君って奴は。
会社員×会社員
「『虐げられてるサンタ』って、クリスマスでサンタさんチョー忙しいって事か?」
「――――は?」
恋人は、ホラ今テレビで云ってたじゃんと云う。それ、私も一緒に見聞きしましたけどもね。
「そんな事、一っ言も云ってないし」
「云った」
「云ってません」
このやり取りはいつものものだ。
「『イルカに乗ってるサンタ』だってば。『てるサンタ』しかあってないっつーの」
テレビではCM明けで、オーストラリアかどこかのその映像がまた頭から流されている。『虐げられてるサンタ』って聞き間違えたとこも。それで、ようやく自分の非を認めやがった。
てへ、ってかわいくして見せてもきっと私以外にはかわいく見えないからそれ。ガタイのいい二〇代後半男子にされても似合わないこと甚だしい。
「てかさ、なんでそんなに自信満々で聞き間違えるかね」
「それは俺も知りたいところなんだよなー」
うんうんともっともらしく頷いている。まったく君って奴は。
「他人事みたいに開き直んな! 前後の文脈とか映像の流れとかガン無視のくせに!」
「ともちんコワーイ」
「人を勝手にどこぞのグループにいたみたいなあだ名で呼ぶな!」
「じゃあトモトモ」
「四捨五入して三〇のおっさんが云うな?」
「じゃあ朋絵」
「、――最初っから、そう呼べっ」
「呼んだら赤くなるくせにー」
ホラ、と彼の指がほっぺをつついた。ほっとけ。
彼にかかるとせっかくの切ない系ラブソングだってものの見事に台無しになる。
『キラキラと光る思い出のように』は、『いらいらトイザラスおーい土曜日』に、
『悲しみを越えてさあ行こう』は、『カカシの声でhere we go』に。
それをまるっと受け止めて、「……シュールな歌詞だよね」とかディスるのやめて欲しいマジで。おかげで好きだったその歌の世界に入り込めなくなったじゃないか。
「よくそれで仕事でミスとかしないよね」と呆れを通り越して感心してしまうよ。
「うん、さすがに仕事の聞き間違いは怖いから、連絡事は必ず口頭だけじゃなく文書かメールでくれってしつこく云ってる。そしたら俺、取引先の人にすげー神経質な人扱いされてんの」
笑っちゃうよねって云われて笑っちゃうよって云ったら拗ねられた。
デッカイ体のくせに小っちぇえ男だな。キスしてやるから機嫌直せ。
「朋ちゃんの彼氏さん、新ネタある?」
会社のお昼休み、同期のさっちゃんと食べる時は、いつもそれを尋ねられる。
「好きだねえ、そのネタ。……ありますよお客さん、取れたて新鮮なのが」
「聞かせて聞かせて!」
例のサンタを披露したら、さっちゃんからむほ、とヘンな音がした。
「やっば、イチゴミルク咽るとこだった。相変わらずかっ飛ばしてんね、彼氏」
「飲み終ってから聞きゃあいいのに」
私が呆れて云えば、さっちゃんはちっちっちと人差し指をワイパーみたいに振る。
「飲んでる時に聞くとスリル満点なのです」
「変態」
「うう、否定出来ぬ……!」
悔しがるさっちゃんを捨て置き、私は彼氏に今の事をメールした。
すぐに返事が来て、その中でさっちゃんへの勝利宣言が出される。それをまた悔しがるさっちゃん。
何か平和だよねと思っちゃうよまったく。
残業して上がってから、お昼の後にまた彼氏からメールが来ていたことに気付く。今日、うち来ませんか、だって。――今七時か。向こうはもう上がったかなあと思いながら電話を掛けた。
『もしもし?』と三コールでつながった。
「もしもし? 私。今大丈夫?」
『大丈夫だよ、もう駅だし。どうした?』
電話越しの声は、いつもよりちょびっとだけ大人っぽくて、いつもの君じゃないみたい。
「メール、さっき気がついたの、ごめん」
『大丈夫だよ』
「それで、今日なんだけど、お言葉に甘えてお邪魔して、い?」
『モチのロンですよ』
ちょっとそう云う昭和っぽいの、駅の構内と云う公衆の場で発言するのはどうかと思うよ。前言撤回。まるっきりいつもの君だった。
それから、駅ナカのデリで豆豆しいサラダとか肉肉しいおかずとかを、さらにコンビニでお酒を買って、彼氏宅に向かった。
ぴんぽーぉん、と若干間の抜けた音を鳴らせば、部屋の中からはいはい~と聞こえてくる。はいは一回だってば。
「いらっしゃーい」
ガタイのいいデッカイ二〇代後半男子が玄関でドアを押さえててくれてると、ありがたいけど圧迫感がすごい。
「お邪魔したいんで、どいていただけます?」と云って、ようやく通れる隙間を作ってもらう。
キッチンで、行きがけに買ってきたものをはい、と袋のまま渡した。
「お、サンキュー。豆豆サラダと肉肉おかずだー。ありがとトモトモ」
「サラダとおかずと同列みたいに呼ぶな?」
「あ、ごめん朋絵」
「……」
「もー、すぐ照れるんだから。かーわーいーいー」とギャルの様な抑揚を付けて云いながら、私が逃げ出す前に腕の中へ抱き止めた。
そうやっていちいちからかうから、条件反射で赤くなるんだろうが。
照れてない! って云うと余計に喜ばせるだけだから、ひたすら黙る。ちくしょう早く冷めろ赤い顔。
「離せ!」
「離さないよー」
それからまだ捕獲されっぱなしだ。
ガタイのいいデッカイのがギュッてすると苦しいからやめろ。って思う。
でもほんとはやめないでとも思う。
素直じゃない私と素直な私の対決。今日の軍配は、素直の方に上がった。
シャツに頬を寄せて、小さくつぶやく。
「すきだよ」
それをさ、ぶち壊すよね君って人はさ。
「え? うっきっきだよって、何?」
「……そんな事、云ってないし」
「云った」
「云ってません」
「じゃあなんて云ったの、教えてよ」
「云わない」
「教えてって」
「絶対、云わない」
「……朋絵―」
だから、ガタイのいいデッカイいかつい君がそうやって甘えるとね、かわいくってしょうがないんだってば。私ってほんとシュミ悪い。
またうっきっきって云われるのはヤなので、教える代わりにそっとキスした。
トナカイさんの真っ赤なお鼻より赤い顔した彼。
人のこと散々からかうからだ、ザマミロ。
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