」
「少なくとも木々が2kmに渡って薙ぎ倒されていたらしいので信憑性は高いらしいです。」
「どんな化物よ。そんな芸当が出来るのなんてセンターアースの学園長位しか知らないわよ。この街に来たときの探知魔法だと、そんな化物感じなかったけど…」
「上手く隠しているんですかね…まあそれ以外だと魔法士らしい人は数えるくらいしかいないみたいですから、大丈夫だとはおもいますけど。」
「そうね。特にこの辺りなんて魔法士になんて逆上がりしてもなれなそうな魔力量の人しかいないみたいだし、魔法士も城の関係者か何かでしょ。」
はい、トドメ入りました。俺が魔法使えないってのが確定しちゃいましたよ。まあ魔法なんて概念のない世界から来た俺が魔法を使えるってのもよく考えれば無理な話だ。
まあ早いうちに分かって良かったかな、───だから泣かない。
今回出てきた熊さんの報酬ですが、
正規の金額ではなく情報に対する褒賞が加算されています。