女子にもとけない謎のこと(☆)
「ハルショカ」内の「女子ならみんな知ってること」の二人の話です。
冬休み、大みそかと一日はお休みだけど、あとの日は予備校だって安田君が云ってた。年内になんとか合格を決めた私はクリスマス前後にケーキの売り子さんをして、そのあとはお休み。そう安田君に伝えたら、ものすごーく心配そうな顔で「――本多さん、ケーキちゃんと崩さずに挟むやつで掴めるのか? 忙しそうだけど大丈夫か?」と矢継ぎ早に聞いてきた。
「大丈夫だよー! そこのバイトは去年もおととしもやったし、クリスマスケーキはほとんどホールでお渡しするから! それに云っとくけど私ケーキトング使えるし!」と云うと、少しだけ心配成分が薄れた顔をしてた、けど。
――やっぱり。私はミニスカサンタにダウンジャケットの格好で笑顔で呼び込みをしながら、確信した。
予備校の行き帰りの時、毎日安田君が様子を見に来てる。
そんなに私、駄目っぽそうかな? そりゃあケーキ売りの短期バイトを始めた高一の冬は散々で、短気な店長さんにもめちゃくちゃ怒られまくったけど、一緒にバイトしてたお姉さんが優しくってフォロー入れてくれたから頑張れたんだ。終わりの頃には『よくやったな』って店長さんにもほめてもらえたし、それから毎年クリスマスシーズンになるとそこでバイトしてるから、三年目の今年は優しかったお姉さんと一緒に、なんと教える立場だったりするんだよ。
それに、ちゃんと仕事してるって一回見たら分かるでしょう? なのに、なんで毎日見に来るの。
それに……。私たち別にお付き合いしてる訳じゃないのに、おかしいじゃん。そんなの。
安田君のこと好きだって自覚してる。私のこと『手ぇかかるけど、迷惑じゃない』とも云ってもらえた。でもそれだけ。好きだよと伝えてないし、そんなことを云われてもいない。だから、どこまで踏み込んでいいか分かんない。
冬休み、会えたら会いたいって云っていいか、とか。メールはどれくらいの頻度なら送っていいのか、とか。
入試終るまでは、見ないふりしてた。でもなんとか合格して、考える時間が出来ちゃった。で、気が付いた。――このままじゃ、卒業したらそれっきりに、なるかも。
色んな不安がだーっと押し寄せて来て、ぺしゃんこにつぶされそう。今、このことで安田君にヘルプを発信したくなる。でもあっちはまだ受験生だし、そもそも安田君に苦しめられてるのに本人に助けてっていうのもおかしな話だよね。
せめて、どうして毎日見に来るのかだけ聞いてみようと思っていたんだけど仕事に慣れたと云ってもクリスマスのケーキ売りは相変わらずとっても激務で、帰ったらご飯食べてお風呂入ったとこでもう限界。バイトが終わって暇になったら、もう聞けるタイミングじゃなくなっちゃった。うーん。
おまけに、気が抜けたせいかな。風邪まで引いちゃった。
まわりはまだ受験生だらけだから、冬休み中は特に誰とも約束してない。でも、出来れば安田君とお参りとか、行きたかったな。そんな無念を滲ませつつ、年末の御挨拶メッセージを送る。
――ほんとは会って云えたらよかったんだけど、安田君は予備校あるし、私も風邪引いちゃったし、このまま会えなさそうなのでコレで失礼します。今年一年とってもお世話になりました! 来年もよろしくね。
「送、信……っと」
いつもより高い熱のせいで、あつくてぼんやりする。
せめていい夢見せてよねと思いつつ、ベッドにごろりと横になった。
ゆさゆさと、身体を揺さぶられて目を覚ました。
「すーちゃん起きて。起きてよー」
「んんー……なーにぃ……」
私を起こしにかかっていたのは、お姉ちゃんだった。
「もし辛くないなら、起きてくれないかなあ」
「だいじょぶだけど、なんで?」
「お見舞いにって、来てくれてるんだけど、安田君て男の子」
「え!」
がばっと起きたらぐらっとめまいがして「こら! 急に起きたらダメでしょ!」って怒られた。
「どうする? お部屋、入ってもらうの? それとも帰ってもらう?」
寝てたからきっと、あたまぐちゃぐちゃ。熱出たから唇だってかさかさ。でも、……うん、……会いたい。
「お姉ちゃん、」
お願い、と云う前に、もうお姉ちゃんは私のお願い事を分かってくれてて、髪の毛はささっと櫛を通され、唇にははちみつ配合のリップが塗られて、会う準備を万端に整えてくれた。
「じゃ、呼んで来るね」
「ありがと」
「どういたしまして」
とんとんとん、とリズミカルに階段を下りていく足音。家族じゃない人の声――安田君だ――がして、階段を上がってくる足音、二つ。
あ、やだ部屋着! あわててパーカーを羽織って、せっかく来てもらったのにベッドに寝てるのも悪いかな、でも起きてるのも仮病っぽい? ああ、でもせめてクッションくらい、座るとこに出したい! って立ったり座ったりしてるうちに、「すーちゃん、入るよー」って、お姉ちゃんの声がした。――クッションは諦めて、ベッドにちょこんと座る。せっかくリップ塗ってもらったけどマスクしなくちゃ、って思って枕元に置いといたのを掴む。
「じゃ、どうぞ」
「ありがとうございます」
開いたドアから見えたのは、お姉ちゃんのふわふわピンクのニットじゃなく、見覚えのある赤黒ブロックチェックのプルオーバーだった。どうしよう、それ見ただけで心臓がきゅーってなる。罪作りだな、安田君。
「よ」
「わざわざありがとね」
「あ、いい、いい。具合悪いのに立つな、寝てろ」
「――はぁい」
せめてちゃんと来てくれたお礼をしようと立ち上がろうとしたら簡単に制されて、すごすごとベッドに横になった。横向きになると、ベッドの下で座ってる安田君にいつもより緩い角度で見下ろされて、目線が合う。わあ! って赤くなった顔は、熱のせいだと思ってくれるだろう、きっと。
「具合悪いのに来てごめんな」
「んーん、嬉しいよ。会えないと思ったもん」
「――ならよかった」
ふわんて優しい表情になる。たまにすごいかわいいんだよね。そう思ってたら顔に出てたみたい。
「何笑ってんの」って云われちゃった。
「ないしょだよ」
「へえ。でも本多さん、内緒事とか向いてないよな」
「なにそれ失礼」
「怒ったのか?」
「べつにー」
「怒ってんじゃん」
唇をとんがらせてたら今度は私が笑われた。宥めるみたいに、安田君のひとさし指が唇をトントンってする。とたんにへにょってなる根性のない唇。
それから、おでこに当てられた手のひら。安田君の手がおっきすぎるのか、はたまた私が小顔過ぎるのか――安田君の手がおっきいに一票、だね――余った小指が目を隠すように覆いかぶさる。
「冷たくて気持ちいい」
「ならよかったよ」
「安田君、さっきもそれ云ってた」
「そうだっけ」
「そうだよ」
離れて行かない手のひらは、おでこから熱を吸い取ってくれようとしているみたい。
「あ、そうだマスクしなくちゃだった」
目をおおわれたまま、握りしめたままのそれを耳に掛けようとしてたら「いい。してると苦しいだろ」と止められた。
「でも、受験生の人にうつす訳にいかないし」
「俺なら平気。ここ何年もひいてないから」
「――そう?」
「うん」
ずっとこうしてて欲しい。行かないで。どこにも。
そう思ってても、いくら私が甘ったれでも、さすがにそれは口に出せずに「そう云えば予備校は?」なんて聞いてみたりしてる。
「これから行ってくるよ」
「そっか、がんばってね」
目を見られたらきっと寂しい気持ちはごまかせなかった。でも目は隠されてたし、声が元気なくたって風邪のせいに出来る。
ありがとうね、って云ってお見舞いの時間を終わりにしようとしていた私のほほを、何かがかすめた。
「お大事に」と離れていく手のひらと安田君。
「うん」って私も返したけど、頭の中はかすめた何かの感触のことでいっぱいだった。
えっと、あの。
私、そりゃあ男女交際したことは、ないけど。でもさすがに分かるよ。
どうして私に、キスなんかしたの?
ほっぺキス(推定)のせいか、その日は熱がもっと出た。おかげで、大好物のお姉ちゃんお手製のパウンドケーキが食べられなかった。安田君のばか。
夜になって、都内で一人暮らししてるお兄ちゃんも帰ってきて、「菫、大丈夫か? ゼリー買ってきたけど食べられる?」って心配してくれた。
「ありがと、食べる」
表面を覆うフィルムを剥いてもらって、プラスプーンを突き立てる。ひんやりとしたゼリーがおいしい。果物もごろごろ入ってるしね。
「ねえお兄ちゃん」
「ん?」
「たとえばなんだけど、好きとか云ってない相手にでも、男の子ってキス出来るものなの?」
「――お前それ全然例えになってなくない?」
「あ」
ちがうよ友達に相談されたんだよ、なんて云える頭があればよかったんだけど、私は元々隠しごとが下手らしいし、何か云う前にお兄ちゃんは「そうか、菫ももう一八だもんな」なんて納得してた。
「――うん」
「まあ父さんたちには内緒にしとくけどさ、それだけじゃ判断しかねるから最初っから説明してみなよ」
問い詰める口調じゃなく、穏やかに優しく問われて、やっぱりうっかり、気が付いたら全部話してた。昔っからのパターン。
「うーん……、俺は同性だし分かるけどねえ、菫には分かんないだろうなそれじゃ……」
「え、どういうこと?」
「安田君は説明不足。お前は、勇気なさ過ぎ。ちゃんと聞かないとすれちがうモト」
分かりやすく、両手の人差し指を話しながら交差するジェスチャーを見せるお兄ちゃん。
「……」
「はい、おさらい。安田君は、どういう人?」
「優しくって、面倒見がよくって、……私のこと手がかかるけど迷惑じゃないって云ってくれた……」
「そんな子がさ、毎日冷やかしでバイト先に様子見に来ると思う?」
「……思わない」
「何も思ってない子に、キスするような最低野郎なの?」
「違うと思う、けど」
「菫」
「……」
「俺も姉ちゃんもお前のこと甘やかしたせいでしっかりした子にはなってないけどさ、お前にはちゃんとお前のいいとこがあるよ」
「……うん」
「だから、『気のせいかも』とか、『好きになってもらえる訳ない』とか考えるのは、やめな」
「……」
「なんでバイト先に来たか、何でキスしたのか、ちゃんと聞いてみればいい。そしたら、『好き』でも『遊び』でも分かるよ」
「お兄ちゃん、意外と冷たい」
「そんなことないよ。でもそうだな、もしふられたら何でもおごってやる」
「うー」
それって優しさなのかな? ――でも。
「今度、聞いてみる……」
安田君の受験終わってからになるかもだけど、私もちゃんと答えが欲しいから。
聞くのは結局、そんなには遅くならなかった。
熱が下がってお兄ちゃんが都内のアパートに帰って行った翌日、携帯に届いてた安田君からのメッセージ。
『明日、朝七時ごろランニングでそっち行くから』って、それだけ。
こんななんでもない一言なのに。同意なくあんなことされたのに。
もう、嬉しくってしょうがない。
病み上がりだからしっかり厚着した。なのに、心配性のお姉ちゃんにニット帽被せられてマフラーまでぐるぐるにさせられてその格好で外に出たら、ちょうど来た安田君に「雪だるまみたいだな」って笑われた。
「云わないでよ、気にしてるんだから」
「いや、それ位してた方がいいよ」
「でも、どうしてランニング?」
「少しは体動かさないとすぐなまるのと、あと気分転換もあるな」
「えらすぎる……」
私の中には気分転換でランニングなんて発想すら、そもそもないのに。
思わず上を仰いで電線の雀に目をやって呟いたら、「えらくないよ」と聞こえた声が妙に落ち込んでるみたいで、引き戻された。
「俺がもっと偉かったら、こんな風にランニングにかこつけて様子を見に来たり、『キモいからやめて』っていわれないのをいいことに毎日バイト先まで見に行ったり、――ほっぺたとはいえ女の子にキスしたり、しないよ」
気になってて、でも聞けなかったことが向こうから転がり込んできた。
「じゃあ、――どうして?」
「そんなの、決まってる」
それだけで、横を向いてしまう安田君だけど。
甘え慣れてる私には、それじゃ通用しないんだよ。
「分かんないから、ちゃんと教えて」
ちょっと拗ねて、もこもこ雪だるまな背中を向けて。
「じゃないと嫌いになっちゃうよ」
そう云った瞬間、指先を掴まれた。
「それは困る」
焦った声に振り向けば、安田君が真面目な顔してた。
「だから、どうして?」
だんだん面白くなってきた。だってもう分かっちゃったから。
「本多さん、分かっててやってるだろ」
やっぱり、早々にばれちゃったけど。
「分かってたら聞いちゃ駄目?」
じっと見つめながら聞くと、安田君はうっと言葉を詰まらせた。
「ちゃんと云ってくれないと、どっちか分かんないもん。ただ構われてるだけか、好きなのか」
そう云えば『スキ』って云ってくれるかなーって思ったんだけど。敵の方が一枚上手だね。
「ただ構ってるだけじゃない」って、ビミョーな返事が、来た。
その後も安田君は、『妹ポジションじゃない』『ただのクラスメイトじゃない』『大事じゃない訳、ない』と私の繰り出す言葉を否定する形で、示してくれたけど。
「だから云いなって。私病み上がりだからもうおうち入っちゃうよ?」
おどけつつ脅して云えば、やっと。
おっきい体のくせに、ちっちゃいちっちゃい声で、ようやくくれたよ。
くしゅん、とくしゃみを一つしたら「ごめん、俺のせいで」とウインドブレーカーのポケットにつっこんでた手袋を、いらないよって云う前に両手に嵌められた。それから。
「もう家ん中入れよ、見送らなくていいから」って行動先読みまでされて。
向きをぐるりと変えられて玄関の方へと押された、もこもこの背中越しに声を掛けた。
「安田君」
「なに」
ぶっきらぼうに聞こえるけど全然そうじゃない人。でももう、面倒みるの、私だけにしておいてね。他の女の子にまで不用意に親切にしたらダメだよ。
そんな甘えはまた今度云うとして、私は彼が回避したど真ん中に球を放った。
「好きだよ」
それだけをはっきりと笑顔で云って、トントンと敷石の上を跳ねる。ご要望通りおうちに入ると、玄関で待ち構えてたお姉ちゃんに手袋してるのが見つかって、「雪だるまが完璧バージョンになってる!」って大笑いされた。
私よりうんと偉いと思ってた安田君が、案外そうでもないと分かって逆にほっとした。やっぱり、迷惑じゃないと云ってもらえてても面倒をみてもらう一方って云うのは気が引けるし。
私は甘えん坊で、彼はしっかりさん、に見えて、甘い言葉が苦手。なら、私からじゃんじゃん発信してあげる。そしたら、安田君は云わないことで私に甘えられるでしょう? なぁんて、押し付けがましいかな。
嬉しいの。してあげられることが私にも一つはあるってこと。
早く風邪治さなくっちゃ。それで、ランニングしてくる安田君に毎日云うんだ。テレてもやめてなんてあげない。
言葉よりほっぺにキスが先だなんて、男の子は――というか安田君はほんと、謎だけど。
『それでも好き』って思っちゃうんだからしょうがないってこと、女子ならみんな知ってるんだよ。
お兄ちゃんはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4134ci/4/




