魔法遣いの使いっぱ(前)(☆)
美容師×お客さん
「クリスマスファイター!」内の「犬猫女子の逆襲」に関連しています。
女の子って、いっくらでもかわいくなれる。髪切って、アレンジして。メイクしておしゃれして。
スタイリングチェアに不安そうに座ってた子だって店長の手に掛かると、一〇〇パーとびっきりキュートになる。なんてったって、笑顔だよ。あれは人を三割増しで魅力的にするもんだ。
「ありがとうございました!」ってにこにこ顔になって店を出ていく人たちに、俺も店長も福原さんもバイト君も、みんなで「ありがとうございました」って送り出す。
俺は一足先に外に出てドアマンみたくガラスの扉を引いて、お客様をお見送りする係。この季節、蒸し暑い外に出るのは正直辛いけど、かわいくなって自信がついた女の子の後ろ姿を毎日何回も見られるって役得だと思う。
店長の手ってすげーな。何したら、あんな風になれんのかな。
アシスタント歴三年の俺じゃまだまだまだまだ追いつくなんてとんでもなくて、あの人のする事は魔法みたく思ってしまう。
小っちゃい時から魔法ってもんが大好きだった。クリスマスプレゼントには丸眼鏡の魔法遣いの男の子の杖をサンタさんにお願いしたし、サンタさんからもらったそいつを毎日ぶんぶん振ってた。
魔法遣いにはなれないって知った時には、すげー悲しかった。本気でなろうと思ってたからね。でも、姉ちゃんのヘアアレンジの手伝いしたり、見よう見まねで自分で自分の髪切ったりしてるうちに楽しくなっちゃって、美容師になるって現実的な目標が出来た。
で、この店で店長の技を見て、俺の叶わないと思ってた夢と現実的な目標は、完全に一致したって訳。
「だから俺がただの魔法少女オタクだと思うの、いいかげんやめてほしいんですけどね……」
「でも実際魔法少女好きな訳でしょ? ちょっといい話風なの聞かされてもねえ」
「ぐっ」
相変わらず、クールに言葉で人を刺してくる先輩でスタイリストの福原さん。
「去年の冬頃は中村に星の形の棒つき飴持たせて、なんか呪文を色々と云わせてたりしてたしな」
「ぐっ」
二号店の店長で、この店のチーフだった小早川さん――今日は店長と打ち合わせがあるって云って閉店後にこうしてやって来ている――が、もう半年近く前になる事を持ち出してちくちくしてくる。
「いいじゃないですか……まいさんロリ顔ですげー似合ってたし……」
俺がぶつぶつ言ってると、「俺の女に失礼な事云うんじゃねーよ」と、いつのまにやら後ろにいた店長に、分厚い雑誌で頭を叩かれた。
「ちょお! 店長、俺の首もげますから!」
「もげればいいのに……」
「福原さんも残念そうに云ってないで、気が付いてたなら止めて!」
天使級に優しかったまいさんは柳井さんともども二号店に行っちゃったから、もうこの店には俺をかばってくれる人はいない。なんならそこで遠巻きに見ているバイト君、俺の味方になってくれていいんだよ……?
このように、ひっじょーに雑い扱いを受けている俺だけど、これはイジメとかハラスメントとかじゃなくって、単なるじゃれ合いで俺のキャラいじりだって事を強調しておく。強調しておくよ!
俺の夢は、店長みたく女の子に素敵な魔法を掛けられるようになる事。そして、いつか系列店の店長さんになって、雑い扱いをうけなくなる事です。
「ありがとうございましたー、お気をつけて!」
この日も、かわいいの魔法のかかった女の子をお見送りした。
丁寧に整えられたボブ超かわいい、って見惚れてたらじりじり日に焼かれて、シャツとハーフパンツに隠れてないとこが痛いくらい。
でも姿が見えてるうちは店に入らない、という自己ルール(店長には、ちゃんと見送るように、という指示だけしかもらってない)を守るべく、歩道にいると。
「きゃ!」という声とともに、俺の目の前で突然女の人がかくんと崩れた。
「おっと」
転んでしまう前に、とっさに出した手で俺が彼女を抱き止めてそれをくいとめる。わ、いい匂い。
「大丈夫ですか? 足、ひねったりしてません?」
「ありがとう、それはないみたいだけど……」
その人が心配そうに見つめる先には、ヒールの根元でプランとしてしまったパンプスと、それを履いてる脚。すらりとしててきれーだなあ。
そんな風に見惚れてたら、するっと声を掛けてた。
「……応急処置でよければ、接着剤ありますよ」
「え?」
「それじゃ歩けないですよね? 俺の働いてる店ここなんで、よかったら」と指で指し示すと、その人はほっとした声で云う。
「ありがとう、助かるわ」
長い髪をかきあげて現れたのは、俺が今まで見た中でいちばん綺麗な人だった。
綺麗な人改め紺野砂羽さんは、その日以来、うちの店に通ってくれるようになった。曰く、『なんか雰囲気がいいから』。それって最高の褒め言葉だよね。
来店するのは、月に二、三度。いつも日曜日。だから俺は、最近日曜日が好きだ。だって、砂羽さん、ほんとに見てると幸せになれるくらいに素敵でかわいい人なんだよ。
女の人はみんな、自分の中に女の子がいて、だから俺はおばあちゃまもバリバリ働いてる女の人もかわいい女の子って思ってるけど、そういう前提をすっ飛ばすほどの圧倒的な存在感。
長く密集したまつ毛は、マスカラなしとは思えない程。
瞳は艶やかな黒で、星をちりばめた宇宙みたいだ。
横から見るとスキーのジャンプ台みたいなアールを描く鼻筋。
それから女神も嫉妬しそうなプロポーション、って、もちろん洋服の上から見ただけだけどね! ガン見もしてないはず……多分。そんなには。うん。
してたら店長から首もげチョップの刑だとか、福原さんからブリザードのまなざしとかを喰らうだろうから。
そんな砂羽さんの髪を洗わせていただける名誉。アシスタントでよかったあ、なんて思うのは現金なんだろな。
俺の片手に委ねられた、彼女の頭。その重みは、信頼してもらえてるって事だから――緊張してる人は、自分で自分の頭を支えてくれちゃうから俺の手はただの添えものになる――、それも嬉しい。
自分の手で温度を確かめて、少し明るめに染められた髪にシャワーを当てる。
気持ちよくなってほしいと思いつつ、泡立てたシャンプーで丁寧に地肌を洗っていく。
アパートじゃもったいなくて使えない程のお湯をふんだんに使って、洗い清める。
「……お痒いところはございますか?」
「いいえ、とっても気持ちいい」
そう云ってもらえると、すごくすごく嬉しい。
カットはお願いしてるお店が他にあるから、シャンプーとブローを。
最初にそう宣言された。
店長の魔法が最大限に発揮できないのは残念だけど、シャンプーとブローは俺の仕事だし、俄然張り切る。――まだそれしかできなくて、仕上げは店長がするんだけど。
ブローしながら、いろんな話をした。最初はほんと、『謎めいた美女』って感じで、何を聞いても何を話してもはぐらかされてばっかりだったけど、日曜日を重ねるごとに、ちょっとっつ彼女は近付いてくれた。
俺の魔法少女好きは福原さんの口から早々にばらされて、あああああちょっと待ってなんでそれだけピックアップしてくれちゃうのねえって膝から崩れ落ちそうになったけど、俺が慌ててたら堪えきれない、って感じで吹き出されて、それがまたとびきりキュートな表情だったもんでラッキー、って思ったり。
一人暮らしで、自分の面倒を見るのが精いっぱいだから猫を飼いたいけど無理、って教えてくれた時のちょっと悔しそうな顔が小学校高学年の女の子みたいで、思わずいいこいいこしそうになっちゃたりだとか。――うん。
よくないんだろうなあ、こんなの。
だって砂羽さん、――紺野さんは、店の顧客ってやつで、俺はただのアシスタント(という名の使いっぱ)で、なのに、一人だけをこんな風に見つめてしまうなんてのは。
まんがとかみたいに、シャンプー台でナンパなんて出来ない。
そんな事して嫌われたり、お店から遠ざかってしまったりは悲しい。
だから俺は、今のまんまがいい。
「ありがとうございました!」
ドアを開けて、お見送り。
「ありがとう。またね」って、囁くような声と、彼女の香りと、俺に向けられた笑顔。背を向けた砂羽さんがカツカツとヒールを鳴らして秋色の街を歩き出せば、すぐにまぼろしみたいになってしまうもの。
ほう、とため息を一つ吐いて、店内に戻る。さ、やる事はいっぱいだ、働かなくっちゃ。
一二月になると去年同様、今年も店では持ち回りでサンタコスをするって決まった。
「まいさんに着せて大満足したんじゃないんですか?」って福原さんがすました顔で云っても、店長ときたら「満足なんかするもんか、あんなんで」って、聞きようによってはどこまでも際どくなってしまう回答をさらりと繰り出してくる。うっわ、大人……!
「ま、冗談だけどな」
「冗談なんですか!」
信じた俺のばか!
「前から思ってたけど大内って純情野郎だよなー、こんなんで顔真っ赤にしちゃって」
「店長違います、純情じゃなくて童貞です」
「あああああ福原さん、なんでばらすんですかああああ」
「……なんていうかその、大内、ごめん」
店長も謝らないで! いたたまれない!
えーとまあそんな訳で、今年もサンタがあるようです。
何着てもかっこよくなっちゃう店長と違って、ぶかぶかサンタ服を着ると幼稚園児のスモックみたくなっちゃう俺は、サンタの日にはお客様にめっちゃ笑われる。いいんですよ、めいっぱい笑ってください。
ちなみに当番の日は日曜に当たるように設定されてて――絶対店長か福原さんの差し金だ――、何も知らずにいつものようにやってきた砂羽さんは、一瞬目を丸くして、それからぷっと吹き出した。
「大内君、似合ってる」
「……ありがとうございます」
「ほんとよ? 赤い色もふわふわの白も似合ってる」
「そう思うなら、なんでいつまでも笑ってるんですか」
「ご、ごめんね」
鏡越しに目が合うたびに、くつくつと笑われた。とたんに、ちぇって思って気持ちがぱあああっと晴れて、俺までにこにこになる。
あなたがそんな風に楽しそうにしてくれるなら、俺、一年中サンタ服でもいいや。
シャンプーとブローとその合間に、ちょこっとお話しした。
「今年のクリスマスは土日ですね。どこ行っても混んでるんだろうな」
「ほんとね」
「紺野さんがパーティー出たらみんなの目を集めそう」
「……そんなんじゃないわ」
伏せられた目に、それ以上のクリスマストークはおしまいと告げられた。
仲良くなったと云っても、店の人間とお客様。明確に引かれたラインは飛び越える事なんてゆるされない。まして、彼女が避けたい話題ならつっこんで聞く気にもならない。
ゆるゆると曖昧なままの彼女の輪郭。それを、いつまでもなぞる。




