#40 調合薬と魔法薬?
「―――――――――主殿、朝食の準備が整いました。」
「……ああ、おはよう――――――すぐ行く。」
結局昨日は手こずったから寝たのは午前三時位だったが、お蔭で作業は全て終わった。
部屋の隅には金色の竜鱗粉入りの小瓶が積まれ、左手には茶色の腕時計が光っている。これは金と紫の竜鱗粉をブレンドして金箔の様に薄くしてから貼り付けた。派手な色になるかと不安だったが、割と落ち着いた色になって安心した。
強度は確認済みだ。俺の剣で突いても傷すら付かず、コーランで撃っても軽く焦げた程度だった。勿論持ち歩きをするつもりはないが、壊れる可能性を最小限に出来るのは嬉しい。
それともう二つ、金と紫の竜鱗を加工して作った物がある。それは【ホルスター】だ。コーランを使う時はバッグから出すか、剣を差すベルトの隙間に突っ込んでいたがそろそろ面倒だ。
一応魔法銃ってのはあるようなのでホルスターも存在はする。だが割と不格好だったり、強度に難がありそうだったから今まで買ってはいなかった。だから作ってみたのだ。
構造的な所は武器屋のホルスターを【千里眼】で参考にしつつ、ブレンド竜鱗を粘土状にして形を作り最終的に革の様な性質に変化させた。
出来上がったのは足に巻くレッグホルスターと、銃を垂直に差し込むバーティカルタイプのショルダーホルスターだ。使った事が無かったので一応二パターン作ったので、数日使ってみて合わない方はまた竜鱗粉にすればいい。
とりあえず今日は上着の下にショルダーホルスターを着けるか。
しかし俺の超能力を使えば、竜鱗というのもなかなか使い勝手が良い。
やはり明日にでも、風切とコーランを強化しておこう。ホルスターのデザインが上手く決まらなくて時間が足りなかったのは失敗だったな。
「おはよう、マオ。今日は朝から少し出掛けるけどマオはどうしたい?」
「では私は家事をしてからハミル山脈で鍛錬を。シリュウちゃんと行ってきますね。」
まあシリュウがいれば大丈夫か。それにシリュウもランクをとっとと上げたいらしいからな。一応、やり過ぎない様には言っておこう。自分の事は棚上げだけどね。
朝食を食べて少ししてからキースの店に向かう。心配になりそうなほど閑散とした店内を眺めつつ、カウンターに腰掛けていたキースに話しかける。
「おはようございます、キースさん。」
「おはよう、ユート君。朝食……ってわけじゃなさそうだな。情報屋の方か?」
「ええ、すみませんが情報屋の方です。少し調べて欲しい事がありまして。」
「おう任せな、王都中に張り巡らせた俺の情報網が火を噴くぜ。俺が本気を出せば王国騎士長がゲイだって事も一夜の内に判明するほどだからな。」
……とりあえず思わぬところで性癖を暴露された騎士長には黙祷を捧げておこう、うん。あと絶対近寄らない。
「……では王都内でエルピスを捌いている奴等がいるが調べて貰えますか?いた場合はそいつの特徴と、バックに何か組織でも絡んで無いか。」
「構わねえが……どうするんだ?エルピスを根絶させたいってんなら無駄だぜ、騎士団すら手こずってんだからな。」
「流石にそこまで無謀じゃありませんよ、あくまで保険です。知らないよりは知っておいた方が良いと思って。」
「――――――そうか、ならいい。さて情報だが、最短で明日の昼。掛かっても明後日の昼には集まると思うから、分かり次第連絡する。料金は金貨三枚から五枚位だな。ま、情報の良し悪しにも因るが。」
仕事が早いな。
「分かりました。では………あ、もしカシンが来たら夕方には家にいるから戦利品を見せてやる、って伝えておいてもらえますか?」
「あいよ、多分昼頃に来るだろうから伝えとくよ。」
一昨日カジノで別れたきりだったからな。
流石にシリュウの正体は言わない方がいいだろうから、コーランや金竜の鱗でも見せよう。シリュウがあの日誘ってくれなきゃ手に入れられなかったかも知れないし、なんなら金竜の鱗をプレゼントするのもアリだ。
キースの店を後にし、次はリリアンの家か。
昨日別れた時に他の魔法薬を自慢したいとか言っていたから見に行くとしよう。昨日シリュウに採取済みの植物の効果も聞いて、行き詰っていた魔法薬も完成するらしい。
「―――――――――邪魔するぞリリアン。」
……あれ?返事がない。ノックをしても反応が無かったから勝手に入ったんだが、そもそも見当たらないぞ。こちとら【千里眼】も【透視】も使えないからわざわざ足を動かして探さなきゃならんってのに。
幾つかの汚部屋を経由しつつ、奥の一番大きい部屋でリリアンを見つけた。魔法薬の調合専用の部屋なのだろうか、色とりどりの液体が入った小鍋がいくつもある。お蔭で凄く薬臭い。
リリアンは部屋の奥の机に突っ伏していた。
「リリアン、来たぞ。」
………返事がない、只の屍のようだ。面倒なので頭にチョップを叩きこむ。
「いだっ!……?あ~ユート君か、おはよう。もう少し優しく起こしてくれても良かったんじゃないかな?」
「呼び出しといて気持ち良く寝てる馬鹿にはこれがお似合いだ。それで?魔法薬が色々出来上がったんだろ?」
「それは確かに悪いと思うけどさ……徹夜だったから仕方ないじゃない。」
徹夜は俺も同じだっての。
「でそうそう、出来上がった魔法薬ね。嗅覚を上げるヤツは昨日見せたけど、それ以外にもう二つの魔法薬が完成したんだ。」
「一つが【増毛剤】。生やしたい所に塗ると、塗った量に応じて毛髪が爆発的に生えるんだよ。」
全世界のハゲが狂喜のあまり小躍りでもしそうだな。
「ただ副作用があってね……塗った場所に関係なく両手両足の爪が伸びるんだよ。実験用の十日鼠に塗ったら、最終的に自分の体より爪が伸びちゃったよ。」
これがその鼠だよ!と言って見せられた鼠は、確かに爪がアホみたいに伸びている。爪が急激に伸びた影響か、爪元が血だらけだ。人への実用化はまだまだ先になりそうだな。
「あともう一つが【超聴覚】。聴覚を何十倍にも上げる薬なんだけど、効き過ぎるんだよね。投与した十日鼠の横に小瓶を落としちゃったら、その音のショックで心臓が止まっちゃった。」
なにそれ危険、もはや毒の域よ。
「希釈してもなかなか効果が薄まらなくてね。」
と言うか今の二つを完成と言っていいのん?欠陥品にも程がある。
「変な魔法薬ばかりだな。」
イメージで言うと魔法薬ってんだから回復アイテムじゃないのか?
「だってその方が面白いじゃない、普通の魔法薬は体力とか魔力を回復させるだけだもの。一応採取してきた薬草でそれも作れたけどさ。」
いいじゃんそれで。ああ、思い出した。
「そうそう、金竜の鱗で作った竜鱗粉が出来上がったからやるよ。シリュウの鱗について教えてくれた礼だ。」
ちゃんと層別にして分けたから三種類な、二個ずつの計六個もあればとりあえずいいだろう。
一番上層の硬い部分は金属的な意味での金っぽかったけど、一応渡しておく。本当の金なら体に吸収されないだろうが、言っても竜の体の一部だし大丈夫だろう。
「お~ありがと。ん?わあ~凄いね、竜鱗をこんなに細かく出来るなんて。しかも繊維が全然痛んでないから効果も高そう。」
ポケットから取り出したルーペの様な物で竜鱗粉を見ながら、そんな事を口にする。
まあ確かに、普通はすり潰して作るだろうから多方向からの力が加わって痛みそうではあるか。【物質変化】め、いい仕事をしたな。
「――――――魔法薬を作った経験って無いんだよね?こんな加工技術があるなら作ってみたら?魔法を使える魔力があるなら難しくないと思うけど。」
魔法薬って言う位だし当然魔法とか魔力が介入するのね。シリュウなら出来るのかな?
「シリュウちゃんにも勧めたら人族とは魔力の質が違うから使えないって言うしさ。」
先手を打たれた……駄目なのか、じゃあ打つ手がないな。
「俺も魔力は殆んど無いから使いこなせないと思うな。魔力無しで薬を作る方法は無いのか?」
むしろそれが普通だと思うんだけど。
「勿論あるけど、魔法薬の方が効果が高いし即時に出るから作るなら【調合薬】より魔法薬の方がいいんだけどな~。」
【調合薬】と【魔法薬】は別物なのか。俺の知っている方が【調合薬】で、魔力を使って作るのが【魔法薬】だろう。調合ってんだから粉にして混ぜたりとか?俺の体調管理用に色々作りたいな。
二日酔い、頭痛、関節痛。超能力者といえども割と悩まされるのだよ。ウイルス性のモノなら【発火能力】で体温を上げて殺菌出来るんだけどね。
「出来ない物は仕方ないって、魔力無しの作り方なら教えてもらいたいんだけど。」
「うん、いいよ。お姉さんにまっかせなさい!」
「それじゃ初級編からね!まず準備するのはすり鉢とすり棒、少量の水と小鉢、混ぜ棒ね。それと乾燥させた二種類の薬草。」
そう言って机に並べられたのは百均にでも売っていそうなちゃちな道具たちで、鉢とすり棒は黒い石を削り出した物だ。薬草は似たような黄緑の葉っぱで、知識がないと区別がつかないかもな。
むろん、俺も今シャッフルされたら分からなくなるだろう。
「はい、最初にこの二つの薬草をすり鉢でムラなく細切れに潰して、終わったら小鉢に水を入れて溶くの。」
言われた通りに薬草をすり鉢でゴリゴリとすり潰し、小鉢に水を入れて混ぜ棒で溶く。ビジュアルは薄い緑茶だな。
「うん、完成。これが【整腸薬】だよ。」
早っ!いや、初級編だしこんなもんか。
「調合の手順は今のが基本かな。あとは薬草とかの材料の種類と配合バランス、すり潰し加減、溶く液体の種類で応用するの。今回の場合は下痢を和らげる薬草とお腹の免疫力を上げる薬草を混ぜて、整腸効果のある薬を作れたんだ。」
なるほど、要は足し算だな。
「これは吸収しやすい液薬だけど、薬効を穏やかにしたいなら丸薬の方がいいかもね。あと擦り傷とかなら粘度を上げて膏薬にしたりとか。」
何事も適材適所って事だな。これが魔法薬なら、どんな薬効だろうが飲んで一発らしい。やはり魔法は凄い。
「とりあえず簡単な薬は全部教えるから、頑張ろっか!」
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―――――――――二時間位経ったかな?目的の薬に加え解熱薬、鼻炎薬、喉頭炎薬、更に化粧水の作り方まで教えてもらった。
俺には必要の無い物だがマオやシリュウなら使うだろうし、折角だからまとめてノートにメモしておこう。全てリリアンのオリジナルブレンドらしく市販の物より効くそうだ。
ちなみに今回教えてもらった物は全て初級編で、素材も近くの森等で簡単に採取出来るらしい。幾つか区別の付かない薬草があったので薬草図鑑を貰っておいた。リリアンは全て暗記済みらしい。
ついでに他の初級や中級、上級の調合薬をまとめたレシピ集と、その素材を買える店の紹介状も貰えた。中級以上の薬の素材は危険な物も多く、誰でも彼でも入手出来ると不味いらしい。
レシピ集をちらっと読んだら強力な睡眠薬や麻酔薬、興奮剤(戦闘用)や筋肉増強剤などがラインナップされていたので素材の危険度も納得だ。調合用具もレベルに合わせてグレードを上げる必要があるのも……納得しよう。
一応さっきから使っていた初級用の道具は一式奪っ……譲り受けたしな。
忘れそうになっていたオークションの予定を決め、リリアンの家を出る。オークションは四日後の朝からなので、朝食を我が家で済ませてから行く事になった。マオの料理が気に入ったらしい。
リリアンは新しい魔法薬の開発の為の素材狙いのようだが、とりあえず俺はまだそんな域に達していないので必要ない。狙いは食材だ……マグロではない。他の国の珍しい食材なども出品されるというので興味がある。
魔法のバッグ等はあるものの遠方の食材を入手するのは大変だろう。アレは多少状態を維持させるだけで完全ではないし、運ぶのだって車や飛行機があるわけではない。そういや魔物と遭遇する危険もあるか。
出来れば海産物、次点で白砂糖か、果物、食肉で珍しい物があったら買っておこう。美味しかったら現地まで爆買いに行ってもいい。特に白砂糖なんて未だお目にかかってないから欲しいもんだ。
黒砂糖なら一キロ銀貨二枚で売っていたんだけどな。まだ技術的に無理なのだろうか?手に入らなそうなら手間だが自作しよう。和三盆くらいならギリ作れる、流石に白砂糖にする手法は知らんが。
まあ食材以外にも摩訶不思議で面白い魔具が出るかもだし、資金は潤沢にしておきたい。さて、時間も迫ってきたし何処かで昼食を食べてからオリヴァーの店に向かおうか。
オークションまであと四日。
………いや、書いとかないと自分で忘れそうなんだもん。




