あなたが私にくれたもの
会社員×会社員
付き合っている男の人と初めてのクリスマス、平日、と云うよりむしろ週明けの営業日の頭二日だけど誘ってもいいものなのかな。
別にどこかにお泊まりしたいとかじゃなくて、一緒にちょっとおいしいものを食べたりだとか、奇麗なイルミネーションを見られたらうれしいなあって思うんだけど。
でもあの人、忙しい人なんだよね。メールのお返事はいつも日付変更のギリギリ手前かギリギリ向こう。それでもいつもちゃんと返信してくれてマメだなあと思う。大人だから、こっちからもバカみたいなボリュームと件数を送ったりはしないし、『お返事なくて大丈夫ですから』『急ぎませんから』って書き添えてあるんだけど。
プレゼントを贈られるのが嫌いな人に、クリスマス一緒に過ごしませんかって声を掛けて誘ったら困られる?
「ねえどう思う朋ちゃん」
私は会社のお昼休み、同期の朋ちゃんに思い切って相談してみた。
朋ちゃんはもぐもぐしてたえび天が口の中からいなくなると、「そんなの私が知るもんかい。直接正田さんに聞いてみなよ」と云う。
「え、いいのそんなの聞いて」
私が慌てると、あったりまえでしょー! と呆れられてしまった。
「向こうだって仕事の都合とかで二四・二五は会えないかも知れないし、そしたら他の日に振り替えかもしんないでしょ? ここでウダウダ考えてたってしょうがないよ」
「ナルホドー」
思わずぱちぱちと胸の前で小さく拍手をしてしまった。朋ちゃんは「よせやい照れるぜ」と頭を掻いてみせた。
私は大好物のイチゴミルクのストローをぷす、と穴に刺す。そしてストローに口を付けながら告白をした。
「私ずっと女子ばっかの学校だったからさあ、殿方との社交って今一つよく分かんないで大人になっちゃったんだよね」
「殿方との社交って……まあいいや、これからも質問があったらどんどん聞きたまえ」
「お願いします師匠!」
「ただし私の解答があってるとは限らないけどね」
「むむ、いじわる」
私がチューッ! って勢いよくイチゴミルクを吸うと、出来の悪い生徒を見るみたいな生温い目で朋ちゃんが私を見ている。
「想像力を暴走させないようにね、頭でっかちで夢見がちなさっちゃん」
「師匠ヒドイ……」
朋ちゃん師匠はスパルタなのです。
早速、帰ってからメールして聞いてみた。
――クリスマス、当日じゃなくても構わないので、もしよければ二人で会えませんか?
返事はその日が終わる頃やってきた。
――もちろん、喜んで。
やった。
携帯を握りしめてひとりベッドの上でガッツポーズをした。
正田さんと私は友人の結婚式の二次会で出会った。
フードコートの席取りとか、カウンターの精肉屋さんの注文とかで競争に負けがちな私は、この日もスイーツが欲しいのになかなか取れなかった。
どんどん弾かれてじりじりと後ろに下がって、とうとうその人の輪からも外れて途方に暮れていたら、「あれが食べたいの?」と見知らぬ殿方が声を掛けてくれた。
「ええ、でもなかなか最前列に辿り着けなくて」
招待客は女子が多かったから、やはりスイーツは一番人気だ。
そしたらその人は「ちょっと待ってて」と云って、すいっとその人だかりの中に入って行った。そして、入ってきた時と同じ位すいっと出てきた。大して時間もかからずに。
「おまたせ、どうぞ」
「え、いいんですか?」
私はお皿に奇麗に盛り付けられたスイーツ六種――紅茶のプリン、ティラミス、ショートケーキ、チョコレートケーキ、フルーツのタルト、バニラアイス。ケーキはいずれも通常より小ぶりで、プリンとアイスは深めの小皿に入れられてある――とその人の顔を交互に見てしまった。
私があんまりびっくりしていたからか、その人はふわっと笑って、「自分は甘いものは食べないので、よかったら」と勧めてくれた。
「ありがとうございます! ……ほんとはとっても食べたかったんです」
声を掛けるタイミングが難しいんだよね。大なわも入るの苦手だったしなあ。
「あそこに椅子がありますから、移動しませんか?」
そう示されて、頷いた。友人は煙草を吸いに行ったまま帰ってこない。二度と会えない程広い会場ではないから、そのうち再会できるでしょう。
私にスイーツを取ってきてくれて、席を勧めてくれたその人は、コーヒーを飲んでいた。
「お酒、召し上がらないんですか?」
お酒もソフトドリンクも種類が豊富だったから、まだまだ飲んでいる人たちも多い。私はお酒が苦手だから乾杯の後は早々に離脱した組だ。
向かい側に座るその人は、「声を掛けたい女の人が飲んでいないのに、自分だけ酔っ払って声を掛ける訳にもいきませんから」とさらりと云った。
……えっと。
お行儀悪くフォークを咥えて固まってしまった。
そんな私を見ても、「顔、赤いですよ」とその人はどこか楽しげだ。
「失礼ですが、あまりこういうのは慣れていらっしゃらない?」
「……ええ」
今の反応見られちゃったら何を云っても無駄だ。早々に取り繕うのは諦めて、素直に白旗を上げた。
そして再びスイーツを食べる。
ん、おいしいー。思わず笑みが漏れた。
「……かわいいですね」
何を云われているのかわからなかった。
そして頭が導いたのは。
「ああ、新婦! ほんと、ドレスも素敵だし、でも外見だけじゃなくかわいいんですよあの子は!」
高校時代の同級生で今でも交流が続くその子を褒められて、私はとても嬉しくなった。
「や、まあ、新婦さんもそうかもしれませんが、俺はあなたを『かわいい』といったつもりなのですがね」
苦笑された。
「躱してるわけじゃないんですよね?」
首を傾げながら確認するように云われて、「そんな高等技術は身に付けてないんで!」と慌てたら「ほんと、かわいい」と噴き出された。
ええ、それ、噴き出すことなの? しかも噴き出しながらかわいいとか云うの普通なの?
あわあわとしていたら、さっき私が新婦を称した言葉をなぞるように口にされた。
「――シックなワンピースが似合っていて、まず目を引かれた。ケーキをうまく取りに行けなくてしょんぼりして、話して、食べるところを見てたら、外見だけじゃなくかわいいんだって分かった」
にっこりと笑いながら、目を私から逸らさないその人。
「今日、ここでさよならしたら俺は一生後悔する。だから、連絡先を、教えてくれませんか?」
そんな風に、終始優しく押される形でお付き合いが始まった。
付き合い始めてすぐに、云われたことがある。
「プレゼントとか、俺の方は要らないので」
さらっと、何でもないことのように云われてそういうものかと信じそうになった。
「何かもらって喜ぶ年でもないし、大抵のものは自分で揃えてあるから」
「……わかりました」
なのに、私にそう云った癖に正田さんは何かにつけて、私にプレゼントをくれる。年上だからってズルイこんなの。
水族館に行った帰りに渡されたのは、アクアマリンのピアス。ゆらゆら揺らめく、ガラスの向こう側の世界みたいだ。
出張でイタリアに行けば、ベネツィアンビーズのペンダント。
誕生日には、憧れだけどちょっとまだ似合わないかな? って躊躇していた、大人なブランドの靴。
私も何か贈りたいのに、事ある毎に「贈られたから贈り返さなくちゃとか、思わないで」と釘をさすことも忘れずに。
だめなのかな? 義理じゃなく、あげたいんだけどな。
またまた恋愛師匠の朋ちゃんに相談してみた。すると「ああ、甘いの嫌いな人が、キライって云ってあるのに甘ーいお菓子を次々に出されたら軽くホラーだよね」と云われた。
「……そっか」
「しゅんとしないのー。こういう時はどうするの?」
「はい、相手に直接聞くであります!」
「よろしい」
そうだよね、私も正田さんもエスパーじゃないんだから、聞いてみなくちゃわかんないんだわ。
クリスマス近辺のスケジュールが分かったらしく、また日付が変わるギリギリに正田さんからメールが来た。
――当日は厳しいので、君が良ければその前の三連休、うちにおいで。そのどこかで出かけよう。
思ったよりも一緒に過ごせるのと、色よいお返事が戴けて、喜んでいるのが丸わかりのメールをすぐに送り返した。
その三連休で正田さんの住むマンションに遊びに行った時に、思い切って聞いてみた。
彼の飲んでいるラムをほんの一口だけ戴いて、勇気を出す。
「……あのね、聞きたいことがあるの」
「ん?何」
「私、やっぱりたまには正田さんに何かプレゼントしたい。どうしても、だめですか?」
はあ、聞けた。ほっとしたのとお酒のせいでお腹がカーッとあつい。
正田さんはと見てみると、ちょっと困った顔をしていた。
「ごめんなさい、やっぱり今のなし」
そんな顔をさせたかったわけじゃ、ないから。
いいや、聞けただけで充分。
満足していたら、テーブルの向かい側から手を伸ばされて、頬に触れられる。
「沙保里に、そんな顔させたかったわけじゃないよ」
え? 私今どんな顔してるんだろうか。満足してるんじゃないのかな。
「泣きそうな顔をして、笑うだなんて」
「え?」
「まったくもう君は本当に……」
ダイニングに向い合わせに座っていたあなたが、静かに席を立って、こちらに回り込んでくる。呆れた風な言葉を云うくせに口調と表情はやけに優しい。
私の傍に立つと、頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「君が喜ぶ顔を見るのは好きなんだ、だから自分からプレゼントするのは好き。でも、君が俺の為に金銭的な負担を背負うのはちょっと嫌だ。それで、断ってた部分もある」
沙保里なら大丈夫だとは思うけどまったく趣味じゃない物を贈られるはあまり好まない、と改めて云われた。
「ホラーですか?」
朋ちゃんに云われたことを思い出して云ってみると、「それは云い得て妙だね」と感心される。
「断っても断っても趣味じゃない物を贈られてそれを使うように強要されたのは確かにホラーだった」
かつてそんなことがあったと教えてくれた。
「でもまあ、それで君が喜ぶんなら、贈り物を戴くこともやぶさかではないよ」
そう云ってくれたけど、出来れば相手が喜ぶものを、と思う。
「何なら負担にならないですかね? 手作り品だとか?」
云ったとたんにとても困った顔をされて、「ごめんなさい今のなしで……」と力なくつぶやく。すると、「君はどうしてそう早とちりするんだろう」と面白そうに云われた。
「手作りの物って、例えば毛糸だとか、材料費はそれなりにかかるものだろう? 下手をすると市販品より高くつくじゃないか。それを思って顔に出てしまっただけ」
「じゃあ、作られること自体はいやではないんですね?」
「もちろん」
その言葉に安心した。
「えっと、じゃあ……」
手作り。私が作るもので、正田さんにも負担にならないもの。
「……お料理作るとか、どうですか?」
今までこうしてお邪魔しても、正田さんご自身もお料理のできる人だし、作れない時はデリで何かを調達してくれたりだった。
殿方の、よそさまのおうちのキッチンにずかずかと入っていいのかもわからなくて作れますと云ったことはなかったけど、――どうでしょう。
ちなみに、家では割と作る方です。得意なレシピもあるし、正田さんが好きそうなレシピも把握しています。
私の傍で立っている人を見上げてみたら、とってもとっても、嬉しそうに笑ってくれた。
「それはとても魅力的な提案だね」
「! じゃ、じゃあ、お邪魔している間に、とりあえず今までの分のお礼! したいです」
「いいよ、冷蔵庫の中の物も何でも自由に使って」
「はい!」
「楽しみにしてる」
わあ、嬉しい。正田さんが喜んでる。
まだそれをちゃんと振る舞ってもいない癖に、私はもう嬉しくてたまらない。
嬉しいな。
私からもちゃんと差し上げることが出来るんだ。
翌日にお出かけして、レストランでのご馳走と指輪を戴いた。――「左手の薬指に付けるんだよ」と念押しされてよく考えずに頷いたら、「まったくもう君は本当に……」と嘆かれて、「これは、『君は俺のもの』って示すものだから」と、その意味をも念押しされた。
それでようやくただ装飾品を贈られたのではないのだと正しく理解して、赤い顔で頷いたらほっとしたように微笑まれた。
いつも、何かしらを戴いた後、『悪いなぁ』って思う気持ちが強くて、『なんだか、すみません』とか、『――ありがとうございます』とか、嬉しいくせに素直にそれを伝えられなかった。でも、私はもう、相手が喜んだら自分も嬉しいって云う事を知ったから。
正田さんを見つめて、「ありがとうございます」ってちゃんと伝えた。多分、ちょっと顔赤い。だいぶ顔、緩んでる。
そうしたら、とてもとても嬉しそうにしてくれた。テストで一〇〇点とって、お母さんに褒められた男の子みたいに、誇らしげに。
もっと早くにこうできたらよかったのにな、と残念に思うけど、心の中で朋ちゃん師匠が『何事もやってみなくちゃ分からんのよ、さっちゃん』とすぐ先走りたくなる私を宥めてくれた。
連休の最後の日に、約束通り私がご飯を作って、食べてもらった。
レシピを見ないと作れない物はやめて、何度も作って慣れている、普通に普通のご飯。多分、正田さんの方がこだわり派じゃないかな、お料理。
普通に普通のご飯をとっても嬉しそうに奇麗に食べ終えると、正田さんは「これ毎日食べたいなぁ、駄目かな?」と云ってくれた。
私は、『うちでご飯作ってくれる時用のエプロン』と云って正田さんが今日買い求めてくれた、マリメッコの大きなお花柄のそれをつけたまま困ってしまう。
「毎日外泊するのはさすがに両親が……。でも通いとなるとそれも大変か」
ああ、でも食べたいって云ってもらって嬉しいし、出来るなら私も作りたい気持ちはある。どうしたらいいかなあ、師匠?
私がここに居ない朋ちゃんにテレパシーを送っていると、正田さんはがっくりと肩を落として「まったくもう君は本当に……」と呟いている。
「正田さん?」
「早とちりをするくせに、時々躱されてるかと思うような絶妙な返事をするよね、沙保里は」と苦笑した。そしてキッチンで片づけをしていた私のところに来て、こんな風に云った。
「『毎日食べたい』は、君が、お嫁に来てくれたら俺は嬉しいってことなんだけど、どう?」
「どう、って……」
「ん?」
首を傾げて、腕組みをして、笑って。駄目です、って云ったらどうするつもり? 絶対云わないけど。
びっくり、うれしい、どきどき、わくわく。
あなたが私にくれるものは、いつもそんな気持ちも一緒に運んでくれる。
プロポーズは、どきどき、で、うれしい。かな?
「たまには、正田さんも作ってくださいね」
そうお返事したら、ぎゅっと抱き締めてくれた。
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13/12/21 脱字修正しました。