#41 サスペンス?
眼鏡を掛けた体が小学生の
アノ探偵なら兎も角、
普通に生活していれば
そうそう事件には出くわしませんよね。
比較的治安の良い日本なら尚更です。
まあニュースをみれば
殺人だの放火だの騒いでいますが
大概対岸の火事でしょう。
ふと思い出した野暮用を済ませ、露店でお好み焼きモドキや焼き鳥をつまんでからオリヴァーの店に向かう。何故か同じ方向に向かう人の数が多く感じるが、大安売りセールでもやってるのか?【千里眼】が無いから確認出来ないのが不便だ。
少し歩いた所でオリヴァーの店には着いたものの、おそらく店内に入る事は無理のようだ。店の前には人だかりが出来ており、二階へ続く階段の近くに白い鎧を着たガタイの良い男が二人、怖い顔をして立っている。
「ええい見世物ではないぞ!下がらんか!」
「騎士様、今回もまたエルピス狂いの輩でございますか?」
「そうだ!まったく忌々しい……」
?またエルピスの常用者が騒いだんだろうか?その割には野次馬が多い気がするな。
「しかもとうとう犠牲者まで出る始末だ。皆の者も、咎人やエルピスについて何か分かった事があったら最寄の駐屯所に連絡するように。さあ、速やかに解散したまえ。」
知りたい事が知れたからか、野次馬たちはその言葉を皮切りにその数を減らしていった。
だが俺は動けない。
………いや、早計の可能性だってある。
いくらいつも暇だからって、たまには客のいる日もあるだろう。薄情ではあるが、人の命は平等でも人の大事さは平等ではない。顔見知りと他人では重要度が違ってくる。
「――――――すみません、騎士様。少々よろしいでしょうか?」
「なんだまだいたのか?野次馬は帰りたまえ。」
「お聞きしたい事がありまして。犠牲者がいると仰っていましたが、どなただったのか伺ってもよろしいでしょうか?」
「ふん、そんな事か。この店の店主のオリヴァーという男だ。娘も腕を斬り付けられたが、軽傷で済んだようだな。今は騎士団の魔法士からの治療を終え、事情を聴いてい………なんだ?知り合いだったのか?」
俺の顔色が変わった事に目聡く気付いた騎士のおっさんが心配そうに声をかけてくる。普段は割とポーカーフェイスを保ってるんだが、流石に動揺して声も無く頷く。
そうか、死んでしまったのか………やるせないな。もう少し早くにエルピスの事を知って、すぐに対処していれば防げていたかもしれない。そんな仮定を考えた所で無意味だが、ついつい考えてしまう。
――――――しかし犯人、そしてエルピスを捌いている奴等にはそれ相応の罰が必要だな。情報を得て、超能力が使えるようになったら速やかに処理してやろう。
騎士団には任せておけない。
エルピスを捌いている奴等は兎も角、オリヴァーを殺した犯人を見付けるのは難しいだろう。監視カメラもないし、指紋や毛髪から特定する事も出来ない。
もしかすると魔法なら出来るのかも知れないが、話を聞く限りでは望みは薄いだろう。
だが俺なら別だ、【サイコメトリー】と【千里眼】があれば事足りる。相手が悪かったと諦めてもらいたい、虎の尾を踏んでしまったのだから。
………あっ!?オークションの出品ってどうなるんだろう?オリヴァーの口利きが駄目になると手続きに時間が掛かるって言ってたよな。少なくとも今回のオークションには間に合わなくなるとか。
それは不味い。娘さんに話を通したらどうにかなるかしらん?ショックを受けたばかりだろうが、様子を見て聞いてみるか。
「すみません、娘さんが心配なので店の中に入れて頂いても宜しいでしょうか?」
「………今確認してこよう、少し待っていろ。」
「はい、ありがとうございます。」
「―――――――――よし、もう大丈夫だ。付いてきたまえ。」
GOサインが出たので、騎士に付いて二階への階段を上る。
店内に入ると、まだ手を付けられていないようで幾つかの棚が倒れ商品は散乱し、地面には渇いて赤黒くなった血溜まりがそのままだ。
そんな店内の奥に、椅子に腰掛けたオリヴァーの娘を見つけた。隣には事情を聴いていたのだろう若い騎士の姿もある。おっと、娘さんと目があった。
「――――――昨日ぶりです。」
「えっと………ユートさんでしたね。ご存じの通り、父が、と、通り魔に襲われ、まして。」
「………はい、お悔やみを申し上げます。」
そう言いながら、涙を溢した彼女にポケットから出したハンカチを渡す。既に泣き腫らしているので目は真っ赤だ。
腕を斬り付けられたと言っていたが、服の右肩が赤く染まってはいても怪我は見当たらない。魔法で綺麗さっぱり治したのだろう。
しかし体の傷は癒えても、心の傷が癒えるのはまだまだ先になりそうだ。この様子ではオークション云々は諦めるしかあるまい。
出品は次の機会だな、今回は買いだけで。
「―――――――――では、我々はこれで。」
空気を読んだのか騎士連中がそう告げて店を出ていく。現場はもう片付けても良いらしいが、手伝ってはくれないらしい。
彼女が今の状態でそんな作業が出来るとは思えないので、俺一人でやるしかないな。早く元の状態に戻した方が精神衛生的にも良いだろうし。
まずは倒れた棚か。倒れた拍子に板が折れていたり刀傷が付いている物が殆んどなので、それは部屋の隅に解体してから積み上げる。
解体と言っても剣でバラバラにするだけどな。
散乱した商品は床に落ちた程度で壊れる物でもないので、彼女に聞いてから店の奥に一時的に仕舞う。
最後に床を水拭きしたら終わりだ。超能力があれば五分と掛からず終わる作業も、今の状態では一時間近く掛かってしまった。
「―――――――――すみませんユートさん、何から何まで。」
「いえ、私に出来る事はこれぐらいしかありませんから。」
今日はね。
「………そうだ、ユートさんからの依頼の品なんですが、父が亡くなっては作る手段がありません。申し訳ありませんが、持ち帰ってもらえますか?」
「ええ、分かりました。」
まあそうか、オリヴァーでさえ作れるか微妙な代物だからな。彼女が作る技術があるのかは知らないけど。実は名前も知らないし。
「………これから店はどうするんですか?」
「そうですね………父から受け継いだ技術はありますが、まだまだ私の腕は父の足元にも及びません。なので暫くは今ある魔導装備の販売と、簡単な魔導装備の点検や修理をしようと思います。」
「――――――兄が帰って来てくれたらいいんですけどね。」
「?お兄さんがいるんですか?」
「はい。と言っても五年前に父に勘当されて以来、何処にいるのか見当も付きません。魔導装備技師を目指していたので、今も続けてくれていたらいいんですけど。」
「勘当はしましたけど、父も兄の技術は褒めていましたから。」
なるほど、色々複雑らしい。だが探し出すのは困難だろう。普通は防犯カメラやSNS、あとは銀行の取引履歴などから足取りを追えるが、どれもこの世界には無い物だ。
―――――――――超能力者がいれば話は別だけどね。まあ今は出来ないし、確実に見つけられる保証は無いから今は黙っておこう。
とりあえず今は当座しのぎの資金提供………御香典を渡して帰るとしよう。
「では長居してもお邪魔ですので、私はそろそろ帰りますね。これから大変でしょうから、コレは受け取って下さい。」
「!?い、いえ、こんなに受け取れません!」
確かに金貨十枚は少し多めかもしれんが、普段の客足的に経営が心配なので受け取って貰いたい。
風切とかオークションの事とか、オリヴァーには感謝しているんだからな。
「オリヴァーさんには感謝しているんですから、これくらいさせて下さい。」
「でも、数日後にはオークションも控えているのにこんな所でこんなに使ったら……」
お?オークションのワードが出たか、オリヴァーに聞いてたのかな?だがこれはイケるかも知れない。
「――――――では代わりと言っては何ですが、商人ギルドへの紹介をお願いできませんか?」
「あっ!そういえばオークションに出品するんでしたね。はい、大丈夫です。父に連れられて商人ギルドの方々とは顔を合わせていますから。」
なら一安心だ。
「少ししたら商人ギルドに行こうと思っていましたから、これから行きましょうか。鑑定もしなくちゃいけないんですよね?」
「はい、お願いします。」
彼女の準備を待ってから商人ギルドへと向かう。ここからだと徒歩で四十分も掛かるらしいが、【辻馬車屋】は遠いので歩いて向かう。しれっと【辻馬車屋】と言われて戸惑ったが、王都は広いため料金を払って二輪馬車で目的地まで運んでくれる仕事があるらしい。
馬車が走っているのはたまに見掛けていたが、てっきりその人の持ち物かと思っていた。馬車が立ち並ぶ店もあったがせいぜい貸馬車屋だと考えていたんだがな。聞いたら一応貸馬車屋もあるらしい。
まあ貸馬車屋を使うのは貴族が豪商など裕福な人たちで、我々庶民が利用するのは辻馬車屋だから無縁だろう。辻馬車は各店舗か、たまに道の途中で客待ちをしているようだ。予め連絡していれば迎えに来てもくれるらしい。
そこまで聞かなくても分かってはいたが、どうやらタクシーと似たような物という認識でいいだろう。今度からはあまり遠ければ使うとしよう。広い王都を歩くのは時間のロスだ。
結局客待ち状態の辻馬車に遭遇する事もなく、四十分程掛けて商人ギルドに到着だ。店はデカく四階建てで、広さも学校の体育館とそう変わらないだろう。最早倉庫だ。
中に入ると彼女は近くの青年に声を掛け二、三言葉を交わすと青年は店の奥へ小走りで向かい、少しして恰幅の良いおじさんを連れてやってきた。
膝丈までの茶色いチュニックに深い色のベストと落ち着いた装いで、俺が普段着ているような服とは違い生地も良さそうだ。きっと俺の正装着なんかと同じようなお高い店で買ったのだろう。なんだったら仕立ててもらってるかもな。
「やあノエルちゃん、お父さんの事は聞いたよ。ご冥福をお祈りする。お父さんにはお世話になっていたし、葬儀は私の方で準備しよう。他にも何か困った事があったら何でも相談してくれ、力になるからね。」
「はい、ありがとうございますトールさん。………では早速で恐縮なんですけど、こちらの父の知り合いの方が急遽オークションに出品したいらしいので手続きをお願い出来ますか?」
「はじめまして、ユートと言います。」
「はじめまして、トール・カザラザスと申します。一応商人ギルドを取り仕切る【五豪商】の一席を頂いており、必要な物があれば大抵の物は手に入れられますのでご用命の際は是非。……おっと、それで出品をしたいんでしたね。」
上等でない普段着の俺にも真摯に営業とは商魂逞しい………オリヴァーの店の常連とでも思ったかな?知り合いと言っても年齢が離れている事だしな。
「はい。えっと………これなんですが。」
「?珍しい瓶ですね……よく冷えたガラスのようにも見えますが、手触りはもっと硬そうに思えます。中身は……これは何の粉でしょう?うっすらと鈍く金色に光っていますね。」
ああ、そういえば【製氷】で作る氷は不純物もないし、普通に水から出来上がる氷と違うせいか高圧が掛かっているようで氷屋で作るような綺麗な氷なんだよね。
「小瓶は知り合いが作った物で、中身は我が家の蔵に眠っていた竜鱗粉です。」
なんだが小瓶も珍しげに見られているので出所はぼかしておこう。竜鱗粉も、いきなり金竜とは言わない方がいいだろう。
「竜鱗粉ですか、この色味を見るに黄竜でし……いえ、この輝きは……まさか!?ユート殿、すぐに鑑定をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
お?気付いたかな?
「はい、お願いします。私も中身について詳しくは知らないので。」
ちょっと小走り気味になったトールの後ろを付いていき、三階の一室に通される。
ちなみに、彼女……ノエルさんは他の知り合い方への挨拶があるので別れた。俺の方が終わったら先に帰ってもいいそうだ。
通された部屋だが入り口は大きめの観音開きの扉で、広さは高校の教室位かな?長テーブルがコの字に並べられ、扉から入るとちょうどコの開いている部分に当たる間取りだ。
テーブルの上には物珍しい品々が並び、その品々持ち主たちがテーブルに沿って並んでいた。そしてコの字の中央には大きめの正方形のテーブルがあり、その上に金属で出来た将棋盤のような台が鎮座している。
普通に考えればアレが【鑑定機】だろう。台の脇からコンビニ等でよく見掛けるレジピッピ……通称バーコードリーダーの様な物が生えているが、一体どう使うのか。
「――――――済まないが順番を譲ってくれ、緊急だ。」
「はっ、畏まりました。すみませんノルド様、少々お待ち下さい。」
トールが一声掛けると、鑑定機の前の青年が順番待ちをしていた次の人に断りを入れ、受け取った竜鱗粉を台に載せる。
このテーブルの配置はこういった緊急の鑑定にもすぐに対応出来るように考えられているのだろう。ノルド?とか言う人も特に文句を言う気配は無い。
いや、トールの権力に逆らえないだけかも知れないけどね。
竜鱗粉を載せられた台はうっすらと緑色の光を発し、台の上に光の文字が浮かび上がった。流石ファンタジーだな、原理が分からねえ。
確か似たような技術が元の世界でもあったが、きっとまったく別の物だろう。
………それよりもレジピッピって使わないの?そこ気になるんだけど。
「!?やはりそうか、これは金竜の竜鱗粉だ!」
トールがそう興奮した様子で叫ぶと、それに呼応するかのように周りもざわざわと騒ぎ始めた。
「金竜だって?黄竜の間違いじゃないのか?」
「いや、あの鑑定機に間違いはない。どんな偽造も看破出来る特注品だぞ?」
「ではやはり本物の金竜の竜鱗粉か……初めて見たな。」
「俺もだ、いや、殆んどのヤツは見たことがないだろうよ。」
「一体いくらで売られるのか……白金貨の出番もあるかもな。」
「違いない、貴族関連の奴等なら喉から手が出るほど欲しがるだろうからな。」
白金貨って確か大金貨百枚分の価値があるんだっけ?
こんな小瓶サイズで白金貨の出番とかどんだけだよ。まだまだ竜鱗粉はたっぷりあるんだけど……出品するのはあと数個にしておこう。
問題のタネになりそうだから残りをもし売る時は何処か遠くで売るか、変装でもして売った方が良いだろう。基本は加工して自己消費しよう、うん。
―――――――――さて、では商談を始めようか。
長引きそうだったので
一度区切ります。
次話をお楽しみに。




