ボーリング・フォー・リボーン 4
いいえ、オチません。悪しからず。
人生最悪の一日を迎えてもやっぱりその原因となった人物は我が家の居間にいて、畳に寝っ転がりながら頬杖ついてテレビを見てます。お、ジャイアンツ勝ってるねー、ってそんなことはどうでもよくて私が帰って来てるのどうせ気づいてるんでしょ? なんで何も言ってくれないのかなー? すごく大変だったんだよ、今日。私はタマちゃんが泣いてる時、自分がいなくなればいいのになと思ったんだよ? もちあんたのせいで。
でも私の心の呟きは当然彼には聴こえなくて、テレビの小さな音量が余計に私達二人の沈黙を浮き彫りにする。私は黙ってベッドルームに行き、クローゼットを開けて脱いだ服をハンガーに掛けていく。キャミソール、パンツ、タンクトップは洗濯機で、ベルトは千枚通しで一個穴開けなきゃだった。バッグは充電器入ってるから出さないとだし、下着は昨日変えなかったから洗わなくちゃいけない。それから買いたい物も山ほどあった。ブラとパンツは数が減ってるし、ViViで特集してたラガーワンピ、ミニ丈ベストもちょっと気になるし、エクステぼろぼろ、それから就活用のスーツも、あとワンちゃんにネイルに化粧品にCDにピアサーにコーヒーメーカーに液晶テレビにサングラスに旅行にグローブとサンドバッグ、それから新しい彼氏。
私は泣いていた。自分でもびっくりするぐらい感情の起伏なしに泣いていた。ちょ、なになになんなのこれー! という感情の起伏すらないほどに自然に、呼吸するのと同じくらい当たり前に涙を流していた。きっと、本当に悲しいからだ。もう私と紋太が分かり合えることも、どこかに仲良く出かけることも一生ない。私達の終わりが本当に近づいてるんだ。分かり合おうとすればするほど二人共傷ついて、自分達が分かり合えないという現実にただ直面するだけ。お互いの、私達の限界を知ってただ悲しみに暮れるだけなんだ。私はもう涙で顔がぐしょぐしょになっていて、息も出来ないほど苦しかった。涙は流れても苦しくなかったはずなのに、やっぱり後から波のように悲しみが押し寄せてきて、私はその場に力無く座り込んでしまう。彼は一度も私の方を向いてはくれなかった。もうきっと私達の心はバラバラになってる。朝までは確かに存在した二人の空気も、今は互いに押し潰すような圧迫感で窒息しそうになってる。「ひっ、あぐっ、んっん、はぁっ、ひっ、ふぇっ、ふゎっ、んんっ、へぎっ、ふぐっ、うぁっ、ひぎっ、はっ」もう私は止まらない。
全部流してしまうんだ。彼への愛も、私達の思い出も、全部涙で流すんだ。そうしたら、きっといつかは立ち直れる。
「俺、明日から仕事探すよ」
……えっ、今なんて言いました? 私はピタッと泣くのをやめて顔を上げる。鼻水がたらりーんと一筋流れて、あまりにも水っぽいから顎まで流れていく。ぐっすん、ぐちゅぐちゅ。彼は彼のまんまだった。正確に言うと、畳に寝転んで頬杖ついてるままだった。
「今なんて言ったの……?」私の声はどこかの空洞を通り抜けた後みたいにか弱い。ビール瓶の口に息をふぅーって吹きかけるぐらいか弱い。本当のあたしはすんごくか弱い。誰かに守ってもらわなきゃ立ってもいられない。誰かに守られたい。私は紋太に守られたいの。
「来週もまたどっか行こうなって」
はあって息を飲んで私は胸を抑えこんで、彼の言葉を心に閉じ込める。紋太の声が温かくて優しくてふんわりしてて、私はじんわりと心が満たされるのがわかってまた泣いてしまう。愛してる愛してる愛してる愛してる。もう死ぬ程愛してる。ふぇーん、紋太のバカー! 紋太のこと好き好き大好き超愛してるー! お願いだからわけわかめも許したげてー! と思いながら私は思わず駆け出していて、横になった彼の上に覆いかぶさる。「うおー危ねーって」とか言いながら彼はがっしりとあたしを掴まえていてくれる。そんな君にはちゅーしてあげよう。くっすん、およよ。




