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想い

神様の小遣い稼ぎ、三回目の投稿です。

 数日後、今年最後の仕事を終えた。

 社員全員が事務所に集まり、人心地(ひとここち)ついていた。今日の業務は主に便利屋業の比率が高かった。

 年越し前という事で、大掃除関連がメインであった。

 

 これでもかというぐらい汚れた部屋の掃除、倉庫や蔵の整理、障子や襖の張り替え。

 そして、そのついでに出る不用品の回収。これで一日を終えた。どうやら、他の社員も似たようなものだったらしい。


 最後は社長の言葉で締めて今年も終わりとするようだ。

「今年も御苦労さまでした。仕事も皆さんの働きのおかげで順調です。来年もまた頑張りましょう」

 それから二言三言喋り、校長先生の長話ではないんだからと、笑いながら自分で切り上げた。

 各々(おのおの)が緩んだ顔を携えて、帰り支度をしている。

 そんな中で社長が、飲みに行かないか、とぼそっと漏らした。

 聞こえなかった振りをして、足早に出ていく者。はっきりと断る者。しどろもどろになりながら、なんとか逃れようとする者。


 それぞれの性格が出ている。

 桜はすることも無い上に、新入りという事もあり、付き合う旨を伝えた。

 おお、そうかそうかと社長は相好(そうこう)を崩したが、すぐに真面目な表情に戻った。

 社長が桜を見据えて口を開いた。

「お母さんは大丈夫なのか?」

 母の所は出勤前に顔を出した。そして夕方にも、叔母の祥子さんが母のお世話をしてくれている。その旨を伝えた。

「そうか、わかった。でも無理はしないでいいぞ」

「してませんから大丈夫ですよ」 

 そんなやり取りをしていると、事務所の電話が鳴った。

 

 営業時間は終了している。駆け込みで依頼が来たのかもしれない。

「はい、リサイクルショップかたくりです」

「すいません、便利屋業もやっていると聞いたのですが……」

 声の第一印象で言うと、お年を召した方というところだ。か細い声ながら、芯のある声。

 営業時間は終了している旨を伝えるか逡巡(しゅんじゅん)していると、丁度社長が戻ってきた。

「仕事の依頼で、人数がいらないようなものなら受けていいよ」

 と耳打ちされた為、頷いた。


「はい、便利屋も兼業しています。ですが、今現在多くの社員が出払っているため、内容によってはお受けする事ができないのですが、どういった内容になりますか?」

「あの、お蕎麦を届けてほしいんですが……」

 電話越しの相手は、遠慮がちな口調で喋った。

「はい、それなら可能だと思います」

「じゃあ……」

 必要な情報をメモして、電話をおいた。


「社長、蕎麦を配送してほしいそうです」

「蕎麦? 宅急便のほうが安上がりだろうに……」

 社長らしい意見だと思ったが、それについては触れず、要件だけを報告した。

「依頼主が埼玉県の川口市で、届け先が新宿です」

 そう言ってメモを差し出す。


「そうか、わかった。桜君は帰っていいぞ」

 飲みに行けない事が残念だというような顔をして言った。

「折角ですから、最後まで付き合いますよ」

 この際だ、酒飲みも仕事も大してかわらないのだからと、半ばやけっぱちで返事をした。

「そうか、じゃあ、今年最後の仕事は二人でこなすか」

 嬉しそうな声で破顔(はがん)した。

 

 いそいそと、社用車に乗り込み、まずは埼玉へと向かった。

 なかなか社長と二人きりになる事も少なく、気まずい空気が流れている。ただ、そう感じていたのは桜だけだったのかもしれない。

「ようやく運転には慣れたみたいだね、最初の頃は、走る棺桶(かんおけ)って感じだったよ」

 と笑っていたが、桜にとっては苦々しい思い出であり、恥ずかしくもある。

「何も言えないです。それは言わない約束で……」

 と苦笑した。


「まあまあ、人間だれしも最初はそんなものだよ」

 そう言って、桜の顔をちらりと見た。

「なんでもかんでも上手くやろうとしなくていいのさ。不器用なりに一生懸命になれば誰かが見てるものだ」

「はい、今も一生懸命運転していますよ」

 真正面を見据えたまま、笑って返した。

 

 思えば、この会社に入って数カ月経つ。その間社長には色々気にかけてもらっていた。桜だけでなく、母の事も。

 仕事に関しては厳しい事この上ないが、優しさに満ちた人間であることはわかる。

 大きい人間なのだなと感じた。尊敬と言うと、どこか面映(おもは)ゆい気がするが、自分にはとてもなれるような人物ではないと思った。

「この時期ですから、年越し蕎麦ですかね」

「そうだろうなあ、わざわざ今日頼むぐらいだから、手打ち蕎麦かもしれんな」

 それを見越して、クーラーボックスを持参するという、細やかな配慮を見せていた。当然、車中の暖房が効いているためだ。

 それから数十分、取りとめのない話をしながら目的地に辿り着いた。

 

 社長が玄関のインターホンを鳴らし、桜は横でクーラーボックスを抱えていた。それからすぐに依頼主が出てきた。

 電話越しの印象とは違い、矍鑠(かくしゃく)としたお婆さんが姿を見せた。動きも機敏で、背筋もまっすぐで、顔つきも締まっている。

「わざわざすいませんね。私が打った蕎麦なんですけど、息子夫婦に食べさせてあげたくてねえ」

 その表情には優しさがにじみ出ていた。

 そして、付け足すように、今日の蕎麦は出来がいいとも言っていた。


「そうですか、それは息子さんもお喜びになりますね。責任を持ってお届けさせていただきます」

 屈託のない笑顔で社長は蕎麦を受け取った。そして、それは、すぐ桜に渡されクーラーボックスに収納された。

「今からですと、大体一時間半程度でお届けできますね。その際、事前に連絡していただけたら確実にお渡しできると思いますので、お願いしてもよろしいですか?」

「ああ、そうですね」

 そう返事をすると、手慣れた様子で携帯電話を取りだした。

 配達時間には在宅していると確認が取れた。料金を受け取り、依頼主宅を後にする。

 

 

 車に乗り込み時計に目をやる。目的地には二十一時三十分には着くだろう。

 自社に戻る頃は二十二時を過ぎたあたりになりそうだ。

 あの時、お言葉に甘えて帰っていれば、今頃自室のベッドの上に違いない。それに、社長一人で事足りる仕事なのだから、わざわざついてくる必要も無かったかなと考え始めた。

 そう思っていたところに社長が口を開いた。


「やっぱり、桜君が居てよかった。二人だとやっぱり違うものだね」

「枯れ木も山の賑わいってやつですね」

「若者がそんな卑下(ひげ)するもんじゃない。うちの連中は仕事はしっかりとこなすし、愛想もいいんだが、結構ドライな所があるからね。あそこで一緒に行きますなんて言うのは、今のところ桜君ぐらいだから、私としては嬉しいところだよ」

 その言い分だと、あの場面、誰が付いてきても嬉しいんじゃないかと心の中で突っ込んだ。


「それに、大分経ったとは言え、桜君とはゆっくり話す時間もなかなか取れなかったからね」

 と続けて言った。その割にあまり会話が続いていない。

「逆に時間が沢山あると、何を話していいのかわからないものですね」

「そうだなあ、じゃあ、私の息子の話をしてもいいかな」

 いいですよと、(うなず)く。

「私はこう見えて麻雀が好きでね」


 意外な趣味だなと感じた。

「なんか意外ですね」

「私としては、そんな事無いんだがね」

「それで妻や子供達にもやらせて、家族麻雀を楽しんでいるんだ。順位に応じてお小遣いをあげたりなんかしてね」

「楽しそうでいいですね。僕も少しぐらいなら麻雀わかりますよ」

 麻雀で生活費の一部を工面していたなんて、口が裂けても言えないなと心の中で苦笑いした。

「お、今度一緒に卓でも囲もうか」

 本当に嬉しそうに、真っ直ぐ感情をぶつけてくる人間だなと感じた。勿論、断る理由も無く、是非お願いします、と返事をした。


「それでさ、結構な年数やっているんだが、最初はわざと負けてあげたりしてね」

「いいお父さんですね」

「ところが、最近になると、一番上の息子が参考書やインターネットで知識を得て、お小遣いをあげるどころか、巻き上げられる事態になってしまってね……」

 愚痴(ぐち)っているようで、なんだか嬉しそうに見えた。

「ちょっと悔しい日々を過ごしているわけだよ」

「賢そうな息子さんですね」

「私としては、もう少し馬鹿な方が可愛げがあると思うんだがね」

 何を聞いても自慢以外に聞こえなくなってきたが、そんなものですかねと適当に相槌を打った。

 

 それから数分の間沈黙が続いたが、再び口を開いたのは社長であった。

「その息子と桜君が似てるんだよなあ」

 まるで独り言の様であり、この近さでなければ聞き逃してしまいそうな声だった。

 そうなんですかと相槌(あいづち)を打った。

 赤信号で止まった時、携帯写真を見せてくれた。確かに利発そうな顔つきではあるが、桜と似ているかと問われれば、そうでもないはずだ。


「なんていうか、雰囲気が似てるって言うのかな。醸すオーラってやつ」

 前々から思っていた事を、思い切って聞いてみた。

「それが僕を採用した理由ですか?」

 少しの間をおいて、返事がきた。

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。どちらによせ、そんな事は瑣末(さまつ)な事だ。私が大丈夫だと判断したのだからね」

「そう言われると、少しだけ自信が持てる気がしますね」

「少しどころか、どんと自信を持ちなさい、若者よ」


 この言葉を聞けただけで、今、ここにいる価値は十分にあったなと感じた。

 桜には、何か(ひい)でた能力など無いし、誇るべき点も無い。それ以前に、自分自身に対して懐疑的(かいぎてき)である。

 そして、他人の言葉を額面通りには受け取らない性質でもある。

 ただ、それでも今の言葉を聞いて、少しは自分の事を認めていいのかなと思った。

 そして、そう思えた事が思わぬ収穫で、充足する。

 それからしばらくすると、目的地まで間も無くという場所までたどり着いた。


「もうそろそろだなあ」

 カーナビでは、数メートル先を左折をするとすぐ到着となっている。

 しかし、どうやら一方通行なため、大きく迂回する事になりそうだ。そして、その旨を伝える。

「そこ一通で曲がれないみたいなので、ちょっと迂回が必要ですね。だから、あともう少しかかりそうです」

「この期に及んでなかなか焦らすね。カーナビさん」

 時々おかしな事を言う欠点も、社長には丁度いいのかもしれない。

 余計に時間を食ったものの、ようやく目的地にたどり着いた。


 インターホンを鳴らすと、玄関に明りが灯った。それから間もなく、女性が出てきた。

「すいません、リサイクルショップかたくりです。斉藤文子さんから、お蕎麦のお届けものです」

 依頼主の名前を聞いた女性は、眉をひそめ、不快感をあらわにした。

 そして、一度家の中に入り、敷地の外にも聞こえるほど大きな声で誰かを呼んでいる。


 社長に耳打ちする。

「なんだか具合は良くなさそうですね」

「そうだな、なんとなく予想は付くが……」


 ドア越しに夫婦と思われる声が聞こえて来る。防音効果が薄いのか、はたまた二人の声が大きいのか。

「もうこんなのやめさせてよって言ったでしょ」

「そんな事言っても、母さんだって親切心でやってるわけだからさ……」

「いつもあなたはそう言うけれど、こんなの私にとったら嫌がらせも同じよ」

 どうやら女性のほうがヒートアップして、一方的にまくし立てている様子だ。

「わざわざ毎年送ってこなくても、うちで用意すれば済むはずでしょ。わざわざあんな所に頼んで、私に対しての当てつけとしか思えないわ」


 あの依頼主は、そんな悪意は込めていない。

 保証する。ただ、桜が保証した所で、なんの価値も無いことはわかっている。

 社長と顔を見合わせるも、二人にはどうする事もできない。

 そして、依然として、口論が行われている。


「私、他人が作った蕎麦なんて食べたくないわ。何が入ってるかわからないし、気持ち悪いでしょ」

「そんな言い方は無いじゃないか、人の親をなんだと思ってるんだお前は」

「あなたの親かもしれないけど、私の親ではないわ」

「じゃあ、どうしたらいいんだ。子供みたいな事を毎年毎年……」

「受け取った事にして、そのまま処分してもらいましょうよ」

「折角作ってもらったのに勿体無いじゃないか、嫌なら君が食べなければ良い話だ」

「そうしたければ、うちの鍋は使わないでね。気持ちが悪いわ」


 そこから更に、二人が話し終えるまでに数分掛った。

 笊ですくった水の様に漏れてくる会話を聞くに、どうやら処分することに決めたらしい。

 玄関から出てくる二人。


 夫は門扉の前まできた。そして、その後ろでは、妻がしっかりと自分の命じた通りに動くか見張っているようだ。

「すいません、その蕎麦……、そちらで処理してもらえませんかね」

 国民的アニメのワンシーンを思い出した。お婆さんが孫の誕生日のために作ったパイを、宅急便に頼んで届けてもらうのだが、孫は迷惑そうに受け取り、食べずに放置して終わるというお話だ。

 その当時は、お婆さんのありがた迷惑な部分もあるのだな、とそこまで深く考える事はなかった。

 いざ、それを目の当たりにすると、これでもかというぐらい不快になった。

 桜自身が配達人となり、現場での生々しい声を聞いたという事も大きな要因かもしれない。


 この夫婦の決断に、社長はなんと言うのだろうか。

「すみません、そういった事ではきません」

 それはそうだ。はい、分かりましたと社長が言うわけがない。そのまま何かガツンと言ってくれるのではないかと密かに期待をした。

「お蕎麦をお渡しすることが私のお仕事です。受け取って頂かないと、後々不備があっても困りますので、処分する際はお客様の方でお願いします」

 出てきた言葉はそれだけだった。

「そうですよね、すいません、こちらで処分します」

 渋々蕎麦を受け取った。そしてそのまま妻へと渡された。


 その瞬間、自分の中で何かが弾けた。

 気づけば口を開いていた。

「あの……」

 その場にいる三人は、怪訝そうにこちらを見据える。


 桜は構わず続けた。

「あなたのお母さんからお蕎麦を受け取った時、本当に嬉しそうでした。今回のは凄く出来が良い、是非あなた達二人に食べさせてあげたいって。だから……処分するなんて言わないでください」

 白いベッドの上で、ぐっすりと眠る母を思い浮かべた。

「……いつまでもお母さんはいないんです。だから、お母さんの事悲しませないでください」

 夫は頭を垂らしている。


 妻は攻撃性を失ってはいない。

「なんであんたみたいなガキにわかった口聞かれなきゃいけないの。偉そうなこと言って」

「確かに右も左もわからないガキかもしれません、でも分かった事があるんです……」

 一呼吸置いて、声を振り絞る。

「私に父はいません。母も植物症で、半年以上も意識がない状態です。一人になって気づいたんです。当たり前のように自分を取り巻く環境や人は、決して当たり前じゃないんだと……。平穏な日々というものは、とても簡単に……音も無く崩れ去るんです」


 同じ轍を踏んでほしくない。その一心で言葉を捻りだした。

「大切にしろとは言いません。ある日、あなたの大切な人が目の前から突然姿を消した瞬間(とき)に、後悔しか残らないなんて、悲し過ぎませんか……」

 自分でもなんでこんな事を言ってしまったのかわからない。

 色の無い涙が頬を伝っているように感じた。本当は涙なんか流れてはいないのに。

「すいませんでした、生意気な事を言って……」

「申し訳ありません、うちの者が余計な事を」

 桜だけでなく、社長にも頭を下げさせてしまった事に、申し訳なさを覚えた。

 頭の下げる二人に対して、何か叱責(しっせき)の言葉は浴びせられる事は無かった。



 走る車の中には気まずい沈黙が続いてた。

 あれから二人の間に一切の会話は無い。

 桜は、あんな事をしでかしたのだから、どの口で話しかければいいのかわからなかった。

 沈黙を破ったのは社長の一言だった。

「喉乾いたな、どこか適当なコンビニに入ってくれ」

 はい、と返事をした。


 それから数分後、ローソンを見つけ。車を止めた。

 何を飲むかと聞かれたので、お水をお願いした。

 車中でそれを受け取り、蓋を開け、出発した。

 どうやら、自らが気づかぬ内に、喉が渇いていたようだ。一度口を付けると、三分の一ほどを喉に滑らせた。

「桜君……君がやった事は最低な行為だ。気持ちは痛いほど分かる。けれど、私達はそれだけはやってはいけない。何故だかわかるか?」

 その問いに、返事をすることができなかった。


「仮にも私たちはプロだ。慈善事業じゃない、しっかりお金を頂いているんだ。わざわざお客様が高い料金を払っているのはどうしてだと思う? 完璧に依頼をこなすという他に、一切依頼主の事情には立ち入らないという条件も加味されているからだろう」

 そして社長は核心に触れる発言をした。

「今回、桜君が良かれと思ってやった行為はあの夫婦の関係を滅茶苦茶にする事になるかもしれない。それが元であのお母さんとの関係もぶち壊しになるかもしれない。君の迂闊(うかつ)な発言一つで全てが崩れ去る事だってあるんだ。それを肝に銘じておきなさい」


 正論に打ちのめされた。桜のやった事は自己満足以外の何物でも無く、なんの解決も生まないという事だ。

「はい、申し訳ありませんでした。以後気を付けます……」

「流石に、私の息子でもあんな事はしないけどね」

 そう言って、笑顔を作った。

 その配慮のおかげで、少しだけ気分が楽になった。


 

 ようやく会社の車庫に着いた。そして、長らく動きっぱなしだったエンジンを止める。

 時計の針は二十二時三十分を指している。

 ようやく仕事を終え、今度こそ、帰り支度をする。

 帰り際、社長に休みの予定を聞かれた。

 どうやら本当に麻雀をするようだ。自慢の息子と対局させたがっているらしい。

 桜は、いつでも空いていますよと言い残し。その場を後にした。


 家まで徒歩二十分程度かかる。

 道のりの半分を行ったところで、手に持っていた水を全て飲みほした。

 流石にこの季節は冷蔵庫いらず。飲み干した水はキンキンに冷えていた。

 そこから少し歩くと小さい公園がある。普段から人がいないような閑散とした場所である。

 そしてそこにあるベンチの横には、ゴミ箱が置かれている。


 公園に足を踏み入れると、ブランコには人が座っている。この暗さでは一体どんな人物なのか判断が付かない。

 多少気味が悪いものの、下手に動くと、刺激を与える場合がある。

 自然体を装い、小さいく折りたたんだペットボトルをゴミ箱に収めた。


 そして、そのまま立ち去ろうとした時、座っていた人物から声が発せられた。

「おい、無視するなんて酷いじゃないか」

 最近ではもう聞きなれた声であった。

「またあんたか、そんな暗がりで人に声をかけるなんて趣味が悪いな」

 不審人物に違いはないが、顔見知りであった事に安堵した。


「桜が私のいた公園に入ってきたんだ、先に挨拶するべきだろう」

 この男の言う事は、まるでわからない。

「どこの世界にこんな夜中にいる不審者に挨拶をするんだ。それと、呼び捨てにするな」

「水臭いな。三回も会ったら親友みたいなもんだろう?」

 この男の思考回路は一体どうなっているのだろうか。


「そこでだ。神としてじゃない、親友とし……」

 遮るように言った。

「俺におっさんの親友なんていない」

「頼みがある。単刀直入に言うと、泊めてくれ」

 桜は丁重にお断りをした。


「親友が困っているって言うのに薄情な奴だな。日付が変わればもう大晦日だって言うのに、ここにいたらため息と白い息しか出ない。することと言えば身震いしかない。ブランコなんて漕いだ日には凍えてしまうね」

 目の前の男は好き勝手言っているが、そんな事は知ったものではない。


 足止めされている桜も決して寒さに強いとは言えない。

 一刻も早く、冷え切った体を芯から温めてくれる風呂に入りたいと切望している。

 その為、こんな所で油を売り続けるわけにはいかない。


「まあ、親友にも事情がありますから、寒空(さむぞら)(もと)、神様も頑張ってください」

 この男の様に、おちゃらけた口調でそう言い残し、足早に立ち去った。

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