雨降り地蔵 1
僕の町には一つの有名な伝説があり、それは往々にしてやはり雨降り地蔵に関するものだった。雨降り地蔵は遺恩寺の常楽池にとっぷりと頭のてっぺんまで浸かっていて、目を瞑り、赤い前掛けをして胸の前で手を合わせている。何十年も水に浸かりっぱなしだから所々にすっかりと苔が生え揃っていて、傍から見ているだけでもその手の平大の地蔵がぬめぬめとした触感であることがわかる。
僕と哲平が保育園の園児だった頃、保母さん達と手をつないでよくその寺へ散歩にいった。しかし僕らはまだその頃鼻水を垂らしたがきんちょだったので、保母さんや園長先生の雨降り地蔵伝説の説明は耳から入ってまた反対の耳へと抜けてしまっていたわけで。だから雨降り地蔵の伝説をちゃんとした形で聞いたのは、僕も哲平も4年生の校外学習の時だったと思う。担任の藤波先生はとてつもなく恐い先生だったし、生徒のあくび一つでも簡単にぶちぎれたから大人しく聞くほかなかったのだが、それはまあ置いといて、ここで雨降り地蔵の伝説を簡潔に説明する。
昔々、僕らの住む城武市で半年にも及ぶ日照りが続き、村人達が頭を悩ませているところにある日子供が近所の田んぼに転がっていた小さな地蔵をくすねてきて、その子供は親にめちゃくちゃに叱られたのだが、その様子を見てか知らずか、地蔵が誰にともなくぽつりと言った。「ここには水はないんかの」。ぽかんとしばらく口を開けた後、気味の悪さにぞくぞくっとした子供の親父は息子を叱るのを一旦止めて、おそるおそるその地蔵を握って障子を開け放ち、カンカン照りの庭に放り投げた。すると地面に仰向けになった地蔵は「日干しはかなわん。雨じゃ雨、雨を降らそう」と言ってひょっこり立ち上がったと思うと、そのままじっと祈り、本当に雨を呼んだ。雨は一週間降り続け、枯れた稲も草花も命を取り戻し、結果的にその年は稀に見る大豊作の年となった。それからというもの、地蔵は「水なしではいられないお方」と呼ばれ、普段は遺恩寺の常楽池に浸し、日照りが続いた年には池から引き上げて供え物をして、人々は地蔵が雨を呼ぶのを待ったという。
その話が本当かどうかは僕にも誰にもわからないが、この行事は今でも続いている。そしてそんな、僕と哲平にはまるで関係なさそうな雨降り地蔵伝説が僕らをスリリングでスキャンダラスな事件へと導いたのも、やっぱり地蔵を祀る、年に一回の町行事でのことだった。
山ノ神祭りは立春の後、最初の寅の日寅の時刻から、つまり2月8日の午前4時頃から始まっていて、まだ夜も明けきらない内から祭場となる神木に向かって人々が集落をぞろぞろと練り歩く。近寄りがたいオーラを放つ袈裟を着たお坊さんや、木で出来た祭壇を肩に担いで歩くお爺さんの間で、寒さに体をちぢこませながら僕と哲平は白い息を吐いて内心はしゃぎまくっていた。僕らが親公認で真夜中に外へ出られるのはホント年に数回のことだったし、それも二人で、子供だけで暗い時間に外出するなんてことはこれが多分初めてだった。
言っておくと、山ノ神祭りに子供が楽しめるコンテンツなんて一つもない。けれど僕らお子様の脳みそは夜中に子供だけで外出するという行為自体に興奮していて、古臭い行事も夜遊び的なものへと自動変換してしまう。僕と哲平はもう楽しくて楽しくてしょうがなかった。家を出てからずっと口元を緩めっぱなしで、お互いの些細な冗談にも腹を抱えてケラケラ笑った。大勢の人がいるということだけでなぜか笑いが込み上げてくるし、僕らの前にいた、お参りのついでに犬の散歩まで済まそうと考えているらしきおじさんを見ているのにも込み上げてくるおかしさを我慢できなかった。いやいやホント、なんでだろう? たぶん僕らはどうしようもなく浮かれていて、何が無くとも面白かったのだ。
哲平は学校に着てくるのと全く同じ黒のジャンパーを着込んでいて、下には裾がほつれたナイロン製のジャージを穿いている。「まあ夜だったら暗い色の方が目立たないかんね」と彼は言って、僕はこのとき気づくべきだったと後から思う。哲平にだってこのときまだ事を起こすような気はさらさらなかったのだろうけども、今思えば確かに何かの予兆を感じたし、哲平からもその片鱗がちらほらと見え隠れしていた。だから僕はこのとき、「ヘンなことするとバチが当たるよ」ぐらいは言っておくべきだったのだ。たとえ結果が変わらなかったとしても。
集落を抜けて田んぼ道に出ると、林の方に向かって鳥居が二つ並び、それをくぐってさらに少し歩いたところに遺恩寺はある。もうここら辺にまで来るとお寺から鳴らされるフレダイコの音がトーントーン、とはっきり聴こえてきて、僕らはまたにわかに興奮する。舗装されていない畦道に出て風を遮る家々が無くなると、身を切るようなつむじ風が吹いて、僕らの興奮して火照った体を嫌というほど冷やす。冬の厳しい寒さを毎年あっさりと忘れてしまう僕はあまり厚着をしてこなかったせいで、途端に歯がガチガチと震え出し、たまらず「行こ行こ、走ろ」と哲平の腕を引っ張って鳥居の方へ走り出す。正月呆けを引きずったようにのんびりと歩く大人達の間をスタタっとすり抜けて、100メートルも走って林道に入ると風は止み、後ろではびゅうびゅうという低い風の唸りと肩を抱え込むように歩く人々の姿が見える。
「どこだ? どこでやってんだ?」と突然、瞬間移動でもしてきたみたいな面持ちで哲平が辺りの林をきょろきょろと見渡すので、僕は哲平の背中を小突いて「どこ見てんだって。ほらあそこだよ」と前に続く道や人の群れを指差した。林の奥の暗がりに幾つかの小さな火が灯っていて、そこだけが夜の闇の中にぽっかりと浮かんでいる。ゆらゆらと揺れる火がなぜだろう、僕には来る前想像していたよりも幻想的で、自分から意気込んで指を差したはいいが、少しの間その光景に見とれてしまっていた。




