ボーリング・フォー・リボーン 3
川上ボウリングは土曜ってこともあって、けっこう混んでいたんだけどレーンは取れてラッキー。私達4人はジュースを買ってコンピューターに名前を入力。タマ、ミー、モン、ジロ。玉見紋次郎? まあそれはいいとして、私達はそれぞれダッサイ靴をレンタル&自分用のボールを持ってきて、12号って重てぇーとか思いながら私は第一投。はい、ガーター。はい、スペア。どうでもいいけどボーリングの玉ってハニワに似てんなーとか思ったり。
「12号重くないですかー?」と私に訊いてきたのはニコニコしたタマちゃんの彼氏で、「うん、ちょっとあたしには重いかも」と言うと、彼はなんと私のために8号のボールを持ってきてくれて、うひょーこれ軽ーいとか思いながら彼に「ありがとう、ごめんねー」と言って、彼は「アハハ、いいんです。アハハ」と笑って、いい子……とかしみじみ思う私。それに比べて私の紋太と言ったら仏頂面でただでさえ狭いレーン手前に設けられた椅子でタバコをプカプカ吸って、自分の順番になると幽霊みたいにふらふら投げて、あははガーターでやんのー、とか笑ってやりたいけどそんな雰囲気じゃなくてむしろ気まずくなっちゃうんですけど、これなんなんですか? もう私の方が居たたまれなくなって、タマちゃんとジロ君が話してる隙を狙って紋太にすり寄って、「もう帰る? 帰りたい?」とか真剣に訊くけど彼はなぜか不機嫌みたいで、私の言うことを聞いてるんだかどうなんだかもわからない。そして私はちょっと泣きそうになる。本気で泣きそうになる。やばい。心がぶるっと震えたら涙の合図。必死で盛り上げようとする自分が可哀相に思えちゃったりすると余計に泣けちゃう。あ、ホントやばいやばいやばいやばい。私は顔を伏せて、「ん、ひっく」「あひっ、ん」みたいな嗚咽をなんとか堪えることに全神経を集中する。おいおいおいおいあたし何やってんだよー、とか内心の声は全然冷静なのに、涙腺や湧き上がる感情は全くの制御不能。心臓がめちゃくちゃドキドキしてきて、川上ボウリングのアナウンスやタマちゃんズの楽しげな笑い声にエコーがかかる。「お前さっきあいつと話してただろ」と横にいる紋太が言って、私は泣いてて混乱してるせいで彼の言葉の意味がよくわからない。「お前の彼氏って誰だよ。もうつまんねぇよ」と言われた時点でハッと言葉の意味に気づいて、途端に涙が止まる。何? タマちゃんの彼氏とたかが二言三言話しただけでこいつ怒ってんの? 器小さっ! 私はとりあえず荒くなった息を静めることだけに一点集中を図り、言い返す言葉を見つけ出す。「そっれは、違うよ。ただっ……ふっ、ボーリング、の玉持ってきてもらっただけだ、よっ」私はじゅるじゅるの鼻水をすすり上げ、涙を両手の指で拭う。どうやら彼は私の涙に気づいてるみたいだけど、私が泣いてる理由を多分勘違いしてる。私が泣いてるのは人の彼氏と話したぐらいのちっぽけな罪悪感からじゃなくて、自分があまりにも頑張り屋さんだから泣いてるんだよー! と思うと、またぶわっと涙が溢れてきた。思いっきり自滅。しかもそんなタイミングの悪い時に私の番が回ってきて、タマちゃんが「ミーちゃんの番だよー」と元気一杯に言うので私は顔を背けながら「おっけー」と答えて玉を持つけど明らかに不自然。腹筋はまだひくひくしてるし、走っても歩いてもいないのに、肩で息をしてる。神様、お願いだからあっちの二人の雰囲気までは悪くしないで下さい。
そしてガーター二連続。涙で視界はゆらゆら歪んでるし、力は入らないし、足元はふらふら。そりゃしょーがないよ、美奈子たん。でもそのおかげで涙は幾分治まった。目の端はきっと赤いだろうけど、今ならまだごまかせそう。私とすれ違った紋太はおどおどしてて、少しだけ私が泣いてることにびびってるみたいだった。そしてまたあいつもガーター。下手くそだなぁ、ジロ君なんてターキーとか取っちゃってんのに。
終わってみると、やっぱりジロ君の圧倒的勝利。スコア218ってすげぇ〜。私なんて100も行ったことないのに。でももっとすごいことが起こっていたことを私はこの時まだ知らなくて、「誰がビリ誰がビリ〜?」と涙の後の空元気で画面を覗くと、71と68ってのが並んでて、あ〜私がビリか〜、と思ったらペケの名前はモンだった。
「あ」はい、思いっきり低い声出ました。
けれど挫けない私の心は、一つのことだけを願っていた。こういう時の紋太には絶対に慰めの言葉をかけちゃいけない。プライドの高い、自分崇高の彼は決して相手に同情をかけられるのを許さない。私はすぐに紋太をトイレにでも誘って気を落ち着かせようとしたけど、タマちゃんの方が一瞬早かった。彼女には何の罪もないのだ。ただ場をちょっと和ませたかっただけなのだ。
「また次あるよ〜、ドンマイドンマーイ。そうだ、もう一戦やろっかー?」
紋太が背を向けるのが見えて、私は全てが終わったことを確信した。すたすたと出口の方に向かっていく彼にタマちゃんズは唖然としていて、私は咄嗟に紋太に駆け寄った。彼はすごい速さで歩いていて、私の小走りでやっと追いつくと、ピタリと足を止めて私に得意のスネた半開きの目を向けて言った。「俺、もう帰るわ」私はまた泣きそうになる。口を開くけど言葉に詰まって、紋太の目を見ると何も言えなくなる。バカバカバカバカ、クソ紋太。お前ふざけんなよ、マジで。全部お前のせいなんだからな、と私の中の冷静な私は言うけど、それが言葉として表に出てくることはない。私は涙が出そうになるのを必死で答えながら、どうしてなの? という目線を彼に送る。でも彼はもう完全にどーでもいーやーモードに突入していて、お目々うるうる作戦ももはや通用しない。じゃあ私はどうすればいいの? もう何もわからない。
「紋太はどうしたいの?」と私は必死に言う。「私はどうすればいいの?」
「……」
「何か言ってよ、二人も待ってるんだよ?」
「……」
「ねえ戻ろう。戻って笑ってれば二人も全然気にしないよ」
「やだ」と彼は言って、私にずんずん近寄ってきて、頬をパチンと叩かれるのかと思ったら、何を思ったのか、彼は私の口にキスをした。私は声にならないかすれた声で「えっ」と思わず言って、目をまん丸にしてると、紋太は相変わらずあの冷めた目のまんまだった。なんじゃこりゃ。なんであたしキスされてんの? とうとう紋太は頭がイカレちまったのか? それとも私が現実逃避しすぎてヘンな夢でも見てるのか? ぐるぐるぐるぐる。何がどうなってってんのかわからなすぎ。でも彼が私に背を向けてどうやら帰ってしまいそうな感じなので、私は「待ってよ」とつい口にする。
「俺が謝ってたって言っといて。俺やっぱわけわかめとか言ってる連中とは付き合えねぇわ」
え? ってかだからわけわかめとか言わないし。しかしそれを捨て台詞に彼は本当に行ってしまう。私の足はもう動かなかった。紋太のあのキスが私の心をごっそり奪い取って、もう立ってるのもツライ。この場にへたり込んでわんわん泣けたらと思う。悲しいキスってことでいいのかな? そんな気もするし、なんか全然違う気もするんだけど。
レーンに戻ると、タマちゃんの涙がさらに私の心をごっそりと根こそぎ奪った。タマちゃんは椅子に座って膝に顔をうずめるようにして泣いていた。彼氏がハンカチを出すけどひたすら首を振って、自分を責める言葉と共に泣いてる。ジロ君の真剣に慰める優しい言葉がタマちゃん涙を助長する。最悪の状況に陥っても、こんなカップル羨ましいと思ってしまう自分。私は最低の不幸を呼ぶ女だ。タマちゃんは元々なんの関係もなかったのに。
しばらく私が立ち尽くしていると、ジロ君が存在に気づいて立ち上がり、「ほら美奈子さん戻って来たよ」とタマちゃんに言うけど、タマちゃんは「ごめんね、ごめんね」しか言えなくて、ジロ君は私に黙って首を振る。それから私に歩み寄ってきて「ごめんね」とお互い言い合った後、ジロ君が私に説明を求める。そりゃそうだ。私にだってよくわからん。なんて説明したらいーんだろう。「人見知りがすごいんだ。だからホント二人のことが嫌だったとかそんなんじゃなくてさ」と私は言う。でもジロ君はちょっと納得いかないみたいで首を傾げて、「え、何? どういう人なの?」と私に訊く。近くで見たジロ君の顔はすごくシリアスで、私はちょっと怯える。赤く充血した瞳に怯える。ジロ君だってちょっと腹が立ってるんだ。そりゃそーだよなー、と。だって彼女が泣いちゃったわけだし。あいつはすんげー自己中なわけだし。「まあ、なんていうか、……すごく内にこもるタイプで」私がそう言うと、ジロ君は腰に手をあてて、床に視線を落としながら残念そうに首を振る。「ダメだ……俺わけわかんねーそーゆー人……」その言葉は私にも少し残念だった。
「……もうわけわかめだよ」
あ。おいおいホントに言っちゃうのかよ、わけわかめって。これってオチですか?




