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ボーリング・フォー・リボーン 1

 遠心力で素肌が赤くなるのも厭わずに、私は腕を支点にしてハンドバッグをブンブンと振り回し、その力とは全然関係のないところで決意をぐっと固める。友達からその誘いがあったとき、私の第六感はピコーン! と反応してアドレナリンとエンドルフィンがドクドクでもう有頂天。ひゃっほーい。これはチャンスなのだ、彼を立ち上がらせる。今思うと全然第六感ではないのだが、私を救ってくれたことには変わりない。いやもっと正確に言えば、まだ何も救われてない。けどやっぱりこれはかなりの名案。希望の光は差し込んでいる。計画通りに事が進めば、私の理想郷が手に入るのだ。

 階段を緑のラメが入ったミュールでトントン上がって自宅に到着すると、中では寝っ転がって、畳に肘ついてテレビを見てるどーしょーもない甲斐性なしが一人いる。何を隠そう、これが私の彼氏なのだ。世界で一番愛するかけがえのない人……なハズなのに、最近じゃめっきりデートも減って、でもケンカは増えて、3日間口利かなかったりした挙句、結局仲直りのセックスで元通り、みたいなカップルに私達はなっている。堕落、怠惰、不純。でも私は彼を養ってるんだよ? コンビニの弁当選びが下手とか、見るテレビ番組が下らないとか、人に言う前にやることがあるんじゃないの? と本当はいつだってぶちまけたいが、彼を傷つけてしまう可能性が高いので私は言わない。だって結局、私は彼を愛してるんだから。


 半日ミュールを履き続けていたせいでふくらはぎがパンパン。もみもみしながら部屋へ進むと彼は私が家に帰ったのも気づかないみたいなので後ろからこっそり近づいて驚かしてやろう、うっしっしっ……と思ったら彼は言った。

 「おかえり」

 「……なぁーんだ。気づいてたなら言ってよ」と私は彼の肩口まで伸ばした手を引っ込め、ベッドルームの方にくるりと方向転換して服を脱ぎ脱ぎしながら「今日は何やってたのー?」と彼に訊く。「別に何も」と彼。訊くまでも無かったか。「あっそう」と私も答えて会話終了。テレビの音だけが沈黙の中を泳いで、まるでうちらは倦怠期の夫婦みたい。私は気を取り直して、クローゼットのハンガーに脱いだちびパーカをちゃんと掛けながら「ねー、明日ヒマー」と彼に訊く。本当は訊くまでもないことだけど彼の自尊心を気づかう私ってえら〜い。彼は「なんで?」とだけ言う。なんでってあんたはどーせ毎日ヒマでしょーが、と内心思うけどそれもやっぱり言わないでおく。彼の機嫌を損ねることは、ホント今だけは命取り。彼が頭をぼりぼり掻きながらおもむろにタバコに火を点けている間、私はクローゼットの中でカチャカチャとハンガー達が互いの身を擦りあう音を聞きながら、どうしたら彼が興味を持ってくれるのか考える。でも結局何も思い浮かびそうになくて、私はそのまま伝えてしまう。

 「んー……明日ね、ちょっと出かけたいなーと思ってさー」

 「どこに?」

 「ボーリング。学校の友達と一緒に」

 「はあ? 何それ」と彼はテレビからようやく目を離して、私のいるベッドルームへ首をねじ曲げる。私は中学校から愛用してるジャージにすっぽりと頭を入れて歩き、彼の傍のソファーに腰掛け、ちゃんと彼の目を見る。「何なんだよ」と彼は言う。「だからぁ、あたしの友達と紋太とあたしでボーリング行こうって言ってんの。4人でダブルデートしよ」私がそう言うと彼は少し固まって、目をじっと見つめてから「やだ」とだけ言った。

 「え〜、なんでよ〜」

 「なんでもだよ。俺やだ、行きたくねぇ」

 「どうして?」と私は訊く。

 「だからどうしてもだよ。俺はだるいの、そういうの」

 わかっていたことだけど彼の断固とした引きこもり宣言を聞くと、私はやっぱりうんざりしてどこまでも鬱になる。帰る途中に考えていたデートのあんなプランやこんなプランが音も立てずに、まるで砂浜に造った泥のお城みたいに物憂げな波に流されて消えていく。私が大きなため息をついて手に持っていた新しい下着を床に力無く放り投げると、また沈黙がやってきて彼もまたテレビに視線を戻して、ついにはやっぱり、怒りが込み上げてしまった。

 「ねえ、お願いだからもっとちゃんとしてよ。家にばっかり籠もってないで。あたしだって紋太ともっと出かけたりとかしたいんだからさー」

 「うるさい」と彼は言うけど、やっぱり力無い反論。私の彼氏は決して悪い人間じゃない。だから自分がヒモであることにちゃんと罪悪感を持ってるし、私にも感謝してる、と思う。後ろめたさを時々滲ませてることぐらい、私にだって気づく。

 「今回だけでいいの。今回だけでいいから一緒に行こう、……ね?」

 「だってお前の友達でしょ〜?」と彼は倦怠感丸出しで首をのっそり動かして、灰皿にトントンと煙草の灰を落とす。「前に見たけどさー、お前の友達ってなんか阿呆そうな奴ばっかりなんだもん。意味もなく群れてさー。女みたいに笑って、わけわかめ〜とか言ってる連中だろどうせ」

 「いや、……ってかそんなこと言わないし」

 「じゃあいつも何やってんの? お前から友達の話聞いてるとみんな暇を持て余してるから仕方なく一緒にいるって感じじゃん。いつか電車無くなって電話かけたらみんなに遊ぶの断られたってお前言ってたじゃん。だからそれぐらいの関係なんだってば。でしょ? 俺なんか間違ったこと言ってる?」

 それでも人と付き合えないあんたよりはマシ。と私は思うけどここで怒ってしまったらいつもの繰り返しになるだけなのでぐっと我慢して、「そうなのかもしれないけど……」と肩を落として悲しんだふりをする。私ってえら〜い!

 「いや、別にお前に言ってるわけじゃないからね」と彼も私の演技にかつがれてちょっと慌ててる。

 「いいのいいの、無理して誘うわけじゃないからさ。うん、わかった。その日は家でゆっくりしててよ」と私は言って立ち上がり、顔を伏せて涙を拭うふりをして唖然とする彼の横を、いかにも傷ついてますみたいな足取りで早々と過ぎ、ベッドにばたんと横になり枕に顔をうずめる。奥の手をとうとう私は使った。これは鉄板なのである。彼にとって一番弱いであろう、私の涙。すぐに隣の部屋で彼が立ち上がるのがわかった。

 「待ってよ、行くよ。行くって。俺も暇なんだからさ、もしかしたら仲良くなれるかもしれないし、その大学の子達とも」

 作戦成功。うっしっしっしっ。

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