表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/42

魔法遣いの使いっぱ(後)(☆)

 クリスマスが近づいてきて、土日はもちろん仕事でパーティーにも誘われなければ彼女もいない俺だって、何だかむやみに心が躍る日々。おまけに今日は日曜日、クリスマス本番。砂羽さんからの予約の電話は昨日入ってた。

 今日も似合わないサンタ服を着て、お客様の連れて来てたちびっこ二人に「にせさんた!」「かえれ!」とパンチとキックを喰らって――子供の本気は結構痛い――、彼らのお母さんであるお客様に謝られたり。ねえちびっこたち、あそこにもう一人にせさんた(バイト君)がいるんだけど、そっちはいいのかな?

 散々やられてさすがにくたびれてたところで、ウィンドチャイムのしゃらしゃらいう音と一緒に、馴染んだ香りとくすくす笑いが。

「大内君のサンタさんは小さい子にも人気なのね」

「いらっしゃいませ。や、その逆でめっちゃ嫌われて攻撃されてましたけど」と話してるそばから、またとび蹴り喰らったし。

「本当に嫌いだったら近づかないでしょ?」

「……だといいんですけど」

「大内君はなんかこう、構いたくなるような感じがしちゃうのよね」

 よく云われます。


 いつもだったら『シャンプーとブローを』って告げられる。でも今日は、「メイクもお願いします」って砂羽さんが、どこか緊張した面持ちで店長に告げた。クリスマスだもんね。お洋服も、いつもは女らしくもラフめだけど、今日は白のニットワンピースだし。

 どんな感じに仕上げていくのかを店長と砂羽さんで念入りに打ち合わせをして、髪の毛を整えてからメイクが始まる。――ああ。

 やっぱり、店長は魔法遣いだ。砂羽さんの良さを一つも損なう事なく、綺麗に、それでいてかわいく仕上げていく。

 モップ持つ手が止まったけど、隠す気もなくガン見した。

「大内―」

「あっ、ハイ!」

 やっべ、怒られる、と首を竦めてた俺に、「よーく見とけよ」って、店長が動きを止めないまま云ってくれた。

「……はい!」

 だから遠慮なく砂羽さんの顔だけじゃなく、店長の手付きもじろじろ見た。うわ、早い! マジ無理あんなの。なのにすっげー丁寧だ。どうして。

 俺の心のつぶやきはだだもれちゃって、「お願い大内君、メイク中に笑わせないで」と、目をつむってた砂羽さんに云われてしまった。


「……ほんと、すごい……地上に舞い降りた女神過ぎる……」

 俺が心の底からそう口にすると、砂羽さんは少し照れて「ありがと」って笑ってくれた。

「大内君はも少し言語センスを磨いた方がいいよ」

 砂羽さんの纏っていたケープを取り外しながら福原さんが云うけれど、正直俺はそれどころじゃない。だって、目の前に女神がいるんだもん。見惚れない方がどうかしてる。

 そんな俺の頭をかるーくポカってして、店長がほらお見送り、って耳打ちしてくれた。いけね。

「ありがとうございました。メリークリスマス!」

 外はすっかり暗くなってて、イルミネーションが街を彩ってる。そんな中で砂羽さんは、いつもより儚げで、いつもよりかわいくて、――ほんと素敵だった。

 でも、も少ししたら行っちゃう。ずっと見てたいのにな。

 そんな俺の気持ちがサンタさんに届いたのか、砂羽さんは立ち去る事なく、俺の前にいてくれた。少し俯き加減で。

「……紺野さん?」

 俺が声を掛けると、ますます俯いてしまう。

「あの、ね」

 震える声。いつもの、大人の女! って感じじゃなくって、猫を飼いたいけど無理って云ってた時みたいに。

「私、クラブでお勤めしてるの」

 クラブという言葉を、踊りに行くあれじゃない方のアクセントで告げられた。

「あ、そうか、だから決まった美容院があるんですね!」

 俺が合点がいった! という風に手をぽんてすると、なぜだか砂羽さんは気が抜けた顔になってる。

「……それだけ?」

「え? ああ、だから紺野さんは綺麗なんだと」

「そうじゃなくって、……水商売してるのよ、やじゃないの?」

「や、むしろ尊敬してますって! お客さん相手のお仕事で、しかも酔っぱらいの相手でしょ? その人たちを気持ちよくさせてもてなすってなかなか出来ないっすよ」

 ジャンルは違うけど美容院だって接客業で、大変なお客さんだっている。だから、この仕事について以来すべての接客業の人をすげーって思うようになった。

「それに、だからって紺野さんが素敵な事に変わりない訳だし」

 俺が告げると、彼女はちょっと泣きそうな顔になった。それから、じっと俺の顔を見る。

「私ね、今日好きな人に告白しようと思うの」

「……そうなんですか」

 あ、今のは痛い、さっき散々ちびっ子たちにパンチとキック喰らったのの一〇〇万倍は痛い。

「だから、勇気をくれる?」

 さらに追い打ち。でも、――うん。

 俺は美容師の卵でまだただの使いっぱ。店長みたく、メイクやヘアアレンジでお客様に魔法は掛けられない。でも、あなたを笑顔にする事は出来るよ。

 好きな人が他の人に告白するんだとしても、ちゃんとお祝いだって出来る。あなたが俺に望んでくれる事なら、自分が痛くたってへいき。

「紺野さん、」

 掛けた声は震えたりしないで、ちゃんといつもの自分してた。だから笑え。

「紺野さんは、俺が知ってる中で一番素敵な女の子です。嘘じゃないし、ビジネストークでもない。ほんとにほんと」

 じいっと俺の言葉を聞いてくれる人。俺、最初っから大好きだったね。

 俺の腕ん中に飛び込んできた人は、胸ん中にも飛び込んできてた。追い出すなんてとんでもないよ。あなたが誰のものでも。

「だから、自信持って。紺野さんが好きになる人なら、きっと職業差別とかないんだろうし、絶対うまくいきますって!」

「うまくいかなかったら?」

「そんな事ありえません!」

「もう、答えになってない」

 笑って、それから優しい目で見つめてくれた。

「ありがとう。おかげで勇気出た」

「どういたしまして!」

 がんばって! って背中に声を掛けたら、恥ずかしそうな顔で振り向いてバイバイってしてくれた。

 去っていく後姿をきちんと見送ると、途端に寒さがよみがえってきた。なんでだろ、景色までカラフルなのに寂しげに見えるよ。


 店に入るとウインドチャイムがしゃらしゃらって俺を迎えてくれた。

「戻りましたー」

「おう、お疲れ」

 この店はガラス張りだから、話は聞こえなくても俺たちのやり取りは中の人にも丸見えで。

 いつもだったら『なげーんだよ、お客様と親しくし過ぎんな、わきまえろ』って怒るはずの店長は「休憩とれよ、昼まだだろ」って素っ気なく云うだけで。

『童貞だから引きドコロとか分かんないんですよ多分』ってグッサグサに刺してくる福原さんでさえも「どっちかっていうともう晩ご飯の時間ですけどね」って俺じゃなく店長につっこむだけで。

 レジカウンターで一部始終見てただろうバイト君も、興味本位の目を向ける事なく。

 だから俺も、「はーい、じゃあ休憩入ります」って最後の元気を使って、そう云えた。


 バックヤードでコンビニおにぎりを食す。冷たいおにぎりをもぐもぐする。今日もイクラとしゃけはおいしいぜ! って、あっという間に食べ終えた。スマホいじって、ついでに髪を直そうって鏡を覗き込んでそん中の自分と目が合ったとたん、もう駄目だった。

「――っ、」

 あーもう仕事中よ俺。休憩なんてもうすぐ終わって、またみんなの前出なくちゃなのに何泣いてんの。

 分かってたじゃん。あの人はお客様で俺はしがないアシスタント。告白なんてとんでもないしましてや両思いなんてありえない。

 分かってたけど、だって好きになっちゃったんだよ。ばかだよなあ。

 でもいいんだ。後悔なんて一つもない。回復魔法も忘却魔法もいらない。

 俺はあの人を好きになって、たくさん幸せにしてもらってたから。

 でもまいさんにお願いして、魔女っ娘みたいなサンタガールで呪文を唱えてもらおうかな。そしたら少しは元気になれるかもしんない。あ、でもそんなの店長が許す訳ないか。

 そんな事想像してたら、泣きながらちょっとだけ笑えた。


 泣いてた顔バレッバレで店内に戻ったら、「これ」って福原さんが何かを差し出してきた。

「掛けてれば」って、それだけ云ってぷいっと行っちゃったけど、いつにない優しさにまた涙腺が緩みそうになる……って、コレ、

「パーティーメガネじゃないですか!」

 多分お誕生日用の。クリアな縁取りの上にはろうそくを模したものがのっかってて、スイッチを付けると全体がビッカビカに光るやつ。

「大内君にはセンチメンタルとか似合わないから」

「いや、こんな時くらい優しくしません?!」

「お、似合うじゃん、今日は一日それスイッチ付けた状態で掛けとけ」

「店長まで!」

 そこで笑い堪えてないで、バイト君もお客様も二人の暴挙を止めてくれていいんだよ……?


 まあおかげさまで、お客様にはサンタ服とメガネばっか注目されて、赤くなってる目は突っ込まれないで済んだ。 

「お疲れ様でしたー」

「お疲れ。今日うちでこの後パーティーするけど、お前も来るか?」

「やーいいっすよ、カップルの邪魔とかしたくないですし」

「ん、じゃ戸締り頼むわ」

「了解っすー」

 店長を見送って、福原さんと二人で閉店のしたく。いつもならクローズの後はおべんきょタイムだけど、さすがに今日はやめておこうと事前に決めてたから、やる事やったら後は帰るだけ。バイト君も今日は彼女と過ごすらしいので早々に帰って行ったし。いいなあ。

「じゃ私、外の行燈しまうから中よろしく」

「はーい」

 そんなやりとりをして福原さんがしゃらしゃらってウィンドチャイムを鳴らしてお店を出た直後。

 またしゃらしゃらって云わせて、福原さんが戻ってきた。

「ねー大内君」

「はい? ――ぶっ」

 福原さんは、サンタを脱いだばっかの俺にリュックとコートを放ってきた。って、これ俺のじゃん!

「もういいよ、後はやっとくから早く行きな」

「は? でも」

「いいからさっさと行け!」

「はっはいいいい! おつかれっしたああああ!」

 普段声を荒げたりしない福原さんのレアすぎる迫力に、思わずリュックとコートを掻き集めて、逃げ出すように店を出てしまった。そんな俺を笑うようにしゃらっしゃら騒ぎ立てるウィンドチャイム。福原さんは何故かガラス越しに親指グッ! って立ててるし。

 もう、何なんだよあれ、って、コートに片手を通した途端。

「大内君」

 ――ここにいるはずのない人の声を、耳がつかまえた。


 ゆっくりゆっくり振り向いた。だって、いなかったら悲しい。


 振り向いた先には、何時間か前にお見送りした、大好きな人がいた。

「――砂羽さん」

 思わず呟いてしまって、やっべお客様に向かって勝手に下の名前呼び、って慌てて口に手で蓋した。

 砂羽さんは、俺の呼び方にもいやな顔にならなくて、そんなのはもうときめかなくっていいのにまだ心が喜んじゃう。

「こんばんは、――どうかしました?」

 髪やメイクが気に入らないとか? でももう店長帰っちゃったしなあ。

 そこでハッと思いついた。

「まさか、断られちゃったとか?!」

 うわ、許せねえそいつ。一発殴ってやりたい。

 俺が、そいつの名前といるところを聞き出そうと砂羽さんの方へ一歩踏み出すと、「違う違う!」って慌てて押しとどめられた。

「じゃあ、スタイリングが気に入らなかったとかですか?」

「ううん、大内君が褒めてくれたでしょう? だから私も満足してる」

「……じゃあ、どうして……?」

 本気で分からないでいたら、くしゅんとくしゃみが出た。

「そんなカッコしてるから」

 笑った砂羽さんが近付いて、もう片方の袖を通してコートを着せ掛けてくれた。

 それだけで離れちゃうかと思ったのに、俺の真ん前で、笑って。

「私云ったでしょ?『好きな人に告白しようと思ってる』って」

「云いました……」

「だから今、ここにいるの」

 ……。

 ええっと。

 頭が真っ白になっちゃってて、いつもよりも働いてくれない。

「……ああ、じゃあ福原さん呼んできます」

「そうじゃないでしょ!」

 あ、とうとうこの人にまでつっこまれてしまった俺。

 妙な感慨に耽りながら店の方を向いたままでいると、背中から抱き締められた。

「私は、君に告白しに来たの!」

「……えええええええええっ!」

 抱き締められたまま思わず振り向くと、ヒールのせいでか俺と変わらない高さにある黒い目が笑った。

「やっと見てくれた」

「え、俺? え、――俺?」

 ばかみたいに同じ言葉しか出てこない。

「うん。迷惑?」

「とんでもない!」

「嬉しい?」

「この上もなく!」

 テンパったままの俺が返すと、くすくすと笑ってくれた。でもそれも一瞬。

「大内君は、……私の事、どう思ってるの?」

 あ、また小学生の女の子みたい。

 俺にしがみ付いたまま俯いちゃったその人の頭を、いいこいいこって撫でた。それから、ほっぺも。

「好きです」

 モテない童貞だから気の利いた言葉なんて知らない。どうしたら女の人が喜ぶかとかも。

 でも、砂羽さんは真っ赤になって、「うん」って云ってくれた。

「砂羽さん、どうして今?」

 今聞かされてる事を、お見送りの時に云ってもらえてたら、ってちょっとだけ思う。

「だって、あの時まだ大内君は仕事中だったし、あれを告白するのは、けっこう勇気がいったのよ。もし『お水の女なんて』って云われてたら、それで諦めようと思ってたし」

「そっか」

 ぎゅ、ってこっちからも抱き締めた。あ、いい匂い。幸せ。

「砂羽さん、明日お仕事?」

「うん。大内君もでしょ?」

「うん、でも、ちょっとでいいから、も少し一緒にいたい」

「……うん」

 嬉しそうな砂羽さんを見て、うわあ、この人もう俺の恋人なんだと思ったら、また泣きそうになった。


 とりあえず、近くのドーナツショップに入った。

 明るい店内で赤くなっちゃった目は早々にバレちゃって、「もしかして、泣いた?」って聞かれてしまった。

「ちょっとだけ」

 嘘。けっこー泣いた。でもカッコ悪いから、ちょっとって事にしといて。

「……私の、せい?」

「そうだけど、でもいいんだ」

 俺がそう返すと、「ごめんね、でも嬉しい」って砂羽さんが笑う。その顔はもう謎めいた美女じゃなくって、俺だけの、恋人に見せる顔。

「大内君はお見送りの時にああ云ってくれたけど、告白して駄目だったらってどきどきした」

「……ほんとに? だって俺多分、バレバレだったと思うけど」

 だって店長にも福原さんにもバレてた。だから、日曜日は俺がサンタだった訳で。

「美容院の男の子なんて、誰にでも調子がいいもんじゃない」

 ぷっと膨れる彼女がかわいくて、お店なのに抱き締めたくてしょうがない。

「女神なんて、砂羽さんにしか云ってないよ」

「でも天使って誰かに云ったって、福原さんが教えてくれたけど?」

「それには深い訳がありまして!」

 俺が慌てると、砂羽さんが笑った。それ見て俺も、つられて笑う。


 明日、店に行ったら福原さんにさんざんツッコまれるんだろうなあ。怖いなあ。

 店長にも、――もしかしたらチーム二号店の人たちにもすっごい聞かれそう。

 その様子を想像するとムンクの叫びみたくなっちゃいそうだけど、今はとりあえず恋人とのこの時間をひたすら堪能します。

 頑張れ、明日の俺! 愛の魔法がかかってるから俺は無敵! ……多分。


次の話は小早川氏ときみこさんです。

福原ちゃんはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n5962bw/36/

大内君の続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n0063cq/59

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ