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君はだれかの女の子(☆)

大学生×美容師スタイリスト

男子は「クリスマスファイター!」内の「犬猫女子の逆襲」及び「如月・弥生」内の「ノーカウントベイビー/掌」に、

女子は「クリスマスファイター!」内の「犬猫女子の逆襲」及び「魔法遣いの使いっぱ」にそれぞれ関連していますが、未読でもお楽しみいただけると思います。

 行きつけだというバーで彼女が店主に話しかけたその時、初めて知った。

 これが、この子が本気で好きな男に見せる顔かと。



 別れてしまったら、同じ大学でも専攻が違うし、互いのフィールドが重なることはほぼほぼない。そのことに安堵したし、少しだけ残念にも思った。

 せっかく別れてあげた――そうとしか云いようがない――のに、あの子ときたら二の足ばかりを踏み続けているらしい。つまり例の、俺が到底太刀打ちできそうにもないバーの店主の元にはまっすぐ駆け寄らないで、相変わらずインスタントな恋にばかり寄り道しようとしているってことだ。そんなの、すぐ冷めるのに。

 あの子の現状を教えてくれたのは、あの子の友人の、やけに大人びた人。


『いやな立ち回りをさせてしまってごめんね』

 別れた直後にも、そんな風に気遣ってもらった。

『お昼、なるべく桝田(ますだ)君にかちあわないようにするから。まだ不意打ちで会っちゃったら気まずいでしょう?』

 何か他にも要望があれば、と水を向けられ、考える前に『あの子のそばにいてあげて』という言葉が口をついていた。

 きっとあの子はひどく泣く。今はまだ、俺との恋が本物だと信じ込んでいるから。

 そんなあの子が、悲しみすぎないように。ぽっかりと空いた心に、また慌てて嘘の恋を詰め込まないように。

 今度こそ、間違えないように。


 あの子の友人は俺の言葉に困った顔をした。

若菜(わかな)は残酷ね。そのくせ、自分が何をしたか気付かないまま、自分が一番不幸だと思ってる』

『そんなとこも、好きなんだけどね』

 そう答えると、また困った顔をされてしまった。


 好きになって告白してOKしてもらって、それで万事うまくいく筈だった。

 あれは、本当の恋だった。でも彼女には違った。それだけの話だ。よくある話でもある。

 なのにいつまでもぐずぐずと引きずっている自分がウザいし辛い。

 ときおりあの子の友人がもたらしてくれるあの子の現状――まだ一人だと聞いて仄暗く悦ぶ心。でも。 

 街は日に日に寒くなってく一方だし、もう別れて一年近くたつし、俺だってそろそろどうにかなりたい。

 残り火のように燻り続けるあの子への気持ちをきちんと冷ましたいし、ちゃんと幸せな、まっさらな恋をしたい。他の誰かのものじゃない子に選ばれたい。自分を誰より好きになってくれる子を好きになりたい。――でも、あの子がまだ心のど真ん中にいるから、自分からは行けない。

 こんなスーパーめんどくさい心のドアを、誰かにやさしくノックして欲しい。錆びついて開きが悪くても笑わないでくれる誰か。どこかにいませんか。いませんよね。


 友人が軒並みつかまらない夜(だってクリスマスだもん)に居酒屋で一人飲みながら、そんなことばっか考えてた。



 朝起きたら知らない天井が目に入った。見渡してみるとそこは何やらいい匂い――肉料理とかじゃなく、お花っぽい――のする知らない部屋で、同じベッドには。

「ん……? 起きた?」

 ――眠そうだしすっぴんだけど、この人はここ半年くらい通っている美容院の、美容師さん。

 慌ててベッドから飛び起きて、床で土下座した。

「すいません!!」

「何が?」

「付き合ってもいない女性のお宅に入っただけでなく、その……」

 急に下げたらガンガンと痛む頭。そうだ、昨日は珍しく記憶が飛ぶまで居酒屋で飲んだ。だらだらと一人で。そこまではなんとか思い出して、ベッド下に置いてあった自分のリュックを漁って財布を確認する。よし、会計はとりあえず済ませてた。二時間で追い出されなかったのか、やたらと長いレシートだったけど。


 酒に浸かってとろりと半分溶けた記憶を必死にサルベージする。

 うん、この人とは飲んでない。食べ物ラストオーダーですよっていわれて最後に〆のおにぎりを食べた、飲み物もラストオーダーですよっていわれて熱燗飲んだ。

 お会計して、レジ前の飴を一つもらって、外に出たら寒くて、――そこまでは覚えてる、けど。

 そこから先は、毛糸をハサミでじょっきり切ったように、記憶が途絶えている。

 正座したまま神妙にしていたら。

「はは、真面目だ」

 美容師さん――確か福原(ふくはら)さんだった――はベッドでゴロゴロしたままおかしそうに笑う。

「昨日のことって覚えてない?」

「すいません……どうしてここにいるのかも分からなくて、俺」

「だよね、昨日すっごい酔っ払ってたからね」

 福原さんはうーんと伸びをしたあとベッドから起きだして――裸とか、すけすけセクシー系のお召し物じゃなく、めちゃくちゃ年季の入ったスウェット姿に少しだけ安堵した――、「コーヒーいれるけど飲む?」と聞いてくれた。

「いっとくけど自分の飲むついでだから好みは聞かない」

「ありがとうございます、いただきます」

「ん」

 美容師さんの福原さんは、お店では白ブラウスにごついベルト、しゃらっしゃらのピアスと華奢なネックレスとタイトなジーンズにヒールといった大人かっこいい女子だけど、ノーメイクにくったりとしたスウェットを着ている今は、ちょっとだけ親しみが持てる。しかしこの人眉毛なくても美人だなあ、白いし。

 渡されたコーヒーをちびちび飲みつつ、そんな風に観察していたら。

「昨日の夜ねえ、桝田君は商店街の入り口にある居酒屋の前の歩道で、体育座りしたまま寝てたんだよ」

「――は?!」

 おりしもその時、体育座りだった(福原さんに『フローリングにいつまでも正座してたら足痛くなるから崩しなよ』って云われて)のもあって、そのフェイントな爆弾発言でコーヒーに咽そうになった。

「で、仕事終わりに歩いてたワタクシが発見、よく見たらこの人自分のお客さんだわって気が付いたから起こしてみたんだけど、桝田君『帰りたくない』の一点張りで、家の場所聞いても答えてくれなくて、しょうがないからお持ち帰りしたって訳。で、そんなベロンベロンの状態でしたから男女の過ちはありませんでした。吐かれてもないし安心してね」

 でも同衾はした。大して親しくもない異性のプライベートにずかずか上り込んで、あろうことかスッピンまで見てしまった。

「……と、とんでもないご迷惑を……!」

 再び正座になって頭を下げると「んーん、いいよ、熱烈な恋愛話も聞けたしね」と、爆弾第二弾をさらっと放りこまれた。

「……あの」

「んー?」

「何か俺、酔っ払って口走っちゃった感じですかね……?」

「それはもう」

 にっこり笑うと、目の奥がきらりと光る。あ、あれ? なんか怖いっす福原さん……。

 そう思ったのが気のせいでない証拠に、灰になるまで燃やし尽くして証拠隠滅を図りたい事実が彼女の口からぽろぽろ語られてしまった。

「半分寝言っぽかったけど、タクシーの中で『俺がいくら好きって云っても同じ言葉は返さないで、そのくせぬくもりばっか欲しがられた』だの『せっかく邪魔者は身を引いたんだから早くちゃんとくっつけバカヤロー……』だの」

「うっわー……サイアク……」

 何やってんだ俺……。

 正座したままごちんと頭を床にぶつけると「サイアクとか云わない」とつむじのあたりをそっと撫でられた。そのまま遊ぶように、髪を梳く。お店とは全然違うラフな手付きで。

「感心したよ。あんな酔っててふらふらなくせに相手の幸せを願えるってなかなか出来ることじゃない」

 せっかく綺麗な人に褒めてもらえても、こんなの素直になんて喜べやしない。どうしようもない自分がいやでいやで、このままずぶずぶ床にめりこんでしまえばいいと思いながら同じ姿勢でいたら、「顔上げなさい」と命令されて、なぜか素直に聞いてしまう。

 だからって、繰り返すけど大して親しくもない異性のお宅でだらーんとするわけにもいかないので、やっぱり体育座りに落ち着いた。

 でもこのポーズって、なんていうか元気! とか前向き! とかポジティブ! とかからはかけ離れてるみたいで、丸まった猫背に引きずられるように、気持ちと言葉がずるずる出てきてしまう。それをまた、福原さんは見逃しちゃくんねーし。

「教えて。あれ、本心なんでしょ?」

 キラキラおめめで見つめられて、「別に、大したことじゃないんすよ」と前置きしてから正直に吐いた。

「……呪ったところであの子が俺のものになるわけでもないし。まだ一人でいるって聞いて、正直喜んじゃってもいるし。でも、早くちゃんとくっついてくんないとこっちもいつまでも踏ん切りつかないから」という声は、我ながら卑屈さに溢れていた。それを窘められるでもなく、スルーされるでもなく、「わーネガティブー」とドン引き丸出しな声で突っ込んでもらえて、正直助かった。

「いい子なんだかそうじゃないんだか分かんないね桝田君は」

「いい子でも悪い子でもないっす、フツーです」

 それがあの子はつまんなかったのかな、と思っていたら聞こえてるみたいなタイミングで「普通が一番」と返された。

「フラットになりたくてもなれない人なんかいくらでもいるんだからね、特にうちのお店」と、ものすごい顰め面をして見せる福原さん。……確かに、ライオンみたいなヘアスタイルのイケメン店長さんをはじめ、濃ゆい面々が揃っていらっしゃいますね……。

「まーでも続けて通って私を指名してもらえたら、引き続き『フツメンなのにちょっといい感じの桝田君』にしてあげられると思うんで」

「……よろしくお願いします」

「こちらこそ、いつもご利用ありがとうございます」

 その時だけ、お店モードの綺麗な笑顔だった。


 タクシー代だの迷惑料だのは何度交渉しても結局受け取ってもらえず、『これからもお店に通い続けること(福原さん御指名で)』『連絡先を交わすこと』『たまに福原さんと二人で飲むこと』を対価とされた。もちろん断る理由なんかない。美容院を開拓するのって正直面倒だし、あのお店はいい感じだし、福原さんはお店とオフとで随分違ってて面白いし。

 バイトして、遊ぶのに困らない程度のお金はあっても、それをせっせと使うあては一年前に潰してしまった。今の自分が一人で飲むと、よくない酒になるのは身をもって知った。

 ――ぽっかりあいた時間があるとつい、考えても仕方のないことばかりを、まだ考える。

 そんなわけで、『桝田君、暇?』で始まるお誘いは、けっこうありがたかったりもする。


『桝田君、暇?』という呼びかけが『(りょう)君、暇だよね』に取って代わられるのに、そう時間はかからなかった。

「そりゃ暇ですけど、聞き方ひどくないすか」

 冗談交じりに云ったところで、返ってくるのは「むっとしちゃった? わるいわるい」と極めてかるーいレスポンスだけ。ちっともそう思ってないのが丸出しだ。

「ま、いいっすけどね」

 レモンサワーのジョッキの取っ手を持ってぐるぐる回していると、「ね、それより今日も話してよー」と期待値が高いと丸分かりな顔で待機されてしまった。

 お店ではフラットな表情でいることの多い福原さんは、実は恋愛トークが大好物な人だった。クールな言動や見た目からは、だいぶ意外だ。――それにしても。

「……人の失敗恋愛話なんか聞いててそんなに面白いすか?」

「面白い面白い。私あんまそういう界隈に足突っ込まないから。恋は対岸」

 なんだか、昔の洋楽のタイトルみたいなことを云う。

「福原さんなら絶対入れ食いなのに」

「大勢に手を挙げてもらっても、その中に取りたい手がないなら意味ないし、好きだとか嫌いだとか別れるとか別れないだとかエネルギーいるじゃない。お店忙しいしそこまでタフじゃない。だから聞かせて」

 そう聞いてくる福原さんの目は、いつだってキラキラしてる。いや、ギラギラ、か。


 人が聞いたら『癒えてない傷をなんども抉るなんてひどい』って怒るかもしれない。でも、なんかその無遠慮な触り方がちっとも不快じゃなかった。こわごわと遠巻きに遠慮されるよりずっと気分が楽だし、大事だったけどカッコつけて自分から無理やり終わらせた恋の話を、この人だけは熱心に聞いてくれた。

 過去形と現在形を織りなしながらも誰かに語ることで、それは少しずつでも成仏できるのじゃないか、と思ったりした。


 この日も、いつもと同じく無遠慮に聞かれて、語った。

若菜(わかな)ちゃん(そう、あの子の名前まで吐かされてしまった)のどこが好きだったの?」

「全部」

 即答したら、隣り合って座ったカウンター席でもりもりイカの一夜干しを食っていた福原さんの咀嚼が止まった。

「全部、好きです」

「……即答。しかも現在形」

「そうすよ」

 嫌いになんかなれない。まだ好きだ。だから別れた。

「あのまんま、あの子の目を塞いで、自分もあの子が他の誰かに恋してる目なんか見なかったふりしてれば、もっと付き合っていられた。でもそんなの、ただの延命で恋じゃない」

 こっちを見て。俺を見て。好きって云って。

 テレパシーはいっこも届かない。あの子の目はこっちを向いてても俺を見てなかったから。

 俺は代替え品。幻影を重ねられた、と思ったけど、自分を通して本命の男を見ていたのだから、俺はただの通過点で、ただのうつわで、ニセモノ。

「……好きな子に、好きになってもらいたかったな」

 ぽつりとつぶやいて、やべ、めっちゃ俺いまポエマー、と慄く。これ絶対引かれてるでしょ、とおそるおそる横目で様子を探ると。

 福原さんが、イカ食いながらいきなり涙目になってた。

「ちょ、福原さん?!」

 鬼ほどつけてたマヨ七味(表面真っ赤になるほど七味で埋め尽くされてた)でそうなっちゃったかと思って店員さんにお水をお願いして、「大丈夫ですか?」ってティッシュを差しだしたら「気ぃ回るよねえ良君」と鼻をかみながら感心された。

「もう、こんないい子を捨てるとかほんとありえない」

「……福原さんあの、いい子って褒め言葉じゃねーすよ……」

「でも大丈夫。良君は幸せになれるよ」

「はあ、そうだといいんすけどね」

 合コンに行く気になんかまだまだなれないし、心が激しく揺さぶられるような、そんな出会いがあるわけでもない。もしあったとしても、今の今はまだミリも動かされてないと言い切れた。

 それでも、自分の幸せを願ってくれる人がいるというのは、ささやかに心が温まった。多分、誕生日を祝うケーキに乗せるちいさなろうそく一本くらい。そんなんだって灯りは灯りだ。

 俺がじわじわと喜びに身を浸しているのに、福原さんはさらりと「私が幸せにしてあげるからね」と口にした。

「……あの福原さん、今のは一体どういう」

「Why don’t you falling love with me?」

「なぜ英語!」

 わっかんねー人だな!

 福原さんは枡酒をくーっと飲み干すと、ことん、と枡をテーブルに置く。木ならではの、すっきりとした輪郭の中に柔らかさのある四つ角を指でなぞって遊んでいる。

「なんかそんな感じになりました。急にぐーっと。いっぱいお話聞かせてもらってたから、ポイント溜まりまくってたのかな」

「いや、知らんけど」

「あーびっくり。自覚したらヤバいね」

「『恋は対岸』だったのでは……?」

「今ここにあるね」

 ふふ、と笑う顔はお店とも、オフの素の時とも違う初めて見る『かわいい女のひと』の顔で、そんな気なんかちっともなかったくせにドキドキした。

 掌を広げてみせる。まるでそこに、なにかがあるように。きれいな宝物を、自分にだけ『ないしょだよ』と見せてくれるみたいに。

「福原 愛実(あいみ)です。あなたよりちょっと年上で、拘束時間の長い客商売をしています。性格はマイペースで、よわっちい男子を苛めるのが好きです」

 ああ、よくお店のあの明るいアシスタントの男の人、苛められてるもんなー……。

「桝田 良君が好きです。あなたの、人の良さで損してるところや不器用なところやまっすぐなところがたまらなく好きです。つきあってください」

 気まぐれというか、心のおもむくままに動く人ではあるけれど、その言葉は本当だって分かった。だって、目がキラッキラしてる。さんざん披露した『もう終わった恋、だけど俺にとっては現在進行形の話』の時に見せていたよりも強いきらめき。銀河のような。サーチライトのような。

 じっと見ていたら目がくらみそうで、逸らしたくなる。でもそれも許されないまま――両手で頭を固定されてしまった――、福原さんの意思表明は続く。

「お友達からでいいとか二番目でいいとか云いません。あなたにまだ好きな人がいるって分かってる。でも云いたい」

 まさに『お友達』と逃げようとしていたのに、封じられてしまった。

「私をあなたの一番にして」

「……いつか、とかはダメすか」

「ダメです」

「でもそんな、急に変われません、俺」

 線路のポイントを切り替えるのとは違うんだから。

「そんなの簡単だよ」

 そう云うと、俺の頭を両手でおさえたまま、目のきらめきはどんどん近付いてきて――。


「ね?」


 福原さんが笑う。

 他にもお客さんがいっぱい入ってる居酒屋のカウンター席でチューなんかかましておいて、ほんとは少し照れてる。――なんで、分かるんだろうそんなの。

 胸の動悸が収まらない。飲み屋での告白にキスと、立て続けにアクションを起こされたせいだ。それだけだ。

 唇を指の腹で拭うと、うっすらと赤くなった。それを俯き加減でじっと眺めていたら、「……迷惑?」とらしくない、弱気な声が隣の席から降ってきた。弾かれたように頭を上げると、フラットな表情の目の奥で、ちらちらとひかりが揺らめいている。

 ああ、綺麗だなと思っていたら、口が真っ先に自分の意志を裏切った。

「や」

 やめとけ。

「迷惑じゃなかったっす」

 落ち着け。

 今、俺は人恋しくて、さびしくて、でも前の恋も忘れらんなくて、そんなとこにキスなんかされて動揺してんの。

 それプラス、優しくしてくれた人に絆されただけ。これ以上開こうとするな心よ。あと少しでも押されちゃったら、もう。

 今云ったこと忘れてください、と撤回するより早く、福原さんは「言質いただきました」と胸ポケにさしっぱだったものを取り出す。おーいそれICレコーダーじゃなくお店のロゴ入りボールペンでしょただの。知ってんだからね。まあいいけどね。

 しかしなんかこの人には驚かされてばっかなんだよな。やられっぱなしはシャクだ。こっちだって驚かせたい、そんな気持ちになったから、予告なしにいきなり手を握ってみた。

 居酒屋で告白するわキスするわ、自分のペースで好きに動いてた人の手は、初めてこっちから動いてみたら俺の手の中でびくりと小さくふるえた。

 それで、だいぶゆるくなってた心の扉は、壁にぶつかる勢いで開いた。


 バーン!


 俺が負けて、新しい恋が誕生した時の音。


20/04/20 一部修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「良い人」って、損することが多いような気がします。 そんな「良い人」の代表のような桝田君が、やっと若菜ちゃんとの事を乗り越えて先に進めるようになって良かったですね。
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