繋がり
第五回目の投稿ですが、大幅に修正しました。
風呂上がりの桜がベッドに横たわっていた。
ぼんやりしていると、机の上で携帯が振動を始めた。
振動パターンから電話だと察知すると、すぐに起き上がった。
携帯を開くと、ディスプレイには「杉村幸雄」の名前が表示されている。
社長の名前だ。桜は普段から、名前では呼ばずに役職で呼ぶ為、本名にはあまり馴染みが無い。
「はい、香川です」
「こんばんは、杉村です。夜分遅くに申し訳ないが、今大丈夫かな?」
相手が誰であろうと丁寧で腰の低い態度だ。こういった所にも好感が持てる。
「大丈夫です。丁度ゆっくりしてた所ですから」
社長は、そうか、ならよかった、と安心した口調で言った。
新年の挨拶を済ませ、本題に入った。
「急な話だけど、ボランティアに興味はあるかな?」
「ボランティアですか? 二、三回ぐらいならやった事はありますね」
去年の仕事収めの際、車中で交えた会話の中で、麻雀をやると約束した。てっきりその誘いかと思ったら全くの見当違いだった。
「明日なんだけど、地元の集まりで掃除のボランティアがあるんだ。結構沢山人が来るんだけど、どうかな?」
「時間と場所はどこになりますか?」
「時間は十三時から。光が丘の消防署あるだろう、あそこから土支田通りまで行かないあたりまでかな」
かなりの距離がある。ちょっとやそっとの人数では、終わる頃には日が暮れてしまうだろう。
「大分距離がありますね……」
「去年だと五十人以上は集まったから、そんな時間はかからないよ。まあ気分転換にどうかなって誘っただけだから、無理強いはしないよ」
その時間だと、丁度病院から帰る頃だろうから、特に断る理由も無い。
「予定も特にありませんし、行きますよ」
「助かるよ。待ち合わせは駅前ね。箒とちりとりは、あれば持参で、無ければ私が持っていくよ」
「いえ、両方あるので、持っていきますね」
電話が終わると、桜はすぐに動き始めた。
明日に必要な荷物を忘れない為、玄関に箒とチリトリを用意しておいた。
ボランティアなんて単語自体久しく聞いていない。
何年か前に、少し大きい祭りのスタッフをしたぐらいだ。
あれは確か、新宿に住む友人に誘われ、早稲田大学の構内で行われた祭りだ。かなりの来客数で出し物も凝りに凝っていた。
一番印象に残っているのは、手話を交えて歌う団体だ。
ステップを踏み、手話をしながら歌っていた。
盛り上げるために、飛び込みで参加した友人に続くように、他のスタッフも桜も一緒に踊り始めた。
団体の中に混じり、隣を見ながらたどたどしい手話を繰り広げ、足が追い付かないステップを踏む。
開き直ると、それが意外と楽しく、今でも記憶に残っている。
そして、調子に乗り過ぎた桜が、大きな手の動きを見せた時、隣の女性の頭にぶつけてしまった事も思い出として残っている。
しかし、今それをやれと言われたら、どうだろうか。
歳をとればとるほど、賢しらぶって本気で物事を楽しむ事ができない様な気がする。
そんな事を思ったが、掃除のボランティアではいらない心配だろう。
桜は明日に備えて、早々に布団に入った。
病院を後にした桜は、駅前の駐輪場にいる。
最近では、放置自転車への対応が厳しくなり、通りを見てもほとんど自転車が止まっていない。
以前では点字ブロックの上にまで止められているという無法っぷりを披露していた。
そう考えると、駐輪代の百円は安いものだろう。
そんな事に思考を巡らせながら、約束の場所に向かうと、結構な人数が集まっている。
傍から見ると、一体なんの集団かと訝しむに違いない。
近づけば近づくほど、自分だけが場違いな人間に思えてきた。どこを探しても、桜と同年代の人間はあまりいなさそうだ。
その中から社長を見つけると、早速声を掛けた。
「社長」
「お、きたかね」
「思ったより沢山いますね」
ざっと見た感じ、五十人は優に超えている。
「うんうん、毎年少しずつ増えてようやくこれだけの人数が集まるようになってね。会社の人間は、桜君だけだよ」
「まだまだお正月気分ですからね。僕はたまたま暇なだけですよ」
そんな事を話していると、集団の中から大きな声が聞こえてくる。
「はい、皆さん注目ー」
その場に居合わせた人は、まるで捲かれた餌にむらがる鳩のように、一か所に集まった。
「あけましておめでとうございます。正月早々お集まりいただきありがとうございます。今日も皆さん宜しくお願いします。えーと大体、五十メートル毎に一人二人程度の配置でお願いします。では、今からゴミ袋を配布しますね」
思いのほか淡白な挨拶に好印象を受けた。こんな寒い中、だらだらとされたらたまったものではない。
桜は、袋を受け取りに行くと、視界の隅に見覚えのある人間が写った。
思わずそちらに視線を向けると、驚いたことに鈴村さんがいた。
ほんの数秒立ちつくし、目が釘付けになっていると、彼女も気づいたらしい。
一瞬大きく目を見開いたが、すぐにえくぼを作った。
「こんなところでどうしたんですか」
「一瞬目を疑っちゃいましたよ。まさか香川さんがいるなんて」
「知り合いに誘われたので、たまにはいいかなと思いまして」
「私は時々お邪魔してる感じです」
思わず感心してしまった。周りを見ても、桜や鈴村さんの年代に近い人はいない。
自分を持っているのだろう。
鈴村さんから思わぬ提案をされた。
「良かったら、一緒にやりませんか?」
「やりたいのは山々なん」
そこまで言ったところで、鈴村さんの背後に社長がいるのを発見した。
いつの間にかそこにいたのだろうか、少しだけ驚いた。
どうやら会話を聞かれていたらしい、それだけはわかった。
その証拠に、社長はあまりスマートではないウインクをした。
心の中で社長に謝り、そして礼を言った。
「あ、お連れの方もいるんですよね」
「いえ、そっちはそっちでやるみたいですから。一緒にやりましょう」
「そうですか、じゃあ行きましょう」
そう言って袋を二枚貰い、通りを歩きだした。
鈴村さんの話では、特に細かく配置されるわけでもないので、好きな場所を陣取ればいいらしい。
二人は若い方なので、一番歩かなければならない、管轄内では端を担当することにした。
歩きながら、他愛も無い事を話した。
休みの日はなにをしているだとか、趣味はなんだとか。
まるで小中学生同士の自己紹介だった。それでも桜にとっては貴重な時間だった。
目的の場所に付くと、それまでとは打って変わって、鈴村さんは黙々と作業を始めた。
桜も、負けじとせっせと体を動かした。
普段では、目もやらないような場所に、多くのゴミが隠れている。
煙草の吸殻、缶、何かの包装紙など、よくもここまで捨てたもんだと感心してしまう。
ふと、以前見たテレビを思い出した。
確か、タイトルは「海外から見た日本」だった。
日本人は非常に民度が高い。などとやたらめったら日本を持ちあげる番組だった。
綺麗好き、勤勉、温厚、親切、等々他にも沢山挙げられていた。
その番組の視聴者は、日本人であることを誇らしく思ったのだろうか。
表面だけは綺麗に取り繕われていて、実際は大したことは無い。
ゴミはこれだけ溢れていて、不親切な人間も星の数ほどいる。
点字ブロックの上に、わがもの顔で自転車を止める人間も。
そう言えば、誰かが反論するだろうか、「海外に比べたら」などと。
他に比べれば、高い水準にあるように見えるかもしれないが、それは瑣末な事だ。
いかに自らを高めるかであり、他者は関係が無いのだろうと思う。
ただ、桜がこんな事を考えるのは、今現在、他者の尻拭いをしているからだろう。
普段の状態であれば、思う所はあっても深く考える事は無い。
こんな時にだけ真面目腐った思考を巡らせる自分を浅ましく思った。
少し疲れたので、背中を伸ばしがてら、鈴村さんを見た。
すると、疲れなど一切見せずに一心不乱に作業をしている。
彼女は学生時代からボランティアを続けているらしい。
桜とはまるで正反対で、奉仕精神の塊の様な人間だ。
世の中には、こんな奇特な人物もいるものだと感心した。
持って生まれたものなのか、それとも気持ち次第なのか、そんな疑問が浮かんだ。
しかし、その疑問は一生解けないはずだ。そして解いたところでなんにもならないだろう。
桜は余計な雑念を捨て、また作業に取り掛かった。
それからほどなく、鈴村さんの方向から大きな声が聞こえた。
話の内容は聞き取れなかったが、何かあったのであろうと察知した。
そちらに目をやると、髪を派手な色に染めたカップルの一人が、鈴村さんに詰めよっていた。
それに焦って、手に持っていたものを置き去りにして、そちらのほうに走って行った。
間に入り、事情を聞くと、鈴村さんが掃除をしている目の前で、ゴミのポイ捨てをしたらしい。
それを咎めたら、癇癪でも起こしたかのように大きな声をまくし立てられたそうだ。
顔に似合わず、無茶をやるものだ。
しかし、これには桜も頭に来た。
鈴村さんを自身の後ろに下がるよう促し、男に向けて言う。
「掃除してる人間の目の前でゴミを捨てるって、余りにも常識が無いですよ」
「てめーには関係ねーだろ、この糞ガキゃ」
いかにもチンピラという体で、程度の低さが喋りでわかる。
「関係云々じゃなくて、人として恥ずかしくないですか?」
「ごちゃごちゃ言いやがって、やんのかこの野郎」
「あなたがその気なら構いませんが、この通りで袋を持っている人全員が僕達の仲間です。今もこちらを見てるでしょ」
そう言って、皆のいる方向にあごをしゃくった。
「何かあったら皆駆けつけるでしょうし、警察にも通報するでしょうね」
それでも男は、噛みつかんばかりの勢いで睨んでいる。
その横で女は早く行こう、と促している。
「てめー、次会ったら覚えとけよ」
男は捨て台詞を残して立ち去ろうとした。
その瞬間、鈴村さんが袋を差し出した。
「ゴミ、ここにお願いします」
何をしているのか、と思ったが、捨てたごみを拾ってここに入れろという意味だったのだろう。
一度はこちらを向いたカップルであったが、結局は無視して歩いていってしまった。
心配をしていたのだろう、直ぐに数人が駆け寄ってきた。
「大丈夫?」「怪我は無い?」「何があったの?」などと、口々に言った。
なんの異常も無い事を告げると、ほっとした面持ちで自らの持ち場に戻って言った。
「見かけによらず無茶しますね」
「だって、目の前で捨てるから……」
敬語を忘れている。見た目ではわからないほど動揺しているのだろう。
「何かされたらどうするんですか、危ないですよ」
「香川さんも人の事言えないです」
「僕の場合は、大通りでしたし、相手の方は連れがいましたから、そんな無茶はしないだろうっていう判断からです」
「なんか、ずるいですね、それ」
そう言って、彼女は笑みを漏らした。
再び作業に戻ろうとしたが、そろそろ終わるらしい。少し離れた人がジェスチャーで教えてくれた。
時間にして一時間弱、結構な肉体労働だった。
袋の中には戦利品が沢山ある。それを携えて歩き出した。
少し進んだところで、彼女が不意に言葉を漏らした。
「香川さん、案外怖いもの知らずなんですね」
「いや、内心じゃビビりまくりでした。心臓が飛び出るかと」
「実は私も」
桜と鈴村さんは、顔を見合わせて笑った。
何も無くて良かった。
ただの言い争いだけでも、こんなに心臓が高鳴るとは、とことん向いて無いのだろう。
偶然周りに人がいたから済んだもので、誰もいなければ大人しく引き下がっていたに違いない。
体を鍛えるのも一つの手かな、という思いがよぎったが、その考えはすぐに霧散してしまった。
それから、集合場所に着くまでの間、不思議と会話は無かった。
リーダーと思しき人物が、再び声をあげ、袋の回収を始めた。
回収が終わると、再び口を開き挨拶を始めた。始まりと同じくして、簡素な挨拶だった。
そのまま解散なのかと思われたが、労働の対価があるらしい。
ペットボトルの小さいお茶が配られ始めた。
そのお金の出所は一体どこからなのか、などとくだらない事を考えながらお茶を受け取った。
結局、貰えるものならなんでもいいか、と蓋を開けた。
思いのほか喉が渇いていたらしく、小ぶりな容器な為、一回で半分が消えてしまった。
一息入れたところで、大事な事を思い出した。社長の存在だ。
気を利かせて貰い、一人で掃除をさせることになってしまった。
辺りを見回すと、見知らぬ人物と楽しそうに会話していた。
それを見て少しだけほっとした。
再び、鈴村さんの方向に体を向けると、丁度お茶を飲んでいた。
改めて思うと、目の前に彼女がいるのは不思議な事だった。
病院内でしか会う事は無かったのに、今はこうして一緒にお茶を飲んでいる。
二人で、という洒落た状況ではないが、これはこれで悪くない気がした。
そんな事を考えていると、鈴村さんが時計に目をやった。
「あ、もうそろそろ帰りますね」
少し残念な気がしたが、仕方無い。
「はい、お疲れさまでした」
「お疲れ様です。今日は香川さんがいてよかったです」
「いえ、こちらこそ」
それじゃあ、と頭を下げ、彼女は踵を返した。
無意識に、それを目で追っていた。どうやら地下鉄に乗るらしく、ここからすぐ近くの入口に向かっていた。
勿体無い。そんな気持ちが湧いてでてきた。
ここで動かなければいけない、そんな命令を脳から発せられている様な気がした。
次の瞬間には、彼女の後を追い始めた。
桜がその入口の前に立った時、彼女は階段をいくつか降りていた。
「鈴村さん」
意を決して声を掛けた。
それに気付き、彼女は足を止めて振り返った。
二人の距離は、近いようで遠い気がした。
「良かったら、連絡先教えてもらえませんか?」
その言葉に、彼女は少し驚いた様子だった。
しかし、その表情は笑顔に変わり、こちらに向かってゆっくりと階段を登り始めた。
桜の目の前まで来ると、人懐っこい笑顔で、はい、と返事をした。
「近い内連絡します」
その言葉を最後に、再び、彼女と別れた。
ほんの少しだけその余韻に浸っていたが、すぐに社長のいる場所に向けて歩き出した。
ボランティアに集まった人々は、半数以上がいなくなり、まばらな状態になっていた。
その中から、社長を見つけることは簡単だった。
もう話し相手はいないらしく、一人お茶を飲んでいた。
「すいません、社長一人にして……」
「なーに、気にしないでいいさ。私も他の方と楽しくやってたからね。付き合ってくれただけで満足だよ」
「そう言って頂けるとありがたいですね」
「それはそうと、今時の子にしては珍しいね。こんな所に来るなんて」
確かに、こんな所で会うなんて夢にも思わなかった。
今時天然記念物の様な存在であろう。
「僕も見習わなくちゃいけないですね」
「そうだな。桜君が気になるのも分かるよ」
社長はそう言って、にっこりと笑った。
「いや、そんなんじゃないですよ……」
「なんにせよ、後悔が残らないようにね」
親切心からなのだろう。そう分かっていながらも、思わず口元が緩みそうになった。
それは、まるであの男が発した台詞の様だったからだ。
それからしばらくして、社長と別れた。
世の中、何が上手く作用するかわからない。
人間万事塞翁が馬、とはよく言ったものだ。
案外人生とはそんなものなのかもしれない。
しかし、あの男から買った『力』は、一向に役に立つ気配が無い事に気付いた。
役に立ちそうで立たない。それも人生か。
そんな事を考えている自分がおかしくて、吹き出してしまった。
最近はよく笑う。
日々、少しずつ、ゆっくりと、凝り固まっていたものが解れていくのを感じている。
まるで雪解けの様に。
以前の内容を読んで頂いた方達に混乱を招くような結果を与えてしまい
申し訳無いです。
至らない作者と作品ではありますが
最後まで読んで頂きありがとうございました。