とんでも学校クライシス 1
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……殺す。
ノート一面に書かれた文字に私は仰天して、とんでもねーもの見ちったー! 的な状態で心臓バクバクの冷や汗だらだらの私はそーっと前の黒板に目を移した。後ろの席の玉木あかねは私が覗いたことには気づいていない。静かな教室の中では、先生の低い声とチョークで黒板をカツカツ叩く音とそれから私の後ろで変に興奮してると思われる鼻息がシュー、シュー、と聞こえてくる。私はもうとりあえず今の状況を生理することで精一杯だった。生理? いや違う整理だ。混乱混乱混乱。落ち着けあたし! すーはーすーはー深呼吸×2。とりあえず脳みその中を黒板に書かれた三平方の定理で埋め、机に広げた自分のノートに走り書き。直角三角形の三辺の長さについては……殺す。殺す殺す殺す殺す。ダメだ。別のことに集中なんてできるもんか。私はゴホンと一つ咳払いをして、おそるおそる、でもなるべく自然を装って後ろの席へ振り返ってみる。彼女はまだノートに「殺す」という世にも怖ろしい文字を書き続けている。そして私はなるべく視線をノートに落とさないように気をつけながら、彼女に好奇心に満ちあふれた質問を投げかけてみる。
「……なに書いてんの?」
途端に彼女の微かに振動していた体が止まり、腕が止まった。だっらーんと垂れた長い前髪が不気味に静止して、それから今度は肩が小刻みに震え始める。えっ何? あたしもしかして怒られる? 殴られる? 殺される!? とマジで焦っていると玉木さんはおもむろに少し顔を上げてノートをぱたんと閉めた。それから何事も無かったように教科書を広げ、今度は教科書に前髪をだっらーんと垂らした。
……ん、あれ? おいおい、あたしはどうなるんスか。
「誰か、嫌いな人でもいるの?」
それほど静かでもない、というよりざわついたいつもの授業風景なのに、私の声はいやに自分の耳に響いた。玉木さんと私だけ教室の中にぽっかりと別の空間を作り上げたみたいだ、まるで公衆電話のボックスみたいに。私の声は彼女の耳にだってはっきりと届いたはずなのに、彼女は何の反応も見せなかった。今度は私から声をかけられても動揺しない心構えでいる。一度驚かされたらもう驚かないってか?
「ねえ、玉木さん」
どうやら徹底的に私を無視しようとしてる彼女に、私は徹底的に話しかけてやろうと思う。おせっかいやら好奇心ではない。ここで引き下がったら負けなのだ。そのせいで玉木さんが心苦しくなろうと、彼女の心の中で私のウザ度がちょびっと増そうと、私は全然かまわない。だって玉木さんと私がこれからもっと親密になることは考えにくい。これは私にとってユーモアに富んだ冒険たんになるはずなのだ。後でカナちんやら涼子に報告して笑いのネタにするつもりなのだ。だから私は容赦なく踏み込める。これが後に笑いのタネになるのなら少々の犠牲は厭わない。
あたしはそういう女なのだ。えっへん!
「精神衛生に良くないよ、殺すとか」
私が言うと、振り向いたのは隣の席にいる高田だった。あー! と言いたげに口を開き、なんでそいつに話しかけてんだよー! みたいな目で私を見る。私は玉木さんがまだ俯いているのを確認してから高田に小さく首を振る。バカヤロー、今はうちらにかまうんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ。と目線を送って、断念した高田にほっとする。この子はマンツーマンじゃなきゃ人に何かを打ち明けたりする子じゃない、……と思う。
でも結局彼女は授業が終わるまで私に何も言ってはくれなかった。それどころか起立、礼で授業が終わると彼女はいきなりすっと立ち上がって(この時あたしはマジで殴られると思った)すいすい教室から出て行ってしまった。作戦失敗。笑いのネタになるどころか、このままじゃただの気まずい話だ。玉木さんがあたしに対して感じたウザ度はよっぽどのものだったかもしれない、と私はここで思い直す。ちょいやり過ぎたか。人間誰しもつっこまれたくない部分はあるもんなぁ〜と私は私らしくなく反省。人を傷つけたと思うと罪悪感も感じたりする。どうしよう、謝っといた方がいいかな、一応。そう、あたしだって少しは道徳的な人間だったりするのだ。えっへん!




