陸だけど空のひと
自衛隊員×販売員。
※作中で、災害派遣の事が出てきますが、特定の地域及び災害を想定して書いてはおりません。
私の彼は、ヘリコプターを操縦する人だ。
遊覧ヘリではない。いわゆる、軍隊ではないと云う事になっている隊の、陸・海・空のうちの、陸のひと。空を飛ぶなら空のひと、って気がしちゃうけど。
俺の担当しているヘリはこれ、と待ち受け画像を見せてもらったことがある。
ヘリと聞いて思い浮かべるのとちがって機体はバスみたいに横長で、タケコプターみたいに回る部分が、前と後に一つずつ付いていた。
彼と付き合うようになってから付け焼刃で仕入れた情報で彼に質問してみた。
「ヘリって、脱出装置って、ないんだよね……?」
その縁起でもない質問に彼は笑って答えてくれた。
「ちゃんと機体はいつも整備されてるから大丈夫。それに、この機体はもしエンジンが片方駄目になっても、もう片方だけでも飛べるし、それが駄目になっても、竹トンボみたいにすーっとゆっくり下降するから安全なんだ」
きっと、今まで何人もの人に質問されたんだろう。彼の答えには迷いがなかった。それを聞いて、私は途端に恥ずかしくなってしまう。
「……バカな事云ってごめんなさい」
「いいよ、バカな事なんかじゃないよ、俺の仕事に興味持って聞いてくれてうれしい」
優しいなあ。私は、頭を撫でる大きな手をうっとりと堪能した。
その彼とは、しばらく会えていない。
彼は災害派遣の一員として現地に今もいる事と、私の職場であるショッピングセンターが書き入れ時のせい。
双方とも忙しいのであれば、ごめんねと相手に対して肩身の狭い思いをしなくていいのがいい。仕事とはいえ大変な状況下にいる彼に、そんな気を遣わせなくてよかったと、初めて自分の仕事の繁忙期をありがたく思った。
ついでに云ってしまうと、私の職場は全国規模で転勤があり、そのことは今まで恋愛をするうえで大変なネックになっていた。正社員ではなく、パート社員を選べば勤務地はそうそう変わらないのだけれど、私が選んだのは転勤がある方、だった。
彼も三年程度で転勤――転属って云うらしい――がある人なので、私北海道彼沖縄、って云うパターンも組み合わせとしてはあり得る。下手をすると、私の方が海外の支店にと云う事も、可能性としてなくはない。自分がいつそうなるかは春と秋の転勤シーズンにならないと判明しない。
彼の方は多分あと二年、て云ってる。
彼と私は続くのか、それとも距離を理由にさよならするのか、今はまだ分からない。それでも、転勤でお別れするにしても、一方的なハンデじゃないのは心理的にすごく楽だ。お互い様って奴だもの。
今までみたいに、後ろめたさが付きまとうお付き合いじゃなく、どこかあっけらかんとしていて風通しがいい。この人とならもしかして、ずっと。なんて、思ったり。んーでもまだ結婚とか考えてないしなあ。
今はただ、彼の大きな手で包まれたり、触られたりしてたい。
それも、『今の今』は出来てないけど。
もう何日顔見てないかな、と数えるのは割と早い段階でやめた。具体的にカウントしちゃったら、その会えなかった期間を深く受け止めてしまいそうで。それよりも。
ごはんは、ちゃんとあったかいの食べられてるのかな。それとも缶詰を冷たいまんまで?
夜は建物の中で、お布団の上で寝られたのかな。……外でテントで寝袋かも。風邪ひかないといいな。
そんなの当り前だよって笑うけど、当たり前じゃないんだよ、民間人の一般人からすれば。
会えなくて寂しくて切ないきもちはもちろんある。でもそれより、彼が無事に帰って来ることを祈ってしまう。頑張ってるのは知ってるけど結局他に思い付かなくて、頑張ってね! って笑って送り出して、一人になってからこっそり泣いた。――けなげなのって、性に合わないんだけどなあ。
今日も休憩中、ぱるぱる云いながら飛ぶ独特の音の、あの同じかたちの横長ヘリコプターを空に見つけて、喫煙スペースに向かっていた足を止めて廊下の窓から眺めてしまった。同期の鈴木に「何お前、ギャルのくせに自衛隊オタクなの?」って笑われたから、奴の持っていた報告書の順番をだまってごちゃまぜにしてやった。後で主任に怒られやがれ。
会えない間に、職場である婦人服フロア含め、全館あげてクリスマス一色になった。一階の中央は吹き抜けになっていて、大きなツリーがシックなオーナメントで彩られている。
サンタさんには何をお願いするの?
お店に訪れるお母さん方が、子供さん達にそう質問する。男の子ならレンジャーかライダーの何か、女の子ならカワイイキャラものが人気かなと、これは子供服とおもちゃのフロアの鈴木情報。
今日、仕事を早番で上がった私は、家族や友人や彼へのプレゼントを買い求めてサンタさんも顔負けの大荷物の人になった。ちょっと一休みしてから帰ろうと、ツリーの周りに点在しているベンチに腰掛け、ぼんやりとそののっぽの飾りを眺める。
私は、サンタさんに何をお願いしようかな。
――願い事は一つ。でも、叶うか叶わないかは彼の上官の判断次第。
その大きな大きなツリーのてっぺんについている筈の星形のオーナメントをどうしても見たくなった。背伸びをしてみたり、ツリーを見ながら後ろに下がってみたり。それでも見えない。
二階か三階に上がったら見えるかも。そう思い付いて、上りのエスカレーターに向かおうとしていたら、紙袋をいっぱいぶら下げている手が、後ろから大きな手にふんわりと包まれた。
私は振り向かないまま微笑む。願い事がかなったから。
「ただいま」の声で振り返って、「おかえり!」と背伸びして抱き締めた。
サンタさんは若干フライングで、大きくて優しいプレゼントを私にくれた。
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