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ボーリング・フォー・リボーン 2

 ダブルデートの第三土曜日はすぐにやってきた。彼は久しぶりに髪をセットして、等身大の鏡に向かってあらゆる角度から自分の身だしなみをチェックしてる。A型の割りに小まめではないけれど、その代わり彼はとっても神経質なのだ。潔癖症の完璧主義。しかも無駄なところばっかり繊細で、ちょっとでも髪型が自分のイメージ通りに整わないと、今日はもう出かけない、とか本気で言い出しかねない。ここで私の舌技が活躍する。「それかっこい〜」「あ、似合う似合う〜」「今日は今まであたしが見た紋太の中でベスト5には入るかも〜」などなど、言われた方の紋太もまんざらじゃなく、ちょっと嬉しそうに笑ったりする。んでそんな彼にこっちが胸キュンしちゃったり。もう紋太かわい〜!

 私の今日の恰好は、胸元に花柄の散りばめられたピンクのキャミソールをトップスに、タイトなパンツで頭にはカチューシャ。それから白のバッグと、今日はけっこう歩くことになりそーなので、ぴったしあたしのために造られたような身長底上げ赤のパンプスを履いて準備完了。でもやっぱり彼はまだ鏡の前にいて、髪の毛のトップを異常なまでに気にしている。「もう行くよー」と私が言っても、彼は「うーん」とか適当な相づちばっかり打って、ちっとも鏡の前から動く気配がない。

 「もう十分かっこいーよー、紋太ー」

 「うーん」

 「そのシャツ似合ってるし大丈夫だからー」

 「うーん」

 「行こうよー、間に合わなくなっちゃうよー」

 「うーん」

 玄関から彼の姿を見ていると、シャドーボクシングでもしてるみたいに見える。鏡の前であらゆる視点を確認して、その最中でも彼の目は大真面目。私はタマちゃんにメールを送って、一応遅れるかもという連絡をしておく。また彼に「行こうよー友達待ってるー」と言ってみるけど、返ってくるのは「うーん」。はぁ、どうしようもない。私は玄関のドアを開けて首をにょっと出し、お空の具合を確かめてみる。空は私達の新たな出発を祝福してくれてるみたいにド晴天だった。薄ーい雲がホント空の上の方に貼りついてるだけで、全体的には海みたいに真っ青だった。「行くよ」と後ろから押されて私はびっくりする。「ちょちょちょ……」とか言って振り返ると、ケラケラ笑ったどうやら準備万端の彼が私を指差していた。


 『贅沢は日本の敵です』精神を燦然と掲げる私達は時間に遅れようがお腹が痛かろーが、決してタクシーには乗らず、1キロ半ある駅までの道のりをのろのろと歩く。彼は昔から歩くのが早いけど、この時ばかりは私に合わせてくれているらしい。そして私達はぺちゃくちゃ話し、楽しげに笑う。ああ、今日はなんていい日なんだろう。彼も段々うきうきしてきたらしく、話がいつもより断然弾んでる。犬の散歩してる姿を二人でかわい〜と言い合ったり、私がなんでもない道で転びそうになったりするのを、私達は楽しむ。こういうなんでもないことがホント一番の幸せ。彼と私の間にはちゃんと二人分の空気があってそれがすごく心地いい。彼は笑う度に口の端から八重歯が覗いてかわいいのだ。えへえへあへへ。……っていうか彼が家から出たのって一週間ぶりくらいじゃない? と私は頭の中で思う。あ、でもタバコは自分で買いに行ってるか。でもゴハンはいっつも私が帰りに買ってくるまで食べてないみたいだし、とりあえず遠出するのは相当久しぶりってことか。うん、それでいいや。


 それから駅に着いて二人分の切符を私が買って、溝の口行きの電車に乗る。電車の中でも私達はラブラブで、私が腕を取ったりすると彼は嫌がるけど、それでも私は全然楽しい。これじゃどっちが久しぶりの外出なんだかわからないけど、正にこれこそが私の求める理想郷。だから彼には今日だけじゃなくて、本当に変わってもらわなきゃいけないんだ。週に1回はこれがなきゃ彼氏のいる意味なんてないもん。

 溝の口で降りて私が預かってた切符を彼に渡して改札を抜けて、困惑気味の彼の手を取り、私はマルイの方へ歩く。手を離して彼の腕に自分の腕を巻きつけながら、なんだかもうダブルデートにしなきゃよかったなー、とすら私は思う。このまま二人でお買い物して、カラオケ行って、シックなバーでお酒飲んで、最後はラブホで締めくくりたい。紋太を今日一日独り占めにしたい。けど私だけが誘ったんじゃ彼は行かないだろうなー、と私がぼんやり興ざめしていると、前方にタマちゃん発見! タマちゃんは無邪気にぴょんぴょん跳ねながら、人ごみの中で必死に私達に手を振ってる。横にいるのがどうやら彼氏みたいで、身長が180近くはある、タマちゃんとはかなり身長差カップルな男の子みたいだった。

 「お前先行ってろよ」と私の横で紋太が突然言って、私は動揺する。「えっ、なんで?」と訊くと、彼は「タバコ買ってくる」というので私は超心配になって、「バックレたりしないよね?」とおそるおそる訊くと、彼は笑って「バカ、ここまで来てそんなことしねーよ」と言うので安心。「じゃあタマちゃん達とあの場所で待ってるから」と彼を行かせて私は一足先にタマちゃん達と合流する。私はタマちゃんの方まで小走りして、タマちゃんと強烈なハグ。傍にいた彼氏の平和な笑い声が私の耳に届く。「元気ー?」とかタマちゃんが訊くので、そら昨日会ったばっかなんだから元気にきまっとるがな、とか思うけど一応「うん、元気ー」とか答えておく。「あれ? 彼氏さんはー?」と言うので「あ、今タバコ買いに行ってるー」と私はタマちゃんに言う。「あたしミーちゃんの彼氏に会うの初めてだー。なんか緊張するー」とか言うので、私もちょっと緊張。「へーきだよ。全然フツーの奴だから」と答えて、私は「こんにちわ」と今度はタマちゃんの彼氏に挨拶する。「こんにちわ」と答えるタマちゃんの彼氏は、紋太とはまた違った感じに笑顔の似合う人で、日本人的なのっぺりした醤油顔をしてる。良く言えばもこみち風で、悪く言えば千原ジュニア風(我ながらすげぇ差だな、おい)。とりあえず頭にかぶった哺乳瓶みたいなニットキャップは抜群に似合ってるぜ!


 それからタマちゃんの補足で、ニット君が私達の1個下だということが判明。どうりで気ぃ使ってんなー、と思ったらそういうわけか。それから3人で立ち話をして、主にタマちゃんとニット君の話。二人も夏になったら同棲を始めるらしい。同棲ってそんな楽じゃないよー、とかおばさん臭いことを頭の中でぐるぐるさせるけど、二人の前途を濁すような真似はしたくないので黙っておく。それより私は紋太がなかなか帰って来ないことにハラハラドキドキしっぱなしだった。おいおいおいおい何やってんだよー。まさか迷ってんのか? それともタバコ買いに行くっつーのは嘘でホントは帰ったんか? でも彼は意外にも、それからあっさりと帰ってきた。人見知りな紋太らしく、ホント素っ気ない。「行こ」と私に声をかけただけで、タバコを吸いながらタマちゃんズには目を合わせない。気まずい雰囲気をごまかすように私とタマちゃんが神経質にハハハと笑って、んじゃ行こっかみたいな雰囲気にうまいこと持っていく。ダブルデートと言っても、やっぱタマちゃんと私が話しすぎちゃうのは男二人(特にあたしの方)を孤立させる要因になり兼ねないので、私達は絶妙な目配せで意思を疎通し合い、ちょっとお互い離れて自分の男と並んで歩く。急に無口になってしまった紋太の腕を私は引っ張り、「う〜」とか唸りながら甘えてみせるけどやっぱダメで、彼はどこ見てんだかわからない感じでタバコのフィルターを口に運んでる。


 「もっと話そうよー」と私は言う。彼はタバコを指先でピンと弾いて、歩きながら踏み踏みする。「誰と?」そう言ったのはそれからだった。「誰とって、決まってんじゃん」と私は言う。すると彼は気の抜けた表情で伸びをして、急にお出かけに冷めちゃった子供みたいに半開きの目で私を見る。「だってつまんなそうなんだもん。美奈子と二人の方がよかった」ドキっとしてしまう。というか嬉しい。けどもやっぱり憂鬱。あ〜ホントにメンドクセ〜。「そんなこと言わないで楽しもうよ〜」とか私は言うけど、楽しもうよって楽しんでない人間に言う言葉か? とか自分で思って、「ってかダブルデートって言ってもそんなにあっちと絡みないよ、多分」と訂正する。彼はふ〜ん、とそれほど興味なさそうな相づちを打って、「まあフツーにしてるわ」とか言われて、私はびみょーな心持ちになる。……ああ、一体この場でのフツーってなんなんだろ?


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