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帰郷  作者: 913.6
3/4

3話

その夜はよく眠れなかった。

真代ちゃんはあの後、布団まで連れていくと、あっさり寝入ってしまった。あたしも布団に入ったのだが、何度も目が覚めた。目をつぶってしばらくすると、誰かが自分の顔をのぞき込んでいるような錯覚を覚えるのだ。もちろん、目を開けても少年の姿などありはしないのだが、それで不安が消えるわけではなかった。

窓の外が白んでくる頃には、すでにまともに眠ることを諦めていた。いつもの起床の時間にはかなり早いが、起き出して洗面所で顔を洗う。井戸水を引いているためか、夏でも蛇口をひねるときりりと冷たい水が出てくる。寝不足で火照った顔には心地よかった。

そうしてから顔を上げて鏡が見え、昨夜のことを思い出した。

あれは、夢ではなかったのだろう。多分真代ちゃんは、昨日、何かに見初められたのだ。

あたしは、本当に心霊現象の類は信じない人間だ。霊感だなんだなどと馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い飛ばす。この科学全盛の時代に写真に写ったシミで大騒ぎしたり、人の想念が篭っているなどとしたり顔で語るなど愚の骨頂だ。しかし、自分がいざその渦中に巻き込まれることになるとは夢にも思っていなかった。

もう、あたしはあの少年のことを笑い飛ばすことはできない。

なぜなら、一晩ゆっくり考える時間があったことで、思い出してしまったからだ。

あたしは昔、あの神社の少年に会っている。

二十年近く前の記憶。あたしがちょうど真代ちゃんと同じくらいの歳だったころだ。


「だーるーまーさーんーがころんだ!」

小さいころの記憶だ。他にその遊びに参加していた人がいたのかどうかすら覚えていない。確か、

神社の境内だったはずだ。

本殿の見えるところに大きな銀杏の木があり、そこに両手と額を押し付けて、懐かしい遊びをやっていた。

鬼をしていたのは着物を着た男の子だ。男の子だったが、髪型はおかっぱにそろえていた。私は小さいころ、その子と仲がよかった。

田舎だったこともあってか、小さい頃にゲームの類で遊んだ記憶はあまりない。でも、野原や山には幼心に刺激のあるものであふれていた。

おなもみが体についてくるのも、蟷螂が生まれてくるのも、強い松葉を捜すのも、魚が池で跳ねるのも、何もかもが輝きをもっていた。

その遊びの中にいつもいたのがその子だった。別にガキ大将タイプでもないし、皆を引っ張って遊びに行くタイプでもなかった。いつも皆の輪の中で控えめに笑っているような男の子だった。

でも、なぜか遊びの中心はその子だった。その子が一緒だとなぜだか安心して遊べたような気がする。

どこのなんという子だったのかは覚えていない。

だけど、一つだけはっきりと覚えていることがある。

最後に一緒に遊んだ時のことだ。それが、例の遊びだった。

私は、相手が振りむくタイミングを計りながら、そろそろと背中に近づいていく。でも、あと手を振り下ろせば私の勝ち、というところで鬼が勝ち名乗りをあげる。私はがっかりしてうなだれるが、すぐに気を取り直して男の子を見る。

男の子はいつものはにかんだような笑みを浮かべながら、こちらに小指をむけてくる。

私もその指に自分のそれを絡める。

お決まりの台詞を言ったあとにその指をはずしたはずなのだが、その時の約束とはなんだったのか。それは覚えていない。


もし仮に、あの男の子とあたしの記憶の中の男の子が同一人物だったとするなら、全く歳をとっていないことになる。普通に考えれば、全くの別人かよくて親戚といったところなのだろう。

だが、あたしはあの男の子が昔に会ったその人なのだという妙な確信があった。

どこがどうとは言えないが、あの雰囲気だ。子供の頃にはおかしいなどと思いもしなかったがどこか掴みどころのない、此岸と彼岸の境界のようなあの空気が、あたしにあの男の子がこの世のものでないと伝えていた。

あたしはある決意を固めた。


その日の夕方。

あたしは神社の境内にいた。

長い夏の日も徐々にかげりつつあり、夕日が闇の帷に飲み込まれてしまう前の時間帯だ。それは丁度、あたしがこの間男の子と出会った時間だった。

祖父母には、買い物に行くと伝えてある。真代ちゃんも一緒に留守番だ。

真代ちゃんは、昨日のことを覚えていなかった。全く覚えていないわけではないが、橋で転んだことや男の子が会いに来たと口走ったことなどは、記憶のなかからすっかり抜け落ちているようだった。それが何を示しているのかは分からない。もしかしたら、あたしの記憶違いと悪い夢だったのかもしれない。

でも、あたしは今自分にできることをするためにここにいた。

銀杏の木を見上げていると、背後に気配があった。待ち望んでいたものではあったが、同時にできれば来て欲しくないものでもあった。

「あそぼ?」

そう声を掛けられた。

あたしが振り向くと、そこにはあの子が立っていた。

数日前と変わらぬ姿。あの頃と変わらぬ姿。そしてこれからもおそらく変わることはないのであろうその姿のままで。

少年は相変わらずの人懐こい笑みを浮かべ、小首をかしげた。あたしが返事もせずに立ち尽くしていたからだろう。あたしは頭の中で必死で言葉を探し、ようやく声を出した。

「僕、名前はなんていうの?」

いきなり本題に入ることもできず、あたしはそんな問いを向けた。

「やすひら!」

間髪いれずにそう答えてくる。

「やすひら…くん?」

「うん。やすひら!…ねぇ、いっしょにあそぼ?」

そう言ってくる姿は、そのままただの幼子のものだ。もしかしたら、この子には何ら危険性はないのかもしれない。もしかすると、自分が死んだということにすら気づいていないのかもしれない。ただ、ここに一人いるのが寂しくて他人を遊びに誘っているだけのことなのかもしれない。

……でも、こんな言い方をしたくはないのだが、そんな得体のしれない相手に真代ちゃんを任せる訳にはいかない。少しでも真代ちゃんに危害を加える可能性があるのなら、あたしはこの子と真代ちゃんを会わせるわけにはいかないのだ。

「ねぇ、やすひら君」

うん、と期待を込めた眼差しをあたしに向けてくる。だが、残念ながらその期待には答えられない。

「あのね、あたしは遊んであげてもいいよ。でも、他の子はだめ」

少年は小首を傾げた。

「ほかのこってだれ?」

「他の子は他の子よ。近所の子とか、お姉ちゃんと一緒にいる子とか」

あたしは自分の身を代わりに差し出す策を取った。もちろん、あたしだって怖い。でも、真代ちゃんが巻き込まれるよりはずっとましだ。それにあたしは、この子とずっと昔に一緒に遊んだことがある。そのとき大丈夫だったのだから、きっと大丈夫だろうという希望的観測もあった。しかし、そんな表面的な平静を保っていられたのも束の間だった。

少年は不思議そうな顔をして言った。

「なんでまよちゃんとあそんだらダメなの?」

あたしは血が逆流するような感覚を覚えた。

なんで、この子が真代ちゃんを知っているの?

真代ちゃんとこの子が直接に会ったことはない。得体の知れないものに対する不安と焦燥に、あたしは金切り声に近い声で叫んでいた。

「ダメよ!絶対ダメ!。もうあたし達に近づかないで!」

少年は目を丸くしていた。

拒絶に対する怒りや悲しみはその顔にはなく、なぜあたしがそんな事を言い出したのか分からない。そんな表情だった。

あたし自身はまだ興奮していて、自分の口を付いて出た言葉がなんだったのか理解していなかった。だが理解すると同時に、今度は目の前の少年に対する恐怖が沸き起こり、あたしは走り出していた。

少年は、あたしを呼び止めることも、引き止めることもなかった。


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