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クリスタルホワイト・アイス  作者: 綾沢 深乃
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「第四章 森野詩織」  

 二人の間に沈黙は依然として流れている。透は次の言葉を探そうと視線を周囲に泳がすが、当たり前ながら答えはどこにも落ちていない。

 詩織の様子を窺ってみると、彼女は右手人差し指を唇に当てて、何かを考えているようだった。その様子を見た透は、言葉を探すのを止めて、彼女の口が開くのを待った。

ややあって、詩織が唇から右手人差し指を離して、そのまま立てる。

「まず一つ。どうして私に話してくれたの?」

 吸い込まれそうな詩織の二つの茶色い瞳が透を捉える。体に緊張が走るのを感じつつ、透は質問に答えた。

「普通、こんな事を話したら、周りに気持ち悪がられる。でも、詩織は違う。きっと真剣に話したら、ちゃんと聞いてくれる。数日の付き合いでしかないけど、人の話を全否定するような人じゃない。そう思ったから話したんだ」

「あら、随分と信頼されているのね。じゃあ、もう一つ」

「何?」

「透の相談は今のところ、事前情報のみ。肝心の内容が、まだ何か分からないわ」

「あっ、そうか」

 詩織に指摘されるまで、透はそこまで頭が回らなかった。ノートの説明に思考を使い過ぎていたのである。

 聡明な詩織の事だ。自分が相談したい内容について、大よその見当を立てているだろう。それでも敢えて尋ねてくるのは、彼女なりの優しさだ。

「ノートの力を回復させたい。この歳までノートに完全に依存してしまった以上、もう今から通常通りに勉強しても、とても周りには追い付かない。このままでは、大学入学の進学テストに落ちるのは確定だ」

「それは現役での話でしょう? 例えば年単位の時間を消費すれば、周りに追い付く事も出来るのではなくて?」

 詩織の指摘はもっともだった。充分な時間をかければ、これまでしてこなかった勉強を取り戻すのは可能に違いない。しかし、それは出来ない選択だ。

 小さく笑って、透はかぶりを振る。

「無理だ、今更そんな事。これまで俺は、テストは全部ノートの力でやってたんだ。当然、家族や友達は、俺が勉強の出来る人間だと認識している。それがいきなり馬鹿になったら、まず心配されるよ」

 自嘲的な笑いを浮かべつつ、透はそう説明する。彼の言葉に、詩織は珍しく理解出来ないと言った表情を浮かべて首を傾げる。

「それは全部透の想像じゃない。仮に私以外の、そうね。御両親に話してみるとか。そういう試みをしてみるのも手だと思う。貴方が真剣に話せば私のように、きっと聞いてくれるわよ」

「あり得ない」

 詩織の口から出た案を透はすぐさま否定する。

「そうかしら? そもそも透は元々、凄く勉強が出来る子だったんだと思う。 それは教えてる私が一番実感している事なの。だから一年程度、集中出来る環境で丁寧に勉強をすれば、すぐにこの高校に入り直せるくらいの力は付くはず」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、不可能だ。第一、今まで勉強してこなかった人間が一年間もまともに続けられるとは、とても思えない。そりゃココ数日間は、勉強が楽しいって思えたよ。だがその気持ちは、一年間継続するだろうか? すぐに枯れてしまうかも知れない」

 透は詩織の話を否定し続ける。彼は初めて話を理解してくれない彼女に憤りを感じていた。こんな感情は、今まで自分の言葉を素早く理解して、最優の言葉をくれる彼女との付き合いで一度もなかった。

 一通り話を終えた透は、鼻から熱くなった息を吐く。中途半端に乾燥した喫茶スペースはすぐに喉が渇くのが難点だ。

 透の熱意に押されたのか、詩織は話をこれ以上広げる気はないようで、また右手を唇に当てて何かを考え始める。

 やがて、ゆっくりと詩織が口を開く。

「テストまであと、三週間程よね?」

「ああ。それまでに何とかしないと。このままじゃ全教科赤点だ」

 軽く話すものの、×で埋め尽くされた答案用紙が容易に想像出来て、透は背筋がゾっとする。そんな未来が実現してしまったら、何もかも終わりだ。

 それだけを確かめて、詩織はまた右手を唇に当てて考え始めた。彼女の結論が中々出ない。これもまた、透が知る中では初めてである。邪魔をしてはいけないと彼女の答えを待ち続けた。

 そして、待つ事数分。ようやく結論が出たらしい詩織が、右手を唇から離した。

「私は、透のノートを元に戻す方法を知っている」

 その言葉を聞いた時、透は一瞬呼吸を忘れる程の衝撃を受けたのだった――。



「えっ! 戻るんですか!? 流石、先輩が相談するだけの人ですね」

「あの時の詩織の言葉は忘れられないよ。本当、家に帰ってもその衝撃の余波は、寝るまで続いていたからな」

 当時を思い出して頬が緩む透。高校時代の自分は、今のように振り返って話す機会があるなんて、夢に思っていない。

「早く続きを聞かせてください。救いの蜘蛛の糸が垂らされた先輩のその後は?」

「すぐに話す。だけどその前に一度トイレ」

 キャラメルマキアートと水のダブル攻撃は、透にそこそこの尿意を催させた。実は、数分程前から兆候はあったのだが、話の腰を折るのはどうかと、ずっと我慢していたのだ。

「ざーんねーん。今トイレ使用中ですよ。さっき人が入って行きました」

 男女兼用の個室トイレはこのスターバックスに一つしか存在しない。客の人数と合わせて帳尻があっていないのだ。結果、トイレの取り合いになる。

 彩子は透の話に夢中になりながらも、周囲の観察は怠らなかったようだった。彼女は大学時代にも、友達と話しながらノートは真面目に板書していた。

 全体的に要領が良いのである。

 ニコニコと笑顔を浮かべて、無言で続きを促す彩子に透も微笑んで返す。

 そして、透はその場から立ち上がった。

「え~。まさか並ぶ気ですか? 流石にそれはどうかと思いますよ。さっき入って行ったの女性でしたし」

「馬鹿。そんな事する訳ないだろう。すぐそこのホテルのトイレに行くよ」

 よくこの店を利用する透は、付近にトイレがどこにあるか把握している。

「早く戻ってきてくださいね、待ってますから」

 諦めがブレンドされたため息をついた彩子は、テーブルに置いていたiPhoneに手を伸ばす。メールのチェックか、大学時代から夢中になっているパズルゲームか、そのどちらかだろう。

 透はテーブル上の自分のiPhoneを手に取る。そしてにカバンに入れていた、白いイヤホンにも手を伸ばした。

 彩子の視線は自分のiPhoneに向けられている。少し体の陰に隠すだけで、気付かれないように、イヤホンを取る事が出来た。

 素早く手に絡めたら、そのままポケットに入れる。

 スターバックスを出て、透はすぐ前にある下りのエスカレーターに乗った。

 地下に向かうからか、そこまで寒さを感じない。

 エスカレーターが中間に差し掛かった所で、ポケットに閉じ込めた右手を解放する。絡まっているイヤホンを解いて、両耳に挿した。iPhoneにイヤホン端子を差して、ミュージックアプリを起動、親指で選曲して再生する。選んだ曲は、『Queen』の『Killer Queen』詩織がいつも聴いていた曲だ。

 両耳に慣れ親しんだ音楽が流れ始めた。久しぶりに聞く優しい歌声は、透の心に緩やかに侵入してくる。 それは、瞬時に彼をあの頃に巻き戻した。

 油断すれば詩織の息遣いや鼻歌さえも聞こえてきそうだった。

 エスカレーターを降りて、地下に来た透は木製のベンチに腰を落とした。腕組みをして目を閉じる。視界を暗くして、手探りでiPhoneの音量を上げた。

 より深くあの頃に潜れるように。

 二曲分の時間をそこで過ごした透は、ゆっくりと目を開けた。イヤホンを耳から外し小さく絡ませて、ポケットに入れる。そして反対側の上りエスカレーターに乗り、再びスターバックスに戻った。

 数分間ぶりに入っても店内に変化はない。左手に見える曲面の大きな窓ガラスの向こうの景色もiPhoneに没頭している彩子も何一つとして、変わらない。

 透が自分の席へと座ると、彩子は顔を上げずに口を開いた。

「お帰りなさい先輩。ちょっと待っててください。このステージ、もう少しで終るので」

「ああ。分かった」

 しばらくの間、せっせと指を動かす彩子を観察する。透には、とてもあんな風に素早く指を動かすのは無理だ。現に一度、薦められて同じアプリをやった事があったがついていけず、すぐに消去した。

「はい、終わり。何か逆にこっちが待たせちゃったみたいですね。すいません」

「構わないさ」

 テーブルにiPhoneを置いた彩子が顔を上げて口を開いた。

「どうです? 沢山出てスッキリしましたか?」

「こら」

 品が無い彩子を注意する。注意された彼女には大して効果はなくクスクス笑って、マグカップに手を伸ばした。

そんな様子に透はため息をついたのだった――。



“元に戻す方法を知っている”

 その言葉が詩織の口から聞こえた時、透の全身に電流が走った。

 幾度なく足掻いた日々。どうしようもない程に追い詰められていた透のノート。それを本人以外の口から戻ると言われるとは思わなかった。しかも相手は、透が最大限の信頼を置いている詩織である。とても嘘とは思えない。

 透は確かにノートの事を詩織に相談するつもりだった。しかし正直なところ、元に戻す方法なんて彼女に分かるはずがないとも考えていた。ただ、彼女に話を聞いてほしい。その気持ちが今回の機会を設けたのだ。

 透の中を走っている電流はようやく終わり、彼はゆっくりと顔を下げた。

「透?」

 突然、顔を下げた透に詩織は心配そうに声をかける。彼はそれに対して、右手を彼女に向けて伸ばした。体を好き勝手に駆け巡っていた電流は、もう切れた。

 すると、今度は透の二つの瞳に水が湧き出したのである。瞳を閉じて、対処を試みるが、湧き出る水は、僅かな隙間から流れていく。

 重力に抗う術を持たないその水は、そのまま彼の膝にぶつかるのだった。

 その様子が見えているのか、詩織は何かを言う事はなく、沈黙を守っている。

 それが今の透には何より有難い。

 やがて、水の流れが緩やかになり、透は顔を上げる。

「ごめん。もう大丈夫」

「ちょっと気持ちを落ち着けましょうか? 今、ココには誰もいないのだし」

「はっ?」

 突然の提案に戸惑う透を余所に、詩織は微笑んで立ち上がり、空いているイスを持ち、彼の横へと座る。 そして彼女は彼の顔を両手で掴み、自身の方を向かせると、優しく抱きしめた。

 甘く安心する香りが透の鼻に強制的に入って来る。

 最近の疲れが一気に出て、つい眠たくなりそうになる。

 詩織は透の背中をトントンっと叩きながら口を開く。

「ゴ、ヨン、サン……」

 そのカウントダウンが何を意味するのか。透にはすぐに分かった。目を瞑って、彼女の言葉に耳を傾ける。

「ニッ、イチッ」

 ゼロっと言う前に詩織は透から離れた。彼女の香りが離れてしまった事に寂しさを覚えつつ、礼を言う。

「ありがとう。かなり落ち着いた」

「どういたしまして。言ってくれたら、またいつでもしてあげるわよ?」

「あまり女性からそういう事を言わない方がいい」

 いつもの詩織の冗談にそう返す。

「あら? 拒否しないと言う事は、透からまた頼んでくる時があるのかしら?」

 詩織の軽口を返したつもりが、裏に隠していた本心を見破られた。彼女の言う通り、透は機会があれば、また頼みたいと思う気持ちがあった。

 そのせいで焦ってしまい、上手に返せないでいる間に、詩織は立ち上がり、イスを本来の位置へと戻した。そして、元々座っていた正面のイスに腰を落とす。

「さっきも言ったけど、私は透のノートを元に戻す方法を知っている」

「どんな方法だ?」

「そんなに難しい事じゃないわ。でもそれは、残念だけど今すぐには出来ない。最低限、三日はかかる」

 難しくないと言いつつ、三日は必要。まるで、雲を掴むのような詩織の説明に透の頭には疑問符が浮かぶ。

 そんな透の様子をすぐに察した詩織は、笑顔を見せた。

「そんな顔しないの。大丈夫、きっと上手くいくわ。ただ、今ココでは出来ない。三日は時間が必要というだけ。三日だけならテストには充分間に合う」

「まあ、そうだけど……」

 微妙に納得のいかない透に詩織は優しく微笑んだ。

「今まで私が透に嘘をついた事なんてないでしょう? ねっ、私を信じて?」

「分かったよ、詩織を信じる」

 渋々透がそう認めると、詩織は笑顔で一回頷く。

 そして詩織は通学カバンから、MDプレーヤーを取り出した。それを透は良く見ていた。彼女は一人の時間はいつも両耳にイヤホンを挿している。

 このタイミングで取り出したという事は、今日はもう帰るのだろうか。透がそう考えていると、詩織は予想を裏切り、こちらにMDプレーヤーを差し出した。

「私の使っているMDプレーヤー。透に貸してあげる」

「えっ? どうして?」

 突然の詩織の行動に透は疑問を飛ばす。

「お守りよ。三日間、待っているだけなのも退屈でしょうから。中には私が一番好きな曲が入ってるの。それを聴くと、きっと透も元気になる」

「詩織が一番好きな曲?」

 MDプレーヤーを受け取りつつ透が尋ねると、詩織は笑顔で頷く。

「『Queen』の『Killer Queen』」

「どんな感じの曲なんだ?」

「一言で表すなら、寂しがり屋の女性の曲」

「寂しがり屋の女性?」

「この曲をフレディは高級娼婦について作詞したと言っているけど、自由に解釈してもらって構わないとも言っているわ。だから、あくまで私の解釈。曲が進むにつれて、彼女の趣味嗜好がより詳しく描写されていき、聴いている人は彼女に恋をしていく。そして、最後に彼女が言った一言がたまらない。この曲は、僅か三分しかない短いものだけど、とてもそうとは感じないわ。聴き終わると、実は恋をしていたのは、自分だけじゃなく彼女もだって分かるのよ。だから、それを踏まえてもう一度聴くと、寂しがり屋の女性の曲になって聴こえる」

 詩織がココまで熱弁を振って話すのを透は初めて聞いた。

 そこまで言われると、この曲がどんな曲が気になってくる。

「ありがとう。大事に聴かせてもらうよ」

「今度、感想を聞かせてね。あっ、そうだ。それの充電器とか他のディスク、あと色々役に立つ物を纏めて、明日にでも透のロッカーに入れておくわ」

「でも、三日しか借りないんだから。沢山借りても聴ける時間はないぞ?」

 いくら待機していると言っても、何もしない訳にはいない。最低限の勉強はするつもりである。

「大丈夫。全部役に立つ物だから。それで透のロッカーの暗証番号っていくつ?」

「えっと、1002」

「分かった、ちなみにこの数字は透の誕生日?」

 詩織の質問に透は頷いて肯定する。

「そうだ。よく分かったな、この四文字の並びだと連想し辛いと思ったけど」

「だって、透のメールアドレスにもこの数字が入ってるもの」

「そう言えばそうだった。じゃあ、今回の定期テストが終わったら数字を変えるか。勿論、それまでは変えないから。好きにロッカーを開けてくれて構わない」

「了解。では、今日はココまでにしましょう。良い感じに話も纏まった事だし」

「いつもより時間経ってるけど、大丈夫か?」

 時間は結局、いつもよりも三十分程過ぎてしまっていた。普段なら流石にこの時間には別れている。透が心配そうに尋ねるのと、詩織は手首を返して自身の腕時計を見た。一瞬だけ、彼女の瞳が不安げに揺れる。

 だがすぐに笑顔で首を振った。

「うん、大丈夫。ウチはこの時間に帰っても誰もいないから」

「両親が働いてるのか?」

「そんな感じ。だから家に帰ったらいつも私が夕食を作るの」

 詩織の料理。何でもそつこなす彼女の事だ。きっと美味しいのだろう。

 そんな事を考えている透を見て、詩織は笑顔を見せる。

「私の料理、美味しいわよ。機会があったら一度食べてみる?」

「ああ、その時を楽しみにしてるよ」

 そんな機会は、果たしていつ訪れるのか。

 透は返事をしながらそんな事を考えていた――。



「ちょっとっ! すっごく良い感じじゃないですかぁ! 話す前はあんなに勿体ぶってた癖に!」

 眉間にシワを寄せて不満をぶつける彩子。

 彩子の訴えを透は苦笑して受け流す。

「大体、高校生なのに詩織ちゃんって凄いですね。精神年齢たかそー」

「実際高かった。仮に今の俺でも彼女に会ったら緊張すると思う」

「そんな精神年齢高い詩織ちゃんと放課後に会う約束をしていて、尚且つ手料理まで食べる約束をする。ああ、なんてリア充な先輩」

 最後の方になるにつれて、呆れ顔になる彩子。ただ、透自身も彼女の主張はもっともだと思った。高校生の内田透は、間違いなく環境に恵まれている。

「それでそれで? 手料理まで食べる約束をした詩織ちゃんが言ったノートを元に戻す方法って何ですか? って言うか、今更ですけど頭の中のノートって超便利じゃないですか。やり方、私にも教えて下さいよ」

 彩子のその言葉を聞いて、透の心臓は微かに怯える。

 しかし、それは決して表には出さない。

 何ともない顔を維持して、顔を横に振った。

「無理」

「えーっ! どうしてですか? 私みたいな馬鹿には覚えられないとでも?」

 彩子の自虐混じりの訴え。それが透にはとても可愛く見えて、つい鼻息が出て、口元が緩んだ。

「違う、そうじゃない」

「じゃあどうしてです?」

 頬を膨らませて、なお不満を口にする彩子に透は、先程とは毛色が違う息を鼻から出した。

「俺も知らないんだ。知らない事は教えようがないだろう?」

 透のその言葉に彩子は目を見開いて驚く。しばらくの間、両者に沈黙が流れた後、彼女はおもむろに口を開いた。

「……それって、詩織ちゃんが教えてくれなかったって事ですか?」

「それどころか、俺が詩織と会って話をしたのは、その日が最後。あれから今日まで、一度も会っていない」

「一度も会ってない?」

「より正確に言うなら、もう会えない。さて、どうしてだと思う?」

 透の質問に彩子は腕を組んで答えを探す。今まで話した内容を参考に最適な答えを導き出そうとする。

「転校しちゃった、とか?」

「わざわざテスト前に?」

「そっか。じゃあ違いますね。正解は何ですか? もう、焦らさないで教えてくださいよ」

「死んだんだ」

 短く簡潔に透は真実を口にする。

 彼の口から出た真実を聞いて、彩子の顔は一時停止した。そして、すぐに暗い表情を作り、彼に向かって頭を下げる。

「ごめんなさい……」

「謝る必要はないさ。知らなかったんだから」

 最初から透には彩子を責める気など毛頭ない。それどころか、久しぶりに話す機会を得て、感謝しているくらいである。

「それで詩織ちゃん。どうして……、交通事故とかですか?」

「違う」

 交通事故ならどれだけ良いか。透は、心底そう思いながら否定した。

「自殺したんだ。俺と話してから三日後に。図書室にある出納準備室で」

 詩織の死因を口にした時、透の鼻は熱くなっていた。いつかの時と同じように、彼の二つの瞳には水が湧き始めている。

 喫茶店で話せる程、自分は成長したと考えていたが、実際はまだまだだった。

 透はポケットからハンカチを取り出して、自身の瞳に押し当てる。

「ごめん、ちょっと待ってて……」

 顔を下にして、涙を染み込ませる透。そんな彼に上から彩子のお穏やかな声が聞こえた。

「大丈夫ですよ。いくらでも待ちますから。あっ、今度は私がトイレに行ってきますね」

 そう言って、彩子は席を立って行った。下を向いていた透は、彼女が立ち上がった気配を感じてから、ゆっくりと顔を上げる。

 店内を見回すと一人の男性客が丁度トイレへと入って行った。

 どうやら彩子は外のトイレを使うようだ。透は彼女に感謝すると共に、再びカバンからイヤホンを取り出して、iPhoneへと繋ぐ。

 一曲分くらい聴く時間はあるだろう。

 ミュージックアプリから『Killer Queen』を選択して、再生する。

 詩織が一番好きで、いつも聞いていた寂しがり屋の女性の曲。いつでもあの時代に戻してくれる音楽に耳を傾けながら、透は目を閉じて、視界を暗くした――。

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