犬猫女子の逆襲(後)
「お」
翌日出勤すると、あとからやってきた店長は一瞬手と足を止め、私のことを凝視した。
「お、おはようございます」
そんなに見ないで。顔から火ぃ噴きそう。そう思って顔を背けると、耳につけたピーコックブルーの羽根のピアスが大きく揺れた。
チームの面々にしっかりプロデュースされてる私は、今までよりも甘く、かわいらしい格好をしている。
キャラメルブラウンになった髪。今日はツインテールにした上に巻かれて、より女の子らしい印象。
首元が詰まってて袖がふわんとなってるワンピースは、福原ちゃんが近所の古着屋さんで見つけて来てくれたボヘミアンな一品だ。着こなせる自信がないと怖気付いたら、『大丈夫です。それ着てるとこ見たら店長絶対『お』って云って見惚れるから。賭けてもいいですよ』って力強く云われてうそだーって思っちゃったんだけど。
なんと、その言葉通りになってしまった。
でも『お』だけであとは何もなくて、思わず持っていたモップの柄をぎゅうぎゅう握りしめて俯いてたら、「――いいじゃん」という嗄れ声。勢いよく頭を戻せば、そう口にしたのにそっぽ向いて、つまんなそうにしている店長がいる。
「ソレ、お前の事よく分かってる奴に買ってもらった?」
「あ、はい」
「――そ」
それだけ? 似合う、とか、ないの?
いつもの自分スペースに向かう背中を見送っていたら、カウンターにいたきみこさんが「いいねいいねー」とにこにこしている。
「明らかに焦ってますよね。足元に火、付いちゃった感じ?」
そこへ備品の補充をしながら福原ちゃんが小声で参戦してくる。
「甘いんだよ。店で中村の人間関係掌握して、男の気配ないからって安心してるからこうなる」と涼しい顔した小早川さんがノートパソコンに何かを入力しながらさらっとひどいことを云う。そうこうしているうちに、少し離れたところでハンディモップを使っていた大内君が小早川さんに呼ばれた。
「お前分かってるよな? 何するんだったっけ?」と肩に手を掛けて優しく、逆に怖い音色で脅すように云う。いや、脅してるか。
「あのあの、必要以上に褒めたり構ったりする係ですけどマジ無理ですって殺されますって」
「安心しろ。やらなきゃどっちみち俺が埋めてやるから」
「どこに!」
「どこがいい?」
「ヤダー! 何この職場!」
「ミッションクリアしたら、よその店の女の子との合コン企画してやるから。出来るよな?」
「頑張ります」
ころっと寝返る。単純だね。
この日は一日ずっと、お店の空気がチクチク痛かった。――主に、店長周りが。
「すっげーかわいい! まいさん、その名の通り地上に舞い降りた天使って感じ!」
「お、大内君近い……」
合コンを約束されてやる気十分の大内君は、私の手を握りしめたり、密着とは云わないまでもすごい近くに来たりと奮闘している。――でもそのたびに店長がぎろって睨むから、こわいよぉ。それに、誤解されてたらやだよぉ。
でもてっきり「仕事中だぞ、控えろ」って注意するんだと思ってた店長は、私にも大内君にも何も云わなかった。
閉店後、昨日云ってた通りに小早川さんと店長が奥のスペースで打ち合わせをしてる最中、何を告げたのか、店長はやや荒げた声で「そんなのは本人同士の自由だろ!」と返したあと、一人で奥から出てきた。そして、こちらを一瞥もせずに大股歩きで店を出て行ってしまう。しゃらんしゃらんしゃらんと、いつもより騒ぎ立てるウィンドチャイム。――珍しい。あんな風にする人じゃないのに。
「火に油注ぎましたねー」
きみこさんがどこか嬉しそうに小早川さんに云うと、「ほんの二、三滴だけどな。効果抜群。中村よくやった」と頭をぽんぽんされた。
「そうそう、次の油は中村、お前だ」
「わたし?」
「二号店に引っ張ってくスタッフな」
「え」
――ずっと、このお店にいられると思ってた。根拠もなく。
「あの人はお前をここに残そうとしてるけど、オーナーからは連れてくメンバー俺が決めていいって云われてるから。柳井もだぞ」
「あ、はーい」
「てことは私と大内が残留? 大内……?」
「ちょっと福原さん、その『コイツ以外がよかった』感丸出しにするのやめてくれませんか?」
「やめる訳ないじゃん。あーあ……」
「あからさまにがっかりするだけでなくため息までつくとか……!」
福原ちゃんの大内君に対する塩対応は今に始まったことじゃないけど、しょげた大内君があんまりかわいそうで、しゃがみこんだ彼の頭をなでなでしたら「まいさん、天使過ぎる……!」とか訳の分からないことを云われたので私も即刻離れた。
「まいちゃんがいなくなるって知ったら、店長どうなっちゃいますかねー? 壊れちゃうかな?」なんてきみこさんはいうけど、大人なんだからそんなことにはならないと思います、てか、そもそも壊れるはずもないし。
「それを告げた時の顔が早く見たいな」
どこか嬉しそうにヒドイ、かもしれないことをいう小早川さんが福原ちゃんともども今日のサンタ当番だった。お客様には見せないけど、今みたいに素で笑ってると、赤白の衣装はかえって人としての黒さが際立ってて、ブラックサンタと呼びたい位。――小早川さんが子供と犬猫に嫌われてるのは多分こういうところだね。
でも、みんなの予想を裏切って、店長は私の二号店行きに異を唱えることなく『分かった。連れてけ』と普通に云ったそうだ。
「プロなんだかヘタレなんだか……」
今日も小早川さんの云うことはひどい。
「ヘタレ一択でしょうー?」
「ですね」
訂正。きみこさんも福原ちゃんもひどい。
「どうでもいいんで、早くくっついてくんない? まじ、持たないよ俺……店長俺がまいさんのそばいくとめっちゃ睨むんだもん……」
「大内、まだ埋められたくないよな?」
「まだもなにも一生埋められたくなんかないです!」
「うん、じゃあ頑張れもうちょっとだから」
「……ほんとですか?」
泣きの入った大内君の言葉に、小早川さんはにっこりとほほ笑みかけた。
「俺が今まで嘘なんか云ったか?」
「いいえ!」
途端に、大内君の目に輝きが戻る。小早川さん、美容師じゃなく詐欺師に向いてるんじゃないかな。
「いいか、ターゲットはかろうじて持ちこたえてはいるものの、現状かなりのダメージを受けてる。ここからは総攻撃だ、一気に行くぞ」
そう告げる小早川さんが、持っていたバインダーをパン! と叩くと、みんなの目の色が戦闘モードに変わった。
えーと、ここ、美容院だよね? 戦場じゃないよね?
その日の閉店後ミーティングは、すごかった。
小早川さんが「舞香、いい店にしような」って嘘くさーい甘さを振りまきつつ、髪の先に口付けたり。
それを見て大内君が「そうはいくか! ま、まいさんは俺のモノダ!」と、ものすごい棒読みかつカミカミで云ったり。
「なにふざけたこと云ってんです、まいさんはもうとーっくに私のですからね」って、おすまし顔で云ってのける福原ちゃんに抱き込まれてナイスおっぱいに埋もれそうになったり。
「みんなでかわいがればいいんだよー」って、きみこさんがどこまで本気か分かんないような提案をしてきたり。
ちょっと冷静な人なら、この状況がおかしいって気付くはずだ。でも店長がそうツッコむことはなく、むむむって顔したあと、がしがしがしって前足……じゃなかった手で前髪を忙しなく掻き上げて。
立ち上がって、みんなを睨んだ。
「お前らいいかげんにしろ!」
「本気ですけどー」
こんな時にもやっぱり毒気を抜かれそうな、きみこさんのマシュマロボイス。
「ここは仕事場だぞ、控えろ!」
「俺が大内と中村の勤務中の態度を報告したら『そんなのは本人同士の自由だ』って云ったあれは、嘘ってことですか」
「そうじゃない! 混同するな」
「じゃあ何ですか? やきもち? 独占欲?」
小早川さんがさらりと切り込む。
「愛情? 八つ当たり?」
「――――ああ、そうだよ! 全部だぜんぶ!」
イライラとした様子で、さらに髪をがしがし。
――――――――――――――――――――――――――――いま、なんて云った?
小早川さんが、店長の言葉を聞いた時にもらした笑みは、いつもの黒さが滲み出るそれじゃなくて、『まったく手がかかる』といいたげな、優しいものだった。でもそれは一瞬で引っ込めてしまって、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら立ち上がる。
「そういう事なら、あとは店長と中村でお願いします。じゃ皆、撤収するぞ」
落ち着きのない店長と、思考停止した私をよそに、他の人たちはいつのまにやらさっさと帰り支度をすませている。
「はーい」
「お先に失礼します」
「やっと……終わった……」
泣いてる大内君の背中を小早川さんが押して、お店の扉を最後に出ていく。ガラスのドア越しに振り返って、きれいにウインクして『ガンバレ』って、クチパク。もう、最後まで小早川さんのプラン通りに進んじゃって、怖いやら悔しいやら。
四人が出て行ってウインドチャイムがしゃらしゃらと鳴っていたけど、少しするとそれも静かになってしまった。BGMはとっくに切られてて、息遣いも、心臓の音さえも聞こえてしまいそう。
「――怖いか」
「え」
ぱっと向き直ると、店長はいつもの近寄りがたいカッコよさを少しだけ陰らせてスタイリングチェアに深く座っている。
「迷惑だよな。こんなの」
「え」
そんな訳ない。てか、ありえない。
「分かってるよ、自分でも。店長として店の子に手ぇ出すとか、ありえないし自重してたつもりだ」
「……!」
「得意の『え』もでないか」
笑った顔は、うんと苦くて。
「とにかくこの話はもうこれで終わりだ、なかった事にしてくれ」
私と目を合わせないまま一方的に喋って、椅子をくるりと回して、背を向けて。
「小早川の店に行ったら、そっちのバイトにちゃんと仕事教えられるようにしとけよ。あいつは俺ほど優しくないからお前が……」
鏡の方を向いちゃった椅子の後ろから、しがみついた。
「……何してる」
「ぎゅってしてます」
「なんでそうしてる」
「ぎゅってしたいから」
「離せ」
「やです」
「……中村、」
「店長のこと好きだから、やです!」
緩めたら夢が醒めちゃうみたいな気がしたから、ぎゅうぎゅうした。
嘘じゃないって云って。私のこと好きって、云って。
「いっつもいっつも意地悪で、人のこと犬猫扱いしてくるし、むかつくほどモテるけど、」
すきです。耳もとで囁いて、痛そうで嫌だと、そこだけピアスしてない耳の軟骨のとこにキスした。
「……離せ」
その困り切った様子のため息交じりの言葉に抗う。すると。
「このままだと、ハグもキスも出来ないから、舞香、」
初めてよばれた名前に、うっかり手が緩んだ。その途端、店長が椅子から立ち上がる。
「舞香」
また呼ばれて、手を引かれて。胸元、というかお腹に飛び込んだ途端、抱きこまれた。
「……ドッキリじゃないよな」
「違います。なんで疑うんですか」
「信じられなさ過ぎる。俺、お前に好かれるような事は一切してないよ」
うん。厳しいし、態度荒いし。
「それでも好きになっちゃいました」
でも知ってる。優しいし情が厚いって。
「……うん」
ぎゅうってされて、ほほが、さっきよりも店長にくっつく。
パーマ液の匂い。それだけじゃなく、シャンプーだとかスタイリング剤だとか、いっさいがっさい含めて、多分これが店長の匂い。
「好きだ」
「……はい」
「『え』って云えよ」
「云いません」
「あと二人の時にですます云うな」
「まだ無理です」
「俺の事、名前で呼べる?」
「……がんばります」
「早めで頼む、こっちはもうだいぶ限界だ」
なにがですか、なんて無邪気な振りして聞くことも、はいって笑顔でお返事も出来なかった。何故って。
手に入らないはずのモテモテさんの顔が、近づいて、どんどん近付いて。今までなんかよりうんと近くに来て。
音も立てずに、触れて。離れて。
初めて見る、すごく嬉しそうな顔。ちょっと照れてるしちょっと泣きそうな、――私のこと大好きだっていう、顔。いとおしくて、かわいいよ。
年上の人に、しかも仕事の上司にそんな風に思う日が来るなんてね。
笑ったタイミングで、お店の中に飾ってたツリーの電飾がぱちぱちと拍手するみたく点滅した。
翌日は、私と店長のサンタ当番だった。
昨日の出来事を完スルー、はさすがに許されないようで、「おはようございまーす……」と恐る恐るお店に入ると、既に来ていた小早川さんの銀縁眼鏡がギラリと光った、ような気がした。
それだけじゃない。
きみこさんの「おはよー」って声と笑顔も、「おはようございます」って福原ちゃんのおすまし顔もいつも通りのはずなのに、興味津々をまるで隠さない大内君と同じに見えるね……。
追及される前に、私も店長もそそくさと逃げて、朝礼を待たずにそれぞれトイレとバックヤードでサンタさんに変身した。
変身後(さすがに気を付けるようになったので、もう店長からのツッコミは入らない)、いつ小早川さんから突っ込まれるかとひやひやしていたけれど、連絡事項を淡々と伝えられるのみでホッとした。――のもつかの間。
白のシャツと濃いグレーのパンツ、アクセサリーはなし。そんな清潔感のある装いの人が、さらっと「昨日はあれからお楽しみでしたか?」なんて連絡事項のついでみたいに云うから、ひどく恥ずかしい気持ちになった。私と違って、「今日も仕事だってのにそんなんするか」って、際どい言葉も悠々打ち返す店長だけど。
「あんたが中村の年の頃は毎晩お楽しみでしたから」とノートパソコンを立ち上げてメールのチェックをしつつ、特大の爆弾をさらりと落としてくる小早川さんに、店長はぐるると唸って髪をがしがし。――動揺すると、ライオンになっちゃうんだなこの人。どこか冷静に感心していると、店長は「あとで覚えてろよ」と悪役めいた捨て台詞を吐くとともに、私の手を取りそのままバックヤードへと導いた。
奥のデスクに浅く腰掛けたまま、向かい合った店長は私のもう片方の手も繋ぐ。二人してサンタ姿で、付き合いたてなのに(しかも開店前に)こんな話されるとかなんなのまったく。呆れちゃう。
「ごめん、あんなの聞かせて」
「ほんとなんですか」
「……」
「答えて」
「……若いってのは、バカって事なんだよ」と苦々しさ全開で言い訳するイケメンサンタ。
「私のことバカって云ってます?」
「そうじゃない! 舞香、聞いて」
「聞かない。仕事に戻ります」
ツーンと言い放って戻ると、開店準備をしてたみんながみんなニヤッとしたから、そりゃあもうばっちり聞かれてたと思う。
元凶である小早川さんには、「……経験値の少ない中村が店長に翻弄される一方かと思ってたけど、意外と強いなお前」と笑われた。
「下半身が緩い人なんてお断りですもん」
背中の向こうのバックヤードに聞こえるようにゆっくりはっきり。そしたら、壁の向こうから『今は違う!』と抗議の声が飛んできた。
「ですってー。信じてあげちゃう?」
「信じるに足りる材料がないですね」
『そこは信じるって云えよ!』
きみこさんと話してたら、またバックヤードからツッコミが。顔を見合わせてこっそり笑う。
「まいちゃん、悪ぅい彼氏はほっといて、合コンでも行こうかー」
「あ、アパレルの子だったら何人か紹介出来ますよ」
タオルをお畳みしてた福原ちゃんまで、笑いをこらえて参戦してきて。
「そんなんわざわざしないでも、二号店で愛を育もう、舞香」
――小早川さんが、わざとらしさ全開で言ったところで、とうとう堪えきれずバックヤードから出てきた人は。
「これは俺んだ! 手ェ出したらクビにすんぞ!」と、私の後ろからハグしながら、威嚇なんかして。
「うわ、公私混同極まりない……!」
思わずといった態で呟いた大内君の会心の一言に、店長以外のみんなで笑ってしまった。
結局その日の店長はずっと内心おかんむり。その上私は挙動不審。さすがに二人とも営業中は気持ちを隠してたけど、通ってるお客様には「あら、今日はどうしたの?」ってあっさりばれた。その理由を小早川さんがいちいち丁寧にお話しするもんだから(しない訳にはいかないだろうけど)、その都度笑われつつ祝福されて、長い一日が終わる。
「明日は休みなんで、存分に二人で楽しんでください」と笑ってお店を出る小早川さんにお得意であるところの余裕の切り返しも出来ず、店長は「云われなくてもそうするわ」とガラスの扉越しに負け惜しみみたく云ってた。
笑ってると「意味分かってんのか」とこっちにまでとばっちり。
「オールでカラオケでもしましょうか!」
「そこまで若くねーよ」
「じゃあ一狩り行きます?」
「狩りゲー苦手……って、おい、」
分かっててわざとはぐらかしてたら本気で焦られてしまった。
「分かってますよ」
「舞香」
「まだタメ口は無理です」
「……舞香、」
あーもう、卑怯すぎる。名前呼ばれただけなのに、何を懇願してるか分かっちゃうとか。
ちらりと見てみても、ずるぅい彼氏はちゃんと云うまで許さないって顔して待ってるし。
「……前島さん、」
「違うだろ」
「……賢治、さん」
「ん」
ぐしゃぐしゃって、髪を思いっきり乱された。まあ、もう夜だしいいけどね……。そう思いつつも、ちょっとはちゃんとした自分を見て欲しくって髪を撫でつける。その手を取られて、「お前は今日、俺がお持ち帰りするからそのつもりで」って、宣言された。
「……分かってますよ」
「察しがいいな」
「鬼店長に日々鍛えられてますからね、ミニスカサンタに黒スパッツは駄目だとか」
「鍛えたうちに入んねーよそれ」
呆れて笑う顔は、もう恋人の顔だった。だから私も、ちょいちょいって犬みたく呼ばれなくたって、もう自分からその胸に飛び込んでいける。ぎゅ、ってしたら、とびきり甘いため息がつむじをくすぐった。
「一晩経っても、なんかまだ夢みてーだな……」
「ほっぺたつねってあげましょうか?」
「色気ねーな……こういうときは、こうすんの」
見上げたら、ちゅ、と不意打ちにキスが来た。
「……色気ないって知ってるくせに」
唇があっさり離れたあと、悔し紛れに呟いた。――ふいに、サンタ当番が始まった時云われた言葉がよぎる。
「網タイ履いて俺に迫れ、ちゃんと色っぽくな」
「!」
思い出してたら、左の耳元で再現が来た。聞きなれたはずの嗄れ声は、息がかかるほどの近さで繰り出された途端、飛び道具になって私に襲い掛かってくる。思わず両手で左耳に蓋した。
「無理です!」
「無理かどうかは見てみないと分かんねーって。あとこれ店長命令だから」
「!!」
「恋人からのお願いでもあるけど」
「!!!」
ずるぅい大人はそんな風にいくつもいくつも退路を塞いで、結局小早川さんの予言通り、経験値の少ない私が翻弄される一方。きっと、このあとも。――今夜も。
昨日から関係が激変した二人だけど、『お楽しみ』のあとはもっと変わってるのかな。ライオンみたいな髪は、触らせてもらえるかな。
お持ち帰りされてもまだ続いてたドキドキと緊張は、賢治さんのキスであまいフレーバーになって、お楽しみの夜がはじまる。
次の話は大内君です。
18/3/21 誤字訂正しました。




