ほっぺにちゅ。
旦那さん×奥さん
喧嘩した後って、皆どうやって仲直りしているの?
ごめんねって、云うんだよね。そしたら、俺もごめんねって云ってくれるかな。云ってくれなかったら、どうしよう。とりあえず今回の喧嘩の原因は、わたしの側にあるって分かってる。それだけに、不安が募る。
コーヒーを淹れてどうぞって云えばいい?
大好きなCDをかける?
――謝りたい気持ちはあるけど、かつてないほど頑なになってるから今は無理だ。
ソファで隣にすすすって座って、頭をこてんてあなたの肩に乗せる?
――そんな可愛らしい技を使える自分じゃない。無理。
ベッドの中でハダカで待ち構える?――いやいやいや、無理無理無理。
ちら、と視界の隅にあなたを映してみる。
まだ、怒ってるのかな。腕組みをして、難しい顔して、ついてないテレビの方を見て。
わたしはわたしで、あなたに背を向けて、ダイニングの椅子に腰かけてる。
今日は、料理もうまく作れたのにな。
美味しいねって云ってもらえたのにな。
結婚して初めてのクリスマスを迎えるにあたって、お部屋の中はどこもかしこもクリスマス仕様だ。
あっちこっちに小さいリースやクリスマスの飾りを下げていたら。
――邪魔。
背の高いあなたは、歩くたびあちこちに飾りが当たったり引っかかったりして、とうとうそれを口にした。
――邪魔って、そんないい方しなくたって。
――お前は歩いてても当らないからいいけど、家で歩くたんびにあっちこっちに飾りが当たるこっちの身にもなってみろよ。
――ひどい、喜んでくれてるかと思ったのに。
涙ぐんだら、ため息吐かれてしまった。
もう一時間もこうしてる。
お片付け、しなくっちゃ。ダイニングのお皿をシンクに運んで、荒れた気持ちのまま皿を扱わないように気を付けて洗う。
それが済んだら、クリスマスの飾りを全部片付けてしまおう。
喜んでもらえないどころか煩わしい思いをさせていただなんて、情けなくて恥ずかしくて悲しい。
……わくわくしながら、飾りつけしたのにな。
納戸代わりに使っている部屋から、クリスマス用品を入れる段ボールを持ってきて、ひとつひとつ片付け始めた。
リースを集める。ガラス細工をエアパッキンに包む。
玄関、洗面所、廊下、お手洗い、寝室と片付けを進めて、あなたがいるリビングに背を向け、キッチンとダイニングの飾りも撤去した。リビングでもあなたから一番遠いところからやろうと隅に行くと。
「――何してるのかと思えば」
呆れた様に云わないでよ。じわりとまた涙が浮かぶ。
ぺたんと座り込んでツリーに掛けたオーナメントを一つ一つ外す。ツリーにぐるりと回していた電球と電線を外す。ツリーを支える土台を外す。
「おい」
「わたしは『おい』じゃありません」
「何で、片付けてるの」
「煩わしい思いをさせるのは、本意じゃありませんから」
「なあ、落ち着いて。ですますもやめて。そんなフローリングの床に座らないで、こっちにおいで」
「もう少しで終わりますから」
わたしがいつもと違って強硬に云い張って、手を止めないのを見ると、あなたは、は――っと長く息を吐いて「この分からず屋」と云う。
と同時にわたしの体はふわりと持ち上がり――と云っても憧れのあの抱っこではなく、荷物のように肩に担がれた。
「下ろして!」
「暴れんな、危ない」
二人で暮らし始めた部屋はすごーく広いお部屋ではないから、何歩も行かないうちにすぐに優しくソファに下された。そしてばさりとブランケットを掛けられ、「大人しくそこで座ってろ」とわたしに向かって指を差された。――わたしがそれを好きだって知っててやられてる。好きなあなたの仕草の第一位。惜しげもなく見せつけられて、逆らう気が失せた。
体育座りして、ブランケットに鼻を埋めるようにしてあなたを見る。
普段、お酒を取りに行くか換気扇の下で煙草を吸うかくらいしか、あなたが入ることのないキッチン。そこであなたはお湯を沸かして、ポットを温めて、カップを温めて、――。
三分測れる砂時計の砂が落ち切ったら、あなたはお茶を注いだ二つのカップを、小さなお盆に乗せて運んできた。ミルクの入ったアッサムティー。
「どうぞ」
ぶっきらぼうにすすめられて、「……ありがとう」とこちらもぶっきらぼうに返した。いつものようにぼすんと無造作に横に座られて、悔しいけどとてもホッとした気持ちになる。
いい香り。こくんと一口飲めば、わたしが大好きな具合にお砂糖が入れられていた。
「おいしい」
「そうか」
前を向いたままのあなたが、少し笑ったのが分かる。それだけで嬉しい。
……わたし好みの紅茶を淹れてもらったせいか、さっきより、頑な具合が柔らかくなってはいる。でも素直になりどころがまだ分からなくて、困ったような怒ったような顔で黙り込んでしまった。
カップが空になるのは同時ぐらいだった。
「ごちそうさまでした」とテーブルに置けば、あなたはコンポの方へと歩いていく。CDを迷わずに選んでかけると、聞こえてきたのはあなたの好きな歌手じゃなく、わたしの好きなバンドの曲だった。
すたすたと戻ってきては、またぼすんとソファに座る。
腕をソファの背に投げるように伸ばして、そうすると自然にわたしの方に腕が来て、簡単に抱き寄せられた。あなたもわたしみたいに足をソファの上で折りたたんで体育座りをして、引き寄せたわたしの肩にこてんて頭を乗せてきた。
「もう、機嫌直して」
甘えた声でそんな風に云ってくるから、頑な具合がいい感じにだいぶへろへろだ。
「せっかく飾り付けてくれたのにあんな云い方して、ごめん」
「――わたしこそ、ごめんなさい」
するりと謝る言葉が出てきた。
「いいんだ、よくよく考えたら、それまで男が身近にいないからその発想がなかったって事だし」
それはその通りで、男兄弟はおらず、父は背がわたしと同じくらいだったし、結婚前の一人暮らしのアパートに男性を招き入れたこともほとんどなかった。
だからまさか、あなたが歩くと飾りが頭に引っかかるだなんて思いつきもしなかった。
「なあ、仲直りしてくれる?」
あなたが肩口にすりすりと頭を擦りつけてきた。それに笑いながら答える。
「もちろん」
わたしが出来なかった仲直りのメソッドを、あなたは難なくすべてやってのけた。
すてきな人。
わたしに、素直になりどころはここだよって教えてくれた。
だからわたしも、普段は出来ない事をしてみようって気になった。
「ねえ」
「ん?」
呼びかけて、こっちを見上げたあなたのほっぺにキスをした。
今度は、柄にもなく自分からあなたの腕に抱きついて、云ってみた。
「しまっちゃったけど、あなたに当たらない高さに飾り付け直すの、手伝ってくれる?」
「もちろん、喜んで」
でもそれは明日ねと深いキスをされて、今度こそ憧れのお姫様抱っこで寝室に運ばれた。
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